やっほ〜のイタリア修行 その1  

ルセロナで精魂尽き果て、、、たどり着くのか、ファエンツア・マジョリカ焼きを旅して・・ィレンツエの夜に高揚!!

フィレンツエきれいな陶磁器がいっぱい、でも、カバンやらのほうが、かわいくて、ついつい・・

ルセロナでかなり興奮状態にあった、私は、後ろ髪を引かれる思いで旅立ち、、もう、目には涙・ああイタリアなんか行きたくないよ〜〜と、言いながらも、ウキウキ感いっぱいで・・

バルセロナからミラノまで飛行機の中でのやるなぁ〜さすが、イタリア人パーサーとやるなぁ〜さすが、バルセロナ「業界」娘!の話は・・かいつまんで話すと、30分以上も、パーサーは私の横の横、すなわち、バルセロナッコの横にへばりつき、あつ〜い眼差しで、くどいていた・・・(基本的に、バルセロナの女の子と私たち日本人「現代女性」は気があうよ〜〜。)ので、のちほど、そのパーサーねたで、話は盛り上がったが・・

しかし、イタリア人パーサー、ナンパはすごかったです。私は東洋の仏像ごとく眺めてましたが・羨ましい・でも、なんとまぁ、わかりやすい人たちなんだろう・・バルセロナのカタラン男子にはあり得ない・・ような気がする・・わたしだからなのかも・・

さて、バルセロナの業界ッコとは、バルセロナテレビにお勤め。ななにぃ〜〜!!BTV!!って、モトコさんの工房から徒歩2分やんかぁ〜〜〜!!

早速私は、モトコさんの展覧会のはがきやら、工房の場所やらうんたらかんたら・・・その数ヶ月後、モトコさんがBTVに出演!!やったぁ〜〜(私の紹介状のせいではないだろうけれど、うれしい〜〜〜)

ラノからフィレンツエ、行きの飛行機では、隣に座ったイギリスのお爺さんのとんでもない発音のスペイン語での会話でいらいらしながら、プロペラ機はぶるんぶるんと、フィレンツエに着いたよ。う〜〜ん、、なんで、イギリス人の話すスペイン語の訛はみんな一緒なんだろう・・ってことは、私らのスペイン語もニッポン弁なんやろうなぁ〜 はずかし〜けど、イギリス爺さん、エーゴしゃべれるやろうに、なんでスペイン語やねん??

あ、フィレンツエ、裏道にも、すてきなアイアンの格子がいっぱいあったよ〜

イギリスお爺さんたち、イングランド組みがロストバッゲージにあってしまって、一緒にタクシーで市内まで行く約束やら宿探しやらの話がおじゃんになっちゃってトホウに暮れてたら、「ボク今まで4年間ムルシア で働いてたからスペイン語わかるよ」(バレンシアの横の街)と、イタリア人の歯医者さんが話しかけてくれて、市内の説明をしてくれたよ。けど、スペインでは絶対歯医者さんにかかりたく無かった私は、かなりひいた・・ 

フィレンツエ市内到着。困ったよぉ〜そのままファエンツアに直行しようかとも考えていたが、、前に来たときは、滞在中の友人が連れて回ってくれたので、今回は右も左も解らないし、テレフォンカードの使い方が解らなかったし、電話壊れてるし・・でも、ミラノに着いたときから、フィレンツエの郊外に住んでる高校時代の友人にナビよろしく、電話かけまくっていたのだけれど・・

一人であるくフィレンツエは味気ないほど、観光地だった・刺激がない〜〜なんとか宿にたどり着いたけど、明日から、もっと田舎に行くのだから、、インターネットカフェを見つけないと、、、と、フィレンツエに住んでそうな日本人を捜して道で声を掛けて。3人目に大当たり!在フィレンツエ7年という素敵な女性と巡り会ったよ。速、デジカメのダウンロードに成功!!そのまま、フィレンツエの夜は現地在日本人と沈没〜

えんやこら〜っとイタリア鉄道
駅で切符を買いに並んでたら、一つ前のカップルがスペイン語を話してた。ペルーからのバックパッカーだった。これから、パリに行くって。助かった〜〜彼らに、こまごまと情報をもらって、スペイン語を話す駅員さんを教えて貰って、切符を買ったよ。ローカル線の切符。

両編成の山道電車で、ファエンツアに向かったけど、着くかどうかと、ドキドキしながら、、しかも、無人駅ばかりだし、、乗り合わせた「バルセロナに住んでた」という小さな女の子としゃべっていたら、横から、キレイなイタリアのお姉さんが「イタリア語しゃべらないと〜」って、、なんだか、すごい、「東洋差別」と、「スペイン差別」を受けてしまって、大ショックだったよ。イタリア語なんとなくわかっちゃって、ツライ気がしたよ。

注:ファイアンスとは、今回Rikaが修行に参った、イタリアのファエンツアという地名からきています。日本では「瀬戸物」の瀬戸市といった地名が総称になっている例です。

ファエンツアはあまりにも遠いし、スペインしかも、カタルーニャの研究だけで、私はアップアップ。これ以上情報を得ても消化できないし、、けど、スペインで生まれた釉上顔彩技法がマジョリカ島を渡って、「マヨルカ焼き」となまって命名された、、その本拠地ですから、行っておかなくては、、きっと何か発見があるだろうし、、と、、、

Hayashi先生と入れ違いでファエンツア入り〜

今回、私がファエンツア行きを決意できたのも、先生がいらっしゃったからです。こちらが、今回「現地集合」をしていただいた、大学時代の恩師、YasuoHayashi氏です〜。ciao!

先生の作品は、ファエンツア陶芸美術館で「トップ受賞」をされた初の日本人陶芸家。先生の作品はファエンツア陶芸美術館に所蔵され、公開されております。

また、先生は、イタリアの陶彫作家「ザウリ」氏一家とも友好をもたれ、お墓参りにいかれました。今回はザウリ氏の息子氏より、「ザウリ氏の工房を使ってください」といわれたのですが、「美術館」になっているので、それはちょっと、、と、、なんとまぁ、すごいお話し!・・・

先生がファエンツアの町中を散歩されていると、それこそ、何十年も前に、先生の受賞を知ってらっしゃった現地の作家さんも「マエストラHayashi!」と握手を求められたとか、、また、国立陶芸学校でも「マエストラ」として出迎えられ、、

いやいや、そりゃぁ〜〜教授ですが、ヨーロッパのそれも、陶芸の本拠地で、しかも、知らない人から、「マエストラ」と呼ばれ、握手を求められるなんて、、そんな、日本人はこのかたぐらいでしょう・・

先生!まっててね〜もうすぐ〜〜

私は、場所もわからんのに、よう、お会いできたと・・おどろきですわ・・

ファエンツア到着〜〜つづく・・・


 やっほ〜のイタリア修行 その2 中下車ぁぁ〜 

ィレンツエの夜に沈没〜むしろ高↑揚↑〜〜たどり着くのか、ファエンツア・マジョリカ焼きを旅して・・中下車ぁぁ〜

ィレンツエ駅で、ショートカットをしようと、現地民にまじり、売店で近郊行きの切符をかった。とこが、どの電車にのればいいのかわからない〜〜・・

てなわけで、もう一度並んで、、、今度は、ちゃんと教えて貰ったとおりに余裕をもって行ったよ・・

フィレンツエからファエンツアまで3両編成ぐらいだった・・〜の電車でゆられること小一時間、目指す、ボルゴサンロレンツォ駅に到着したよ。

タクシーといっても、一般の人の車をまつ間に、入ったカフェ

この駅に、高校時代の友人が住んでるんだよ・・・といっても、ちょっと前に、大阪で会っていたのだけれど・・彼女は、私がスペインにいくころに、フィレンツエに住み始めたの。ワインとかの仕事で行っていたし、もともと英語の教員だったから、言語のセンスは良く、すぐにイタリア語もマスターしていたの。私がスペインにいるときに、フィレンツエ長期滞在をさせてもらえてのも、彼女がいたからなのでした・・・イタリア物価高かったから、5年前の当時では、、、フィレンツエ半年の費用はバルセロナ10ヶ月分。バレンシア1年半年分といった物価だったの・・今やバルセロナが同等になっちゃったけれど・・

今回は、新居におじゃましてきました〜〜

こちらがお庭・・これ、庭っていわんだろう、、普通・・

ルゴサンロレンツォ駅はこのラインで一番ぐらいに大きな駅だったの。この辺りはフィレンツエから車でなら小一時間。通勤圏内だった。でもこの駅、無人駅で、一体何処になにがあるのやら、、友人が手配してくれた、タクシーを不安な気持ちいっぱいで待っていた。赤い新しい、可愛いルノーかな、、?? がとまって、中からきれいなお姉さんが出てきたの。

タクシーといっても、資格のあるひとが、お客さんがきたときだけ出向くリムジンみたいなの。料金はめっちゃ高かった・・・が、運転手さんは、なんと5年前にバルセロナで、イタリア人向けのガイドをしていたっていうではありませんか・・・びっくりしたよ〜〜スペイン語が通じて、助かった〜〜〜

2階に住んでいるイタリアの警官だって〜ダンナ様のこれまた高校時代からの友人だって〜あとで、彼に車で送ってもらうことになったのだが、、言葉の壁にたじたじだった・・

この旗がフィレンツエ近郊には翻っていた。反戦なのだが、バルセロナのそれとは随分違った。イタリアの旗はハデだけれど色が薄い。旗のサイズが大きい。この話題にしたかったのだが、、、どうも、イタリア語ではpaceをパチェ って言うのよ・・・パチェぱちぇ・・・う〜〜ん・・・

日本でも「アグリツーリズモ」と話題の・・これがそうだった・・・

こんなトコに住んでたら、センスも良くなるよね〜

この写真同じく高校時代の友達(東京在)にみせたら、、これ、知ってる知ってるとおもったら、近所にあるイタリアンレストランそのままや〜〜〜と叫んでおった・・・

友人:「今日、雨じゃなかったら、も一つの駅のとこに、ケーキ屋さんあったから、自転車で迎えに行こうと思ったのよ〜」え〜〜〜っ・・自転車で!!

ちなみに、彼女は、高校時代、「自転車乗れないことはないスポーツウーマン」だったが、、、スピードは速いが直進のみで、大学入試の願書を岡町駅遮断機あたりで振り落としたまま学校に戻ってきたという「神話」の持ち主だったため、多少たかくついてしまったけれど、タクシーを頼んでくれてほっとしたよ・・・間違っても彼女の運転する自転車の後ろにだけは、乗りたくないよ・・・

今回ミラノ空港に着いたときから、約一週間。私をずっと遠隔操作してくれていた高校時代の友人です。ちょうどフィレンツエとファエンツアの真ん中、まさに、その電車の途中駅に、

夢のようなイタリアンライフを過ごしている彼女達でした・・

さてさて、、、まだ、たどり着いていないよ〜〜のファエンツア・・は、もうすぐぅ〜〜〜〜

ファエンツア到着〜〜つづく・・・

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