つづく

バッハ協会管弦楽団・合唱団   バッハアカデミー

ハンガリー・コンサートツアーに参加して
                                            K.H様
今回の旅に参加させて頂き、本当に良かったです。
美しいブダペストの街並み、荘厳な教会とオルガン、先生ご夫妻はじめ素晴らしい方々との出会い、そして何より、先生の誠実で温かい、時に鬼気迫るオルガンの響き・・・・
すべてがこの上なく充実した素晴らしい旅でした。

一か所での滞在はゆったりできて、ホテルも可愛くて、まるで間借りして住んでいるような心地よさでした。
お食事もどこも皆美味しくて、しっかり太って帰ってきました(泣)
そして思いがけず、修道院での神父様や神学生の方たちとの食事も嬉しかったです。

先生のコンサートはもちろん、リハーサルを聴かせて頂けた事も貴重な体験でした。
普通の観光で行ったなら、絶対にできない経験をさせて頂きました。
間近で見たオルガンは、カルチャーショックそのもの・・・(驚)
古い木のボロボロの鍵盤のイメージしかなかったのに、あんなに最新式の装置だなんて・・・
そもそも、ヘレンド工房の事も「ヘレンド」というオルガンの工房と思い込んでいた程、無知な私でした(恥)
そして、聖堂いっぱいに響き渡る先生のオルガンの音色・・・至福のひと時でした。
魂が満たされ、充足を与えられました。
本当にありがとうございました。

エディナさんやアンナさんよりお聞きした戦争・侵略の歴史も、その場に居ながら聞くと知識として得る以上に、実感として迫ってくるものがありました。
コダーイの博物館では、コダーイとバルトークが民族の音楽を継承しようという点で一致し、国の色々な地域に出かけ、そこに伝わる民謡を現地の人に歌ってもらい録音して持ち帰り、それに基づいて作曲したことを知り、感慨深い思いでした。

まだまだ書ききれない程の感動がありますが、
この旅を通して出会ったすべての人に感謝します。
先生にも心よりお礼申し上げます。
これに懲りず、また次回も連れていって下さい。お願い致します。

本当にありがとうございました。

感想集


ハンガリー・コンサートツアーに参加して
                                            茅野友子様

 ハンガリーはフランツ・リストの生まれた国。いつか一度いってみたいと思っていた。そんな夢がはからずも急に現実になったのは今年の6月。山田康弘先生のハンガリー・オルガンコンサートツアーに参加させていただくことになった。

 6泊8日の旅だが、宿泊はブダペシュトのアストラホテルだけで、遠出をする時もミニバスの日帰り旅行だったから、我々シニアメンバーもさほど疲れず、この旅の本来の目的であるオルガン演奏の鑑賞と見学を心ゆくなで楽しむことができた。

 一週間の滞在中に山田先生のコンサートが2回、そのほか各地の教会訪問を加えると、7台のオルガンを見たり聴いたりしたことになる。それぞれ印象深い体験であったが、今なお心に残るセーチェーニーでの一日とオルガンコンサートに的を絞って書いてみたい。

 セーチェーニーはブダペシュトから北に車で約2時間、人口6,600人の静かな町である。緑の地平線のあたりはスロバキアの国境に近いらしい。14世紀にさかのぼるというフランシスコ派の修道院つき教会では、担当の神父様が我々一行を待っていてくださった。焦げ茶色の僧服に太い綱のベルト、いきいきとした表情の方である。言葉は分からないが、この方の温かいもてなしの心が伝わって来て、この教会で過ごした一日を忘れがたいものにしてくれた。回廊に面した部屋を2室も我々の休憩用に用意して下さっていた。

 修道院の中を案内される。この地が1552年オスマントルコに占領された時代に、柱に彫られた4福音書記者とそれぞれゆかりの動物たちの顔が削り取られたという。今も柱が当時のままの無残な姿で残されていた。

 昼食は修道院の食堂に招かれ、肉と野菜たっぷりのスープとチーズパンを細長い長方形のテーブルで頂く。これぞ正真正銘のレフェクトリー(僧院式)テーブルだと感慨深かった。食事も非常に美味しかった。

 オルガンのリハーサルに続いて夜の本番まで我々は自由行動である。天気は快晴。修道院の庭と隣接の緑地を散歩したが、この辺り一面、何ともいえぬよい香りが漂っていたのは、ラベンダーなどハーブ類がたくさん植えられているせいだろうか。もちろん蜜蜂も多い。すぐ近くに宮殿らしき建物を見つけて入ってみると、それが現在は歴史博物館になっていて入場料はひとり300フォリント、見学者は我々二人だけという豪華さだった。

 内部にはこの地で発掘されたナウマン象の牙などが展示されていた。紀元前8000年ごろから人が住んでいたらしい。部屋ごとに石器時代、新石器時代、銅の時代、鉄の時代、マジャール人の侵攻と定住、13世紀のモンゴル来襲、1700年頃のラコツイ・フェレンツエ事件など各時代の生活や出来事が等身大の人形を使って再現されていた。蒙古来襲の折にはセーチェーニーは守りが堅く、ハンガリー各地から感謝されたとガイドのエディナさんから聞いたような気がする。宮殿から出てきたら、今度は教会へ向かう結婚式の行列にぶつかった。美しい花嫁だった。

 夜6時からは待望のオルガンコンサートである。この静かな町のどこに人がいるのかと案ずるまもなく、どこからともなく聴衆が集まってきて、聖堂はほぼ一杯になった。

 オルガンはバロック時代のリメイクとのこと。美しい暖かみのある音色が聖堂に流れ始めた。今夜のプログラムはオールバッハである。まず最初はトッカータとフーガ(ニ短調)の若々しい晴朗な曲で、つづいて内省的なコラール前奏曲「装いせよ愛する魂よ」が演奏された。つぎのロ短調のプレリュードとフーガ(BWV544)はライプツィヒ時代のバッハの気力に満ち満ちた作品で、華やかで力強いこの曲に応えて、オルガンは聖堂一杯に響き渡った。つづく「フーガの技法」は、プログラムノートによるとバッハのフーガの集大成ともいうべき作品集だが、その最後の未完のフーガが演奏された。ふっつりと美しい曲が唐突なまでにとぎれて終わった時(もちろんバッハの原譜に忠実なだけではあるが)、私はまるで教会の塔から急に空中に投げ出されたような強い衝撃を受けた。未完のフーガは、限りある人の命を象徴するかのように聴こえたのだった。

 今夜のプログラムが終了しても、聴衆の拍手は鳴りやまず、アンコールに応えてコラールが2曲追加された。まず「目覚めよ!と我らによばわる物見らの声」は、教会でなじみのある曲ながら、今回は格別心に響いた。最後の演奏はコラール「われ汝によばわる主イェスキリストよ」である。美しい短調のメロディがゆるやかに流れ出した。そのフレーズが終わり次のフレーズにうつるまでの間の取り方が実に絶妙で、感動的ですらあった。もしオルガンが生きていたなら、そこであのように息つぎをしただろう。私もオルガンと共に心のなかで歌っていた。それはひたむきな心の叫びであり、静謐なうちにも緊張と安らぎが交差する瞬間であった。その夜の感動を同行していた夫は「音が輝いていた!」と表現した。

 1時間あまりのコンサートが終わり、ミサが始まったが、我々は神父様に従って退出し、聖画に囲まれた食堂でふたたび美味しい夕食をご馳走になった。長い1日も暮れかかる頃、我々は修道院に別れを告げてブダペシュトに向かった。心は素晴らしい音楽の余韻と修道院への感謝で満ちていた。

 すばらしい音楽とは何だろうか?今回のコンサートツアー、特にセーチェーニーでの体験で、私なりに答えが少し見えてきたような気がする。

 素晴らしい音楽には5つの要素が要る。作品、演奏家、楽器、空間、聴き手の5つであるが、今回のバッハの作品と山田先生の演奏、オルガンの素晴らしさはいうまでもない。しかし空間については、単にオルガンの置かれていたバロック式教会堂が美しかった、というだけではない。聖堂を聖なる場として美しく整え、コンサートを成功させるために様々な努力と心遣いをして下さった方々の存在が不可欠である。最後は聴き手だが、その夜の聴衆はすばらしかった。彼等がいかに集中して敬虔な態度でオルガンに聴き入っていたか、帰国後、加藤氏の作成されたDVDで確認することができた。素晴らしい音楽は、よい聴き手の耳に届いた時はじめて成立するのだと言えよう。

 セーチェーニーの翌日はマーチャーシュ教会でのコンサートであった。ブダの王宮近くに位置するこの教会は、観光客もおそらくハンガリーで一番多い教会であろう。ジョルナイ陶器の屋根瓦が色鮮やかで美しい。コンサートのはじまる夜7時、内部はすでにほの暗く、大聖堂に立ち並ぶ柱には幾何学模様がびっしり描かれていて、かつてイスラム教徒に征服されたこの国の歴史を物語っていた。

 ここのオルガンは5段の鍵盤をもつ素晴らしい楽器で、残音が5秒ほどあったろうか。今夜のコンサートのプログラムはバッハから始まり、後半はフランクのコラール1番(ホ長調)とレーガーの幻想曲とフーガ(ニ短調)、どちらも大曲である。とくにこの2曲では色彩豊かな音の大波が次から次へと押し寄せてきて、私は魂が音の海の中を漂っているかのような不思議な感覚を味わった。

 帰国の前日に訪れたエステルゴムも、忘れがたい場所である。ブダペシュトから北西へ66キロの、今でこそ静かなドナウベンドの町だが、13世紀のモンゴル侵略のあと首都がブダに移されるまでは政治宗教両面で重要な土地であった。大聖堂の正面にはギリシャ神殿と見まがうばかりのファサードがそびえていて、巨大なコリント式列柱のまわりで写真をとった我々はこびとのように小さく見えた。建物は19世紀半ばに再建されたという。

 しかし、この威圧的な建物の印象をすっかり拭ってくれたのは、ここのオルガニストのバロティ氏で、彼は当初の予定を変更して我々を待っていてくれた。がっしりとした体格と飾り気のないお人柄の方で、私ははじめ聖堂の管理人と勘違いしてしまったほどだった。早速階段を上がってオルガン見学。バロティ氏と山田先生が代わるがわるオルガンを弾かれたり、山田先生が弾かれている間バロティ氏が音を調節される様子も微笑ましかった。氏がこのオルガンの修理復元に取り組んですでに30年以上。まだまだ時間と費用がかかるが、完成を目指して日々仕事に励んでおられる。

 先に私は「すばらしい音楽」には5つの要素が要ると書いたが、バロティ氏との出会いで、もう一つ大事な第六の要素があることに気付かされた。それは楽器の修復と維持の重要性である。特に歴史的なオルガンの場合、その楽器にかける愛情と執念と技術がなければ、美しい音楽は生まれないのだ。

 いろいろと感じること学ぶことの多いハンガリー・コンサートツアーであった。いまも「この国はマリア様の国」といったエディナさんの笑顔が浮かんでくる。最後に、素晴らしい演奏をされた山田先生ご夫妻、ガイドのエディナさんとアンナさん、素敵な同行の皆さん方と、この企画を支えて下さった全ての方々に心からの感謝してこの一文を閉じたい。