バッハ協会管弦楽団・合唱団   バッハアカデミー

1月19日
 佐藤優と云う人物(どうでもよいことながら、自分と同郷)は、兎に角、容貌が恐ろしげで、近寄り難く思っていたが、知人の推薦もあって、「神学の思考」を読み始めた。自らも問題提起しながら、能動的に読書することの重要性を痛感させられたり、また、難解な書物を引用しっ放しと云うのは如何かとも思いながら、読み進めている。

1月14日
 5種類の聖書を参照しながら、メサイアの英語による歌詞を訳してみる。
 一般によくカットされることの多い曲の歌詞は、意味の取りづらいものもあるが、逆に第3部などはキリスト教の神髄を示すところであり、絶対に外すことは出来ないと考える。
 
 聖書を本棚に戻すと、ダンテの神曲が崩れ落ちてきた。古い文語訳で、昔、どう読んだらよいのか戸惑って、ほんの最初の方だけ読んで挫折したのである。最近、ドレの挿絵付の本(と云うよりも絵本に近い)を読んで、やっと概略がつかめた。
 本棚の「源氏物語」も移動した。これは3巻までしかなく、典型的な「須磨返し」である。

1月13日
 ヘンデルのメサイアの歌詞は全て聖書の言葉なので、口語訳、新改訳、新共同訳、フランシスコ会訳、現代訳の5種類の聖書を並べて比較参照している。最後の現代訳と云うのが異色の個人訳で、大抵は原語に出来るだけ忠実に訳そうとするところ、現代に通じる表現のために、思い切って削ったり、他の言葉に置き換えてしまったり、成程と思わせるところも多い訳である。(メサイアの訳としては殆ど使えないと思う)
 兎に角、こんな面倒な作業はこうした必要でもないと絶対にやらないであろうが、とても楽しんで取り組んでいる。

1月12日
 今年の防寒対策としては、本格的な寝袋を購入した。届いてみると、こんなペランペラン、光が透けるようなので大丈夫かと思ったが、不思議な快適さで驚いている。メーカーの表示ではマイナス7度まで対応、所謂封筒型なので、中で寝がえりも打てる。家族全員それになるかも知れない。

1月8日
 今年もプライヴェートでは暖房なしの生活を続けている。家族全員、暖房の効いたところへの外出から帰って来ても、誰一人エアコンをつけようとしないから、この習慣は大分染み付いているようだ。
 最近、身体を温めるために行っているのは、炭酸風呂。重曹、クエン酸(当方では粗塩も)をお湯に入れると大変効果がある。「炭酸風呂やるよ」と言うと子供たちが見に来る。水にドライアイスでも投入したかのように、なかなか迫力があるからである。

1月3日
 みやざき中央新聞の年頭の社説に、書くことを職業にしている人の立場から、読み終わったとき、読む前より、その人の心に生きる希望や喜び、幸福感、やる気、感動、そういった気持ちが広がっていくことを願って書いている旨あり、勿論、私も書くことのみならず、演奏においてもそうありたいと願っているが、それらと相反するものの存在を否定することは出来ず、両者の葛藤を衆目に晒す行為と云うものは如何なものかと常々、思っている。
 ベートーヴェンのように凄まじい格闘から神がかった境地に昇華していく藝術家も居れば、ショパンのように絶望的な破滅への道を邁進する作曲家も居る。もしかすると、人は、どうしようもなく暗い闇にあっても、何らかの光を見出せるようになっているのかも知れない。マーラーが心配したような、聴いて自殺したくなるような藝術作品と云うのは、そんなには存在しないのではないか。(先ず、創作のエネルギーは強烈に感じ取られるものであるから)

2015年

独言随想 山田康弘


12月2日
 PC不調のため、何時どうなるか分かりません。

11月26日
 子供のために購入した「竜馬がゆく」を自分が読んでいる。恥ずかしながら未だ読んでいなかったので。時代物の全8巻は、高校生ならともかく、中1には一寸無理があるか。

11月22日
 微細な揺れの後、大きく揺れると、ああ、遠くで大きな地震があったのだな、と思う。揺れの長さを勘定すると、おおよその距離も測れる。拙宅では吹き抜けの天井から吊るしてある電灯が大きく揺れたものの、全員無事である。
 昨日の記述中、「殴り合い」は多少の誇張があって、互いに防御していて、無傷である。そう云えば、長男とも一回や二回はそういうことがあった。

11月21日
 次男に激怒することあって殴り合うものの、大分力が強くなっていて互角。
 彼のゲーム、カードを全てBook OFFで売り払わせ、金額は2万円にもなった。私の本やCDを売ってもこんな額になったことはない。

11月18日
 機械音痴なもので、今までYou Tubeへのアップは人に頼んでいた。思い立って、音声のみの短いものをWindows Liveムービーメーカーというので適当な画像をつけてアップできるようにしてみた。モーツァルト:アヴェ・ヴェルム・コルプス

11月17日
 微小な棘が指の腹に刺さり、どうしても取れないまま皮が塞がって、皮膚の内部で腫れている状態になってしまった。針で刺すか何かしてどうにかならないものかと家内に相談すると、素手で皮膚を破り、棘を取ってくれた。何の道具も使わずに。意外な特技があったものである。

11月15日
 疲労回復にはこれとばかりに、スパ・ハーブスに行く。スーパー銭湯にしては料金が高めなのであるが、様々な種類の風呂があるので、温水、冷水交互浴をするのに飽きない。1時間以上かけて7回ほど。帰り道は無香料の炭酸水を30分かけてちびちび飲みながら。

11月11日
 オルガンリハーサルのため、雪谷まで車で行ったのは大失敗であった。高速の分岐を間違えて(1年前と表示が変わっていた!)渋谷に出てしまい、大使館の立ち並ぶ異国のような空間を抜けながら、一般道で都内を縦断した。帰りも不手際があって、予定と違うルート、自由ヶ丘や駒澤大学を経て、三軒茶屋から高速に乗った。大橋JCTの螺旋(公団の不可解な図を見られたい)からは渋滞の連続で、深い地下道を何時果てるとも知れずジリジリ運転していると気が遠くなった。
 それにしても、練習していると暗くなるのがあっという間で、気が滅入る。

11月9日
 何年かぶりに美しいパイプオルガンのカレンダーを入手できた。以下、多分数年前と同じようなことを書く。
 壮麗な楽器の写真とともに、その音も聴けるようにCDが付いている。これが全くいただけないのである。トランペットの独奏にオルガンが控えめに伴奏しているだけのもの、似たり寄ったりの音で同じような曲を弾いているものなど。それぞれの楽器の良さが最大限に発揮される曲と音色を選ぶのが普通の感覚であると思うのだが、そうしている奏者は皆無である。企画者の問題であるのか。

11月5日
 ロスト・シンボル下巻のみがなかなか届かないので、家人が読んだ「陸王」を一気読みし、やっと届いた下巻を続けて読んだ。パターンがお決まり通りとか批判はあると思うが、兎に角いずれも楽しめた。

11月2日
 昨日は自分のくじ運の無さを祝った。否、呪った。
 今日は依頼のあったCD2種を聴く。一つ目は予想通り、理想的とも云える伴奏で、上品、控えめ、しかも自然に独唱をサポートしているところが大変好感を持てた。
 二つ目の指揮者は、プログラミングを見て予想できたことではあるが、或る種の純粋さを持ちながらも狂気を孕んでいる。演奏会のコンセプトとか私には到底理解できない。

11月1日
 ダン・ブラウンのロスト・シンボル上中下を中古で頼んだものの、各巻ばらばらのタイミングで来るので困る。よいところで中断。

10月29日
 大田区の下町(?)にある小さな教会でオルガンの演奏会がある。上野以東の下町とはまた違った趣がある閑静な場所である。
 オルガンの楽しみ
 J.S.バッハ:前奏曲と小フーガ ト短調 BWV885+578
 J.S.バッハ:羊は静かに草を食み BWV208-9
 J.S.バッハ:主よ人の望みの喜びよ BWV147-6,10
 A.ヴィヴァルディ バッハ編:協奏曲 ニ短調 BWV596
 J.S.バッハ:フランス組曲 第5番 ト長調 BWV816
 J.S.バッハ:前奏曲とフーガ ニ長調 BWV532
 オルガン(アールボーン):山田康弘
 2016年11月13日(日)13:30より約1時間
 日本キリスト教団雪ヶ谷教会(東急池上線石川台下車徒歩5分、南雪谷1−19−7)
 入場無料(予約の必要はございません)

10月28日
 指が最も酷く、どんな病気であるかも分からなかった頃、神経内科でリボトリールを処方され、朦朧とした夢見心地で「ダヴィンチコード」を観に行ったことがあった。改めて観てみると、やはり殆ど記憶になかった。それにしても、トム・ハンクスも当然のことながら若く、11年の経過を実感させられた。

10月23日
 電車の待ち時間に、ダン・ブラウンの「インフェルノ」を買ってしまい、本番前後に読み、(普段は本番前に読書できない)午前3時に読了した。オチがしっくりこないものの、充分楽しめた。自分にとっての逃避行動でもある。

10月9日
 ぶうの死に目には会えないかも知れない、と思いながら一人出掛けた。帰宅を急ぎながらも、着くのが怖い気もしていた。玄関を入ると呼吸音がするので、少し安堵するも、それが最後の対面となった。家内によると、もう駄目かと思われてから、急に立ち上がった、その瞬間だったのである。

10月6日
 アメリカから帰国して月日が浅い新しいオルガンの生徒さんは、外国人が使うような日本語を話す。家内がこの方の生徒となって、我が家で英語の授業が始まった。家内が書く英文を覗き見ると、かなりドイツ語と混じっている。この前までドイツ語を独習していたので、そう書きたくなる気持ちもよく分かる。
 次男はマラソン大会に向けて力が入っている様子。短距離から長距離に転向したいのだと云う。赤ちゃんの時だか、この子は心肺機能が弱いので、あまり走れるようになりません、と言われていたことを思うと、不思議な感がする。

10月1日
 我が家の犬ぶうは、腹水を抜いてもらって大分元気になった。歳のわりに凄く機敏ですね、と先生に言われて驚いた。余程嫌で逃げ回ったのであろう。
 成犬として引き取った折には、何年かしか一緒に居られないかも知れないと覚悟した。しかし、覚悟と云うのは、観念または言葉の上だけのことだなあとつくづく思う。

9月28日
 一噌幸弘プロデュース能楽堂へ行こう2016第3弾を聴いた。彼が名手であることは論を待たないが、超絶技巧であるだけでなく、息の力の途方もないことは、共演の特に女性と比較してしまうと歴然である。
 圧巻は、古典の「急ノ舞」で、能のクライマックスが一流の共演者と共に張り詰めた精神と漲る気迫で演じ切られた。「急ノ舞を吹くと頭が真っ白になる」と仰った一噌さんの言葉は、さもありなんと思う。このようなものを見聞きしてしまうと、すでに藝術として完成したものに、一体何を付け加えようか、と云う気持ちになってしまうのも事実である。一噌氏作曲のものが、和の伝統から外れることはなく、充実したものであったとしても、そのような疑問を抱かせない訳ではない。それでも、新しい聴き手を獲得するため、またご自身の内的欲求からも必要なのであろう。

9月25日
 軽自動車について。
 合理主義の一つの極みのような気がする。価格や諸費用の安さ、燃費の良さに快感さえ覚え、それでいて大抵の用は充分に足りる。勿論、車好きには我慢ならないこともよく理解できるが。
 我が家の軽は、チェンバロを載せるにはもう一寸のところであることが判明した。次に乗り換える時には少し考慮しようかとも考えたが、軽に乗る人は車が壊れるまで、最低10年は買い替えない。その頃には楽器を運ぶ体力がなくなっているのではないか、悪くすると演奏ができるかどうかも定かではないと思った。

9月23日
 我が家の犬は、動物病院で、人間にして92歳、と言われて愕然とするより妙に納得するものがあった。体調が大分回復し、家内を舐め回している。彼女が居なければ探し、待ち続ける。生涯の全てであったと言ってよい。(あとは食べることか)

9月19日
 自分の場合、東京文化会館が大ホール、小ホールともに音楽的な学びや感動の場であった。例えば、ノイマン-チェコフィル、若き頃のコバケン、オーレル・ニコレ、ランパル、スピヴァコフ等々。大ホールのほうは、自身も演奏する機会があったが、小ホールは何故か縁がなく、今日初めて舞台側を訪れた。極小の舞台裏にはかげマイクを備える場所さえなく、壁埋め込み式になっていた。Hさんも参考にしたと云う場内アナウンスの姿を間近に見て驚愕した。凄い緊張感を以て為されていたのである。
 ドアさえない控室、骨董品のようなドアクローザ―、ミキシング室に登るための垂直の梯子等、写真に撮りたいものが沢山あったが、携帯を持っていないので果たされなかった。
 最近はもっと音響の良いホールが増えたことは承知しているが、より昔からの大勢の演奏家たちが触れた舞台裏の扉、壁などを見ると、まるで歴史が染み込んでいるようで、非常な感銘を受けた。改装されてもなお変わらない部分がある。

9月15日
 ヒラリー・クリントンの病状が相当深刻らしいと云うことで、インターネット上で調べていた。そのうち、ふとした切っ掛けで「超閲覧注意」とされる動画を見てしまい、よく眠れなくなるほど、後を引いた。全くインターネットと云うものは。

9月13日
 キリスト教の礼拝に出席すると、説教と云う時間がある。私はこれを貴重な瞑想のときと捉えている。呼吸は吐気が長くなり、睡眠と覚醒の間のような状態となる。つまり、ぐうぐう寝ているのは前者、一言も聞き漏らすまいと頑張っているのが後者である。話を全然聞いていないと云う訳でもなく、要点は頭の中に残り、しかも気分がすっきりする。座禅と同じようなものだと思う。

9月12日
 拙宅の門近くの朽木に穴を開け、大きなスズメバチが出入りしているのを発見した。迷わず殺虫剤を噴射。その後、大きな成虫二匹が恐ろしい音を立ててのた打ち回っていた。営巣のための先遣隊か。これで諦めてくれますように。

9月10日
 業務連絡。
 バッハアカデミー第32回定期演奏会
 バッハ協会管弦楽団・合唱団定期公演ハイドン「四季」
 上記の業者撮影による写真を公開しております。入力する合言葉は、いずれもバッハ(カタカナ、全角)です。もしご入用の際には10月中にお申込みください。2L判750円だそうです。

9月8日
 家内の誕生日に、何を欲しいか言わないので、花とケーキを贈らせていただきました。
 長男が大学入試の受験料が必要とのことで、金3万円捻出させていただきました。一校3万円と云うのは、もう常識とされていますが、受けるだけでこの金額は、改めて考えると法外とも思われます。
 次男は、言っても言っても勉強しないので、塾の自習室に行かさせていただきました。

9月6日
 音楽に限らず、何でも、数ある勉強法のうちで最高のものは、良いものに触れることであろう。
 昔、管楽器をやっていた頃、先生に世界的に活躍している奏者を紹介され、「レッスンでは音を聴くこと。聴くだけでいい」と念を押されたのが印象的であった。結局、圧倒されるだけで吸収し切れなかったが。そうであっても、自分のうちの財産として残っているように思う。

9月4日
 何十年もひたすら待っても、駄目な場合がある。以心伝心と云うものを信じているけれども、それでは通じないこともやはりあるのであろう。
 真面目な人が集まったとしても、半数の人が向上心に欠けると云うHさんの言葉は本当だと思う。人の価値観は様々。自分が楽しければ良いと云う人も多い。それでも、僅かずつでも進歩や発見があれば、より充実した体験を味わえると思うのだが。

9月2日
 長男が夢中になるものが陸上だけで心配していたところ、或る映画に繰り返し通い、それの小説を読み、歌を練習している。歌を歌っているのは、ドライヤーをかけたり、シャワーを浴びる時だけなので、家内が「一寸歌ってみて」と声を掛けたみたそうだ。如何だったかと云うと、「本気過ぎて怖い」。

9月1日
 次男が巨大な耳くそが出たとかで、我が家の宝箱に入れるのだ云う。(大事と書いたティッシュに包んである)宝箱に入っているのが、私がやはり中学生の時に出た巨大な耳くそ、長男に出た毛じらみの標本、ももの歯石である。即ち、尾籠と云えども後々見て驚くような物が入れてある。

8月31日
 家内と音楽的に絡むと喧嘩になるので、出来るだけ避けていた。未知の領域をただ初見みたいに合わせるだけの遊びならばそう云うことも少なかろうと、モーツァルトのピアノ協奏曲を1番から合わせてみた。
 何かモーツァルトらしからぬ音楽と思ったら、他人の作を編曲したものだと初めて知った。
 楽器はピアノとパイプオルガンを使った。オルガンのピッチが真夏は非常に高くなるため、全然合わず、気持ち悪かった。

8月29日
 人間同士に相性があるように、演奏家も全ての作曲家と心通わせられる訳ではない。自分の場合、フォーレが感覚的に理解できる数少ない作曲家の一人である。しかも、最晩年に至るまで藝術的な深化を続けた軌跡を追いたい、と常々思っている。そこで、彼の中期から晩年に至る変遷を辿ることのできるピアノのための夜想曲13曲を順に演奏することにし、また、彼にとって歌曲の分野もまた重要であったので、これも味わいたいと思った。
 しかしながらフォーレだけでは通常の演奏会が成立しない。今回使うピアノがウィーンの銘器、ベーゼンドルファーであることから、それに因んだ作曲家のものも取り上げ第2部とすることにした。こうしてソプラノの駒井さんと相談しながら構成したのが、デュオリサイタルのプログラムである。

8月27日
 陸上の大会で家内が引率当番のため、家を6時前に出る。その直後から雨が降り始め、次第に豪雨に。とは言っても、ピークは30分とか経てば過ぎるので、行った先の駅で暫く様子を見るものと思っていた。実際は、臨機応変の判断を下す者なく、川のようになった道を40分間、「被災者になった心境で」行軍したのだと云う。私は、着替えを持って行くのと迎えに行くので、競技場と家を二往復しなければならなかった。
 引率の大人たちは低体温症にでもなりそうであったが、子供は体温が高いのか、帰宅してからも裸になって遊んでいた。

8月26日
 誰もが心配した通り、ポケモンGoで死者が出ている。それも、何ら関わりのない方の命がいきなり奪われるのであるから、目も当てられない。
 先日も高速道路で、前の車が変に蛇行するので、追い越しざまに見てみると、スマホだかを操作していた。

8月24日
 床屋と云うものは、どうしても月末か月初めに行くようになる場合が多いのでないかと推察する。混雑を避けるため、月の中程に行くようにローテーションを変えてからは、それ程待たずに済んでいるようだ。
 人の髪は、1ヵ月に約1センチ伸びると言われており、私もその位切ってもらう。中には「1ミリ」と言って切ってもらう人もいて、私などは驚く。更には、どこを切ってもらうのだろう、と云う人もいらっしゃる。

8月23日
 よく○○屋敷と称されるお宅の軒下に、「整理整頓 道具は使ったらもとの場所に戻す 汚くしない」と書かれたホワイトボードが掲げてあった。この家の方は、様々な我楽多(?)を集めては整然と家の周囲に配置している積りなのだと初めて悟った。人の感覚は多様である。

8月22日
 約20年ぶりに、予防的措置として川井式の腰痛体操を毎朝行っている。この中に、仰向けに寝て、両足を床から15センチほど上げ、堪え切れなくなったらストンと落とす、と云う動作がある。これをやると、瞬時に脱力できる訳ではなく、じわっと10秒ほどかかるのが体感される。因みに、この動作は10秒休みながら3回、更に、頭と尻とでブリッジさせた上で全身の脱力を3回やることになっていて、要するに筋肉の緊張を緩めるための体操である。

8月20日
 日本語の敬語は難しい。皇室に関して述べる場合には、慣れていないためか、特にそうである。例えば、「天皇陛下が尽力して参られた」とか謙譲語を混ぜて使ってしまっては些かまずいのではないかと思う。

8月19日
 那須滞在中、秘かに良かったのは、水道の水が冷たくて、久し振りに冷水らしいシャワーを浴びたことである。
 数日前から父が軽い脳梗塞で点滴を受けている。血液循環の重要性を改めて痛感させられた。冷温水浴は、血管を鍛えると云う意味も持っている。
 健康が全てではないが、それなくして良い仕事も出来ないし、人にも迷惑をかけることになる。何をすれば絶対に大丈夫と云うものは存在しないとしても、出来るだけリスクを減らす努力は怠りないようにしたい。

8月9日
 何をするにも頭痛との闘いが続き、病院で検査し、薬をもらおうと思っている、背中が鉄板のように硬い、と云う記事を読み、如何してこのような思考になるのか理解できない、否、自分も昔はそうであった、と思った。脳に異常があるなど1%以下であろう。対症療法では仕方がない、根本的なところから改めないと、眩暈とかとんでもない方向に進んでしまう恐れがある。しかし、徹底的に壊れてみないと悟らない、と云うのも悲しい事実かと思う。

8月8日
 一昨日の記述に従い、清河寺温泉に行ってみた。水シャワーで身体を洗った後、炭酸風呂に1分、冷水風呂に1分、白湯に1分、冷水風呂に1分、と云った具合の繰り返し。冷水の温度は15℃で、家の風呂では実現し得ない冷たさである。温かい方に入ると流石に心地良くて長く入っていたい気になるが、そこは切り上げる。何回繰り返していたが分からないが、最後は水風呂で終わり。汗をかくこともない。家内も全く同じようにしていたらしい。

8月7日
 炭酸水を1日1杯は飲むようにしている。作り方は簡単、クエン酸を3つまみ、重曹をそれより若干多めにしてコップ1杯の水を加える。前者が多ければ酸っぱく、後者が多ければ苦くなるので、好みに応じて加減するとよい。疲労回復に覿面のような気がしている。

8月6日
 冷温水浴、1分ずつ交互に繰り返すと良いと聞き、やってみると確かに爽快。但し、水道水は生ぬるい温度でしかないので、冷たい水風呂を備えた温泉施設に行きたくなった。
 グローミュー理論を初めて聞いた。(現代の解剖学ではまた別の難しい名称となるらしい)毛細血管が収縮した場合に、訓練してあればグローミューというバイパス血管が開いて血流を滞らせない、即ち血圧も上げないと云う。冷温水浴は、まさにこのための訓練と言え、上手くいけば癌、糖尿をはじめとする万病に効果があるらしい。

8月5日
 昨日は、其々一所懸命の演奏が続きました。
 講評は、用紙がなくなったのを機に、今年までとなります。約30年続けてきましたが、これを書きながら演奏もして、と云うのはなかなか無理がありました。

8月3日
 明日は3:00から6:00と7:00-8:30まで川口リリア音楽ホールで演奏しておりますので、どなたでもお越しください。(途中入退場自由)
 来年の会は、抽選により祝日が取れた。何度やっても寿命が縮まる思いがする。くじ引きと云うものは。

8月2日
 市街まで徒歩で買い物に行ったので、初めてポケモンGoに興じているらしい挙動の不自然な人々を見た。
 勿論、単なる気晴らしとして楽しんでいる人も多いのであろうが、企業から良いように踊らされ、どんどんお金をつぎ込んでいる人もいるのではないだろうか。
 世の中に良いものを提供するよりは、いかに上手く騙してお金を巻き上げるか、と云う考えが広く行き渡っているように思える。と云うか世界の大部分はその原理によって動いている、とても残念ながら。

8月1日
 千代の富士の早過ぎる死。交流のあった第26代式守伊之助さんが生涯で裁いた中で最も印象に残った一番が、千代の富士、貴花田戦と仰っていた。若い力が台頭してきて、大横綱が引退を決意した一戦。テレビでも幾度となく放映しているのではないか。

7月30日
 次男の大会出場を初めて観る。不得手と言っても良い運動に1学期間取り組んだ成果が見られた。他のことはまことに抜けているが、確かに自分と戦っている。そのうち長距離に転向したいとのこと。何故そこまで兄を追う?

7月27日
 拙宅の隣りにある月極駐車場、除草剤を撒かないで欲しい、と願い出ている手前、自分が除草しなければならない。このところの雨で抜け易くなっているものの、雑草の種類によっては根が深いものがあり、潮干狩りのような道具も使っている。一遍にやってせいせいしたいところであるが、手を痛めるので少しずつ進めている。
 暑かった頃、濃縮食塩水を撒いていたが、これは余程頻繁にか、草が小さい時でないと効果がないようである。

7月25日
 長男は風邪こそひかなかたものの、不調の足をさらに痛めて帰って来た。今は安静にするしかないようである。「死にてえ」と言う息子に、家内が「パパもそうだったのよ」と諭していた。
 クルム伊達君子さんが、ただ歩いている動画を公開しているのを観た。手術後のリハビリによって、その状態にまでなったらしい。

7月24日
 次男の夏休み予定表の今日の欄には、「瑞穂と練習でもしようかな」と書いてあった。その瑞穂は、妙高高原での合宿で不在。われわれ夫婦もほぼ一日不在で、一人何をしていたのだろうか。明日帰って来る長男は、風邪をひいていなければよいが。この辺りがこうも涼しいと、高原は相当な寒さであろうから。

7月21日
 大勢で「四季」を共有した空間で、1週間も経たないうちに、全然別の仕事をしていると、同じ場所とは思えぬ不思議な感覚に捉われる。(オルガンのリハーサル)
 「四季」の日本語字幕が頗る好評で、印刷した訳も欲しかった、との声も頂戴したので、せめてブログのほうに載せてあったのだけでもお知らせしておきたい。字幕用には更に簡略化していたが。

7月19日
 久々の完全オフ、横浜にて遊ぶ。メアリー・カサット展、この人のものは単発では観たことがあり、好感を持っていたが、その生涯を俯瞰することができて感銘を受けた。それにしても、1時間で身体が冷え切ってしまい、一日中働く方など病気になってしまうのでは、と思われた。
 昼食は元町か中華街でと思っていたが、横浜美術館の向いに浅草大宮の洋食屋が店を開いているのを発見、そちらで食べることにした。浅草の同店でハヤシライスを食べたのは、結婚より前だから20数年前である。デミグラスソースを一口味わっただけで、当時の味覚の記憶が呼び起こされた。

7月17日
 昨日、私どもの公演にお忙しい中、おいでくださいました方々には心より御礼申し上げます。日本ではマイナーな作品ですが、何とかこの良さを伝えたいと思い、色々手を尽くしました。日本語字幕もその一つで、初めて依頼した業者さんが、私の案を懇切丁寧に添削、修正して、よりよいものにしてくださいました。共演者にも恵まれ、自分の思っている方向性の音楽をすることができました。今後は、「いい加減にバッハをやって欲しい」と合唱団から言われていますので、暫くそれに立ち帰ることに致します。

7月13日
 足が痛くてふく山接骨院に行った次男は、散々なことを言われたらしい。「初めて会った人にこんなことを言われるのは嫌だろうけど、まだ人間になっていない、ゲームばかりしているのだろう、身体が働かなくなっているから、何も出来ない」と喝を入れられたそうだ。家族が何を言っても聞く耳持たないので、こうして鬼のように真理を叩きこもうとしてくださる存在があることは、まことに有難い。

7月12日
 今回の公演では、珍しく新聞の読者プレゼントとしてご招待券を提供した。T新聞は、読者数が少ないためか、応募も少なく、全員の方が当選する一方、Y新聞は60倍以上の高倍率で申し訳ない思いがした。また、記事にはハイドンの「四季」公演と明記されていたにも拘らず、バッハが聴きたいと云う葉書も散見された。団体名から勘違いされたのであろう。ヴィヴァルディと書かれた方は流石にいらっしゃらなかった。

7月11日
 研究会のオケ合わせを見学した翌日に、自分たちのオケ合わせがあった。自分の癖なのだが、出来るだけ本番のような緊張感を以て曲を通したくなってしまう。不手際があったとしても、返したくない。そして、想いは言わずとも人に通じると思っている。最近では、そうでもないと思っているが、長年の傾向は容易に変えられない。

7月9日
 バッハ協会管弦楽団がバッハ研究会合唱団さんの演奏会に客演させてもらうようになって25年くらいになる。今年は初めて、われわれの演奏会と日にちが重なってしまい、管弦楽団を二つ組織しなければならなかった。コンサートマスターを決めるのが最も難航し、歴代のコンマス全員にあたったが駄目で、最終的に群響のコンサートミストラルに依頼することになった。他にも良い奏者が揃い、今日、リハーサルを少し聴かせてもらって、安堵した。

7月5日
 異様な暑さの翌日は、涼しいと云うより寒く感じられる。体調管理の難しいこの時期を、風邪をひかずに乗り越えなければならない。
犬の胃腸の調子がよくないので、ベアーズ動物病院に通う。ここは薬代しか取らず、診察料はかからないので、本当に助かる。薬が出ない時など、本当に無料なのである。

7月2日
 フルートの増田先生をお招きして、初心者の中学生を指導していただいたのを、私も興味があったので聴講させていただいた。楽器の組み立て方から始まって、立ち方、構え方、楽器の支え方、行きの出し方、音のつくり方等、基礎的な事柄を懇切丁寧に指導された。これから希望をもって音楽をやって行こうと云う意欲を持った子の第一歩に立ち会わせてもらった気がして、なかなか感動的であった。
 事務仕事としては、バッハアカデミー定期演奏会のプログラム編成をほぼ終えた。

6月30日
 毎回、公演前になると著作権協会から書類を出せと強要される。ハイドンなど著作権がないのが一目瞭然だと思うのだが。これを提出して、「審査の結果、著作権が存在しないことが判明いたしました」とわざわざ通知が送られてくる。経費の無駄である。今回は、「日本語字幕付とのことですが、ご利用になる訳詞によってはJASRACの管理曲がございます」とのこと。自分の訳だから料金はかからない筈である。

6月29日
 国際郵便もX線をかけられていたのか。マニュキアのような形状で、アルコールが入っているものと思われる、という理由で郵便局まで呼び出され、自分で開封し、当該の品を引き取らされた。おまけに、かなり殴り書き風の中国語の送り状を書き直すように言われ、ぐちゃぐちゃに書いて提出した。(これらは代理で行った仕事である)

6月28日
 試験前日くらい少しは勉強して恥ずかしくない程度の点を取らなければ、と云う感覚は、わが子には通用しない。大人の目が離れれば遊ぶ。○○をやっておきなさい、と言えば、「分かった」と言って布団に入って寝る。期末試験1日目が終わると友達が遊びに来る。「一緒に勉強する」と言いながら、やはり遊んでいる。どの子も理解できない。テレビゲームやカードゲームばかりやっていると、そのうち国民総白痴化するのではないかと本気で思う。

6月27日
 最近亡くなった指揮者は、奇をてらった人が多かったように思われる。自分とは音楽の感じ方または音楽への向い方が悉く真逆だったりするから、You Tubeにアップされている「四季」も、辛くて10分くらいずつしか聴けない。

6月25日
 意外と大変だった本番が終わり、漸く四季に注力できる。
 四季の背景はパストラルと云えようが、単にのどかで明るい作品ではない。自然を見つめる叡智のような、或る種深遠なものが全て詰まった作品のような気がしている。分類的には世俗オラトリオとでも称するのであろうか。私は、そんな皮相な捉え方をしたくはない。

6月23日
 非公開リサイタルのための準備。そう云えば、久しくフルプログラムのリサイタルをしていなかった。

 次男は、また明日から陸上の大会だと云う。「きつかったら転部もできるから」とか「長距離だと何周も差がついてしまうから短距離の方が良い」などと周りから言われながらも、よく続いているものだ。長男も陸上を基準にして、早々と大学を決めてしまった。

6月20日
 リリアの催し案内に当方の公演が載っていたので貰って来た。郷ひろみ7,500円、ポール・モーリア云々S席10,000円、徳永英明(この方は知らない)7,800円等の隣りにあると、当公演が全然高くないように感じられてしまうから不思議だ。

6月17日
 ブログに書いていたエレーヌ・グリモーの「野生のしらべ」を読み、天才とはわれわれ凡人の千倍も様々なことを感じ、考え、知っているのだ、と思い知った。正直なところ、ついていけない。馴染みがあって抽象的な音楽と云う形式で表現してもらえれば、波長を合わせることもできる。

6月9日
 ゴミの収集場所に出す人の中にルールを守らない人が居る、指定の日時以外に出されたゴミがいつも残っている、などと云うと、自宅前に場所を提供し、潔癖症な父は気が狂いそうになってしまう。どんな手段を講じても、良識の無い人と云うものは必ず存在するので、何時までも解決されない。

6月7日
 長男の三者面談は、なかなかの遠出である。車で往復70キロ以上であった。
 久し振りに川越で昼食をと思い、スピカに寄ると別の店になっていた。代わりに、前から気になっていた親子丼の店に行ってみた。甘口であるが香り良く食べごたえがあった。帰りには、折角だからと東松山まで足を延ばし、家内が最も美味しいと云う富久屋ので団子を購入。

6月6日
 運痴の次男が何を思ってか陸上部に入り、何やかや頑張っているので、腕時計を買ってやろうと思った。数千円からあると聞いていたので、気楽な気持ちでB&Dに行くと、次男が選んだものは、私の時計の倍の値段であった。
 突然、16,000円以上の代金引換の宅配便がやって来る。長男の靴であった。

6月4日
 タイムトラベル、他の惑星への移住、時間的、空間的にねじれた別世界がある等々、子供の頃には空想するのが楽しかったけれども、歳を重ねて何の興味もなくなってしまった。ファンタジーを必要とする職業では、無くしてはいけないものなのだろうか。自分の場合は、人間の内面に多大な関心が向くようになっている。(気がする)

6月2日
 四季の中の数ある描写のうちでは、一瞬だけれども蛙の声が好きだ。
 夏の晩の鐘は、何となく日が高そうな気がしてピンと来ない。(当時はサマータイムなどあったのか知らん)鐘と云えば、日の短くなった六時頃のお寺の鐘のほうが、私には感慨深い。

5月31日
 Youtubeでのハイドンの四季、日本のラジオ放送から取ったと思われる録音、解説が日本の高名な音楽学者で、Simonと云う人名をジーモンと発音するのには驚愕した。ドイツ語にはズィーという音はあっても、ジーというのは存在しない。
 今回の公演のチラシやプログラムでもそれをどのように表記しようかと迷ったが、ズィーモンでは分かり難く、シモンと濁らないかたちにしておいた。

5月26日
 食品衛生責任者養成講習会は楽しかった。自動車の教習所みたいな雰囲気で、周りの人と会話するような楽しみはないが、長時間の講義を受けること自体が久し振りで、全く退屈しなかった。内容的には、食中毒の詳細事例が最も面白かったかも知れない。ボツリヌス毒素などは、ジストニアをやった者にはよく知られたところであるが、やはり死に至ることもある恐ろしいものらしい。

5月24日
 行きつけの床屋は、どこよりも安いわりに、20分かけて丁寧に切ってくれる。上手だからか、女性客も来る。今朝は偶々起きられたので、開店前の行列二番手となった。そうでなくても、あの伝説的な若冲展の行列を体験してからは、どんな行列、待ち時間も恐ろしく思わなくなった。

5月21日
 足腰不調の母親をF接骨院に連れて行く。整形外科で撮った、腰の骨がひどく曲がったレントゲン写真を持参するも、診察の結果は、骨盤のずれが原因であるとのことであった。しかも、その場所は呼吸器系、消化器系に影響を及ぼすところなので、長年にわたって咳や便秘の症状がある筈だと云い、まさにその通りであった。

5月19日
 フォーレの楽譜は、従来より誤りが多く、不正確と言われていた。新たに日本人が校訂したものも、それをそのまま踏襲したらしく、全くあてにならない。運指をつけただけで、音が違っていては、愛情を掛けた仕事とは言い難い気がしている。誤りと断じ切れないとしても、疑問を提起するくらいはした方がよいのではないかと思う。

5月18日
 若冲展、65歳以上の方無料の日といえども、5時間20分待ちでは、お年寄りには無理であろう。昨日も、車椅子の方など何も見えず、気の毒であった。もう一寸対策を考えてもらいたい。開催前から予想されたことなのだから。

5月17日
 伊藤若冲展を観る。朝8時半からかなり強い雨の中を並び、10時過ぎ頃に入館できた。当欄を書き始めた2000年頃、若冲に関心ある旨を記しているので、16年を経て念願が叶ったことになる。と云っても、大変な混雑のため、絵の上部を遠目に見る位しかできなかったが、動植綵絵の全体像に接することが出来ただけでも幸いと言わなければならない。退館時、260分待ちと書いてあったが本当だろうか。4時間20分、降り頻る雨の中を立ち尽くしていては、体調崩す方も出るのではないか。

5月16日
 近所で何軒か延焼した火事があり、顔見知りの人も含まれていて心配していたところ、店舗を持たずに仕事を続けられていることを知り、安心した。因みに、火元となった家の人は逃げてしまい、行方知れずとのこと。

5月13日
 数日で譜読みした本番も終わり、一息ついている。また一人、良い演奏家と共演できるようになって嬉しい。

 不正と云うものは次から次へと出てくるものである。オリンピック、今からでも返上すればよいのに。

5月12日
 もうもたないのでは、と思われた二つの案件のうち、一つは日産の傘下となることが発表され、株価も急上昇したそうだ。それはそれでよいのだが、株価が更に下落すると踏んで、空売りと云う手法で儲けを得ようとしていた投資家たちが真青になっている、と云う記事も読んだ。本来、企業の成長を見越して、安い時に株を買い、高くなったら売って儲けると云うのがあるべき姿と思うのだが。
 因みにもう一つの案件は、恐らく駄目だろう。これも人の道から大きく外れている。

5月10日
 ろくでなし子氏が争っている裁判で、一部無罪の判決が出たと云う。
 彼女の作品の芸術性云々はともかく、女性器自体が卑猥である筈はない、と云う主張に賛同している。それに、インターネット上で何でも見られる時代となり、警察なり裁判所が卑猥か否かを判断するのは完全にナンセンスとなった。

5月9日
 陸上部に入った次男が、初めての大会に出るため、友達2人と集合場所に向かったところ、彼だけが現れず、仕方がないから、他のメンバーは出発してしまったのである。詳しい事情は書かないが、結局、家に戻って来た彼を競技場に送り届けて出場は出来た。それにしても、関係の方々には大変なご迷惑をおかけしてしまった。

5月8日
 うちの馬鹿息子のおかげで大変なことに。

5月5日
 園芸用の緑の支柱を買い、車に載せられる長さではないので、槍のように肩に担いで帰る途中、何故か、知らない人何人もに挨拶される。畑でもやる好ましい人物に映るのか。充分、武器にもなり得る物騒なものを運んでいると云うのに。

5月2日
 或るカフェでは、26年、70回以上に亘るコンサートを開かせていただき、音楽家として育てていただいた、と感謝している。このオーナーに、当方の音楽カフェ最初のお客様としてお越しいただき、感無量である。

4月26日
 よく学校で習うように、フェルマータは音を約2倍にのばす、とか、スタッカートは音を半分の長さにするとか、不適切な教え方は是非やめてもらいたいと思う。

4月24日
 尊敬する宮大工の西岡棟梁の言葉の一つ一つが衝撃的であった。最近は、この方のお弟子さんの記事も目にするようになり、これもまた素晴らしい。
 例えば、弟子が誤って板を5ミリ薄く削ってしまい、300万円の損失が出たとしても、この弟子を責めたりしない。そうした失敗を偽りなく報告させることが大事で、隠したまま建物が完成してしまったら、それこそ大変なことになる、と云う話など。

4月22日
 夜、大宮公園駅の前を通ると、新駅舎の工事現場で多くの人が作業していた。明日、オープンさせるためらしい。隣りの旧駅舎は、今日が最後のお勤め、直ぐに解体作業に入ると云う。この駅舎には生まれた頃からお世話になった。築何年か分からずにいたが、何と86年であると聞いた。

4月19日
 今、大丈夫な地域では、無意味な自粛などせず、出来る支援をすべきだと思う。

 ぽん多は衝撃的だった。人生観が少し変わってしまった、と言っても過言ではない。カラヴァッジョ展より余程感動した。

4月16日
 今回の大地震、前例のないタイプで、段々東に向かって活動しているようで気になる。フィクションである「日本沈没」も、阿蘇山の大噴火が引き金だったような。

4月12日
 家内と外食。目当ての店が恐ろしい程の行列であったので、一寸気になっていた新しい店に入ってみた。ファミリーステーキハウスと云った趣。安いだけの肉なのであろう、ステーキもハンバーグも味わいと云うものが無かった。子供たちを連れて来ていたら大顰蹙を買うところで、二人だけでまだよかった。

 前にも書いたように、Amazonで塩25sを注文すると、恐ろしい速さで配達される。我が家から500mくらいの塩の会社から届くのである。
 逆に、何月だったか、楽○でレコードプレイヤーを注文したところ、「更にお時間頂きます」との連絡が来た。注文を受けてからつくっているのであろう。

4月10日
 ベヒシュタイン・サロンで家内に弾いてもらい、最後列の座席で聴くと、極上の音色を楽しめる。坂上さんの歌唱もまたそう云った種類のものであろう。
 半面、現地に出向いて本物に触れることなく、ネット上で何となく疑似体験できてしまうのも時代の趨勢であると思う。

4月8日
 次男の中学入学の朝、友達が迎えに来ると、本人はまだ私服でふらふらしており、制服の着方も分からず、大慌て。
 入学式は私も参列。合唱が盛んな学校と云うことで、何曲か披露された。ベートーヴェンの第九は、ドイツ語の歌詞を暗譜していた。指揮者が構えると、一斉に足を開くのは、軍隊みたいで、出来ればやめてもらいたい。そういう訓練よりは音が下がらないような工夫が必要かと思う。

4月7日
 何の職種もそうだと思うが、手をこまねいているだけで将来乗り切れるとは思えない。中国バブルに頼り切る訳にもいかないので、策を打ち出し始めた。

4月5日
 寝袋に入って寝るので、電灯のスイッチはリモコンを使っている。先日も本を一頻り読んで、電灯を消そうとするとリモコンがない。いつも床の上にある筈で、その辺の二三のものを片付け、布団をひっくり返し、寝袋の中を探し、部屋中を30分もかけて探すと、いつもの床の上に誰かが置いたかのようにあった。大きさは10センチ以上もあって、容易に見紛う筈のないものである。まさに狐につままれたような感がした。

4月3日
 坂上賀奈子さんとの短い本番とリハーサル。この方の日本語の歌唱は絶品であると思う。家内が「世界一」と称賛していたのも、強ち的外れとは言えない。一語一語が明瞭に聴こえながら、言葉の味も深い。

4月1日
 3月までに申し込むと更に割引になるとのことで、急いでクリーンエネルギーオンリーの電力会社に乗り換えた。ネット上での手続きの中でも、口座引き落としの申し込み方法が初体験で面白かった。本人確認の為に、通帳に印字されている最終残高を入力するだけで、用紙何枚もに銀行印を押して郵送、と云う手間が省けたのである。

3月28日
 アマゾンで購入した物に不具合があって、真夜中にメールするとすぐに自動返信でない返事が来て、やりとりをした。あの企業は不眠不休で働いているようである。

3月23日
 次男の小学校卒業式、校歌を張り切って歌ったら、保護者では自分だけだった。流石に2番、3番は歌った記憶がなく、黙ってしまったが。

 著者の妹さんから進呈された書物、どうしても読む気にならず、1年も放置してしまったが、不図手にすると意外に面白く、一気読みしてしまった。タイトルは、「キリスト教と政治」で、慶應義塾大学での講義を書籍化したものだそうだ。

3月22日
 メゾの坂上さんがブリュッセルの空港から搭乗されるとは全く思ってもいなかったが、テロ発生時はまだ自宅にいらしたとのことで、ご無事で何よりと思う。しかし、今後、いつのフライトになるか見当もつかず、日本に来られるのか心配なところである。(追記 別の本番日に到着する便が取れたとのこと)

3月21日
 自分の右手は、病気からのリハビリであるから、普通の意味の進歩とかとは全く別の次元ではあるが、常に右肩上がりであると感じている。
 加齢による衰えとどう向き合うかは、身体能力も問われる仕事なだけに、意識せざるを得ない。肉体を楽器とする声楽の方などは、よりシビアだろうと推測される。50代が一つのターニングポイントかも知れないが、中には90代で立派に演奏されるケースもあって、驚愕させられる。

3月17日
 中国爆買いによるプチバブルの影響もあって、家具を購入。そこの骨董屋では、家を新築した時にもイギリスのアンティークテーブル等を破格の値段で手に入れたのである。

3月14日
 近所の廃屋の庭がジャングル化しているものの、梅の花だけはよく咲いた。今は枯れ木の藪となっており、誰かがタバコを投げ捨てたら、忽ち火事になりそうだ。(何故か家主は近くに住んでいるらしい。両隣が綺麗好きなだけに気の毒)
 家の周囲に水槽を並べ、われわれが水族館と呼んでいる家もある。以前はスッポンや鰻らしきものも居たが、今は苔生して何だか分からない。様々なガラクタも堆積し、不快に思う人もあろう。
 その他、猫屋敷等、一風変わった家が町内に何軒かある。この割合でいくと、日本全国の○○屋敷と称されるものは夥しい数にのぼるに違いない。

3月11日
 5年前のこの日も金曜であったから、記憶が鮮やかに蘇るが、こんなに寒くはなかった。ただし、後の1ヵ月くらい、身も心も冷え切ったように思う。

3月9日
 珍しく、今年は3月1日から花粉症の症状が鼻に出始めた。それ程深刻な訳ではないが、少し楽をさせてもらおうかと思い、ドラッグストアで安価な点鼻薬を購入し、ひと吹きすると、怖い位に症状が瞬時に消え去る。副作用がある内服薬などは飲みたくないから、これで充分だ。

3月8日
 音楽、絵、習字、その他何を習っても嫌で長続きしなかった次男が、初めて楽しんで通っているのが塾であるとは。

3月7日
 ブラームスのピアノ小品集、一寸必要があって見直すと、やはり心に響くものがあった。初めてのピアノリサイタルではOp.119をメインとして取り上げ、Op.118,117,116と続けていたが、指を悪くしてからは何故か縁遠くなっていた。再び戻って味わいたい世界である。

3月2日
 東武アーバンパークライン(野田線)と云う名称は、如何せん長過ぎるし、アーバンとは何処の事か疑問である。パークにしても、大宮公園と清水公園くらいしか思い当たらないのを、鉄道の線名にしてしまうのはどうかと思う。
 名前は兎も角、同線に初めて、1時間に2本の急行が導入されると云う。当方の最寄駅には停車しないので、利用される方にはお気を付けいただきたいが、その分の各駅停車も増発されるそうなので、不便にはならないと思う。
 築何年か分からない大宮公園の駅舎も隣りに新築工事が進み、じきに新旧の駅舎が並ぶ時がやってくる。

3月1日
 家内ともども、一寸一息つけたので、美術三昧。
 或る声楽の方のご指摘通り、ボッティチェリの表記にはもう一つ小さい「ッ」をつければよいのに、と思う。そうしないと、どうしてもティのところにアクセントがきてしまう。チェッリとすれば、自然とそちらにアクセントが移る。
 固有名詞、普通名詞を問わず、日本で外国語が発音される場合、しばしばアクセントやイントネーションが逆にされ、それに親しんでしまうものだから、元の言葉を聞いてもピンと来ないことがままある。もっと原語に忠実であったほうがよいのではないか知らん。

2月25日
 明日の本番が終われば、リサイタルと四季に集中できるかと思う。序でに確定申告も。一遍には2つ位の本番しか準備出来ない。

2月23日
 聖学院チャペルの礼拝での演奏、受難節ということで曲目変更し、バッハ協会管弦楽団のコンサートマスターも加わってくれることとなった。
 3月6日(日)10:30-12:00聖学院大学チャペル
メゾソプラノ:山下牧子 ヴァイオリン:斉藤和久 オルガン:山田康弘 J.S.バッハ:マタイ受難曲より「憐みたまえ」
 4月も全然タイプの違うメゾソプラノ歌手に演奏してもらえそうで、これも楽しみだ。

2月21日
 ハ長調、ハ短調から始めて、半音ずつ上げていくと最後はロ短調となる。レクチャーコンサートでも触れた通り、この調に対しては、多くの作曲家が「最後」と云う意識を持ち、チャイコフスキーやフォーレ等のように、人生の最期と重なり合ってしまう例さえ見られる。
 バッハの平均律を終えて感じるのは、終わりがまた始まりであるかも知れないこと、つまり、ハ長調から始まる円環があまりに完璧なためか、もう半音上げれば最初に繋がってしまうのではないか、と云う錯覚に囚われるのである。大袈裟に言えば、永遠なるものを志向しているのかも知れない。
 そもそも、あの時代の精神として、初め=終わりと云う思想があったようだ。年末のコラールと新年のそれが共通しているのが良い例で、われわれのように終りで区切りをつけてしまうことがない。

2月17日
 ボルシチの何ともエキゾチックな味に、ロシアや東欧の記憶が呼び覚まされた。更には幼児の頃のも。
 叔母が作ってくれた東欧のおやつ、何とも日本のものと違う強烈な印象があった。粉を溶いた様なものであったような気がするが。
 数年前、それを叔母に話すと、「あれね、今度作ってあげる」と言ったきり、お互いに忙しいのでそれどころでなく、そのままになってしまうかも知れない。50年間も謎に思い、名前さえ分からないのに。

2月15日
 今年は大人もよくインフルエンザに罹るようなので、或る意味、新型なのであろう。私もインフルエンザの子の隣りで仕事していたので、天然の予防接種になったかと思っている。一種の賭けでもあるが、感染して発症しないのがベストである。
 それでもこのところ、家人の雲行きが怪しくなってきた。本番が続くので、何とか持ち堪えたいところである。

2月12日
 昨晩は珍しく家族で外食した。レース前の長男は、殆ど肉食のみ。300gのステーキ、私は生まれてから一度も食べたことがない。

2月8日
 就寝前にハリー・ポッターの原書を読んでいる。外国語だから遅々として進まず、漸く2冊読み終えたところ。英文学の専門家に話すと、「あれは所詮、児童文学です」とのことで、確かにそんな感じもするが、映画化がやはり卓越していたからこそ、今もってファンが多いのであろう。誤読していないか確認の為に備えている日本語版の訳文は、一寸気に入らないところが多い。

2月2日
 ムツゴロウさんが70を過ぎた頃から、動物への愛情がなくなってしまった、と云う記事を読み、驚くとともに当然と云う気もした。生きていれば、興味の対象が変遷していくのが自然だと思う。自分もレッテルの張られ易い演奏家であるが、それに縛られることなく、その時々で最も関心のあることに取り組んでいきたい。特に後半生は、人にあまり知られておらず、しかも自分の感覚に填るフォレ(フォーレ)を弾いていきたいと思っている。

2月1日
 人様のお話を傾聴することは、喜びでもあるのだが、相手が精神に異常をきたしているとすれば、これは全然別である。病人に対しては、医者なり専門家しか対応できないのと同じである。カウンセラーと呼ばれる方々も、病人のサンドバッグになるくらいの覚悟がなければ勤まらないし、通常の感覚、繊細さを持っていたら、もう無理だと思う。(31日の事の顛末を聞き及び、思いつきて記す)

1月29日
 子供ができて以来、初めて夫婦だけで1泊旅行させてもらいました。美術館巡りと美食を堪能。

1月25日
 トランペットの小林さんがとても良い選曲をしてくださったので喜んでいる。以下のように賛美奉献と云う形で演奏します。教会の礼拝内のプログラムなので、どなたでもお越しください。
 1月31日(日)チェロ独奏:中村潤氏 J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲第1番ト長調よりプレリュードとサラバンド
 2月14日(日)トランペット:小林好夫氏 オルガン:山田康弘 シャルパンティエ:テ・デウムよりプレリュード J.S.バッハ:アリオーソ

1月24日
 当地では雪の予報が外れ、(ネット上の予報では明日まで大雪と出ているのもあれば、晴れとなっているものもある。どうしたことだろう)土曜のコンサートも、日曜の家内の演奏、合唱リハーサルと全部無事に終えることが出来たので、ほっとしている。

1月22日
 四季の公演が急に字幕付きになったので、その原稿作り。翻訳したものはあったので、字数制限に従って簡略化、出したり消したりするタイミングも考える楽しい作業。家内を相手に試演会まで行った。

1月21日
 フランス序曲風の平均律2巻13番は、新年初の公演に相応しいと思っているが、どうも雪が降りそうな気配。

1月19日
 ブログに健康記事(と云っても箇条書き程度)を連載していたので、当欄を放置しておりました。
 昨日は午前3時半に外を見てみると大変な大雪で、この分では自分を含め、世間の皆様も予定は全てキャンセルと思われた。再び寝てしまい、後で聞くと、長男は5時だかに吹雪の中、家を出て、大宮で川越線を待ち、川越で東上線を待ち、坂戸では遂に越生線が動かなかったので、学校までの4キロを歩いたのだと云う。普通の靴で田舎道をどうやって、と思うが、着いてみると殆ど誰も居なかったと云う。そこまでして喜んで学校に通えることは、実に幸せなことだと思う。

1月8日
 右手に些か不調があって、或る接骨院に通っている。かなり熱血、怖い先生で、治療の際にはプライバシーは無いので、それに耐え得る人しか行かれないかも知れない。
 先日は、二つの整形外科で椎間板ヘルニアと診断され、痛み止めの薬を投与されたものの、腰と膝の痛みが全然良くならない、と云う方が来院。ここの先生の診断は、股関節が外れている、と云うものであった。そのための治療を行うと、その場で腰、膝の痛みが劇的に緩和されるのであるから、驚いてしまう。

1月4日
 FB上で、プロに報酬なしで何かをしてもらおうとする輩が居る、と云う記事があり、私の友人はプロの演奏家が多いものだから、こぞって憤慨していた。私は、基本的には正論だと思うが、例外的な仕事も存在するのではないかと思っている。次の仕事に繋がるから、ここはただでやると云う打算的なものではなくて、自分自身の糧となるもの、更には人生の意義を問われるものさえあると思うのである。場合によっては、プロ奏者であっても自腹を切って、と云うこともあるかも知れない。これは、外見的には道楽にしか映らないだろうが。また、ボランティアと言うと言葉が軽くなってしまった感もあるが、人への献身も大事なことだろうと思う。

1月2日
 箱根駅伝の実況中継で、「月1万キロを走ってきました」と聞き、「そうか」位に思っていると、すかさず「そんな筈はない」と長男。「千キロだ」確かに計算してみると、1日300キロ以上になってしまう。車ではないのだから。

2016年

12月29日
 クリスマス明けの晩、夕食時になっても長男が帰らず、遅いねと言っていると、合宿に行っていることが分かった。それから何日も帰らず、恒例の家族写真を撮るのが大変遅くなった。一時は3人で撮って、1名欠席者のように別枠に掲げようかとも思った。段々、家族揃ってと云うことが結構難しくなってきた。

12月27日
 パイプオルガン設置までの数年間、古い電子オルガンは持ち堪えられるのか、とのご質問には、明確にお答えすることができない。テレビや冷蔵庫があと何年使えるか誰にも分からないのと同じである。我が家の電子オルガンは、私がオルガンと云うものを始めた時からのものであるから、30年以上のものであるが、何のメンテナンスもせずに、今も音が出ている。当たりハズレと云うこともあろう。

12月24日
 一般社会では、「クリスマスする」とは、「御馳走を飲み食いする」と云う意味らしい。
 われわれ夫婦は、正統的なクリスマスを過ごした。クリスマスイヴ礼拝に出席、私がオルガンを弾いた。その代わり、時間がなかったので、出来合いのものを家族ばらばらに食べると云う、日本的クリスマスとは程遠い夕食となってしまった。

12月23日
 昨日、私の部屋のドアのところに紙片が置いてあり、さんたへの注文○○○くださいねーと書いてあった。随分遅いし、ぞんざいな調子になってきた。

12月21日
 フォーカルジストニアで鍵盤楽器を演奏している動画をネット上に公開している方がいらして、それについたコメントが、「指使い、手の形を変えてみたら」とか「指が動かなくてもそこで音を弾かなきゃならないもんね」というもので、このような、手が正常な人の観点でこの病気に対応すると、悪化の原因になると思う。今の段階で出来ないことは受け入れなければならず、根性で何とかしようとするのは逆効果なのである。
 因みに、自分はあまりに惨めで、このような動画を撮ろうとはどうしてもなれなかった。資料としてはあったほうが良かったのかも知れないが。

12月20日
 次男が運んでくる強力な風邪に家族が次々と感染。私は、長男のように大会欠場とまではいかなくて、体調を立て直しつつ、連日の演奏を何とか果たせた。後遺症で声が出にくくなったりはするが、朗読や喋りもあるので、どうにかして整えていきたい。と思ったところで、治った筈の次男がゲホゲホし出した。もういい加減にしてもらいたい。

12月16日
 バッハのトッカータ ト短調。目の覚めるような曲を、と意図して選んだ。推進力が全てのような作品で、そのように弾き切るのは極めて難しい。久しく弾かないと弾けなくなってしまうのでは、と云う危惧もあって取り上げたのだが、年と共に益々難しくなっているような気がした。

12月13日
 連日のオルガン演奏。クリスマスまでは続く。
 礼拝で唱えられる主の祈りの一節。「我等に罪あるものを我等が許す如く」さらっと言うと、いとも簡単な気さえしてしまうが、これ程難しいことはないのではないかと思う。人から言葉で攻撃されたりしたら、何時までもその言葉が棘の様な記憶として残り、許し難いのが普通である。

12月9日
 家内とコンサートのチラシを配布することがある。これまでの経験では、1000枚まいて一人のお客様が来るか来ないか、と云った感触である。

12月5日
 明け方に消防車のサイレンが近くに来ては止まるのが夢見心地のうちに聞こえたので、外に出てみるとキナ臭い。消防車の集結しているところへ行ってみると、月極駐車場内で何らかの火災があったらしい。
 本番の日であっても、火元を確認しないことには安心して眠れない。

12月1日
 長男が沖縄修学旅行から大変遅く帰って来て、多分寝たのは1時近く、それでも4時過ぎに起きて学校へ行った。一般家庭に泊まって、そこの女の子が可愛かったとか、ガイドさんが良かったとか、皆帰って病んでいると云う。

11月27日
 指の腫れが昨日よりはひいたので、何とか弾けるかと思う。嫌なのは、怪我を契機としてジストニアの症状が悪化してしまうことが往々にしてあること。庇って変な使い方になってしまうのであろう。

11月26日
 全身負傷。12月までに弾けるようになればよいが。

11月22日
 クラヴィコードのコンサートは時期を選ぶ。暑さ、寒さが厳しくエアコンが必須の頃は論外。人いきれで温度が上がってしまうのも不都合。結局、予め少し温めておいて、人が入ったらエアコンを切って、温度ができるだけ一定になるようにするのが良いかと考えている。
 バッハの平均律2巻で、新しい世代への接近を感じたところだったので、自分としては、エマヌエル・バッハのコンサートは、それに続くものと位置づけたい。

11月21日
 お客様と対面式の演奏は難しい。反応や動きが気になってしまう。今日もプログラムを床に落とされたのに動揺してしまった。生の演奏と云うのは、ハエが飛んだだけで違ってくるものではないか。

11月18日
 バッハ協会管弦楽団で20年以上演奏してくれていた仲間が亡くなり、2013年のエリアが最後の共演ということになってしまった。台風の中の演奏旅行、クリスマスオラトリオの初演奏、リサイタルの後のカレー屋での打ち上げ等、思い出は尽きない。遺されたご主人とは彼女以上、30年に亘って共演させてもらっている。この悲しみを乗り越えられるように、神様のご加護を心から祈っている。

11月14日
 長男が結構な額のお金を持ち出して、いつも帰りが遅いので怪しんでいたところ、接骨院に通っていた。
 次男のお年玉の袋からはうちでの小槌のようにお金が湧き出る、と思っていたら、それなりの絡繰りがあったようである。

11月11日
 13日(金)15:00より趣味の店三本松にて、鏡貴之氏を招いて「秋のうたごえ喫茶」という催しがある。小学校唱歌などで秋に因んだ歌を歌う企画であるが、唱歌を知っている世代が少なくなっていると感じざるを得ない。私くらいが最後の世代ではないだろうか。古典と呼ばれ得るものが消滅していくとすれば、古典音楽を生業とする音楽家の存在意義などあるのだろうか、と考えてしまう。

11月9日
 雪谷教会の本番を終え、オフ日。
 同教会では、健康法のこと、美味しい食べ物のことがよく話題となる。
 PC用の椅子をやめ、バランスボールに乗っている。それなりに鍛練となっているようだ。
 後ろ向きになって歩くと云う健康法、本当に効果があるのか知らん。私の周りでこれをやっていた人は、皆死んでいる。

11月4日
 駅のホームで倒れたおじさんがあり、駅員を呼ぶと、AEDを持って駆け付けてくれ、身体に取り付けると、「心電図をとりましたが、電気ショックは必要ありません」と喋った。電気ショックを与えるだけの機械と思っていたので、こうした機能があるのは知らなかった。
 私は、中村仁一先生の影響で、緊急時にも救急車を呼ばないでほしい(救命だけならまだしも、あらゆる延命措置を受け入れる積りが無い)と希望していたが、あのような状況で周りの人間は放置する訳にもいかず、やはり救急車を呼ぶしかないのであろう、と思った。

11月2日
 随分と寒い一日であった。
 夫婦ともにめっきり風邪をひくことが少なくなったのは、ひとえに冷水浴のおかげだと思っている。この時期は一寸した思い切りが要るが、この効果を思えば何でもない。それにしても、この輪が一向に拡がらないのは、残念でならない。

10月29日
 東光寺山門の、通常は仁王像などが立っている場所には瞑想室のような空間がある。住職によると、おっかない像が見張っているの嫌いなの、今は警備会社がやってくれるから要らないの、とのことである。香りの良い煙が立ち込め、瞑想的な照明と音楽で、街中の喧騒との隔絶を体験できる。東京ではイグナチオ教会なども自分にとっては似たようなところがあった。

10月27日
 或る方の勧めにより、ツイッターを、主に宣伝目的で始めてみた。1日でフォロワーが10名以上になったが、知り合いお二人の他は怪しげで、フォロワーの数と云うものは、全然当てにならないものでは、と思った。

10月26日
 知人が国際発酵協会なるものを設立したいと云う。出来れば賛同したいものだ。
 味噌は、麹菌が生きていて、味の良いものを選んで使っており、スーパーで買うことはない。
 醤油もそうで、今秋は特に期間限定のものが入手でき、香りの違いに舌を巻いている。
 日本で唯一と云う藁納豆は、確かに美味しかったが、あんなに高価なものを常食する訳にはいかない。
 因みに、塩の違いと云うものは、料理の形になってしまうと私には全然分からない。一応、海水100%の安価な並塩を使っている。

10月24日
 丁度1年前にも自分の限界を痛感せざるを得ない出来事があった。身の程を知り、歳と能力に見合ったことのみせよ、と云うことであろう。

10月22日
 90代とは云え、冴え渡っていた方が、1週間入院しただけで何も分からなくなってしまうなんて。薬のせいもあるのか知らん。

10月19日(FBにも掲載の内容)
 自分の生徒がオルガン奏者をしているH教会では、去年のクリスマスまでにパイプオルガンが設置される予定であったのが、今年のクリスマスにも間に合わなそうな状況になってきたと云う。その上、オルガンの製作家は、自分の助手を教会に置くと言い出し、皆はオルガンの製作者のことだと思っていたら、オルガンの奏者で、要するにその教会とは縁もゆかりもない人を専属奏者にするというので、皆驚愕している。こう云う前代未聞の言動をする方が、私や家内がオルガンを弾いている教会でも、楽器納入の有力候補に挙がっていて、絶対に止めておいたほうが良いのに、と思う。

10月9日
 秘密の仕事は、疲れたため、週末は休みに。
 前代未聞の企画が水面下で進行している。

10月7日
 初めて異業種交流なるものに参加。本物志向の方ばかりで、感銘を受けた。
 最近は夜な夜な家内と秘密の仕事に従事。驚きの連続。やってもやっても終わりが見えない。

10月5日
 保険屋さんとの話で、火災保険大幅値上げのニュースを見たと言うと、台風や水害が多かった西日本が3割の値上げ、埼玉は大丈夫です、とのこと。但し、当地も東京もこれから震度7が予定されているので、地震保険が段階的に上げられると云う。東京など、一旦火事になったら、消防車入れませんから全滅です、とのこと。利根川が決壊したら何処、荒川なら何処が水没する筈、とか、さすが保険屋さんの想定は厳しい。

10月3日
 アメーバニュースに癌のリスクを高める食品の筆頭に梅干しが挙げられていた。塩分が高すぎるとか胃壁を溶かすとか書いてあったが、あんなものを一度に大量に摂れる筈がない。少量ならばプラスの面が遥かに大きいと思う。醤油だって一遍に1リットル飲んだら死亡するそうである。

9月29日
 ハイドンの好きなところは、「疲れたから早くおうちに帰ろう」みたいな、私たちの極日常的な感情が優しいニュアンスのうちに歌われていることである。エマヌエル・バッハもそう云うところがあるが、愉しいばかりでなく、寂寥とした情感も湛え、スタイルは風変わりである。

9月28日
 我が家では約30p四方のタオルを愛用している。バスタオルのように巨大なものは使わない。1枚で風呂上りの全身が拭ける。足りなければもう1枚使えばよいが、それでも普通のタオル1枚分に満たない。洗ってすぐ乾く。良いことずくめなのに、何故かこのサイズのものはなかなか売っていない。ハンカチのような25p四方ではやや小さ過ぎる。

9月20日
 オーボエとオルガンと云う組み合わせは、私にとっても初めてであった。オルガンの柔らかな響きがオーボエの独特な音色を包み込んで、相性抜群な気がした。(フルートだと同質過ぎて一寸物足りない気がしたことがある。その場合はチェンバロの方が合っているかも知れない。)

9月18日
 何を以て異常や変態の線引きをするのか分からないし、誰もがそうした側面を持っているとは思うが…
 元少年Aなる人物の創作物を見ると、やはりあの犯罪は起こるべくして起こったと思わざるを得ない。また、精神的には今も変わりがないのでは、と思ってしまう。グロテスクなものでもよいから、そうした表現行為によって、とんでもない行為への欲求が発散されればよいと願う。

9月15日
 夕食のとき、次男が「ハンバーグのソースは学校で習ったように、ケチャップとウスターソース2対1の割合で作ってほしい」と言うので、家内が「他のレシピも見てみたい」と言って教科書を持って来させると、算数の教科書だった。

9月11日
 拙宅の庭の巣にいた筈のかなり大きくなったヤマバトのヒナが落ちて死んでいた。大雨のせいかどうかは分からないが、自然は厳しい。

9月7日
 家内の誕生日だったので。
 リビングルームの絵を一新。先日お見えになったお客様が、拙宅の額装絵画はすべて80円のカラーコピーであることを知って気の毒に思ってくださったのか、自筆の油絵模写をプレゼントしてくださった。その作品やファンタンラトゥールの静物画のコピーを飾り、一寸美術館のようになった。額装職人の技の見せ所である。
 清水の舞台から飛び降りる積りで、家族で高級鰻の店に行った。何年振りか。次男は、特上を食べてみたい、と言うので、自分の誕生日には食べさせてあげるということにした。

9月4日
 今年8月前半のような天候になったら、選手やお客さんで死者が出る恐れがある。東京オリンピックは中止すべきであると思う。冷却グッズを配ったり救護所を増やしたりして何とかなるレベルではない。

9月2日
 五輪のゴタゴタを見ると、この大会は呪われているのではないかと思ってしまう。すべてがおかしい。案内ボランティアの制服にしても、理解し難いデザインに加え、Omotenashiとローマ字で書いてある、と聞くと、これはもう気が狂っているとしか思えない。
 一切見ないとは思います。息子が出場でもすれば、応援に行きますが。

8月28日
 ウォシュレットが壊れてから、買い直すべきか、買うとすればどこでかうべきか、検討を重ねてきて、結局、Amazonで最安値のものを購入することにした。水道の接続部分に不具合があったので、ホームセンターで¥300の金具を購入して解決。すべて自力で設置できたのと、大変安く済んだことで、達成感は大きい。

8月26日
 「私が世を去ったら、私の作品が言わんとするところに耳を傾けてほしい」(G.フォーレ)これは演奏家とて同じこと。音のみからでも、言葉に出来ない想いを感じ取ってもらえれば。

8月25日
 色々と物騒なことに遭遇する。それが夜の散歩中だと、容易に動かぬ12kgの犬を抱いて逃げなければならない。

8月20日
 震災後、行くのを控えていた那須に行く。5年ぶりに行くと、なくなった店、オーナーが替わった店も多く、複雑な思いがしたが、何故かペンションのおばさんだけはまるで変わらず、嬉しかった。
 天然納豆菌による藁納豆を購入した。巨大な藁に直に包まれたもので、保存の仕方、更なる発酵についても説明を受けて帰ったところ、家族で一日で消費してしまった。

8月16日
 コンサートにおける拍手が演奏を台無しにしてしまうこともあるものだから、受難曲の公演で拍手をご遠慮いただいたことさえあった。これは、やはり時と場合による。お年寄りのための慰問演奏では、自然と手拍子が発生することもあって、そう云うのは全然気にならないし、寧ろ嬉しい位であった。
 音響の良いホールで、最も強力な騒音は、スーパーのビニール袋をガサガサさせる音だと思う。この音はよく通る割に、音を立てて何か取り出そうとしている本人にとっては何ら意識に無いようで、延々とやられたりすると気が狂いそうになる。
 映画の前にマナーについての注意があるように、コンサートにおいてもそうしなければならないかも知れない。

8月14日
 窓の近くの木にヤマバトが巣を作っている。小さな枝を咥えて来ては落としてしまい、また探しに飛び立つと云う繰り返し。前々から姿を見せていたのは下見であったのか。間近で鳴くホーホー、ホッホーの声を聞くと心安らぐが、下手に窓を開閉できなくなってしまった。

 我が家の犬は、私が家内に近づいただけで激怒、威嚇し、「俺の女だ」と言わんばかりに、家内の顔をベロベロと舐め回す。去勢していないせいか、年とってますます野生的、男性的である。ところが、散歩になると急にヨタヨタした歩みになってしまう。

8月9日
 バッハアカデミー定期演奏会では、毎年、子供の姿に感動したり、癒されたりしている。それに加え、年配の方々の演奏もどれも立派だったので、安堵しているところである。

8月6日
 或る待合でTarzanと云う雑誌を見ていると、健康特集で、コレステロールは高くても健康上何ら問題がない、というのが最新の研究結果という記事があり、この説も漸く一般に認められることになったか、と感慨深かった。
 その半面、新聞の全面を使ったサ●スター社の広告に、コレステロールの危険を説き、健康食品を売りつけようとするものがあり、全く詐欺的商売だと思う。

8月5日
 夏休みサービスのため、上野公園へ。木蔭は涼しく、心地良い。来たれ、夏将軍。まだまだ大丈夫。寒いよりは余程良い。

8月4日
 リリアの抽選、去年はこともあろうに1番を引いたので、確率的に今度は駄目だろうと思っていたら、案の定、28番。こんなもんでしょう。

7月31日
 あまり怒るほうではないのだが。或ることをきっかけに、自分の事は棚に上げ、人に対する積年の怒りが込み上げる。お金貰ってその仕事はないだろう、とか、何考えてやってんだ、とか。技術的なことは兎も角、藝術の生死に係わる感性が欠如しているとすれば、如何ともし難い部分があるのかも知れないが。
 
7月30日
 パイプオルガンの音色の種類を表すストップと呼ばれるものは、その種類にもよるが、一つ増やすごとに百万円以上が加算される。そして、大きな楽器には、殆ど使わないストップが多く備えられているものもある。色々な楽器に触れると、こんなストップ要らないのに、とか、代わりに○○のストップがあれば、とか思うことがある。逆に言えば、ストップをもっと厳選すれば、何百万円分も節約して楽器を製作することが可能であると云うことである。

7月28日
 長男の熱中症からの回復は、なかなか時間がかかったけれども、今日は滝まで走って打たれる、明日は山、と云う風に元気にやっているようだ。
 冷房によっては、全く汗をかかない状態になってしまうのが私にとっては恐ろしい。汗をかいて蒸発させて、と云う循環が、暑い時には不可欠と思うからである。
 水分補給に関しては、主に麦茶を口に含んで温めてから飲んでいる。勿論、胃を冷やしたくないからである。キンキンに冷やしたビールをガブガブ飲むことを楽しみにしている人たちはどうなのか知らん。尤も、ビールを口の中でぐちゃぐちゃしたら、こんな不味いものはなかろう、と想像することはできる。

7月27日
 ハイドンの四季をカラヤンやベームが指揮したものは、大編成のオーケストラを豪快に鳴らす、凄味のある演奏で、立派ではあるけれども、ハイドンの素朴さ、温かさにはそぐわない気がしている。あの独特の味わいを人に伝えるには、如何したらよいのだろうか。

7月24日
 束の間の休日、フォーレの夜想曲全曲などを弾いて遊ぶ。
 世評の高い6番の良さが漸く実感されるようになり、形容のし難いゾクゾク感を味わっている。
 それに対して、7番は未だによく分からない。調性がぼかされていると云うか、曖昧すぎて最初から殆ど最後近くまで何調だかよく分からないのである。(因みにシャープ4つの調号で始まり、フラット5つの調号で終わる)12番で体験したような「ゆらぎ」で理解すればよいのだろうか。
 ネット上で気軽に色々な演奏を試聴できることは有難いのだが、フォーレみたいに微妙繊細なものを的確に表現できた演奏は少ないと思う。フランス音楽に精通していると思われる或る作曲家兼ピアニストも、奇抜な外見(髪型)のわりには凡庸な演奏で、がっかりした。

7月21日
 長男が大会で熱中症になり、昨日は救急病院巡り、明日からの妙高高原合宿は無理であろう。この暑さでの運動は考え直すべき時期だと思う。近所でも高校野球の予選が行われているが、救急車の出動が絶えない。

7月19日
 けたたましい消防車のサイレンが拙宅の前で止まると、家族全員飛び出していた。事情はよく呑み込めないのだが、向かいのおじさんが風呂に入っていたところ、鍵がかかって開かなくなってしまい、天窓から脱出したものの、どこからも家に入れず、全裸のまま、近所に助けを求めたらしい。次から次へと消防車や救急車が到着し、サーヴィスの良い街だと思った。

7月17日
 バッハアカデミーの女の子の生徒たち。
 可愛くても、頭を撫でるくらいまで。それも小学校高学年にもなると出来ない。
 今、自分が教えている唯一の子供は、小学一年生。幼稚園生の頃にはハグしてきたものだが。(私からしたことは、勿論ない)
 姿勢の全く崩れない子がいて、これは只者ではない、と思ったら、お父さんが自衛官だと云う。遺伝か教育によるのか。
 これからというところまでやってやめてしまう子が多いので、せめてショパンとか弾けるようになるまで根気よく続けてもらいたい。

7月16日
 歌の会では、私よりずっと若い歌手が、曲の説明の中で、ペギー葉山を彼と呼んだことが大うけしてしまった。確かに知らなければ無理ないことである。「マギー何とかと云うマジシャンが居た」ことによる連想も、頷ける。

7月15日
 明日も一応本番。
 自分はオリンピックに全く興味がなく、ロンドン、ペキン、(その前はどこだったか)いずれも全く観たことがない。それにしても競技場のゴタゴタ、案内ボランティアの酷い制服など、日本国の迷走ぶりは、苦々しい想いで傍観している。大体、このような酷暑の中、フルマラソンをやることになるなんて、真面に考えているのだろうか。

7月12日
 本番地獄が続く。明日のが終わったら、大竹さんのところへ行く。(整体)

7月9日
 11日のコンサートでは、バッハのオルガンコラール4曲を解説つきで演奏することになっている。ここでお話くださる牧師さんと打ち合わせをするうちに、各曲とも、幾らでも話を深めたり、広げたりしていけることが分かった。つまり1曲が礼拝説教の1回分に相当してしまうらしい。そう云う機会は別に設けることにして、如何にお話を凝縮するか苦心してもらっている。

7月7日
 ピアノの本番。本番と云うものは緊張するので、普段の半分くらいしか出来ないことが多い。今日も障害のある指が完全に制御できなくなった部分があり、内心ガッカリしたが、その後のトークを自分なりにできるだけ面白くして、誤魔化したからいいや、と年齢を重ねて図々しくなっている。

7月5日
 先日、見学にやって来た小学生の団体から御礼の手紙を頂いたのが、例年になく面白かった。取り敢えず一つだけ転載させてもらおう。
 バッハきょうかいさんへチェンバロとかおひかせてもらってありがとうございました。すごくたのしかったです。7月11日に、コンサートを見に行きます。さいごに、トイレをつかわしてくれて、ありがとうございました。トイレは、とても、キレイでした。

7月1日
 大抵のホール抽選があるこの日、私も朝の電車が止まりやしないかとヒヤヒヤした。(訳の分からないことでストップさせてしまう輩が居るものである)
 無事に来年公演の予定が決まり、少し安心した。あとは地震が起こらないことを祈る。

6月28日
 毎日閲覧しているブログの一つに「アーブル美術館」がある。現在、11歳の男の子と9歳の女の子の作品集のようなもので、とりわけ妹さんが彫る版画の線の切れは、原画を超えてしまう程に冴えてきている。(今日のより前2つのが良いかも)男の子の方が、無垢なところを温存していると云うか、何時脱皮するのか、変化していくのか、楽しみである。

6月25日
 「四季」の翻訳が一応完了。言葉の意味を理解して、改めてこの作品を味わうと、オラトリオ中の大傑作であることを実感する。心が、何とも言えない温かく深いものに満たされる。

6月22日
 「四季」の日本語訳たたき台が「夏」まで出来た。(即ちおよそ半分)もともと文学的素養が乏しいし、語彙が少ないので、苦労している。それにしても、辞書にも無いような言葉でも、インターネットで検索すれば出て来るのであるから、楽になったものだ。

6月21日
 買い物について
 15年以上使用しているウォシュレットが壊れた。水を出すだけのことに何万も出すのもバカバカしく、取り敢えずそのままになっている。
 レコードプレーヤーも壊れており、大量のLPレコードは、何も聴けずにいる。よく広告で見かける、何でもかけられ、録音もできると云う中○製機器、レビューを見ると、殆ど機能しない、と云う低評価が大半で、勿論買っていない。取り敢えずベーム指揮のハイドン「四季」のLP3枚組を何とかしたいと思っていたら、同じ内容のCDが1700円で買えた。
 風呂のふたがボロボロ、バラバラになってしまった。これは素直に買い替えたい。

6月19日
 話に出た「人間をダメにするソファ」、実は実家にもあって、1回座ってみて、こんなものかと思った。
 暇さえあればゲームをしたり、動画を見たりしている長男を見ると、スマホこそ「人間をダメにする機械」ではないかと思う。子供の頃からあのようなものに依存するようになってはいけない。

6月17日
 やはり合唱練習の時にもあった方が良いかと思い、「四季」の歌詞翻訳にゆるゆる着手。色んな訳も出ているので、意味は容易に分かるが、どのような日本語にするかが問題である。味わい直してみると、農民が素朴に歌っているのに、「来たれ、春よ」とか「見よ、いかに…」なんて云うのは、非常に奇異な感じがしてきた。元々、貴族が想像して書いているだけに、現実とのギャップは存在したであろうが。

6月13日
 明日弾く讃美歌の中にミヒャエル・ハイドンのものがあった。
 ルーマニアのオラデアに演奏旅行した際、アシストしてくれたカトリック教会のオルガニストのお誘いで、その教会のオルガンを弾かせてもらった。資金難のため、必要なメンテナンスが出来ず、必ずしも良いコンディションの楽器とは言えなかった。この教会で、かのミヒャエル・ハイドンが楽長をしていたのである。

6月11日
 長男の面談のため、高校まで車で行ってみた。メーターによると35km。何かあったら走るか歩くかして帰って来なさい、橋が落ちない限りは、と言ってある。山や川が近く、申し分ない環境。近くには東京国際大、東洋大、城西大等、大学の郊外キャンパスも多い。

6月10日
 メサイアのGP(本番前総練習)は午前中に2時間半。食べて着替えたら開演、また2時間40分の演奏と云うハードなものであった。
 全曲の中でも1ヶ所だけ一度もリハーサルをせず、本番だけ演奏した部分がある。時間的な制約から、最初からそうなるであろうと思われたダカーポ部分で、口頭でのみニュアンスの確認(それも、より深く想いを表現する、と云った抽象的な内容)をしていた。このソリストとはオケ伴奏でも、ピアノ伴奏でも心通わせられると信頼しており、だからこそ半ば即興的な表現が出来たのではないかと思う。

6月9日
 演奏家は、本番の時、感度が上がっているせいか、客席の何処で物音をさせている人が居るとか、誰がひそひそ話をしたとか、意外に分かっているものである。演奏家の中には、そうした状況を絶対に許さない厳格な人も居るが、私の場合は半分諦めている。演奏家は聴衆を選ぶことは出来ないし、聴衆の為に演奏している半面、聴衆を度外視して、自分たちだけのためにしている面もある。ただ、先日のメサイアではフライング拍手は仕方ないとしても、最後のゲネラルパウゼを、何らかの物音を立てられて台無しになるかも知れないとの危惧から、不本意ながら短めにしてしまったのが、些か残念であった。

6月7日
 昨日のメサイアについては、落ち着いたら書きたいところであるが、取り敢えず、人から言われて嬉しかったことだけ載せさせて頂きたい。
(オーケストラの団員さん)愛に溢れていて、すごく勉強になり、素敵な方々と、とても楽しく弾かせていただいております。毎年参加させていただいているご褒美のような演奏会です(*'
 それから、今回、出演できなかった方からも励ましの言葉をいただいたのも嬉しかった。


 下記の件、礼拝の最後にアーメンコーラスをオルガンで弾こうと思っていたのだが、意外に難しく、とても本番で破綻なく弾ける気がしないので、曲目変更することにした。メサイアの他の部分は、礼拝内で弾く積りである。
 また、当日は子どもも参加する礼拝だそうで、そんな時に「人みな死すべきさだめ」ではあんまりなので、フランクのコラール第1番に変更する。

6月5日
 今度、14日(日)10:30に聖学院大学チャペルでオルガン奏楽をすることになった。礼拝なので、どなたでも参加できます。
 演奏予定曲目
 J.S.バッハ:人みな死すべきさだめ BWV643
 G.F.ヘンデル:メサイアより

6月3日
 今月から自転車の危険運転取り締まりが始まったように聞いているが、実際のところどうなのか知らん。
 自転車の無法運転者を罰すると云う趣旨は賛同できるとしても、一律に車道を走れと云うのはいただけない。近くの道路でも、最近、歩道を拡張して、その分車道が狭くなったのに、車道に自転車レーンが設定してあり、危なっかしくて仕方がない。絶対にこれからは、車と自転車との重大事故が増えるに違いない。

5月31日
 オケ合わせの録音を聴いてみると、異様な遅さで、まるで故奥田先生の演奏のように思われた。こんなにも指揮している感覚と実際とは違うかなあと思って、機器をよく見てみると、再生速度が30パーセント減の設定になっていた。昔のカセットテープだと、遅くなれば音も低くなるので明らかだが、デジタルではそう云うことはないらしい。
 故奥田先生には、「今度、ロ短調ミサを指揮します」と報告すると、「ロ短調なんて遣つたつて、君の自己満足に過ぎないんだから、メサイアを遣り給へ。メサイアはいいよ」と言われたことがあった。遺言を果たすことになるのであろうか。土曜日に21年ぶりにメサイアを指揮する。

5月29日
 癌と云う漢字は、形態も不吉と書いたことがあるが、或る方の説では、山のような品々を食べる、つまり一日に30品目など食べると病気になる、日本人は西洋の栄養学に惑わされずに、昔ながらの粗食をしていれば健康なのだと云う。そんなものかと思っても、なかなか実行できそうにない。

5月28日
 「メサイア」は詰まらない、どこがよいのか分からない、と漏らしたことがあるのは事実で、実際、その時はバッハと比較する意識が働いて、そう思っていたのだと思う。今は、テキストも音楽も大変興味深く、共感できるものとなっている。生涯で最後のメサイアとなるかも知れないので、複数あるヴァージョンの中では、滅多に演奏されないほうを選んだ。優れたアルトのソリストが二人も揃っていることにもよる。

5月24日
 明日の10:30から聖学院教会のペンテコステ礼拝にてオルガン奏楽。
J.S.バッハ「来ませ、聖霊、主なる神」BWV651
M.デュリュフレ「来ませ、造り主なる聖霊の神よ」による変奏曲ほか。
 
5月19日
 下の記事について、毎朝電車で通学している長男に、「自分だったらどうするか」訊いてみると、「ゲームをしてる」と云う。「ヤバい人だったら…」と云うのである。
 彼が幼稚園の頃、テニススクールに連れて行っていて、そこで最も感動したのは、友達同士が衝突して、皆が呆気にとられていた時、真っ先に「大丈夫?」と走り寄ったのが彼自身であったこと、と云うような話をしてみた。

5月16日
 何かシュールにも思える話を聞いた。
 朝の通勤電車に乗り込むと、背広姿の男性が床にうつぶせに倒れて微動だにしないが、周囲の人たちは全員、例によってスマホなどに見入っていたと云う。更に、近くの男性に「どうしたんでしょうね」と声をかけると、迷惑そうに黙殺され、別の女性に話しかけると、やっと「駅員に知らせたほうがよいかも」ということになったと云う。

5月14日
 妻と話していて、その主張は思ってもみなかった、世間に発表したほうがよい、と言われ、独言随想に書くことにした。
 日本人なら誰でも書き初め用の大きな紙、筆で書かされたことがあると思う。子供の競書と云うものもそのサイズで行われているのであるが、堂々とした字を書くと、必ずと言っていいほど名前を書き入れるスペースがなくなり、本文を避けてばらばらに入れるとかして、とてもみっともない姿になってしまう。そもそも本文の字も、出来るだけ大きく書こうとすれば、最後の払いが思い切って出来ずに、委縮したものとなる。兎に角、あの縦長サイズはナンセンスこの上無いと思うのだ。以上

5月10日
 日本では文豪と呼ばれる人が書かれるものからして、ボヤキが一種のユーモアとして捉えられているようである。ジメジメした気候のせいかどうか分からないけれども。外国ではポジティフな思考しか評価されないのか知らん。フェースブックには「いいね」のアイコンはあっても、「よくないね」は存在しない。不幸や不運に対する同情、悪事の告発に対する共感など、それが欲しい時もあるが、やはり中傷や攻撃に使われることを避けたいせいもあるのであろう。もし、「それで」などというアイコンがあって、それが沢山押されたと想像するなら、人は人間としての存在を否定されたと感ずる程のダメージを蒙るに違いない。

5月8日
 「転ばぬ先の杖」と云うものは、なかなか無いものだ。自分を含め、多くの人が、痛い思いをしたり、果ては病気になったりして初めて気付くようである。
 そのような訳で、何時でも自分に最も必要なものが分からず、暗中模索してしまう。手引きがあったとしてもそうなのである。

5月4日
 メサイアの歌詞訳、知人の牧師さんにもチェックしていただきながら、修正を加える。二人に共通した感想は、実によくできた台本だ、と云うこと。イエス・キリストが直接登場する訳ではないにも拘らず、この方の全貌を良く表している。付けられた音楽も勿論、素晴らしいので、こうも長く愛好されてきたのであろう。
 大抵の場合カットされる最後のソプラノ・アリアを演奏できるのも嬉しい。イエス・キリストが今も天に在って、神と人との仲保者となってくださっている、と云うキリスト教の神髄を表わす曲だからである。

4月28日
 ピアノを習いに来ている男の子に、「曲を作って先生に見せているんだって。いいね、すごいね」と声を掛けると、「はい、作曲です」と云う返答。更に、「随分苦労なさったんでしょう」と続いた。「随分苦労しました」ではなく、「なさった」と言うからには、私のことか。「いえ、まあ、それほどでも」と言葉を濁すしかなかった。

4月26日
 先週弾いたモーツァルトのトルコ行進曲は、十数年振りに弾けるようになったものである。冒頭の音型、トリル、16分音符の連なりが演奏困難であった。
 昨日弾いたモーツァルトのソナタ第3番もトリルから始まる冒頭の主題からして弾けなかった。漸く曲りなりにもこのソナタを取り上げることが出来、感慨深い。
 昨日のピアノリサイタルが赤字にならなかったのも、この種の企画としては驚くべきことである。ご来場いただいた方に感謝したい。

4月23日
 知人が自宅の一階に開いているアート・カフェは、ハナミズキ通りにある。この木の花が満開の今の時期は、大変な人出で、一人で食事までも切り盛りするのは、気の毒なほどに大変そうである。梅の時期、桜の時期もヘトヘトであったと聞く。自分の夢をかたちに出来たとしても、あまりに負担が大きいのも如何かと思う。

4月21日
 25日(土)は、ベヒシュタイン・サロンでピアノ・リサイタルを開くことになっている。このピアノのまろやかで深い音色に見合ったものを、と思って選曲した。ドイツ古典派のものは、そのまま合うであろうが、意外なところではドビュッシー。彼自身、「ピアノ音楽はベヒシュタインのために書かれるべきだ」との有名な言葉を残している通り、和音を響かせながらも、個々の音のクリアさを求めていたのだと思う。ショパンは、ベヒシュタインとは傾向の異なるプレイエルを好んでいたが、バラード第4番のように重い曲なら合うかも知れないと思い、敢えて取り上げることにした。

4月20日
 リリアで変質者が何か物色している、と合唱団の女性が言っていた。私はそれらしき人とトイレで一緒になったのである。その方は小便器に背を向けて構え、暫くもぞもぞしていた。世の中にはお尻からおしっこをする人も居るかも知れない、と思いながらも、なるべく目を合わさないようにしていた。
 トイレで怖い思いと云えば断然パリである。入ると、ずらっと小便器に構えた男性たち全員がこちらに顔を向けている。この時ばかりは用を足すことも出来なかった。

4月17日
 愛川欽也氏が不調ではと心配していたところ、訃報に接して驚いている。肺がんの治療らしい治療をされていなかったようで、だからこそ最後まで仕事がおできになったのかも知れない。(がんは放置の理論が妥当だとすれば)この方は、自分にとって一応、先輩にあたる。

4月16日
 多くの人が意外な障害を抱えている。自分もそうだと思うし、家族も、はたまたあの優秀で非の打ちどころがないと云われた方も。

4月12日
 駅伝大会の折、拙宅に泊まりにきた男子高校生、背が高く、端正な顔立ちで、いかにもモテそうと云うと、息子はそんなことはないと云う。「性格が…」と云うので、「悪いの!?あんなにいつもニコニコしていて」と訊くと、「小学生みたいだから」と云う。どうも性格と言うより中身がということらしい。それなら、息子などは「幼稚園生みたい」と思われているのかも知れない。

4月8日
 雪まで降った一日。完全防寒で用心する。
 冷水浴を続けて1年以上になる。アレルギーは完全に治り切らないが、すっかり風邪をひきにくくなった気がする。これの目的は、主に次の二点である。
 皮膚を鍛え、毛穴が締まるようにする。
 副腎皮質ホルモン(ステロイド)の分泌を増やす。
 周りの人に勧めても、どうしても出来ないと仰る方が意外と多い。確かに真冬は結構な思い切りが要る。自分も、秒数を数えるのが確実に速くなっている。

4月7日
 春休み中、今日だけ家族全員が空いたので、公開中の大沢たかおの映画を鑑賞した。次男は、途中、隣りの会場でやっている「ドラえもん」に行ってしまうことなく、よく長時間の大人の映画が観られるようになった。

4月4日
 好きな桜であるが、花冷えのなか、散り行くさまを眺めていると何とも寂しい。過去に果たせなかったことや、未来のことなど、時間的なものを想起させる花であるとも思う。
 今月は、最後となるピアノリサイタルがあり、何とも不本意であるが、出来る限りのことをしたい。

4月1日
 長男が箱根に出ることになった。
 それにしても私学は高い。私がパートにでも出なければ。

3月30日
 昨日、家内は雪谷教会でオルガン奏楽、私は次の日曜、聖学院教会で、と続き、我が家のオルガンも入れ替わり立ち代わり、さらうのに使われている。演奏予定曲目は次の通り。
 4月5日(日)10:30-12:15聖学院チャペル
J.S.バッハ:前奏曲とフーガ 変ホ長調より BWV552
J.S.バッハ:キリストは死の縄目につきたまえり BWV625
J.S.バッハ:栄光の日は現れたり BWV629
J.S.バッハ:羊は静かに草を食み BWV208より
(礼拝なので、どなたでもご自由にお越しください)

3月28日
 小学5年の次男に、古文など、意味の掴めない文章でも反復して読ませていると、そのうちには憶えるので、おだて半分に、「記憶力が悪くないようだから、弁護士にでもなったらどう。お金持ちになれるよ」と言うと、「でも、アパート経営だと、月々安定した収入があるよ」と言う。
 我が家の犬が人間にすれば7,80歳であることを初めて知った彼は、涙を流して、「ぼくが家を出るまでは生きていて」と話しかけていたと云う。

3月25日
 不図、この冬は牡蠣を殆ど食べていなかったことを思い出す。(出来の悪い年とも聞いている)
 揚げ物の名店、たけだ、また、祈りの空間イグナチオが懐かしく感じられる。四ツ谷の鍼治療に行かなくなって、もう1年以上にもなる。

3月22日
 まだ齧った程度なのだが…
 フェルデンクライス・メソッドは、自分にうってつけなのでは、と思っている。無駄に力んだ身体や効率の悪い動作に気付き、半ば無意識に改善させると云う方法である。

3月20日
 無くて七癖と云われる通り、殆どの人が、もしかすると障害につながりかねないような癖を持って演奏している。鍵盤楽器を教える際、それにどう対処すべきかは、自分が故障から復帰した立場であるからこそ分かることがある。(故障前、放置することで悪化させてしまった苦い経験もあるから、尚更である)その意味では、病気や障害も、教師であると言えるのかも知れない。

3月18日
 或る藝術家肌の店主の話をお聞きし、自分と同じようだと思った。即ち、需要があまりなくとも、自分の気に入ったメニューを出し続けたいと云うのは、私のピアノリサイタルに相当するかと。前回、究極的なベートーヴェンとフォーレの作品をやったので、それを最後にしてもよかったのだが、やはり続けて取り組みたい作品がまだあって、未練断ち切り難く、4月に弾くことにしている。

3月14日
 2月25日記述の道路を、前の車について普通に走っていたら、その車が警官に誘導され、一瞬、何のことか分からず、それからぞっとした。前の車と同じ速度で走っていたから、自分が捕まってもおかしくはなく、単に運が良かっただけである。
 それにしても、あの取り締まりは、何か釈然としない。

3月13日
 メサイアの歌詞訳は、色々な方のご意見をお聞きしながら、手を入れ続けている。
 うじ虫と云う言葉があって、これをどう扱うか、迷いがあった。使わないで、他の表現にしてみたものの、どうも辻褄が合わない。病害虫と云う訳も見かけたけれども、一寸違うような気がする。
 英文学者とお話すると、「当時は親しいものだったから…」とのこと。それなら私も身に染みて知っている。コンポストにびっしり大量のうじ虫が発生した時には、卒倒しそうになった。

3月10日
 粗塩、重曹、クエン酸を混ぜたもので犬を洗ってみると、かなり酷い皮膚炎が劇的に良くなった。何か人間にも応用できるか知らん。

3月6日
 メサイアの歌詞訳を或る方に読んでもらったら、「軛」が分からないと言われた。私も、実際に見たことはなく、何となく「枷」のようなものかと云うイメージしかなかったので、改めて調べてみると、牛や馬の首にはめて、二頭が同じ方向にしか進めなくなるもの、と知った。そして、英語のyokeは、「結びつける」の意味を持ち、インドのyogaと同じ語源であると知って非常に驚いた。

3月4日
 春の訪れとともに指が良くなれば、と云う想いに支えられて、毎年この時期を迎えている。実際、状態は年毎にましにはなってきている。今年は10周年。

3月2日
 新都心のスーパーアリーナへ確定申告に行く途中、乗っていた息子の自転車のブレーキが壊れた。ワイヤーがブチッと切れたのである。(高校生の頃、全く同じ状況で、車にぶつかり怪我をしたことがある)
 新都心駅前に、高校生の時にパンク修理してもらった自転車屋があったことを思い出し、そこで修理してもらうことにした。35年近くも前のおじさんが、相当歳をとったものの、現役で働いておられるのに感銘を受けた。並べ掲げられた表彰状の類を見ても、かなりの歴史を刻んでおられることが分かる。
 昔はここに駅など、影も形もなく、この街は、随分変貌した。

3月1日
 原発の放射能が、雨水云々よりも、地下から海に流れ出していることは想像に難くないし、大気中に放出され続けていることは、東電も認めている。そんな場所の至近を高速道路が開通すると云う。勿論、放射線量は凄まじく高い。本当に狂気の沙汰としか言いようがない。

2月27日
 23日記述の「失恋」と云う詩。タイトルがなければ、息子のように感じるのも無理ないか。
 
 頭の付近で 落雷
 胸あたりが 震源地
 枕もとでは 記録的な豪雨
 体の海では 暴風波浪高潮警報

 ちっぽけなわたしでも
 一個の地球でした

2月25日
 犬の散歩中、近所で度々、所謂ネズミとりをやっているのを見かける。運転者に同情的な自分は、探知機から離れたところで、「速度注意!」とかの札を持って立っていようかとも思う。
 考えてみると、罰金と云うものは、格差社会においては極めて不公平なものである。何日間労役などが良いのではないか。

2月23日
 下記教材、今日やったのは失恋の詩で、息子は「この人、風邪ひいたのかなあ」と云う感想。小5では理解できない状態らしい。高村光太郎の「レモン哀歌」や与謝野晶子の「君死にたもうことなかれ」のように、「死」に関係したものは、それなりに分かっているようであるが。

2月15日
 次男の漢字テストが信じ難い出来であったことに危機感を覚え、名文に親しむうちに小学校で習う全漢字を覚えられると云う一冊を購入し、共に取り組んでいる。俳句、短歌は、芭蕉から俵万智まで、古典は、源氏、平家、論語など。これらは一応、暗誦できたので、今は宮澤賢治、高村光太郎などの詩に取り組んでいる。実によくできた教材で、自分も幼少の頃からこうした古典が血肉化されていれば、と悔やまれる。

2月13日
 案の定と云うか、長男は風邪をひいて学校を休んでいる。
 息子たちがやかましく言っているのが、われわれ夫婦が東京へ行くなと云うこと。何でも、イスラム国がテロを起こす予定日が噂で流れているのだそうで、色々な情報を提示したり、理屈を並べたりして、思い止まらせようとしている「死んでも心の中に生きているから大丈夫」と言っても聞かない。

2月11日
 3月1日(日)10:30-12:00聖学院チャペルでの礼拝でオルガン奏楽を要請されたので、演奏予定曲目を掲載しておきたい。(礼拝なので、どなたでもご自由にお越しください)
J.S.バッハ:わが心の切なる願い BWV727
J.ブラームス:11のコラール集より
          「装いせよ、わが魂よ」Op.122-5
       「わが心の切なる願い」Op.122-10
マスカーニ:カヴァレリア・ルスティカーナより間奏曲
F.メンデルスゾーン:ソナタ 第4番 変ロ長調 フィナーレより

2月9日
 昨日は、長男が千葉の大会に泊りがけで走りに行っていた。冷たい雨の中、屋根があるところはトイレのみ、濡れた服を濡れた服に着替え、死ぬかと思った、と云う話を聴いただけでも凍える思いがした。その翌日も駅伝大会が続いてあると云う。

2月7日
 或るものを買いに百貨店に行ったものの、思っていたのより相当高かったのと、よく見ようとすると、直ぐにも店員に声を掛けられそうな雰囲気だったので、何も買えずに帰宅した。結局、安売り店と云われている店に出直して購入した。(こう云う店では、こちらから申し出ない限りは声を掛けられない)自分のような気が弱い者にとっては、百貨店で一人で買い物をすると云うのは不可能であると悟った。

2月3日
 拙宅の風呂場が大地震でもあったかのようにひび割れているのは、見えないところを掃除しようとして、家内が力任せに引き剥がしたからである。一般的傾向として、女性はあまり構造的な理解をしようとしないように見える。

1月29日
 去年購入した極寒防寒服が大活躍し、寒さを感じない。やたらと重ね着しても効果がないと分かり、非常な薄着の上にそれを着るようになった。(とりわけ寒い時にじっとしていなければならない場合は、この上に人型寝袋を着る)
 靴下は、木綿のものは外出時だけで、あとは化繊のモコモコしたのを履いている。空気層ができれば大変暖かい事を悟った。
 母胎回帰傾向でもあるのか、寝袋に包まって寝るのが楽しみであり、朝はなかなか出ることが出来ない。出入りや寝返りに一寸した技術を要するが、自分にとっては至福の心地良さである。

1月25日
 冬のうたごえ喫茶のゲストとして、山形出身のソプラノ歌手、田中麻理さんをお迎えすることにしている。「雪の降る町を」などは、故郷由来の歌だとお聞きした。

1月24日
 寝袋の研究を続け、結局、¥4,000程度のものの中でも、或る製品がずば抜けて暖かく、それでも厳寒期はそれだけだと不充分なので、二つを二重にして使うと良いことが分かった。本当に冬山で使う様な本格的なものは、随分と高価なので、そこまでの必要はなかろうと思い、最初から除外している。結局、上記程度のものを4つ購入し、夫婦で二つずつ使用し、長男は昨年購入した着る寝袋の上に布団をかけ、次男は結構少ない布団で寝ている。