BACK TOP NEXT
ひろこの部屋 25




松の幹の甘い蜜

田中浩子


 松露は、松の根に外部共生するキノコで、若い内は食用になります。
 西洋松露は、あの有名なトリュフのことで、別種です。
 松から得られる食べ物に、松の幹から滲み出る甘い蜜があります。これについて書いてみます。


写真1

 昔、まだ子供だった頃、我が町(愛知県知立市谷田町:ヤタチョウと読みます)の谷田神明社の神殿の向かって左側に松の大木がありました。その幹の、ちょうど子供の手が届くところに松脂(まつやに)が出る傷がありました。これは、後日、主人から、松脂を右手の親指と人指し指で押したり開いたりして糸を引くようになったら、その糸を小枝全体にクルクル巻いて、小鳥を捕らえるのに使ったそうです。粘着性が強かったからだとか。

 その松脂の出る傷口の傍に、なんとも香りの良いハチミツのような液が出ていました。おいしい松のミツでした。その量はほんの僅かで、子供の頃は遊びながら落ちていたマツバンゴ(葉の葉のこと、単にゴとも言う)を使って、ミツを掬い取って舐めたものでした。友達も、遊びの合間に舐めに行ったものです。主人もこの事を体験していましたし、ネットで検索していたら、「昔、子供の頃に松の幹から松脂じゃなく甘い蜜が滲み出していて松葉の先にその蜜を付けて子供仲間で食べた記憶があるのですが… そんな話をしても今では誰にも信じて貰えません。そのうち私も自信がなくなり夢か幻か… どなたか同じ経験をした人は…」という記事を見つけたので連絡しようとしたのですが、うまく繋がりませんでした。摩訶不思議です。ところで、私達は神社でケンカなどは、したことがありません。みな仲良しこよしでした。

 谷田神社の境内は松の林で、もっと昔のことを母に聞くと、キノコ類のハッタケ、アオバツ、ヌメリタケなどが生えていたそうです。ところで、大正2年に、ここのすぐ東北の原生林の辺りで、陸軍の演習が東西に分かれて行われ、大正天皇がその様子を御覧になりまして、その記念に、神社本殿の右横に石組みをした築山がなされました。趣のある石が使われ、中央の高みに祈念碑が建てられました(関連の記事をこのHPの ひろこの部屋 11 臨幸の森 に載せてあります)。

 その神社が、年を経るにつれて林相も変わり、特に、多数の犠牲者と倒壊家屋の被害が出た伊勢湾台風の時(私は小6でした)、多数の松が倒れてしまいました。松のゴは、掻き集めて、竃(かまど)や風呂のくどの焚きつけに使って重宝していたのでしたが、今は、何もかも電化していて、そんな焚きつけ用のゴの必要性が無くなりました。

 そうそう、子供の頃には、ツバキの蜜を吸ったり、雑草の赤い根っ子をしゃぶったり、イネ科雑草のチガヤの極く若い穂(ツバナと呼んでいました)は少し甘味があり、それを抜いて食べたり、このチガヤの穂の大きくなったのは、ゴワゴワして食べるとお尻が詰まるなどと言われていました。これ、何か違うのではないかと思えるのですが…。


BACK TOP NEXT