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どーも作品とカットの関係
映像作品で、よくカットといいますが、これは映像作品で”録画をはじめてから終わるまでの映像のひとまとまり”と考えてもいいと思います。
たとえば誕生篇は4つ、登場篇は8つののカットで成り立っているといえます。<誕生篇>
(1)雪の原っぱ、どーもの卵落ちる
(2)卵、階段を落ちる
(3)卵、うさじいの部屋に落ちる 驚くうさじいたち
(4)「どーも、BSです」(注:ビデオ版にはこのカットない)<登場編>
(1)雪の原っぱ
(2)歩くどーもの足
(3)唸るうさじい
(4)どーもの目
(5)もりおとしのぶ
(6)どーもの口、ひくとどーも全身
(7)うさじいの穴蔵全景、うさじいどーもくんにお茶をすすめ・・・
(8)「どーも、BSです」(注:ビデオ版にはこのカットない)映像はこのカットの積み重ねで物語などを表現しており、カットの使い方が作品のわかりやすさ、善し悪しを決定づけているともいえます。
カットの使い方で基本的なものとしては先の2例での1カット目です。この二つの作品では必ずはじめのカットでうさじいの穴蔵のある原っぱ(山?)の風景が写されています。この風景を最初に入れることで、うさじいの穴蔵は地下だけども、どんなところの地下なのかが分かるという寸法です。これが最初にビルが乱立する都会の景色だったりしたら、うさじの穴蔵は都会の地下にあるんだ、ということになってしまいます。また、初期の作品でこの景色を印象付けることで、後の作品や短い4秒スポットでうさじいの穴蔵がいきなり写っても、ああ、あれはのっぱらの地下にあるうさじいの穴蔵で、穴の脇にはBSアンテナがあるんだなんてことが分かるようになっています。家庭で何気なく旅行の記録ビデオを撮るときなども、このような場所が分かるカットを撮っておくと、ああ、こんなところにいってこんなことをしたのか、なんていうのが分かりやすくなります。
また、カットは作者が伝えたいものをより明確に伝えたり、伝えたくないものをうまく隠すのにも使われます。登場編でどーもくんをただいきなり写すよりも、足のアップ、目のアップ、テレビのような四角い口のアップといったどーもくんの部分から見せることでよりどーもくんを印象付けていますし、たーちゃん登場篇ではどーもくんとたーちゃんの出会い(目が合う瞬間)を、二人のアップを交互に見せたりすることで緊張感を高め、そのあとの台詞「へなちょこだち」のおかしさを際だたせています。伝えたくないものを隠す例としては、映画「ターミネーター2」で液体金属のターミネーターが手を変形させたときCGの部分と作り物で撮影した部分とがばれないようにカットを切り替えているのがいい例ではないでしょうか。
なお、カット数を増やすことで内容の濃い、テンポの速い作品にしていくこともできるんですが、どーもくんの作品も本数を重ねるにつれカット数が多くテンポが速くなった気がするんですがどうでしょう?同じ30秒でも誕生編は4カット、登場編は8カットでしたが、たーちゃん登場篇だと19カットもあるんです。
たまにはこのカットに注意しながら映像を撮影したり、見たりするのもおもしろいですよ。時々はっとするような発見がありますから。
ではまた次回。
そうそう、この景色ですね。