今日のたわごと(2004年09月)


September 30, 2004  〜月末〜

9月も終わり。もうすぐ年末。
September 29, 2004  〜なんも〜

特に何もなかった。
September 28, 2004  〜早く来い!〜

最近、『はぁやぁくぅこいこい日曜!』って気分。そうそう1月(正月)、5月、9月を正五九というの知ってる?えっ?一年前も同じことかいただろう!って?その通り。
September 27, 2004  〜疲れがとれない〜

未だに本調子にならない。なんだろう?
September 26, 2004  〜外出〜

出かけた。
September 25, 2004  〜もうそんなに・・・〜

もうあれから11年経つのか、はやいなぁ。
September 24, 2004  〜連休の影響〜

金曜日。休みが多くて曜日感覚がずれてくる。
September 23, 2004  〜秋のお彼岸〜

秋分の日。浦和に出かけた。本来の用事以外のことも偶然出来、お得な外出でした。
September 22, 2004  〜体調悪いョ〜

欧州帰り後の体調不調、まだ続く。時差ボケではなかったらしい。
September 21, 2004  〜連休明け〜

連休後の出勤はちとツライネ。でも今週は秋分の日があるからすぐ休みだ。
September 20, 2004  〜地下鉄〜

敬老の日。今日は地下鉄を使って大塚まで出かけた。何回乗っても思うのは運賃高すぎってこと。社長変わったんだからどうにかして!
September 19, 2004  〜休み〜

一日グダグダ過ごした。
September 18, 2004  〜週末〜

明日は日曜、一日休めそう。体力回復なるか・・・?
September 17, 2004  〜金曜だ〜

すごい疲労感がまだ続く。今日は金曜なので明日出勤すれば、日曜。休めるか・・・。
September 16, 2004  〜出勤〜

体調がまだすぐれない中、出勤した。お土産を職場の人たちに渡した。
September 15, 2004  〜体調悪し〜

体調が悪いので仕事を休んだ。時差ぼけか。でもあまり時差ぼけしないタイプなんだけど。すごい疲労感。
September 14, 2004  〜帰国〜

いつ、14日になったのだろう・・・。飛行機の中・・・。電気がつく。飲み物のサービスに続いて、食事。飛行機の飛んでいる場所が分かる画面によると今はロシア上空らしい。窓のそばまで行って写真を何枚か撮った。席に戻る。しばらくすると日本海上空になった。また窓までいって写真を撮った。別送品の手続きの書類をもらうためにキャビンアテンダント(スチュワーデス)さんを呼ぶ。外国人の人が来た。伝えたら持って来てくれた。2枚記入。アナウンスでもう少しで着陸態勢に入るとのこと。しばらくしてシートベルト着用サイン。そして14時半ちょっと前に着陸態勢、そして着陸。着陸後もしばらく走る。そして第2ターミナルに到着。席は後の方なのでしばらく席で待つ。そして飛行機から降りた。帰ってきちゃった・・・。自宅に電話。友人にメール。それからターミナルへの乗り物(あれなんじゃ?)に乗った。入国手続き。Baggage Claimで荷物を待つ。なかなか来ない。待っても来ない。またロストかと思っていたら、回ってきた。税関で別送品の書類を出す。アルコールとかがないかを聞かれてその書類になんか書いた。スタンプを押してくれて1枚返してくれた。税関の向こうの自動ドアを通れば、ホントの意味での帰国。通っちまった。そして到着ロビーへ。まず、別送品の手続き。そして帰宅経路を検討。難。JRの成田エクスプレス(大宮行)にするか、京成スカイライナーにするか…。結論、おなかが空いたので軽食をとりながら考える。そして帰国後初の日本円使用で軽食をとる。そしてある考えのもと、京成の普通特急で上野に出ることにした。まず、パスネットを買う。そんでホームへ。特急に乗り座ったら寝てしまった。気がついたら日暮里。次が終点京成上野。駅で降りる。階段上って改札へ。そのままJR上野駅へ。ホームへ向かう。10月16日のJRダイヤ改正までは東北線、高崎線に普通乗車券のみで乗れるグリーン車(車両はグリーン車だけど扱いは普通車)が走っているので乗ってみた。実はこれが成田で思いついた「ある考え」。2階建て車両。う〜ん、微妙。グリーン車ってそんなに・・・。浦和駅まで乗り京浜東北線で南浦和駅に戻る。武蔵野線に乗り換えた。そんでもって久々の自宅へ。無事帰宅。ホッ。
そして今日は・・・、上戸彩の誕生日。(^^)\
September 13, 2004  〜フランス出国の日〜

朝起きた。ホテルの地下の朝食室に行く。狭かった。まぁ、ホテルが小さいからそんなものかもしれない。パンを食べた。ヤマト運輸に電話をした。スーツケースが重いうえに、20時のフライトだから邪魔。送ることにしたのである。引き取りは前日までにといわれ、場所を聞いてそこまで持っていくことにした。荷物の整理をしてチェックアウト。おっと、カードキーを部屋においてきたままだった。フロントで謝った。ノープロブレムといわれた。電話代を払ってチェックアウト。ベルギーからは日本直行のフライトがないのでそのためにフランスによったが、もう一つ大きな目的があった。その目的地にいった。ホテルの近く。わざと近くにホテルをとった。前日に下見に行ったのに迷った。迷っていたら若い男の人に声をかけられたが、"I can't speak French."(フランス語しゃべれんワイ)といったらどっかいっちまった。もと来た道へ戻って目的地にいく。用事を済ませて最後にそこでパリ市内からシャルル・ド・ゴール空港への行き方を聞いた。バスをすすめられた。すっきりした気持ちでメトロの駅へ。Mobilis(モビリス)という1日乗り放題の切符を買った。ガイドブックのMobilisの載っているページに1〜2と書いてそれを指差し、1〜2ゾーン用Mobilisを買った。買えた。めでたしめでたし。メトロでOpera駅で乗り換え、Pyramides駅で降りた。スーツケースが重いので送るために、ヤマト運輸を探す。見つからない。地図を見る。逆方向だった。日本人らしき人がいたから聞こうかと思ったけどやめた。歩いているうちに日通を見つけたので、日通にした。書類を書いた。結構大変なんだね。支払方法を聞かれる。着払いか元払いか。どのくらいか聞いたところ、「200ユーロ」。ふ〜ん、そんなものか。実はこのとき金銭感覚が麻痺していた。200ユーロは26000円。そのときは結構安いものだと思ってしまっていた。カードで支払った。まぁ、実のところ腕も腰も痛くなり始めていたときなのでよかったです。その足でルーブル美術館へ。外観の写真を何枚かとって中へ。入るときにバッグを開けてくださいといわれた。8.50ユーロ払ってチケットを買った。手荷物預かり所にリュックを預ける。日本語版の案内パンフレットがあったのでもらう。中に入る。写真撮影はダメだろうと思っていたらカナリの美術品で撮影可だったのでバシバシ撮ってきた。西洋美術はよく分からなかった。が、モナ・リザだけはみようと思い見てきた。たくさん人がいた。もう一つ、ミロのヴィーナスも見た。なんか頭が少し痛くなってきた。出ようと思い、ルーブル美術館を出るときに預けていたリュックを携帯品預け所に取りにいった。番号札を渡すと違うバッグが来た。英語で「これ自分のじゃない!」といったら、なんか言ってきた。「でもこの番号札はこのバッグだ。」といわれた。「でもこれは自分のじゃない!」この会話がしばらく繰り返される。その係員はどっかに電話した。ちょっと待ったら、「入って」といわれ、荷物置き場に通された。「どのバッグ?」と聞かれ、少し探すとあった。「This bag!」といったらそれを持って再度カウンターへ。何人か係員が集まってきた。「パスポートとか入っていますか?」「いいんや。」係員は首を振る・・・。確認が出来ないということらしい。そうそう、リュックに鍵をつけておいたのだ。「この鍵が開けられたら、自分のバッグってことでしょ?」というと一人の係員が他の係員になんか話して「あけてみてください。」といった。番号をあわせてあけた。またなんか係員同士で話をしてやっと返してもらえた。飛行機でロストバゲージがあっても、美術館であるとは思わなかった・・・。お土産を買うべく、松坂屋に向かった。Palais Royal Musee du Louvre駅からChaussee d' Antin-La Fayette駅で降りる。そして松坂屋へ。まずカバンを買った。そして、お土産をバシバシ買う。家族用のお土産は空港で買うことにした。またメトロに乗る。Chaussee d' Antin-La Fayette駅からFranklin D. Rooseveit駅に向かい、そこで乗り換え。Porte Maillot駅で降りる。おもちゃ屋があったから入ったが高いのでここでのお土産購入はやめる。1階に上がり、案内所でシャルル・ド・ゴール空港行きのバス乗り場を聞く。そこにいって待った。大雨が降ってきた。待っていたら、日本人らしき人もきた。現地人人らしい女性もきた。その女性がここはバスが到着するところで空港行きはあっちと教えてくれた。そっちにいった。ちょっと待ったらバスが来た。渋滞につかまったらしくノロノロ運転。それでもどうにか空港に着く。ターミナル2に先に回った。エール・フランスのバスなのでエール・フランスが発着するターミナル2を先に回るのは当たり前か・・・。9月5日の騒動のときにバスに乗り降りした場所を通った。そんでもってターミナル1へ。すぐに搭乗手続き。窓際がよかったが、どうやら通路側・・・。お土産を買おうと思ったが、売っている場所が分からない。出国手続きをして中で買うことにした。父親に腕時計、母親にスカーフを免税店で買った。免税店で買うとパスポートと搭乗券を見せるんだね。ふ〜ん。本とかちょろちょろと買って、搭乗口へ。9月5日についたときの場所だった(当たり前か・・・)。フランス〜ドイツでお世話になった日本人の人(在独)に電話でお礼。ベルギーの友人にも電話と思ったが、搭乗が始まってしまったので断念。セキュリティチェックで引っかかる。これですべてのセキュリティチェックで引っかかった。パチパチパチパチ。デジカメも引っかかったみたい。どうにか搭乗。そして離陸というときになかなか飛行機が動かない。どうやら出発準備は出来たものの、管制塔からの指示待ちだとか。しばらくして動き出し離陸。とうとう日本に向かってしまう・・・。しばらくして機内食。洋食をお願いする。ゲームとかしたり寝たりした。電気消える・・・。夜。
September 12, 2004  〜ベルギー出国、フランス再入国〜

朝。ノックの音。友人に起こしてもらった。着替えた。荷物が重いので不要な本を友人に送ってもらうことにした。パンをいただき出発。友人がブリュッセル南駅まで送ってくれる。メトロを乗り継ぎブリュッセル南駅へ。駅の中でジュースを飲んだ。違うタリスがホームにとまっていた。それが出て行き、自分の乗るものが入ってきた。重たいスーツケースを荷物棚にのせる。出発までデッキで友人と話をしていた。出発、友人と別れた。列車は1等車。車内検札があった。食事も出た。すごいね、食事つきなんて。いつのまにかにフランスに入国したらしい。EU内は国境がよく分からん。そしてフランス・パリ北駅に到着。車掌さんがタクシー乗り場を教えてくれた。タクシーでホテルの場所の書いた紙を見せた。ホテルに到着。部屋にいく。セキュリティボックスが鍵がかかったままで開かない。ノックがあったのであけたらホテルの人で、室内のチェックかなんかみたいだったけど、おいらがいたのであとで来るといっていた。その人にセキュリティボックスが開かないって言ったら、見てくれて、フロントに行ってくれといわれた。フロントに行ったら、じゃぁ壊れているみたいだから貴重品はフロントに預けてくれといわれた。外出。パリの最大の目的地の下見。その後電話。そして凱旋門まで歩いていった。そとから写真を撮る。中にも入れるみたいなのでお金を払って入った。昇った、階段を。屋上ではいろんな方向の写真をとった。きれいだったョ。エッフェル塔が見えた。降りる途中でノートがおいてあった。きた人が自由に何かを書けるらしい。自分も一筆。内容はヒミツ(ていうか、忘れた。)。次にメトロに乗ってエッフェル塔へ。人が多い。軍人もいた。エッフェル塔の真下に行った。写真撮った。なんてことはなかった。ずっと芝生の公園みたいになっているところに添って歩いていった。そこでまた写真。感慨にふけってから、エッフェル塔に昇るために戻った。最上階まで昇れるチケットを購入。エレベーターというか、ゴンドラというかそんなものに乗った。まず中階。ちょっとお土産などを買って、最上階へ。パリに関する知識があまりないのでよく分からんけど、いい町みたい。ダイアナ元妃がなくなった場所も近くらしいことが分かった。写真とりまくり、降りた。降りる途中でネパール人に声をかけられた。日本に来たことがあるって。降りたら、芝生の公園みたいなところとは逆側にいった。行く途中、橋があるんだけどその橋のそばに男同士でキスをしている“カップル”がいた。ちょっと高い場所に上って写真を撮る。近くに日本人がいた。夕食をとるためにフランス国立図書館やルーブル美術館の近くへいった。北海道というお店で夕食をとった。カツどんを食べた。遅くなったのでメトロは避ける。タクシー乗り場を地図で探していってみたがない。じゃぁということで明るいほうに向かって歩いたら、やっとタクシー乗り場を見つけた。タクシーは女性の運転手さんだった。無事ホテル到着。
September 11, 2004  〜ベルギーだす。〜

朝、午前5時前に目が覚める。そして5時にアラームが鳴った。とめた。しばらくしたらノック。開けてみると乗務員の人が朝食を持ってきてくれた。コーヒーとパン。上のベッドの二人を起こさないように静かに食べた。定刻では6時9分、ブBRUXELLES MIDI駅着。なので、6時ちょっと前に荷物を個室から出して通路に出た。がさごそちょっとうるさかったかも・・・。しばらくしたら同室の人が出てきてトイレに行った。トイレから戻って部屋に戻るときに「さっきは物音を立ててすみませんでした。」と片言の英語でいったら、「ノープロブレム」といってくれた。もうそろそろと思い、ドアのそばにいった。同室の子供の方がトイレに行くのが見えた。起こしてしまったか、やはり・・・。窓の外を見ていたら駅のホームが見えてきた。ついたと思ったら通過した。"BRUXELLES CENTRAL"と書いてあった。ブリュッセル中央駅だったみたい。そんでもってまたホームが見えてきた。そこが降りる駅、"BRUXELLES MIDI"。ホームを見ると少し悪そうな人がいた。ドアが開くのを待っていたら乗務員の人がボタンを押すんだといって押してくれた。ドアが開く。ホームに降りた。定刻より少し遅れていた。同室の親子が窓から手を振ってくれていた。列車の発車を見送り、階段を降りてコンコースへ。今日のこれからの予定は友人宅に行くこと。といっても今はまだ6時半をまわったぐらい。コンコースをぶらぶらして大体の駅の構造を覚えた。コインロッカーの場所とかね。時間があるからアントワープに行くか思案。何本もアントワープに行く特急が出て行った。「切符をどう買うか?」「このでか重いスーツケースをどうするか?」を考えた。盗難などを警戒して、インフォメーションのそばの壁を背に考えた。考えながら周りの見ていると案外多い日本人。そして決断。アンドワープは断念して友達のうちに行こうと。さっき探しておいた公衆電話のところへ行く。日本で買ってきたKDDIのカード(これは電話に入れるタイプではなく、受話器をとってKDDIに電話、カードに書いてあるカード番号と相手先の電話番号を押すとつながるというもの)で電話をしようと、まずはKDDIに電話。カード番号を入力。このカードの残高を知らせてくれる。ドイツで使った場合はその後、日本にかける場合は・・・、日本以外に書ける場合は・・・というアナウンスがあったのだが、なかった。おかしいと思いKDDIのカードに添付されてきた説明書を見るとベルギーからは日本にしか、かけられない!ガァーン!!公衆電話をみるとどれも現地のテレフォンカードのみ(コインを入れる場所がない)。これじゃ、友人宅に電話をかけられない。そう、ベルギーにいながらベルギー国内に電話をかける術がない。思案。結果、以下のことを思いつく。

  • 日本(自宅)に電話をして親にベルギーの友人宅に国際電話をかけてもらい、友人宅へ行く方法を聞いてもらう。しばらくしてから再度日本に電話をかけて友人宅への行く方法を教えてもらう。
  • ベルギー国外に一旦出る。フランスやドイツからなら日本以外にかけられるから。ベルギーなどのベネルクス三国はフランスやドイツに比べれば小さいので他国に出るのは案外容易か?


  • まぁ、後者はあまり現実的ではないなぁと思いつつも真剣に考えた。そして第3の案が浮かんだ。それは

  • コインの使える公衆電話を探そうということ。


  • 駅内をくまなく探す。なかった。探している間に

  • 携帯電話借りる?


  • という案も浮上。そんなこんなで久々にあせりながら歩きまわっていたら、1台だけ、クレジットカードオンリーの公衆電話を発見。それでやっとこさっとこ電話をかけることが出来た。メトロに乗るらしい。メトロの終点だとか・・・。重いスーツケースを転がしながらメトロのホームへ向かう。切符を買う。友人に教わった駅行きのメトロを探すとそんな列車はない。また危機到来。再び地上の駅に。案内所の近くに駅員らしき人がいたので(そういえば、以前うちの上司が海外で困った場合は、
    1. 制服を着た人
    2. お年寄り
    3. 若い人
    という優先順位で聞くべしと教わった。)、その駅の名前を書いたノートを見せた。「メトロ!あっち行って曲がって・・・」と教わった。それ、さっきの駅やんけ。またいってみる。もしかしてどっかで乗換えか・・・。路線図を見ると案の定乗り換えるのだ。・・・。それでスーツケースを持って地下へ地下へと向かいメトロに乗る。Arts-Loi Kunst-Wetって駅で乗り換えて1Bというメトロで終点へ行けばよいらしい。そんでもって目的地に着く。で、また電話を探す。うっ、またテレフォンカードかい・・・。どうしよう・・・。さんざん歩いた結果、また駅に戻る。駅にいれば来てくれるかもしれないと思った。お菓子を食べながらボォーッとしているとコインの音と受話器の音。よくみるとホームにコイン式の公衆電話が・・・。灯台下暗しってこのことか・・・。やっと電話。そしたら駅のまん前らしい。案内された駅の出口に行ってみる。窓から手を振ってくれるといっていたけど・・・。見つけた。ホント駅のまん前。少し話をして、ブリュッセルの町を案内してもらうことになった。メトロの駅に行った。今回は5回乗れる切符を買った。あとで分かったことだか、ブリュッセル南駅からメトロに乗るときこの切符を買っておけばよかったようだ。メトロに乗った。友人の携帯が鳴った。地下鉄車内でも携帯が使えるのか・・・?なんていう駅だろうか、どっかの駅で降りた(どこだっけ?)。ベルギー王宮(だったよね?)にいった。写真を撮った。そばの美術館の中に入った。無料エリアだけでしたけど。写真撮った。教会に行った。なぜか頭が痛くなった。教会を出て少し歩く。頭痛は治っていた。そして、EU本部を見に行こうということで…。でもEU本部、どこだか分かりませんでした(^^;)。それでもEU関連のビルを外からみてきたです。それから何とかという広場(?)にいって旧ブリュッセル市庁舎の中に入った。歴史的なものなどいろいろあった。様々な格好をした小便小僧の人形もあった。桃太郎とか。そこを出た後、本物の小便小僧をみてきた。人がたくさんいて記念写真とか撮っていた。また広場に戻って、そこで友人の奥さんと待ち合わせ。夕飯の前に軽く食べませぅということになった。窓際で広場がよく見える場所。パレードが始まった。第二次大戦時、ドイツがフランス侵攻に際し、地理的に両国の中間に位置する中立国ベルギーもドイツの侵攻を免れなかった。1944年英米軍がフランス・ノルマンディから上陸、まずはパリ解放、続いて東へとすすみ、ベルギー・ブリュッセルを解放したのがこの日、9・11らしい。そのパレード。しばらくいろいろ話してからその店を出て夕食へ。ごちそうになってしまった。おいしかったョ。途中スコールみたいな雨が降ってきたけど。夕食の前か後か忘れてしまったが、小便小僧の妹、小便娘(?)を見てきた。座っておしっこしていた。その後軽く一杯ってことになった。三人ともソフトドリンク。飲んでから帰ることになったが、また雨。それでもどうにかメトロの駅へ。そんでもって友人宅へ。メールを確認させてもらったりシャワーを浴びさせてもらったりして寝た。
    September 10, 2004  〜ドイツ最後の日〜

    午前中仕事。そのあと、上司とSバーン(S1)でベルリンへ。ベルリンのヨーロッパセンターで昼食。その後、上司の泊まるホテルに荷物を置いて市内観光のバスに乗る。ポツダム広場で降りた。ソニーセンターなどがあったが、そのほかは特になかった。ここには壁があったらしい。またバスに乗る。途中でベルリンの壁の残っているところの横を通った。この壁のおかげで命をなくした人もいる・・・。Checkpoint Charlieという、壁があるときの外国人向けの出入国ポイントがあったところを通った。米英仏ソの国旗が描かれているところが多い。ブランデンブルグ門の近くでまた降りた。ブランデンブルグ門への途中、ジュースを売っていたのでファンタを買った。ブランデンブルグ門が近づいてくる。ブランデンブルグ門の近くにも壁があったらしい。壁が健在のときは門を通ることは出来なかったらしい(壁が門のまん前にあったから・・・。)。写真を何枚か撮った。近くの売店に行った。日差しが強いのでサングラスを買おうと思って・・・。そこにかつての壁も売っていた。壁2片とサングラスを買った。これで楽になりそう・・・。またバスに乗った。今建設中のベルリン中央駅のそばなどを通った。バスは市内を廻って終点に。ハジメに乗った場所と違う・・・。みんな降りるので自分も降りた。どこだかわからん。ちょっと歩いたらUバーンの駅があった。切符を買ってUバーンに乗った。そういやぁあ、Uバーンは初めてだ。隣の駅がZoo駅。そこで降りて、まずは今夜乗る寝台列車の着くホームの下見。それから駅を出て上司のホテルへ。ちょっと迷いつつも何とかついた。おいら方向音痴なんだよね。そうそう、途中で壁に関する地図が売っていたから買った。観光をしての感想。もう15年ぐらい、壁の崩壊から経つけれども、観光者としてみる限り、東西の違いは分からなかった。しかし、ベルリンの壁の崩壊のときにベルリンにいて、壁を実際に壊したという人の話だと、壁の崩壊はよかったがその後がよくなかった、経済の格差が大きすぎたということだ。また別の機会にきてよくみてみたいなと思った。上司に夕食をご馳走になってからZoo駅へ。上司が送ってくれた。送ってくれなかったら違う方向に行っていた。違う方向の建物を駅だと思ったんだもん。駅についてからミネラルウォーターを2本買った。そして電光表示板でホームを確認。ホームへあがるが場所がわからん。ホームの端に行って駅員に聞いたら、Cという札の場所へ行けといわれた。お世話になったベルリン在住の日本人の人、ベルギーでお世話になる友人に電話を入れようと思ったが、ホームに電話がない。成田で携帯レンタルしておけばよかった・・・。列車の来る時刻も近づいているので電話はあきらめた。列車が来た。女の乗務員に切符を見せたらもうひとつ隣の車両だといわれた。隣の車両に行って乗った。乗務員が荷物をのせてくれた。重たかったのでびっくりしていた。3人用コンパートメントで下段。Zoo駅始発ではないがだれも乗っていなかった。すぐ検札。明朝、起こす時間は5時でいいか、朝食がつくがコーヒーがいいか紅茶がいいか聞かれた。5時でコーヒーでお願いした。列車が出てから荷物の整理をした。トイレに行ったらシャワーがあった。でも浴びなかった。途中の駅で親子連れが乗ってきた。しばらくおいどんは本を読んでいたけれども寝た。
    September 9, 2004  〜仕事だよ〜

    今日は今回の出張での2つめの大きな仕事。パソコンとプリンタをもってポツダム大学に行くが、電源が取れそうなところがないので再びホテルへ。ホテルで印刷などをしてまたポツダム大学へ。仕事が終わってから、夜は寒いので服を買おうと思った。ポツダム駅のほうへ行こうとして迷って結局、昨日のマーケットに行った。服を買った。今日も帰りに電車で帰ろうとしたが、切符の買い方がわからず、あきらめた。(^^; だってヨーロッパは鉄道の切符がないときの罰金が高いって話だし・・・。帰り道、上司に勧められたイタリアンレストランがあったのでそこで食べた。スパゲティを食べた。
    September 8, 2004  〜そして今日も仕事〜

    今日も仕事。ホテルとポツダム大学の往復。電源の変換コネクタを買うために、ポツダム駅のほうへ行こうと思い歩いた。その途中でマーケットを見つけたのでそこに入ることにした。小さな電気屋さんがあったのでそこで買った。手振りで通じた。ミネラルウォーターも買った。地図を見るとポツダム駅まではまだまだありそうだった。歩いて帰った。帰りに駅があったので電車で帰ろうとしたが、切符の買い方がわからず、あきらめた。
    September 7, 2004  〜今日も仕事〜

    朝はホテルで朝食。欧州ではじめての食事か。そして今日も仕事。ホテルとポツダム大学の往復。日本から変圧器を持っていったのだが、パソコンやプリンタには必要ないことがわかった。ACアダプタをみるとドイツの電圧に対応しているんだね。だから変換コネクタだけでいいのだ(コンセントの口が違う。)。それに加えてこの変圧器使っていて熱くなってくると自動的にお休みモードに入ってしまう。これでは困るのでコンセントの変換コネクタを買おうと思う今日この頃・・・。
    September 6, 2004  〜ドイツへ〜

    早朝目覚ましより先に起きた。そういえば、このホテルの目覚ましはTVでセットするみたい。寝る前にセットの仕方がよくわからず困った。5時15分にホテルロビーに下りるともうすでにかなりの人がバスに乗っていた。かなり早いほうだと思っていたのに・・・。シャルル・ド・ゴール空港でチェックインをし、スーツケースを預ける。昨日もらった朝食券を使おうとしたら、普通の金額を取るといわれて相談した結果、やめた。機内で軽い食事が出るみたいだし。てなことでセキュリティチェックへ。また引っかかった。これで3回目だ。そして搭乗。かなり後ろのほう。でも3人並んだ席。おいらは窓際。離陸して芝らしくして寝てしまった。食事がきて起こされた。パンとコーヒー、ヨーグルトだったかな。そんでしばらく飛んで、ドイツ、ベルリン、テーゲル空港に着陸。テーゲル空港は旧西ベルリン。空港でまずは両替。そしてベルリンと郊外の公共交通機関用チケットを買ってもらった。なんでもベルリンは3つのゾーンに分かれており、テーゲル空港からベルリン市内ならばAB(アーベー)ゾーンチケットの2ユーロだけれども(したがって一緒の二人はこのチケット)、ポツダムまでいくオイドンはABC(アーベーツェー)ゾーンチケットであった。2.60ユーロだったかな?そしてベルリンZOO(ツォー)駅行きのバスに乗った。ドイツ語、フランス語、英語ぺらぺらの日本人の人は途中で降りた。もう一人の人とZOO駅に降り立つ。その人はU(ウー)バーン(地下鉄)に乗るらしい。オイドンはSバーンに乗るので駅で別れる。S1というSバーンに乗ろうとして駅員に聞いたら遠回りになるからS7でWassenn(?だったかな)へいってそこでS1に乗り換えるべしと教わった。そのとおりにしてポツダム駅に降り立つ。降りてすぐタクシーでホテルへ。チェックイン後、着替えて仕事場のポツダム大学へ。仕事が終わったら、ホテルに戻った。途中のお店でファンタとアイスを買った。そういえば、まだ欧州に入ってから食事らしい食事はしていなかった。でも夕食も食事らしいものではなく、日本から持っていったお菓子を食べた。夜も仕事は続く。ちなみにこのポツダムは「ポツダム宣言」のポツダムです。
    September 5, 2004  〜出発〜

    はじめての欧州。家を出る前からかなり気が重い。言葉の通じないところへ行くのに加え、仕事の準備がまだ終わっていない。午前11時25分成田発の全日空のNH205便。何でも満席で窓側希望を出していたんだけど・・・。非常口横ならば空いているということでそこにした。でも成田は混んでいた。ズボンのベルトを忘れたのでベルトを買った。高かった。セキュリティチェックで引っかかった。カバンの中のパソコンとプリンタ。出国審査はスムーズに終わった。ミネラルウォーターを2本とのど飴5個を買った。飛行機搭乗。非常口横の窓際だったけど、窓見えない・・・。トホホ。機内食が出た。洋食と和食の選択が出来て、自分は洋食。食べてから仕事。しばらくしたら電気が消えた。パソコンつけた。電気が消えているところでのパソコンはちょっと明るすぎ。パリに近づいて電気が再点灯。軽い機内食出る。そういえば、カップラーメンも出たなぁ。パリ・シャルルドゴール空港第1ターミナルに16時半過ぎに到着。シャルルドゴール空港の第1ターミナルから第2ターミナルへの乗り換えは大変だと聞いていたけれどもそんなことはなかった。バスに乗ってターミナル2Bで降りた。トランジットの手続き、入国手続き(非常に簡単、「コンニチワ、ゲンキデスカ?」と聞かれただけ。)、そして、初めての買い物。ミネラルウォーターを買った。でかい。何もやることがなかったので、セキュリティチェックした。また引っかかった。靴脱げといわれて靴脱いでX線へ。ボディチェック。OK。搭乗口前でPC開いた。しばらく仕事。だって2時間近くあるんだもん。というか自分の乗る飛行機のところに"DELAY"と表示がされているから相当待つのかな。それにしても日本人が多い。いままでいった海外のなかでは一番見た日本人が多いかも。セキュリティチェックのところで大きな声が聞こえた。なんか問題があったみたい。そして、搭乗手続き。飛行機に乗るためにバスに案内される。バスに乗る。なかなか出ない。そのうちフランス語でなんか言われてみんな降りた。自分も続く。搭乗手続きの場所に戻った。なんだか分からないうちにみんな待合室に戻る。自分も続く。近くに日本人夫妻がいたので事情を聞いたら、飛行機の不都合などで待つようにということだった。そこで話をしていたら日本人が何人か集まってきた。そんなこんなで待つこと、どのくらいだっただろうか?飛行機はキャンセル(欠航)になったようで・・・。先ほどのご夫妻とは別に知り合った日本人男性2人と固まって行動した。そのうちのお一人がドイツ語とフランス語、英語も話せたので安心した。夕食券が出たけれどもレストランはラストオーダーが終わったとか。エールフランスが手配したホテルにバスで出発、午後11時半。ホテルの周りを異様にぐるぐるバスは廻って到着。翌日5時30分バスが来るとか・・・。ちょっと仕事して寝た。
    September 4, 2004  〜準備〜

    明日からの欧州出張の準備。大変だぁ。買い物に立川に行った。ノートパソコンのバッテリーなどを買った。荷物を減らすようにしていたのにカナリ重たそう・・・。
    September 3, 2004  〜仙台出張〜

    朝早い新幹線で仙台に行った。仕事済ませて速攻帰ってきた。新幹線で乗り過ごして東京まで行ってしまった。
    September 2, 2004  〜明日〜

    明日は仙台に出張。
    September 1, 2004  〜欧州の列車 その3〜

    旅行会社の担当者の人から電話があって変更できたとのこと。ホッ。プリンターが届いた。



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