Bach-Gesellschaft-Orchester undChor   Bachakademie

バッハ協会管弦楽団・合唱団 バッハアカデミー


独言随想 山田康弘



6月16日
 ベートーヴェンの悲愴ソナタとそれを下敷きにしながら独自の表現を極めたシューベルトのソナタ19番。これらを並べて味わうと、西洋音楽の伝統はこうして築かれたのかと云う感慨が得られるのと同時に、シューベルトの先輩作曲家に対する敬愛の情や自身の死に対する予感等、様々な想いががひしひしと伝わって殆ど涙を禁じ得ない。

6月15日
 本番を終えた夜、「奇跡の人」を読了。ヘレンケラーの物語を津軽を舞台にして翻案したもの。

6月13日
 「暗幕のゲルニカ」もなかなかの力作。この人のものはどれも熱いようだ。

6月12日
 前から気にはなっていた原田マハの小説、人からも勧められたので、「楽園のカンヴァス」を読み始めたところ、一晩で一気読み。細かいところに疑問が無い訳ではないが、熱く感動的な作品であった。続けてもう1冊、家にあった「暗幕のゲルニカ」まで手を出してしまった。こちらは半分くらいまで読み進んで、ピカソの伝記を読んでいるくらいに面白いが、これからの展開次第と云ったところか。

6月9日
 私は、練習を終えてドアを開けると、その音で猫たちがどっと階段を下りて来るのだと思っていた。ところが家内によると、1曲終わって音が途切れると皆、下に行き、また曲が始まるとばらばらと戻って来て、と云う行動を幾度となく繰り返しているのだと言う。今日は雨降りで、外に連れ出せなくて申し訳なく思っている。

6月6日
 網戸を張り替えてみて初めて知った。網は白よりも黒の方が外が明瞭に見え、違和感が無い。昔、カラーテレビの宣伝で言っていた通り、ブラック・ストライプと言って画像粒子に黒の縁取りがあったほうがくっきり見える、と云うのと同じ原理であろう。

 家の花壇も手が行き届かないのに、成り行き上、家から1qほどの場所の花壇の管理をすることになった。自転車で水を運ぶだけでも大変である。ペットボトル6本でジョウロ3杯分。種を直播してもどうせ虫に食われると思っていたから、家で或る程度の大きさまで作苗して植え付けたが、これも全滅してしまった。

6月4日
 音楽準備室なるBarに行ってみた。その名の通りユニークな空間で、グランドピアノ2台を備える。アルコールは飲めないのでよく分からないが、数百種類を揃えているようだ。おつまみや料理は全て自家製で大変美味しかった。今度、呑める方をお連れしたいものだ。

6月1日
 夜に防災のアナウンスがあったが、反響の為何を言っているのか殆ど分からない。(こだまが返ってくるのを計算して、もう一寸区切りながらゆっくり話さないと)いつものように徘徊している人を捜しているのかと思ったら、刃物を持った男が目撃されたらしい。何をすると云って、一応戸締りする他ない。外出時は、私も家内も唐辛子をすぐ撒ける状態にして携行している。

5月31日
 ポリフォニーがくっきりと描き切れ、無限の表現力を備えたオールド・ベヒシュタインはバッハを弾くのにも最適と思われる。チェンバロよりも豊かなニュアンスを表現できるクラヴィコードを愛好したと言われるバッハなら、間違いなくこの楽器を選択するに違いない。クラヴィコードを引き合いに出したが、演奏の至難さは近いものがあると思う。それにしても、1年以上弾いていてもなかなか慣れない人が居ると云うことは、予想していなかった。

5月30日
 天皇皇后両陛下が大統領夫妻と通訳を介さず会話と云う報道の中で、会話の中身に触れたものは皆無のようであった。特に皇后陛下は、元首級の通訳を務められた方なので英語を話されることがニュースになるのはおかしい。
 話すテーマが決まっていたりすればまだしも、とりとめのない雑談と云うのは非常に難しいと思う。身分が高くなればなるほど、下手な質問をする訳にもいかず、如何会話するのだろうと思う。

5月29日
 昔、満員電車内で、「えへへ、刺そうかな」と呟く男と目が合い、何かあれば手にしていた分厚いミニチュアスコアを武器に、と思っていた。
 有事の際、逃げられればそれが一番である。その時、場合にもよるが、背中を見せてはいけないと云う。普段から用心していれば、緊張が緩んでいるよりはリスクが下がるかも知れない。今流行の歩きスマホ、イヤホン着用などは、不用心の典型である。
 小学校の校門におじいさんの警備員が立ったところで何の効果があろうかと思う。時代は変わったのである。銃を持って乱入でもされたら、何も為す術が無い。

5月28日
 またしても無差別殺人事件が起こり、やり切れぬ思いでいた。午後、出掛けると覆面パトカーがけたたましいサイレンを鳴らして駆け抜けて行くのに出会った。後で知ったことであるが、私が毎日のように通る地域にて、刃物を持って襲いかかってきた男を警官が射殺したのだと云う。出来得る手立てを考え、護身用催涙スプレー等、検索してしまった。

5月26日
 35年の共演歴があるヴィオラ奏者の結婚パーティーに出席。趣向を凝らした温かいおもてなしで、新しいご夫婦の心意気を感じた。隣りの席になったピアニストとも15年ぶりくらいの再会となり、嬉しかった。当然、ベヒシュタインの話にもなり、自分と近い世界の方は、当方のピアノを気に入ってくださる筈、と確信できた。

5月23日
 動物の居る家庭で必需品であるコロコロと云う道具がある。元来、カーペットについた埃や髪の毛を取るガムテープのようなものである。長男は、これを使うに際して「何ていい加減な」と怒っている。破り方が曲がっているというのである。「今から手本を見せる」と言って真っ直ぐに破った。あの適当、いい加減だった子が、と思って一種感慨深かった。

5月21日
 築20年にして床の塗装を替えた。猫達が走り回るし、息子の寝汗が尋常でないため、比喩でなく床が腐ってしまうので、化学の力を借りてコーティングすることにした。作業は、冬の間からどれだけかかったことであろう。漸く終わりが見えてきた。それにしても、艶消しから転じて、光沢があるようにすると、どんどんエスカレートするようである。

5月20日
 輸入代行したチェンバロが注文主宅に納まり、責任を果たせた。新しい場所でも豊かに鳴っていて、この点も安心した。後は演奏で楽器を育てていただければと思う。相場よりも数百万円安くできたことも喜ばれた。

5月19日
 いろんな人が居るから。保健所に連れて行って殺してもらうのも、ゴミ袋に詰めて出して、ゴミ処理場で焼却してもらうのも、どうせ同じことと考えたのでしょう。

5月16日
 パイプオルガン設置の打ち合わせ。建物を設計した事務所の方と初めてお会いした。設計図と実際が微妙に異なる場合があり、特に床下などはその傾向があると云う。実際に点検口から確認していただいた。

5月15日
 成田に留め置かれていた楽器が漸く届く。今回は何故か木箱から出すのに手こずり、久々汗だくになった。
 力強く凝縮された響き。バッハを弾くのに最適であろう。画像はブログの方に掲載した。一緒に写っている2台は先代のお父さんの作品で、今回のは後を継いだ娘さんのものである。

5月12日
 ジョン・ケージの4分33秒、管弦楽版の動画を見た。ご存じない方のために説明すると、演奏者が舞台に出てきても一切音を出さず、上記の時間が経過したら終わりと云う作品である。動画の演奏(?)は、先ず指揮者が如何にも決まり悪そうに恥ずかしがってしまって駄目だった。大勢いるオーケストラのメンバーもまたどうしたらよいのかと云う当惑がありありと伝わってきて、笑う訳にいかないしで、苦行のようであったのではないかと推察される。私の知る現代音楽のスペシャリストなどは、本当に馬鹿げたことを真面目な表情を少しも崩すことなくやってのけるのに。

5月9日
 避けようのない事故で亡くなる方があり、それらの報道に触れるだけでも辛い。
 以前から信号待ちの時は、できるだけ電柱等の陰に立つように心掛けている。電信柱廃止論者ではあるが、車の衝突も跳ね返す防御力は、今のところ頼りにしてもよいと思う。

5月8日
 男の生徒は概して個性的で面白い。前回、楽器にしがみついて泣いた子は、今度は猫が懐かないと言って号泣。また或る子は受験生なのにピアノのレッスンを全く休まず、それでいて県内で最も難しい高校に入学した。男子校なので、聞くところによるとかなり蛮カラな校風のようだ。

5月7日
 祝日と祝日に挟まれた平日は休日になる法律があると云う。余計なお世話である。休みたい人だけ休みを取ればよいと思う。
 漸く連休が明けたものの、成田では10連休中にたまりにたまった貨物の処理が追い付かないらしい。

5月4日
 地獄絵を観て、友人の息子さんの言葉を思い出していた。「お父さんが死んだら地獄に行くと思うけど、僕もお父さんのいる地獄に行きたい。どうやったら行けるの」
 洋の東西を問わず、地獄などと云うものは、善行を促すための方便であると思うが、幼少時、実際にどこかの寺で真っ赤な閻魔大王像を目にした時には、戦慄に近い恐怖を味わったものである。
 私の場合の死の観念と云うものは、貧血や全身麻酔で意識を失った時の「無」の感覚に依っているところが大きい。要するに、生まれるより前を覚えていないように、無に帰っていくのである。そう考えると、人にもよるだろうが、私の場合は死に対する恐怖と云うものは少ない。

5月2日
 ドイツから輸入代行したチェンバロが成田に到着したものの、連休の只中でどの通関業者もお休み、如何し様もない。もし通関手続きを自分でどうにかやったとしても、運送業者も休みであったら、巨大で頑丈な木箱に入った貨物は全く手に余る。この長い連休が明けるのをじっと待つしかないか。

4月28日
 昔、オーケストラの稽古中に、コンサートマスターが「ブラームス、振りたいでしょ」と言って一寸弾いてくれたことがあった。彼の言う通りで、ブラームスの交響曲はどれもやりたいとは思っているが、今生は諦めている。それにしても、ブラームスのヴァイオリンとピアノのためのソナタを弾くと、これは正しく交響曲でないかと思う。これを演奏すればシンフォニーまでやる必要も無い、とさえ思える。

4月26日
 久し振りに「ほねつぎ」の看板を見た。昔はそこかしこにあって、それを見る度、行われている行為を想像して震え上がったものである。程度の差はあれ、誰もが似たような感覚を持っていて、それ故に殆ど見ないまでになったのではないだろうか。
 ラモーの「一つ目巨人たち」も題名が怖くてあまり弾いていない作品である。今、パッとは思い浮かばないが、名前からのイメージに支配されることは他にも多々あるような気がする。

4月25日
 昨日は自称怪人の強襲があり、ピアノを弾き倒していった。
 冗談はさておき、当方のピアノの醍醐味を広く伝えたく、色々な方策を練っている。近々、怪人による演奏が配信される筈である。

4月23日
 自分は何においても見通し甘いまま行動に移してしまう方である。若い頃から今に至るまで、その傾向はあまり変わらないように思う。勿論、そのために起きたトラブル、恥ずかしい事は数限りないが、中には得難い経験が存在することも確かである。

4月21日
 芸を覚えたり、人の言うことを聞く猫たちではないが、それなりに変化していくようである。
 縄抜けの術を覚えてしまった。複数頭、リードをつけて外出した時、同時にこれをやられるとなす術が無く非常に困る。
 コンサートなどで大勢のお客様が見えた時に喜んで出てくるのが居る。知らない人が来ると逃げるのが猫の習性と思うのだが。

4月19日
 前にも書いたが、ドビュッシーが「自分のピアノ曲はベヒシュタインで弾かれなければならない」と言った時代に製作されたベヒシュタインでドビュッシーを弾くと、上手く弾けるかどうかは別として、格別の響きがする。気分的な問題ではない。構造的には総アグラフ方式と除響板がくっきりとして深い音を生み出しているのであろう。現代のベヒシュタインのグランドピアノは、これらの設計を放棄してしまったので、残念ながら似て非なるものと言わなければならない。(アップライトピアノのみ採用)

4月18日
 親子三人がピアノのレッスンに訪れた。お姉さんが中学校の音楽の授業でバッハの小フーガを今日聴いたと言うので、オルガンで弾いてあげた。更に昔の音楽の教科書のこのページに私がオルガンを演奏する写真が載っていたので見せてあげると、この教科書、お母さんが使っていたものと全く同じだと言う。30年以上も前に意外なところで出会っていたのだと云う話になった。
 帰り際、弟君は、楽器に抱き着き、帰りたくないと泣いた。こんな子は初めて。

4月17日
 ノートルダムのオルガニストから、オルガンは粉塵にまみれていはいるものの奇跡的に無事、との報告があり、安堵している。それにしても、ケン・フォレットの「大聖堂」で読んだ大聖堂の火災、崩落が現実のものとして目にするようになるとは。何でも、コンクリートの防火壁が持ちこたえて、全体の崩壊は免れたらしい。

4月16日
 ノートルダム寺院は結構あって、どこの都市のことかと思った。まさかパリとは。現在のところ情報が錯綜していて、オルガンは無事とか、パイプが溶けてしまったとか、本当のところが分からないが、出来るだけ早く修復されるように願っている。この楽器が如何に凄いかが分かる動画をブログに載せた。(FBの動画なので誰でも見られる訳ではないかも知れない)

4月14日
 20年間近く視聴してきた「美の巨人たち」が何の予告もなく酷い内容に刷新され、ショックを受けている。ネット上でも非難の嵐で、同じように思っている人が如何に多いかを知った。誰かも言っていたように、新しく変なのを作るくらいなら今までの20年分を再放送してもらいたいものだ。生まれて初めてテレビ局に抗議のメールを送った。

4月13日
 秋に続き二度目の高尾山。今回は山頂から一旦降りて隣りの山に登ろうとしたが、私だけが途中脱落した。女性たちは平気にこなしている。自分にとっては一日に一山登って下りるのが精一杯。

4月10日
 小2の男の子にピアノを教え始めた。全く初めてなので、導入として「ねこふんじゃった」の最初だけ教えると、後は自分でYouTubeを見ながら全部弾けるようにして来た。何でも一回で覚えるし、音に対する感覚が鋭い。

4月8日
 妻が揚げてくれたドーナツを食べ、小学校の給食で出た揚げパンを思い出した。あのパンを油で揚げ、砂糖をまぶしただけのものが争奪戦が起きるほど人気があった。その割には巷で売っているのを見ないし、たまに「懐かしの揚げパン!」と称したものを食べてみても、当時のものとは全くの別物である。洗練されていてはいけない、一寸焦げたくらいのが美味しいのである。

4月6日
 ヴィンテージのベヒシュタインを迎えて1年目、初めてピアニストに演奏してもらい、楽器の特質が余すところなく発揮されたように思う。とは言っても、決してスポーツカーのような圧倒的な性能と云ったものではなく、高貴な温もりと云うような感じのものであるから、それを良く分かってくださるお客様に恵まれたのも幸いであった。須関裕子さんにはシリーズで弾いてもらいたいものである。

4月4日
 人工知能とか最新のものを織り込んでいるダン・ブラウンのイマジン、下巻に入って漸く彼らしくなってはきたが、そんなに引き込まれない。私が彼の展開法に飽きているのか、彼が疲れているのか。

4月1日
 うまい嘘が思いつかないまま、知人が国際信州学院大学の副学長に就任したと云う話を本気にしてしまった。大学のHPまである。校訓は、為せば成る、為さなくてもなるようにはなる。その下に一見ラテン語かと思って読まなかったが、フランス語でこのページの記事はフィクションです、とあった。

3月31日
 ダン・ブラウンのイマジンは、上巻の3分の2くらいにきても寝てしまう時があるので、これは失敗だったかも知れない。
 何時でも中断できる書物は放っておいて、来月の読書会の課題図書である「風の谷のナウシカ」全7巻を再読した。よくもまあ高貴なキャラクターからグロいものまでファンタジーがとめどもなく溢れ出るものである。原作者本人による映画化も、コンパクトにまとめつつ、伝えたいことは織り込めたのではないだろうか。何回観ても飽きない。

3月29日
 パイプオルガンの完成が何年か先になるとしても、今月中に契約を交わせば消費税は8パーセントなのだそうで、僅か2パーセントの差でも200万円近くなのだから、拙速とは言えないまでも、かなり急いで事を運んだのは事実である。色々な費用が算出されている。設置後のメンテナンス費用も。しかしこれは、鍵盤を押すだけの助手が得られれば半額になると云う。オルガンを弾くわれわれが喜んでヴォランティアさせてもらえればと思う。

3月28日
 「私のピアノ曲はベヒシュタインで弾かれなくてはならない」と語ったドビュッシーと、まさに同時代の楽器を弾くと彼の真意が実感として理解される。音を混ぜたとしても曖昧模糊となることなく、一つ一つの音が味わい深く鮮明なのである。印象派の画家が絵の具を混ぜずにキャンバスに置いていくのを、少し離れて眺めるとうまく混合されるのとも似ていようか。

3月25日
 書店に寄ったところ、読みたかった娯楽小説が丁度文庫本化されていたので、上中下巻買って来た。こんな夜中に読み始めて良いものだろうか。

3月23日
 フルートの西田紀子さんの演奏を初めてお聴きしたのはサントリーホールでのクープラン「恋のうぐいす」。こう言ってはおこがましいが、自分が表現したいものと共通のものをお持ちであると思った。今日、初めてソロで合わせ、その感を強くした。穏やかであるけれども熱い人で、今日の本番後もドイツに直行し、フルートとオルガンを聴きに(吹きにではなく)行くと云う。

3月21日
 ビフィックス売場に「腸内環境の改善を訴求します」とあり、何か変だと思い、調べてみた。訴求とは、売れるためにアピールすることらしいので、誤った使い方と言えよう。

3月18日
 夜、練習を終えると猫たちが待ち構えているので、散歩に連れて行く。それから、このところチラシをまきに出掛けている。ポストに入れてから、あらぬところに「チラシ不要」と書いてあるのを見つけることもあるが、如何ともし難い。「チラシ絶対入れるな、入れたら着払いで送り返す」と怒っている人も居る。かと思うと、「チラシ、新聞は1部で結構です」と云う札もあり、一瞬迷う。
 夜だと殆ど人に会うことはないが、たまに真っ暗な庭の中で煙草の火だけが見えて、心臓が止まりそうになることがある。

3月15日
 音楽以外で最も情熱を傾けているのが、床の塗装である。2Fをほぼ一通り終えたが、途中からペンキが濃くなって色が違ってしまったところ、ムラのあるところ等、手直しをするので、一向に終わらない。いつもどこか工事しているヨーロッパの大聖堂のようだ。

3月13日
 リリアの階段で、駆け上がりレースがあったと云う。消防服に40キロ近い装備で14階まで行うそうである。私も重装備こそしないし、走りもしないが、リリアは6,7階までは歩いて上っている。公共施設だから2階が普通の倍くらいはあり、意外ときつい。何故こんなことをしているかというと、健康のためと、エレベータに閉じ込められては大変と思うからである。

3月12日
 参加している読書会の課題図書が、詩人である谷川さんのエッセイであった。編集のまずさも手伝って、最後まで読み通すのが大変辛く、参加者全員が同じ感想であった。「苦行だった」「詩人のエッセイは読むべきでなかった」とか厳しい意見が続出した。私も、叱責するつもりでもなく、講師に「何故この本を選んだのですか」と訊ねてしまった。

3月10日
 急遽頼まれて、受難節第1週、東日本大震災を憶える礼拝のオルガン奏楽を担当。この日に弾くしか有り得ないと思ったレーガーの追悼頌冒頭を最初に弾いた。途轍もなく暗い曲で、調性も難解なため、進行役の牧師先生も、終わったのかどうか不確かだったようである。この曲、第1次世界大戦で戦死した人のために書かれた曲で、前述のように極めて暗い音楽がどこまでも続くのであるが、最後に最弱音で「神のなさることは善きこと」の長調のコラールが出てくると、もう涙腺崩壊するしかない。

3月9日
 オルガンを設置する場所の現地調査があった。建築のことはよく分からないが、設計図や建築関係者の話と実際の状態とでは食い違うこともあるようだ。床下に潜ってみて初めて分かることもある。また、天井までの高さが足りなく、低い音のパイプをどう入れるのかと云う話にもなった。

3月7日
 S大学に設置するオルガンの発注先が設置委員会にて決定した。私の仕事としてはディスポジション(音色)の決定、デザイン案のこと等、作り出すに必要でしかも重要なものが続く。

3月6日
 SNSに猫の投稿をしているせいか、猫の記事が多く表示されるようになる。初めて猫を飼った人の驚きなど読むと、分かる分かると感じる。
 4匹の性格はそれぞれで、抱っこしてくれ、散歩に連れて行ってくれ、と騒ぐのも居れば、腹を見せて寝転がり、撫でてくれ、と云う者もある。極めて控えめに主張する子は、ちょんちょんと人を叩き、振り返るともう居なかったりする。遊んでやると聞こえないくらいに小さくグーグー言っているので、喜んではいるのであろう。

3月4日
 レーガー越え(43)、リヒター越え(54)を果たした。尤も心臓が強い訳ではないので、両者のように急に亡くなる可能性もあるが、出来る事なら避けたいところである。次なる目標はバッハ越え(65)か。

3月3日
 季節柄、花粉と猫の抜け毛にまみれて生活している。パグが居た頃に勧められたシリコンのようなブラシ、パグの剛毛にはあまり役に立たなかったが、猫毛には効果抜群、4匹とも山盛りの毛が取れた。これを材料として作品が作れると聞いたことがある。

2月28日
 冬の夜空を見上げて、30年前、ドイツで友達と「日本でもオリオン座は見える?」「ああ、見えるよ」と話していたのを思い出した。あの頃と何ら変わらずオリオン座は見えているけれども、今見ている光は近い星のもので500年前に発したものだと思うと気が遠くなる。(遠い星は1500年前)

2月26日
 息子が寝汗で床を腐らせ、猫がダッシュする時にフローリングを傷つけるので、塗装している。生活の場なので、小さな面積を行い、ピアノ移動に使用していた板で覆うの繰り返し。塗料には油性と水性とあり、ペン等の連想で、水性では落ちてしまうような気がして、油性を使っていたが、乾くのが遅くて作業が遅々として進まない。水性に替わって漸くペースアップしてきた。

2月25日
 FBに掲載したバッハのソナタをフルートを吹きながら足で通奏低音を弾いている動画が、幸い大きな反響をいただくことになった。笛は、文字通り錆びついた腕前で恥ずかしい。殆ど健康のためにと思って、こうした練習を行っている。
 フルートのレパートリーの中でのバロック時代、ロマン派、それぞれの最高峰なる作品を数十年ぶりにやりたいと思い、その2曲を中心に3月のプログラミングを考えた。勿論、自分は鍵盤楽器で参加することになる。

2月24日
 今回の天皇陛下の御言葉も大変感動的であったが、原稿を1枚飛ばされた際の皇后陛下のサポートもほとほと素晴らしく、お二人のやり取りのうちに一寸素が見えたような気がして、微笑ましく思った。

2月23日
 自営業者にとっての確定申告は一大作業で、これを書き上げると一種の達成感があり、このように他の人に報告したくなる人が結構居るようだ。

2月22日
 文具店で時折欲しいと思う万年筆を試し書きしてみた。だが考えてみると、ボールペンではなく万年筆で書きたいと思う事は年に1,2回といったところ。書こうとした時にはインクが無くなっているに違いない。写譜用の万年筆はその位のペースで使っているが、その度に新しいインクを入れている。手を痛めているので、字を書くことはとうに諦めていた筈であるが。

2月19日
 私の世代で「犬神家の一族」の衝撃を受けなかった人はあまり居ないのではないだろうか。原作以上に市川崑監督の映画のインパクトは大きく、今でもV字に足を開いて湖面から突き出た死体や佐清と云う人物のマスク姿等、よくパロディーにもされていることからも明らかである。戦争直後のおどろおどろしい雰囲気が良く出せたものだ。

2月17日
 家内がフランクのコラール2番を練習しているのが聞こえ、つくづく良い曲だと思う。昔、ミュンヘンに留学し、まだ入学試験で受かるかどうかも分からなかった頃、毎日この曲を弾いて泣いていたのを思い出す。ホームシックもあったし、不安だったのであろう。

2月16日
 池江選手に続き、アリス・沙良・オットという若手ピアニストも難病であることを公表された。自分も右手の病気を抱え、日々のリハビリに励んでいる。前には到底できなかったがことが何とか出来るようになってくるのは嬉しいのだが、それを本番にかけると「やっぱり駄目だった」と云うことが数知れなく、がっかりしてしまう。これからは身の丈にあった範囲で出来ることを積み重ねていきたい。何らかを伝えたい気持ちは失っていないので。

2月14日
 現在摂っている乳酸菌は、ビフィックスと云うもの。ヨーグルトとして買うと4日分になり、最も安上がりであると分かった。
 体温を測っても、異様に時間がかかり、また大層低く出て、ぞっとしたので体温計を新調した。平熱の平均36度5分といったところで一安心している。

2月13日
 猫カフェならぬ猫クラスで、レッスン後、希望される場合は、猫の気さえ向けば、一緒に遊んでもらっている。犬連れで見える方もある。猫たちも最初は怒っていたが、今では何でもなく一緒に居る。(遊びはしないが)
 話したいお悩みがあればそれもお聴きしている。カウンセラーではないので、何も力になることはできないが、話すことで少しでも気が楽になればよいと思う。

2月12日
 勧められて「千年万年りんごの木」を読んだ。最初の巻は生命の流転や人間が抗し難い運命が暗示されて、これからどうなるのだろうと期待させられたが、最後の方は分かりにくく、感興も削がれてしまった。

2月11日
 自分より10歳も若い演奏家仲間が「あと5年かな」と言うので、この人を辞めさせてはならない、と思ったものの、私の方だって怪しい。起死回生の一策と思った事で却って寿命を短くするものもあることだし。そもそも、多くの人にとって、生きていくのに音楽どころではない状況であることは確かだと思う。

2月8日
 ほぼ毎日歩いている道に体育館がある。その前の道は坂を下ったところであり、またカーブしている。そのようなところに有り得ないタイミングでゆっくり駐車場から出てきてしまう車がよくあるものだから、アッと声を上げずにはいられない。またそのような車はゆっくり走るものだから、後ろの車から煽られる形となる。これから、高齢者と荒い運転をする若者の二極化していくのではないだろうか。

2月7日
 今度弾くベートーヴェンのソナタ6番の副題を考えているが、子供の頃に聴いていた名曲集のようなレコードにあったアメリカンパトロールと云う曲にそっくりな部分があり、それに捕らわれて他の案が出ない。「アメリカンパトロール」と云うふざけた題でもよかろうか。
 ショパンのバラード1番は、羽生結弦君の曲であるらしい。ロマンティックであるけれども、随分絶望的な結末だと思う。

2月6日
 古本屋でダン・ブラウンの処女作、パズル・パレスを見つけ、楽しんだ。ダン・ブラウンと云えば、その話を東大出の先生に雑談のなかでしたところ、「自分は娯楽で本を読んだことがないんです」と言われて驚愕したのを思い出す。

2月4日
 ほぼ毎日飲みに行っている店で、色々な乳酸菌を摂取したほうがよいだろうと思い、順繰りに飲んでいる。最近は京漬物から発見されたと云うラブレ菌が気に入っている。

2月2日
 昨日は青山にてオルガンの試奏。オルガンと一口に言っても、工房により全く異なるものだと思った。
 帰途、冬の間に一度くらいは美味しい牡蠣フライが食べたいと思い、ぽん多で食事。驚くべき大きさと量で、数年分食べた気がした。

1月31日
 去勢手術のため、二匹が一泊入院。緊急連絡も入らないので、無事に済んだかと思う。寂しい。

1月29日
 いつものように猫の散歩をさせていると、駐車してある車に懐中電灯を照らして何やら作業している風な男性二人に遭遇。自動車泥棒かと一瞬思ったが、近くに覆面パトカーが停まっているのを見て、警官だと悟るまでに暫し時間がかかった。当方は目だけ出した黒ずくめの防寒服で、二匹の猫の綱を引いていると云う相当に怪しげな格好で、向こうも驚いたのではないか知らん。職質されなくてよかった。最近、この近辺も不穏である。

1月28日
 練習を終えて部屋を出ると、ドッと猫たちが押し寄せて来る。これでは散歩に連れ出さない訳にはいかない。2匹ずつを2人で手分けする。4匹揃うと壮観であるが、走る人などあると家に逃げ帰るので、あっけなく終了となる。

1月23日
 私は占いの類に全く興味はないし、人生の重大事を他人に決めてもらおうとか、そこまででなくても、一寸会っただけの人にアドヴァイスを求めるなど理解できないが、何か肯定的なことを言われ、励まされて安心を得る、と云うのであればそれもありかなと思う。大抵のケースがそのようらしいが、とんでもなく不吉なことを言われたらどうするのであろう。

1月22日
 暖冬の予報と聞いていたのに、何度「今季最強の寒波、寒気」と云うのを耳にしたことであろう。このところは風まで強いので、外出時はマフラーを着用するようになった。
 或る朝、起きると長男がベランダで、家内が下の駐車場で騒いでいるので、何かと思うと、猫の一匹が屋根に上がってしまっていた。「ベランダに猫を出すな」と口喧しく言っていたのだが、下に逃げることは考えても、まさか木をつたって屋根にまで登るとは思っていなかった。急勾配の屋根にも拘わらず、猫はゴロンゴロンと転がったりしている。長男が奇跡的に捕まえられたから良かったものの、そうでなければずっと外で待機して居なければならなかった。

1月20日
 ベーレンライターの新〇〇全集を無批判に使うことは避けたい。最新の研究の方が正しいと世間では思いがちだし、今までのマンネリから脱却したいと云う欲求が演奏側にあることも否めないが、比較するとどう見ても旧版のほうが自然だと云うところが多々見られる。便利になったもので、ネット上で自筆譜、筆写譜、初版、旧版等、様々なソースが簡単に見られるのであるから、演奏者が最もしっくりくるかたちを取捨選択すべきと思う。〇〇版使用の演奏と銘打って、その作業を省くのはいかがかと思われる。

1月19日
 トイレットペーパーにシングルとダブルの選択ができるように、ティッシュもできないものかと思う。少量の洟を多数回かまなければならない時に、いつも2枚ずつでは如何にも勿体ない。そのような場合、私は1枚ずつ使い、1枚は箱に戻しているが、家人たちは1度使ったものをまた使うと云った方式のようだ。

1月14日
 妻が参加している読書会、今日は漱石の夢十夜で、直ぐ再読できるため、自分も急遽参加。何と講師はアメリカ人。プラトン哲学も用いながら、納得の解釈を示してくださった。
 本も長いものだと読む時間がないので、興味はあってもなかなか手を付けられない。

1月11日
 千代田線をほぼ縦断してゼーニ・オルガンの見学ツアー。素朴で品のある音色に感銘を受けた。2軒目のお宅では思いがけず、Fazioliのピアノにも遭遇した。ダイニング、リビングにイタリア製のパイプオルガン、ピアノ、絵画が揃っているのをご想像いただけるだろうか。

1月10日
 アラ・ナインの生徒さんが12月25日に両膝の手術をされ、入院中の病院からリハビリの合間に書いたと云う年賀状を頂いた。見事な木版画で、どのようにしてと不思議に思う。

1月9日
 2月から5月までの演奏会プログラムを一冊の楽譜帳にまとめると、結構な量で今更ながら驚く。曲は傑作が目白押しで、料理に喩えるなら、最高の食材を豊富に仕入れたと云ったところである。

1月8日
 ほぼ毎日、徒歩で片道20〜30分の店を選び、R1と青魚の水煮缶を買いに行っている。後者はオリーブオイルとともに食している。薬のようなサプリより余程自然で良いのではないかと思う。

1月7日
 音楽も昨日記述の外食と同様かと思う。YouTube等でも様子は窺えるが、本物からは程遠い。わざわざ出向いて生の音を耳に響かせた方が良い。
 しかし、何かというとスマホをいじりだしてしまう現代の人達にとって、2時間なり何もせずに音楽を聴きなさいというのも無理な話だと思う。どうしたものかと何時も考えている。

1月6日
 外食と云うものは、心の栄養を得るためのものであろう。(不味い健康食の外食産業があったとしても、一時の流行りと考える)幾らネットの食べログ等で情報収集ができたとしても、食べることだけは実際に赴かなければ味わうことができない。
 最近残念に思ったのは、料理は美味しいのに、店の居心地が悪く、結局、寂しい気持ちしか残らない店があること。また、値段は以前と変わらないのに、味が落ちた店があること。多分、材料の質を落としているのであろう。致し方ない決断なのかも知れないが、やはり寂しく感じて、また行こうと云う気が失せてしまう。

2019年

12月30日
 オケの指揮をすることは1年に1度しかないので、稽古は専ら私の為である。一流の奏者たちのアンサンブルが乱れるとしたら私のせいであり、こう振るとこう鳴るのだ、などと初歩的なことに一々驚きながら演奏を進めている。先の第九の稽古でも、私が言葉で指示したのは、「もっとピアノで」くらいのものであった。
 第九を取り上げたのは、それを超えるとも言われるミサ・ソレムニスの伏線としての意味もあった。そして、第九のなかでも慈愛に溢れ、宗教的とも云える第3楽章が、自分が感じているように出来たことは、ミサソレへの足掛かりとなった、と言えるかも知れない。

12月27日
 1ヶ月以上ぶりにピアノを弾き、愕然とする部分あり。毎度のこと乍ら、動かないところを如何にリハビリして次のリサイタルまでに持って行くかを考える。練習時に辛うじて出来たことも、本番の極限状態では大抵駄目になってしまうことも織り込み済みで、或る程度仕方のないことだと割り切っている。

12月25日
 昨日のクリスマスイヴ礼拝は、手違いのため、係の方が奔走してくださったにも拘わらず、暖房が入らなかった。ヨーロッパの教会のように、自分も参加された方もコート着用のままとなった。こう云う状況になると、私は、曲を削ってでも一刻も早く終わらせて、皆様が風邪をひかないようにしなければならないのでは、などと考えてしまって、演奏には集中できなかった。
 昨夜は家族揃って食事できなかったので、今日の昼、あまり行かない焼肉屋へ行った。肉を焼きながらであると、焦がしてしまっては、と気を遣い、どんな味がしたとか、どの位食べたかとかあまり覚えていない。要するに結構な金額を払った割には食べた気がしなかった。

12月23日
 バンクシーの新作も素晴らしく、現代にこのような稀有の才能が覆面で居られる不思議を思う。

12月22日
 この1ヶ月、指揮と古典鍵盤楽器のため、ピアノを封印してきたので、明日のクリスマス礼拝、明後日のクリスマスイヴ礼拝のオルガン演奏を終えたら、心行くまでピアノを弾きたい。

12月20日
 震災以来、寝袋を使用してきたが、良質の睡眠を取れているとは言い難いので、先日のギャラのつもりで羽毛布団と快適そうな枕を購入した。このところ毎晩、暑い思いをしている。気がつくと猫が3匹くらい上に寝ているので、それらを避けながら寝ることになる。

12月19日
 クリスマスイヴ、聖学院のチャペルにて「オルガンと賛美の夕べ」と題された礼拝でオルガンを弾く。タイトルの通り、バッハのクリスマスのコラール、レーガーのクリスマス等、結構弾くことになっている。どなたでもお越しください。(18:00〜19:00)

12月18日
 乗り掛かった舟で、ベートーヴェンのミサ・ソレムニスのオケパート譜を作っている。と言っても、ダウンロード、プリントしたものをコピーし製本すると云う作業。買わなくても済むが、出版社の立場からすればたまったものではなかろう。バッハのものは大抵ダウンロードできないので、総譜から手書きで写譜している。PC作成の楽譜は美しくないので、出来るだけ使いたくない。

12月16日
 演奏会御礼

 バッハの「目覚めよ」を軽快なテンポで演奏することには絶対に反対である。原曲はファーストヴァイオリン、セカンドヴァイオリン、そしてヴィオラまでもがユニゾンで一つの旋律をたっぷりとした音色で奏するように書かれている。軽い音色を意図していたのであればヴァイオリンソロ等をあてた筈である。(音域もヴィオラが参加できる程低い)但し、この意見は原曲殆どそのままのかたちで奏するオルガン曲等の場合であって、原曲の意味付けを大きく離れたジャズ等の場合は全く自由であると思う。

12月12日
 第九を毎年何度も演奏する人達と自分とは状況が異なるので、これが生涯最後の演奏となり、それこそ冥途の土産シリーズの最たるものかと思う。技術的、能力的にどうかと思うが、自分の思うところを表現できるように努めたい。

12月10日
 オルガンと云う楽器そのものにそう興味があった訳ではないが、その選定に関わり、様々なビルダーにお会いすると、色々と未知のことが学べてこんなに楽しいことはない。考えてみると、これが私の後世に形として残る唯一の仕事ではなかろうか。

12月7日
 二番目の猫マーブルの避妊手術後、もうそろそろ抜歯というところで傷口の一部が腫れてきてしまい、病院通い。避妊手術など簡単なものと思いきや、かなり本格的な開腹手術である。術後は如何にも具合悪そうだし、回復するとともに今度は傷口が痒くて舐めたくなってしまうに違いない。舐めて炎症が起こさないようにするのは、エリザベスカラーを首につけるのが確実ではあるが、可哀想なので服を工夫している。これがなかなか難しい。

12月6日
 売上を楽観視していた公演が全く振るわないことも多々あるものである。拙宅の猫の長いひげを財布に入れたからこれからは大丈夫。

12月4日
 堅気でない人にも常識的な理屈が通ると思ってはならないと思う。正義感からかクレーマーのようになっている人をたまに見かけるが、それは相手が弱い立場であったり気持ちの強くない人だったりするから平気なのであって、相手次第では命を奪われるようなことにもなりかねない。

12月1日
 我が家の二番目の猫、マーブルを避妊手術のために1泊2日で入院させた。家に戻すと、あんなにも仲良かった他の3匹がさぞ喜ぶかと思いきや、一匹などはシャーシャー言って怒っているので驚いた。臭いが病院のになってしまったためか、弱ったものを排除しようと云う動物的本能によるものなのかは分からない。

11月30日
 或る方の自宅パイプオルガン、ご遺族が無料(運搬費のみ)で引き取り手を探していると聞き、無料でも処分に困るとは、我が家の楽器の行く末をも思うと複雑な気がする。尤も、件の楽器、我が家のものの2,3倍の規模のため、普通の住宅にはとても入らず、入ったとしても音色によっては耳を聾する音量で、そう大きくない教会等に相応しいのではないかと思われる。

11月28日
 二日とおかずに映画を観に行くことは自分にしては珍しい。「ボヘミアンラプソディー」が皆よかったと言うもので。クイーンは名を知る程度。退屈は全然しないものの、自分には一寸ハードだったかも知れない。

11月26日
 急にオフとなったので、映画「日日是好日」を観た。樹木希林さんが凛として素晴らしいほどに、闘病しながらのご苦労と、もうこの世にはいらっしゃらないことを思うと泣けて仕方なかった。

11月25日
 無反応の連載が終わり、それでも少しホッとした。教会暦を1年間辿ってみると、キリストの到来を待ち望む季節から始まって、終わり近くなるとこの世の最後が暗示され、キリストの再臨を待ち望んで終わると云う、一種の循環となっているのに感銘を受けた。それにしても速く過ぎた1年間であった。

11月24日
 演奏会の打ち上げで新しくオープンした揚州商人へ行った。冬牡蠣ラーメンなるものを食べてとても美味しかったのだが、家内のアプリにこの店のオープン、クーポン付きのメニュー等が毎日送られてくるものだから、どうしても行ってしまう。商売上手なのにほとほと感心する。

11月21日
 ベートーヴェンのピアノソナタは、管弦楽でやるような積りで対峙している。ハンス・フォン・ビュローがBechsteinに、管弦楽をピアノで表現できるようにと要望して生み出された楽器は、そのことを後押ししてくれるようである。来月、ベートーヴェンの管弦楽を指揮する時も、逆に後期のピアノソナタに向かうようにやりたいとは思うが、楽器ではなく人相手なので、そう簡単にはいくまい。

11月20日
 一生に一度と思われる重大な任務を拝命し、身の引き締まる思いがする。成果が楽しみでもあるのだが、責任の重大さがのしかかるのである。多額の浄財が最大限に生かされるようにしたい。既に複数の会社や人物に接触することを開始した。

11月18日
 眠れぬ夜には子猫の一匹を寝床に誘い、(先住の二匹は抱っこも好まない)撫でているとぶうぶうと云う轟音がする。それを聴いていると妙に安らいで眠りに入っていくことができて、こうした実際的な効用もあるものだと感心した。最近は4匹とも綱をつけて散歩させることができるようになり、自分は猫おじさんとか猫使いと称されている。家内からはモテ期が来たとも言われている。

11月16日
 ガンジー語録を折に触れて読み返したい。家内は当たり前のことを言っているんじゃないの、と言うが、それが尊いのである。かと言って何時も唱えていては、マンネリズムに陥ってしまうことが避けられない。新鮮さを保つためにも、たまにということにしたい。

11月13日
 他ではやっていると云う理由で行われる不毛な仕事ほど嫌なものはない。出来るだけ無駄を省いて、必要なことだけをやりたい。結果としてそれがオリジナルと云うことになるかも知れない。

11月9日
 都合あって二日続けて外食。一日目は蕎麦の旨い店で天ぷらもまた上手。二日目は最近オープンした店で、置いてある小物が全て猫のもの、店名も飼い猫の名前であろうと推察された。オーナー夫妻と暫し猫談議。

11月8日
 童謡に関わった活動もしているにも拘わらず、今年が童謡誕生100年であることを知らなかった。古くからのわらべうた、文部省唱歌は別にして、児童文学者の鈴木三重吉が1918年に創刊した児童文学雑誌「赤い鳥」に西條八十が寄稿した「かなりあ」と云う詩に成田為三が曲を付けたものが創作童謡の第1号とされたそうなのである。この詩は、「唄を忘れたかなりあ」を「山に捨てようか」とか「鞭でぶとうか」とか残酷な内容で好きではなかったが、最後に救いがあったのと、働けなくなって悩む人のことを書いたとも、自分自身を表わしているとも言われ、成程と思った。

11月6日
 猫が一匹から二匹になった時には、仕方ないから飼うかと云う感じであった。更に二匹、家内が拾ってきた時には、当然どこかに譲るものと思っていた。ところが当初の幸福感は四倍となり、猫の楽園、人間の天国となった。世話の苦労もそれなりに増えた。トイレラッシュ時に掃除が間に合わないと、砂の入っている袋を破って、そこで用を足そうとする者が出る始末。

11月5日
 ミサソレの黄色いポケットスコアが見つからない。あんなに分厚いものが。大型スコアは自分が使って、急遽オルガンを弾くことになった家内に渡そうと思ったのである。ヴォーカルスコアは要約でしかないので、勉強の使い物にはあまりならない。

11月1日
 猫たちの主な活動時間は夕方と明け方のようである。夜明け前に多数が走り回ると寝られないと云うので其々の寝室のドアを閉め切り、私のところだけは寝床を提供するために開放することになった。しかし、よくよく四匹揃っていることを確認してからドアを閉め切らなければならない。先日は一匹が朝まで楽器のある部屋に閉じ込められてしまい、チェンバロの上におしっこをしてしまった。カバーをしてあったので、楽器までは濡れなくて済んだが。

10月30日
 日曜に富山マラソンを走り終えた長男から電話があって、「スーツケースが無くなっていて、小銭しか持っていない。迎えに来て」と言う。仕事中であったし、富山までおいそれと行ける筈がない。警察にも行ったが、帰る旅費を借りることはできなかったと言う。結局、盗まれたのではなく、忘れ物扱いで処理されており、事無きを得た。全く人騒がせな。

10月29日
 オルガンの師匠が成城に住んでいらした。レッスンの後、毎回のように散歩のお供をしたり、食事をご馳走になったりしていたので、あの界隈は土地勘がある。師匠宅から100メートルくらいの場所でピアノリサイタルをすることになった。所謂豪邸の中にあるプライヴェートホールで、ベヒシュタインが備えてある。天井が高くて響きも良好である。(コンサートのご案内参照)

10月27日
 或る学内合唱コンクールの審査。全体に男子の方が女子の二倍くらい多く、しかも真面目に大きな声で歌うため、バランスを取るのが非常に難しく、気の毒であった。各クラス、指揮者、伴奏ピアニスト(後二者も優秀者を決めなければならなかった)ともに優劣の差は殆どないものに点数をつけ、それによって皆が一喜一憂することになるので、非常に神経を擦り減らす作業であった。

10月26日
 兄弟の保護猫二匹が1週間のうちに人間と先住猫たちに懐いてしまったため、里親募集を取り下げ、4匹とも当方で面倒を見ることにした。最後まで怒っていた古株も、子猫の身体を舐めてやるまでになり、警戒心が解けたのではないかと思われる。今日、首輪と鈴を買って来てつけた。

10月24日
 今朝、家の至近に救急車が止まり、懇意にして頂いている近所のおじさんが運ばれて行った。隣りの実家の父は、「次は俺だ」と言う。何時の間にか周りはお年寄りばかりで、こう云うことがある度にハラハラさせられる。

10月23日
 拾った猫たちが家に馴染むと同時に、引き取り手が決まりそうになってくると、今生の別れを思って辛くなる。4匹飼育の大変さを考えれば手放すのは当然であるが、そう簡単に割り切れない。

10月22日
 演奏家はトップかオンリーワンでない、即ち替えが幾らでも利くなら年を重ねるほどに仕事は無い、と云う話は尤もであるし、身につまされる感がある。
 ピアノの調律師も絶滅の危機にあると云う。ピアノを習う人の大半が電子ピアノを使っているのであるから、当然のことであろう。しかし、演奏家としてはピアノ演奏が成り立たず、大変困った状況となる。

10月19日
 本番を終えた会場を出たところで家内が子猫を拾ってしまった。しかも二匹も。愛情をもって育ててくださる方がいらっしゃればお譲りしたいです。子猫里親募集

10月18日
 さいたまアリーナでのジュリー公演、7000人しか集まらなかったので、ご本人が怒ってドタキャンとなったと聞く。彼我の差を思うと言葉が出ない。

10月17日
 今日は計3回猫を散歩に連れ出し、「猫は散歩が要らない」と云う常識から外れつつある。必死で訴えられると、少しなら行こうかと思い、テリトリーの駐車場辺りをウロウロしているのである。
 先住猫は、嫌な顔せずに成猫に近い子猫に乳をやり、食事を先に譲り、トイレを共用させ、と云った具合に、全く出来た猫である。その大らかさ故に後から来た子猫も素直に育ち、われわれ人間も包容されるかのように癒されている。

10月16日
 歳とともに目が見えなくなり、髪が薄くなり、耳だけは人並み以上と云う訳にはいかないらしい。ネット上の検査なので正確かどうか怪しいが、所謂モスキート音が年相応に聴こえなくなっていた。50代レベルの音は難なく聴こえるのに、40代の音は耳を澄ませても何も聴こえない。

10月12日
 ガシャンという音の直後に振動を感じた。車同士が衝突して電柱に当たったためだった。青信号で交差点に入った車に信号無視の車が突っ込んだらしい。車は大分壊れたが、双方に大した怪我がなかったようでよかった。もう少しずれていたら運転席を直撃するところだった。

 今度の日曜の夜にテレビ東京で「氷川神社の池の水をぜんぶ抜く」を放映するらしい。抜いた後、見に行ったところ、大分汚れていたので、蛍を再生するというのはなかなか難しそうだ。この池に限らず、見沼一帯はゲンジボタルが多く生息していたらしい。

10月10日
 先日、何故クラシック音楽は敬遠されるかと云う話になり、題名がないからではないかという結論になった。確かにソナタ第何番というより題名がついた曲の方が親しみやすいような気がする。かと言って、「悲愴」「月光」「熱情」の三大ソナタを一遍にプログラミングしようとは到底思えない。悲劇的な性格を持った曲ばかりでバランスが取れないと思うからである。
 古典となった曲のタイトルも、実は出版社が勝手につけた例が意外と多く、それならば自分が題名をつけてもよいかと思い、先ずは今度のリサイタルで弾くベートーヴェンの5番のピアノソナタを「小悲愴」としてみた。悲愴ソナタの先駆けのような作品であり、全楽章の調性関係も同じだからである。ハイドンとモーツァルトはどちらも愉悦に満ちた曲ではあるが、表題と云うとどうしても思いつかない。シューマンは、性格的小品に全部題をつけてくれている。

10月8日
 コンサートのチラシが大分増え、外に全部をべたべた貼る訳にもいかず、透明のアクリルでできたチラシボックスを掲げることにした。「ご自由にお取りください」と云うものである。1年分のチラシを透明のビニール袋に入れて数部入れておいたところ、その中身のうちの一枚だけをランダムに取って行かれる方があるので、ビニール袋を封付きのものに替えると、今度はそのビニール袋を破って中の一枚だけを持って行かれるので驚いた。人の行動というのは予測がつかないと思った。

10月6日
 聖学院のチャペルにパイプオルガンを設置するにあたり、相応しいオルガンと云う演題で講演します。オルガンの構造、種類、規模等の話から、アーレンと云うパイプオルガンの音をサンプリングした電子オルガンを用いて、演奏しながら音色の解説も致します。10月11日(木)15:30‐17:00聖学院大学内チャペル 無料、予約不要 どなたでもチャペルに直接お越しください。

10月5日
 高尾山に初めて行った。ゆっくりであればまだ登れる体力があることが分かった。先の台風による倒木は、木が大体古くて大きいだけに圧巻の光景だった。
 ケーブルカー駅にあるカフェ(2F)のカレーとコーヒーが大変洗練されていて美味しく、山の上の店でこんなものが味わえるとは思わなかった。

10月2日
 当方に来るS川急便のお兄さんがいつもニコニコしていて可愛い。生徒だった女性にそっくりで、家内は本人ではないかと言っている。最近は女性と見紛う男性が人気のようで、家内などは志尊淳君がお気に入りだと云う。

9月29日
 群馬県の高山村と云う山奥に声楽家とピアニストのご夫婦がお城のような邸宅を建て(自作と云う意味)、毎月サロンコンサートを開き、毎回盛況と聞いたので、夫婦で行き、大いに刺激を受けて帰って来た。ネットで検索しても出てこないと思う。そう云う宣伝は一切していないそうなので。

9月26日
 寒くても雨が降っていなければ木を切ると身体が温まる。庭木のゴールドクレストがいよいよ手に負えなくなってきていて、近い将来に伐採することを見据えて、大枝を落としつつある。自分で植えて愛着ある木であるが、何とも仕方がない。
 オリーブの木にはカミキリムシが湧いて、大分弱ってしまったが、穴という穴に殺虫剤を注入し、多分駆除されたのであろう、新しい葉が出てきて復活したようである。

9月25日
 近所にオープンしたカフェ(?)のランチを食べてみると、かなり丁寧に作られていて美味しく、経営しているご夫婦もとても良い感じなのだが、何とも残念な感じも。使っていない席が物置のようになっており、これからどうなっていくのか想像できてしまうのである。

9月23日
 ピアノを弾きに二人の方が来てくださった。一人は私の生徒で、グレン・グールドばりの個性的な演奏スタイルで、魂を絞るように弾く方、もうお一方は国際コンクールの優勝者で、ベヒシュタインのピアノを大変気に入ってくださり、来年、この楽器でリサイタルをしていただくことになった。

9月21日
 寒いので歩いて買い物に行こうかと思ったが、雨が結構降っているので、歩くのは明日にして、ワックス塗りをすることにした。拙宅は全部フローリングなので、汗かく程の運動になる。

9月19日
 生まれて初めての講演を依頼され、慌てて原稿を書いている。1時間だと16,000字見当だと云う。4,000字で息切れしてきた。

9月18日
 〇ナソニックの製品、1年と数か月使ったところで、「エラーを検出しました」との表示が出て修理に出したところ、レンズ1個、2グン ステッピング モーター1個、フォーカス モータ1個、3グン ステッピング モータ1個を交換しましたとのことで、商品代金の約3分の2の修理代金を請求された。怒るも何ともならず。

9月17日
 色々な失敗は数知れないが、気心の知れた仲間との演奏は楽しかった。曲は極上であったと思う。とりわけ、あまり演奏されることのないチェロソナタは凄みのある曲だった。
 リハの時にチェロ奏者から勧められた「パリ左岸のピアノ工房」は良書だと思った。ピアノ好きには堪えられない愉しさがじわじわと伝わってくる。今日の調律師にもお勧めしてしまった。

9月13日
 17日のコンサートが珍しく満席となり、これから予約しようとしていた方々には申し訳ない限りである。フランス歌曲を専門とする駒井さんには自家薬籠中の歌ばかりと思われるが、ピアノを弾くことはかなりのプレッシャーではないかと推察する。また、チェリストにとっても初めてのソナタを演奏することになり、これもチャレンジングと言えるかも知れない。ピアノパートも難しいので寿命が縮む思いがする。

9月10日
 初めてセリーナ・ウィリアムズの動く姿を目の当たりにし、やることなすことの強烈さには畏怖の念さえ覚えた。その後であるから大坂なおみ選手のナイーヴな言動は一層際立って感動的であった。

9月7日
 毎日のように大災害が続き、もう前の前は何処であったかあやふやになってしまう程である。無事であった私たちは、心痛めながらも普段通りの生活をすべきと思う。明日は我が身と思いながら。

9月5日
 猫のトイレを掃除していると白い猫がやって来て、「お手」の姿勢をとったかと思うと、手を握られたまま目を閉じてうんこし始めた。前にも寝転がりながらおしっこをしたことがあり、時として意表を突かれる。

9月3日
 リリアでオルガンの譜めくり、アシスタントを初めてやって分かったことは、演奏する場所が一段高くなっているのは不要で、危険でさえあるということ。オルガンバルコニー自体が高い場所であるし、楽器の設計上、フラットであっても何の問題もないと思う。譜めくりの度に一段昇り降りするのは、もう少し年をとったら難しくなるかも知れない。

9月2日
 予想したよりも多くのお客様をお迎えしてのリサイタルとなり、感謝に堪えない。
 自分は弾きも指揮もしない殆ど初めての本番であった(アシスタントもやり慣れず緊張するが)ので、多少の余裕があり、オルガンを弾いたことのある人たちが言っているオルガンバルコニーへの13階段の真偽を確かめてみた。15段であった。

8月30日
 妻のリサイタルが近い。抽選になかなかあたらず、漸く取れた日であるが、息子のこと等で全く大変な時期になってしまった。今日までも当方は男子3人の合宿所になっていたのである。
 指を痛めるから闇雲に練習してはいけないと伝えてあるものの、そうもいかないであろう。単独演奏会のプレッシャーは大きい。

8月27日
 息子たちは何とか帰って来た。暑さのせいか、マラソンの記録は秋よりも下回ってしまった。
 中学校はもう明日から始まる。次男は行きたくないと言う。当然である。休み明けに喜んで学校に行きたかった人があったであろうか。
 夏休みの宿題の旧態依然さは目を覆うばかりである。読書感想文など本を嫌いにするだけだし、今年は受験生なのでなかったものの、自由研究など親に対する強制研究だと思う。

8月26日
 長男、北海道マラソン出場のため、付き添いの次男とともに飛行機で出掛けた。行った先で次男が具合悪くなったと聞いて心配したが、何とか回復したらしい。今日の深夜の便で帰り、始発を待つと言う。

8月23日
 知人に事故が相次ぐ。車で、駅でと。気をつけていても避け難い災難と云うものがあるものだ。

8月22日
 「幸せになりたかったら猫を飼いなさい」と云う書籍をタイトルだけ見て、何か納得するものがあった。それが何なのか、模索し続けているが、結論は得ていない。癒しになるとか、ムクムクした毛触りが心地良いとか、よく聞くことに加え、まだ何かあるに違いない。拙宅の場合、黒白の二匹が仲睦まじくしているのを見ているだけでも幸せを感じる。

8月11日
 はす向かいの○○さんが亡くなった。「雨が降ったよ、アハハハ」と云う具合に些細なことでも笑い飛ばす豪快な声がいつも聞こえていたが、何も聞こえなくなって寂しい。
 お隣のご主人は神の如き人で、相当なお年でも何でもこまめに几帳面に作業をなさる。長くお元気でおられるよう願っている。

8月9日
 台風が来る前に重い木を軽くしておこうと思った。花梨の実も落としておかないと他人の車に当たる場合もある。二階の窓から切っていると、ブアーっと蜂の大軍が現れて度肝を抜かれたが、窓を閉めて事なきを得た。茂みの中にアシナガバチが巣を作っていたのである。本番前に下手なことはできないと思った。

8月7日
 買い物の途中、ナチュラル〇ーソンで休憩し、〇ーソンベーカリーのものを食べて、袋の裏面を見ると堂々とショートニングと書いてあって驚いた。店の名を冠したものがこれではどこがナチュラルなのか。
 子供の頃は学校でマーガリンばかり食せられた。今でも動物性のバターより身体に良いと思い込んでいる人が居るくらいであるし、何より安価であるから、これらショートニングとマーガリンを日本で駆逐することは難しいと思う。

8月6日
 グランドピアノの鍵盤の蓋は、構造上、アップライトピアノよりも閉まりやすく、即ち指を挟む事故が起きやすいと言えるが、何故か後者用の防止器具はあっても、グランド用のものは皆無であった。今日、ホームセンターで探してきた或るものが効果抜群、設置簡単、ピアノを傷つける心配もない優れものであったので、グランドピアノ用指はさみ防止器具として発売したいと思う。(定価¥1,000、原価¥460)

8月3日
 子猫は野良時代からの習性か、狭く暗いところを好み潜んでいるので、時として実に困る。
 昨日も、1時間前までは玄関にもう一匹と一緒に居たのに、何処を捜しても見つからなくなってしまい、外に出てしまったのではないかと、息子と灼熱の中捜したりもした。結局、パイプオルガンの裏側、絶対見えない奥まったところに潜んでいるのを見つけ出した。音楽室のドアは閉まっていたのであるが、誰かが開けた拍子にでも入ったらしい。

8月2日
 レッスンやリハーサル等、人前で演奏するとがっかりしてしまう人が多く、そう云うものは普段、独りで弾いている状態の50〜70パーセントしかできないものだ、自分もまさにそうだと言っている。

8月1日
 何度やっても動悸がし、心臓に悪いと思うリリアの抽選。参加者が比較的少なかったせいもあって、最良の番号を引いた。来年の定期演奏会は第1日曜日。

7月29日
 今日はオルガンでバッハのトリオ・ソナタ、コラール、フランク等を弾いた。教会のオルガンを弾くとすれば、それに合った選曲をしているつもりであるが、表現しようとしていることは楽器が違ったとしても変わりがないと思っている。例えば、ピアノ、チェンバロ、クラヴィコードでバッハを弾いたとしても、どれも自分にとっては同じことである。勿論、楽器の特性と云うことはあるので、それが生かされれば相乗効果のようなものが期待できるかも知れない。いつかベヒシュタインでバッハができればと願っている。

7月27日
 或る公立高校の説明、見学会。学校のマスコットキャラクターが有ることに驚く。如何に楽しそうなところかアピールしていかなければならないのであろう。そう云えば、不良とかツッパリとか呼ばれる荒れた高校生をとんと見なくなった。昔は背伸びをしようとした年頃の子たちも、総じて大人しくなったようである。

7月25日
 夜中のうちに手筈を整え、朝は6時前からスタンバイしていたにも拘わらず、野生動物並みの勘を研ぎ澄ませた相手にはまんまと逃げられ、敗北感を噛みしめている。

7月23日
 或る調律師の弁。暑ければ暑いほど元気になる。汗をかいて循環させればよいのであって、何故冷房を使うのか理解できない。(これは私も大方同感。)
 竹のすのこの上に寝れば空気が抜けて充分快適。(これは私も実践している。同氏に数年前に伺ってからである)
 昼間も寝る時もピッタシの長袖長ズボン。(これは到底真似できない。無理してやろうとも思わない)

7月22日
 長毛種猫のサマーカットを私が行っている。猫が寝ている時に片側だけと云う具合にしかできないから、何日もかけての作業である。日に日に涼しくなってきたなあと思ってもらえれば嬉しい。

7月19日
 この通りの猛暑にも拘わらず、近くの野球場では予定通り高校野球の予選が行われている。スタンド席は直射日光を遮るものが何も無く、そんなところで何時間も、女子高生がベストまで着込んで応援している光景は全く異様である。同球場では死者も出ている。せめてテントを設営する等の対策が必須であると思う。

7月18日
 浅利慶太氏が亡くなったと聞いた。大変良く似た風貌のA藤一男氏を、何十年前だかに迷いがあって訪れたことを思い出した。心身の能力開発研究所と云う些か胡散臭いところであったが、8割真実、あとは詐欺のような気がした。ネットで調べてみると、長命な方かと思いきや、比較的早くにお亡くなりになったようである。

7月15日
 長毛種のほうの猫がやはり暑さに弱いようなので、一部屋を猫のために冷房し、人もなるべくそこに居るようにすれば、この猛暑も何でもない。
 夜になってからのサイクリングがこの季節の最も適当な運動のように思う。芝川沿いは住宅地よりも涼しいし、適度にアップダウンがあると、ペダルを漕がないで風だけ浴びている至福の時があり、まことに心地良く感じられる。

7月13日
 気象庁によると、明日から今までにない、厳しい暑さになる恐れがあると云う。ついこの間、経験したことのないような大雨、という予報を耳にし、実際、その通りになった。恐ろしいことが続くものである。

7月11日
 バレエ発表会のDVDを見せてもらって、実際にこのようなものを見に行ったのは従妹のであったことを思い出した。その子は二十歳の時に事故で亡くなり、葬儀のことなど思い起こされた。仏教で云うところの逆縁の不幸は、親になってみると耐え難いものだと思う。

7月10日
 先輩猫は夕食後に散歩する習慣がついていて、決まって催促をする。出掛けると子猫がビービー鳴き、帰ると安心して先輩のおっぱいを飲んでいる。先輩は実に甲斐甲斐しく子猫の面倒を見ていて、全く感心する。

7月8日
 気候変動などで西日本は大雨が降りやすい地域に、関東は夏暑く冬寒い地域に、それぞれ固定化されてしまったと聞いたことがある。先程は地震雲らしきものを見た。何時どんな災害が襲ってくるか分からない。

7月7日
 自分の誕生日に家内と外食した折、地下鉄サリン事件が起きた。
 教祖の他、いいように洗脳された幹部の何人かが死刑に処せられた。こうなる前に真相の究明を、とか動機の解明を、と声を上げる識者が居るが、それは常識人の論理であって、あの様な狂人に言ったところで虚しいと思う。誰でもいいから人を殺したかったという人は何時でも何処にでも居る。

7月6日
 詐欺と思われる案件。説明、説得の場面では長時間にわたり熱弁を振るうのに、後で電話口でお断りすると、「はい、わかりました」と拍子抜けするほどあっけない。脈なしとみれば次、なのであろう。

7月3日
 事務仕事に追われ、深夜1時過ぎ頃、ポストに郵便を入れに行くと、結構多くの方がまだ起きているのに驚いた。今朝、新聞を見て、サッカーの試合があったことを知った。
 
6月29日
 酷暑の中、久し振りにチェンバロを運び、調律、演奏、再び楽器を戻すと云う重労働を行った。手伝ってくださる方があったので、意外と疲れを感じなかった。
 今日の梅雨明け宣言は、流石に衝撃的であった。最早どんな天候にも驚くまい。過ぎた日や翌日の気温など気にしていては生きられないので、その日その日の天候に順応していくしかない。

6月27日
 今朝は夜明け前から二匹が追いかけっこをしていて良く眠れなかった。大きいのが小さいのを追いかけるばかりでなく、その逆のこともあり、まるで漫画を見ているようである。子猫はまだ野生が残っているせいか、物陰を好んで身動きしないので、一々探さなければならない。また、外の地面に立つと激しく逃げようとする。

6月26日
 柵越しの二匹のやり取りを見ていて、大丈夫そうだと思って解放した。驚くべき速さで人にも懐き、抱いて庭でのお茶に同行させたり、実家に挨拶に行くことができた。柄に因んでマーブルと命名した。実は、もう一匹、野良の子猫が居たのであるが、声も姿もなくなってしまった。

6月25日
 動物病院で「よく捕まえましたね」と言われた。それもその筈、先生とアシスタントに噛み付いて流血させたからである。母猫は1ヶ月くらい母乳をやり、乳歯が生えてきた頃、自分のテリトリーの外に子猫たちを連れて行き、あとは自分で生きろと置き去りにするのだそうである。思えば前の子猫もそのようにして来たのであろう。画像

6月24日
 警戒心が強く素早い動きで、絶対に捕獲できないと思っていた子猫を餌で釣って捕まえてしまった。明日早々に動物病院に連れて行かなければ。

6月22日
 昨日あたりから近隣で子猫の鳴き声がしている。一度は実家の車庫に入ってしまったので、車の下などを捜したが見つからない。ボンネットを開けるとエンジンルームに白くて極小のが居て驚いた。散々ボンネットや車体を叩いていたのに、出なかったからである。下手に車を移動していたら死んでしまったであろう。結局は捕獲保護できなかった。繁殖期の度に猫を拾っていたらこれまた大変である。

6月21日
 「これだけは絶対見たほうがいい」いや「日本人なら見なければならない」テレビ番組があると聞いてHPをチェックすると、確かにバックナンバーの記事を読んだだけでも感動的である。テレビ東京の「世界!ニッポンに行きたい人応援団」

6月20日
 と言いながら、震災以来、やろうやろうと思いながら果たしていないことがあった。
 寝ている隣に本棚があり、これには突っ張り棒を設置し、また本棚と天井の間に隙間なく本を積んで、直ぐには倒れないようにしているが、本では心配なので、ピッタリ収まる段ボール箱を特注しようと思っていたのである。今日漸く採寸し、発注した。特注と云っても費用は1個千いくらかのものである。

6月19日
 地震で倒壊した学校のブロック塀は酷い。上部に作り増したようであり、何の支えもないので、パタンと倒れ、しかも高いところから落ちてくるのであるから、下に居れば命はない。
 自分はこうしたことに神経質なほうであり、息子の幼稚園選びの時も耐震性の不安を口にして皆に笑われた。東日本大震災より前のことである。

6月17日
 ベヒシュタインの古いタイプは、総アグラフ方式と言って、最高音まで一音ずつの弦を金具に通し、一音一音が浮き立つようにされている。ピアノの最高音域は、余程時代が新しい作品でないと充分使われないので、是非、印象派のものをやりたいと思っている。キラキラした感じとも違う、クリアな音色の醍醐味が味わえる。
 ベヒシュタインではもうアップライトピアノでしか採用されていない除響板と云うもの。これは文字通り、余計な響きをカットするための工夫で、それだけ工程が増えて大変だと聞いている。当方のピアノにもそれらしきものが見える、と調律の方に言うと、「グランドピアノでは無い筈ですが」と仰りながらピアノの下に潜り、「確かに除響板だ」とのこと。ピアニストで楽器の下部まで覗いている人は稀だとも言われた。

6月15日
 或る知人の子が活発で個性的すぎるので、九州の全寮制の中学校に入ったと云う。ネット上で公開されていたので、入学式の様子を引用させていただてもよいかと思う。
 親御さんが涙ぐんでいると、「戦争に行く訳じゃあるまいし。大丈夫だって。1ヶ月もしたら俺の軍団作ってるから」先生方に宜しくと言っていると、「やめてくれる?そんなの俺が何とかすれば済む話」
 今頃は軍団作っているかな、と時折思い出す。

6月14日
 小学校4年と1年の姉妹のピアノを見ている。お姉ちゃんに「よくこのベヒシュタインで綺麗な音が出せるようになったね」と言うと、「意識できるようになってきた」と言う。
 妹さんも、最初は突き刺すような音を出して一同を驚かしていたが、1年生らしい素直さをもって自然な音を出すようになってきた。

6月13日
 2年振りに川越を訪れ、その時にも入ったオハナにて絶品の親子丼を堪能した。お気に入りのパン屋、ポレポレの前を通ると金曜のみの営業となっていた。一人でやっていて年を重ねていくとそれも致し方ない。色々トライしてみたい店はあるが、一度に一回しか食事できないので、どうしてもお気に入りのところに行ってしまう。

6月10日
 家を新築後、18年目にして庭でお茶ができるように設えた。木々が茂って周りから丸見えの状態でなくなったことも大きい。
 昨日、初めて夕食後に家内とお茶をして、ヨーロッパの日長の夜のような明るさと爽やかな外の風を楽しんだが、座っていると直ぐに手持ち無沙汰になって、伸びた植木を切ったり、雑草を抜いたりし始めてしまう。それから、蚊取りは直前ではなく、前もってつけておかなければ駄目だと思った。

6月9日
 映画化された「羊と鋼の森」を観た。原作を損なわないどころか、イメージが美しい映像となっていて、北海道の豊かな自然描写とともに感動的であった。私がピアノを購入した会社の社長さんが仰る通りでもあった。(Bechsteinのポスターはぼんやりとしか映らなかった)最後の方の「調律とは」の高説的な台詞は、若い主人公に語らせるよりは、大先輩のほうが相応しいかと思った。

6月7日
 何故、右手のリハビリをピアノで行っていたかと云うと、何万回と弾くのに消耗部分の擦り減りがピアノの高音部が最も少ないかと思ったからである。それがきっかけでピアノ曲を多く弾くようになったのであるから、不思議なものだと思う。
 もう13年間もやっているので、次男は生まれて以来、不自由なリハビリしか聞いていないことになる。最近、ピアノのフェルトが新しくなったこともあり、また高音部でのリハビリをすることが増えた。あと何十万回かやれば弾けるようになるのであろうか。

6月6日
 幾ら素晴らしい曲であっても、プログラミングが生かしも殺しもすると思っている。自分の場合、同じ調性のものを並べることもまず無いが、ベートーヴェンの悲愴とシューベルトの19番は、同じハ短調でもインターヴァルを挟んで並べるのが良いと判断した。この場合は、後者が前者を下敷きとして書かれたものであり、並べることでその点がより分かりやすくなるのではないかと思ったのである。しかも、その上でシューベルトは独自性も発揮しているので、似たような作品が並んで退屈と云うことにはならないかと思う。

6月5日
 来年上半期までの公演予定を決めた。兎に角、合わせものを含めて自分のやりたい作品を並べ、最も適任と思われる共演者を依頼していく。プロなのに、「リハーサルは多ければ多いほど嬉しい」と言ってくださる方もあり、有難いことこの上ない。

6月4日
 我が家の愛猫は避妊手術を終え、回復してきたのと、やはり発情の季節であるからか、あらゆる機会をとらえて外に出ようと出ようとして困る。ベランダからは木をつたって降りようとする。夏は通気のために開けておきたい窓から飛び降りようとする。病気や車の心配もあって、箱入りにしておきたいのだが。

6月2日
 暑中お見舞い申し上げます、と云うメールが来るほどに暑い今日、ベヒシュタイン・ピアノの披露演奏会があった。
 如何思われようとも、自分の好きな音を聴いてもらいたくて演奏にあたっている。この楽器の味わいは滋味であると思う。(人によっては地味に感じられるかも知れない)これを味わい続けると、滋養と云う言葉があるように、心が豊かになるような気がしている。弾き手も勿論そうであるし、うまくすれば聴き手もまた。

5月30日
 ピアニストの末永氏が語るベヒシュタイン・ピアノの特長に、わが意を得たりと云う気がした。
 「クリアな音の交わり、温かくふくよかな音色、瑞々しく生命力に満ちた豊かなハーモニー、何処までも遠くまで続く美しい小道の様な音の伸び、どんなに静かに弾いても命の灯火が消える事のない弱音、壮大なオーケストラの様な響き。」
 更に、「それらの魅力にあふれているけれども、それでも見渡す事の出来ない表現の未知なる可能性を期待させる」と云う文は、この1ヶ月弾いてきて感じる私の実感でもある。

5月28日
 かねてより処分したい一品があったので、初めて質屋なるところに行ってみた。眼光鋭いお兄さんが虫メガネなど使って査定してくれたものの、動いていないから引き取れない、動いていたら○○円とのことで、そのまま近くのもっとカジュアルなセコハンショップ、○○ストリートに持って行くと、質屋で言われた額の倍近くで引き取ってくれた。モノを買ってもらうのに比較もしづらいものがあるが、金額が全然違うので必要なのかも知れない。

5月25日
 映画「モリのいる場所」は、熊谷守一が好きな人であれば楽しめるかと思った。これを観るにあたり、初めて美園イオンに行き、その巨大さに驚いた。吹き抜け構造であるから、立体的に見え、その感猶更であった。映画は、夫婦のうち一人が年寄りであるとかなり安くなる。ベヒシュタイン・ピアノを購入した会社であるユーロピアノが取材を受け、そのポスターも出てくると云う「羊と鋼の森」も近く公開されるので、行きたいと思っている。

5月17日
 今更ながら、明智憲三郎「本能寺の変431年目の真実」を読んだ。文献に隅々まで当たることの重要性を認識させられるが、400年以上も前の無名に近い人の日記類がよく存在したものだと思う。

5月15日
 当方でフルートを吹かれている80代のご婦人に新しいピアノをお見せすると、自分の歳とそう変わらない、と感慨深げであった。「羊と鋼の森」も読んでらして、ピアノのことにも詳しい。
 もうお一方とデュオをしており、日本の歌の編曲などをやってきたが、サンマルティーニと云うバッハと同時代の作曲家による二重奏曲を選曲して差し上げると、お二人とも俄然目の色が変わった。

5月14日
 ブログの連載、今まで教会暦の通り、その当日にアップできてはいたが、初めて忘れてしまった。キリストの昇天節と云う祝日が木曜日にあったのである。三大祝日である聖霊降臨節(ペンテコステ)の近くにあって影薄く、今日では殆ど顧みられていない。ブログが日にちを遡ってアップできることも初めて知った。これならば失念しても安心である。

5月13日
 イナゴの佃煮、ピクルス等、クセになって、つい買ってしまう。こうなってくると好物とも言えるのかも知れない。未だ、芋虫系は食べられないが、単に慣れの問題かも知れない。

5月9日
 何なのだろう、この寒さは。GWの夏日から急転直下、そのうえ再び週明けから夏日だと云う。今、何月であるのか、体感的には全く分からない。

5月7日
 今度は自分がピアノ購入の仲介をすることになるかも知れず、色々調べてみた。耐久性、品質にばらつきが無いと云う点でYAMAHAがよいかと思った。YAMAHAのインドネシア工場で製作したものがかなり安いらしい。国内製との価格の差は、人件費のみである。以前、台湾工場製のモデルも売り出したが、何故か全く売れなかったと云う。

5月6日
 拙宅の猫はみうという名前であるのに、家内はあーちゃんと呼ぶ。そういえば、前のパグ、ぶっちゃんもばーばちゃんと呼んでいた。あという音が好きなのであろう。それならば、人に名前を付けさせずに自分で決めればよかったのに、と思う。

5月5日
 次男は陸上部を退部したのに、母親による大会の引率当番は続く。私は競技場まで車で迎えに行ったりしているが、子供はそこに居ないのは不思議な気がする。本人は一切の苦役から解放されて、気楽に遊んでいる。

5月4日
 春日部大凧マラソン。長男は分厚いマットを運ぶ人が必須だと言うので買って出ると、1万人居るうち、そんなものを持って来ている人は一人も居なかった。
 スタートは、ゲストランナーの川内優輝選手の隣になった。1ミリもついていけなかった、とは本人の弁。その川内選手を抜かして優勝した人も居るのだから驚いてしまう。

5月3日
 動員の要請があってピアノリサイタルを聴く。流石、スタインウェイ・アーティストと銘打たれるだけあって、この楽器の非の打ち所のない極上の音色を存分に鳴らしていた。当方の楽器はまた、独特な味わいがあるけれども。万人受けすると云えばやはり前者であろうかと思う。

5月1日
 猫の手のひら毛が伸びて吸盤が隠れるほどになるので、時々カットしている。それのせいか、風呂に滑り落ちることがあるので。
 爪も尖らないように切っていないと、遊ばれる人間が大変なことになる。
 青っ洟を垂らしていることがある。ウィルスを持っているからとされているが、ベランダでゴロゴロした後のことも多いので、アレルギーもあるのかも知れない。

4月30日
 近隣のピアノ教室をリサーチしておこうと思い、HPを開くと、1件目がいきなりベヒシュタインの写真で驚いた。先生の演奏動画もあったので視聴してみると、一寸聴かれないくらいに調律状態がボヨンボヨンでショックをうけた。いくら良い楽器でも整備不良だと台無しになってしまう。複雑な気持ちになってリサーチはやめてしまった。

4月29日
 昨日のクラヴィコードコンサートの終演後、初めて、壁を開いて隣室の新しいピアノも聴いていただくと云う試みをした。クラヴィコードの印象が薄れてしまう恐れもあったが、やはり新しい楽器に対する興味は誰しもあるものなので、敢行した。流石、クラヴィコードを聴きにやって来る方々だけあって、音色に関するご感想は的を得たものであった。
 今日は雪ヶ谷教会に招かれ演奏した。私が生まれた年にその教会に赴任され、今年、退任される牧師先生への感謝会の席である。私は15年くらい、毎年、演奏させていただいている。

4月26日
 車と云うものにはほぼ関心が無い。今は一番安い軽自動車に乗っている。
 良い鍵盤楽器は、外車くらいの価格幅がある。(弦楽器は家と言えようか)そしてどんなに立派な車であっても、10年もすれば大抵は大きな鉄屑になるのに対して、楽器の場合は音に益々磨きがかかる頃である。そして、何よりも自分の愉しみに限らないところが良いと思う。人と人を繋ぐ器のようなところが。
 
4月24日
 ピアノの調律師さんが、クラヴィコードは楽器博物館で見たくらいで聴いたことがない、と仰るので、一寸お聴かせすると、全身鳥肌が立った、と仰っていた。クラヴィコードではとりわけエマヌエル・バッハを体験してもらいたいと思う。バロック期から古典派への過渡期の作曲家であるとか、疾風怒濤、多感様式とか音楽史的な知識があったとしても何にもならない。クラヴィコードで演奏される彼の音楽を体験してこそ、それに直結するモーツァルトやベートーヴェンが理解できると信じている。
 また、ベヒシュタインのような感度の良いピアノを弾いても別に抵抗を感じないのは、クラヴィコードに親しんでいたからかも知れない。昔から、「クラヴィコードが上手く弾ければ、他の鍵盤楽器は容易い」と言われている。

4月23日
 春からいきなり夏になったかと思えば、今日はまた冷え込む。こうした天候の滅茶苦茶さは受け入れるしかないが、何故こうなるのか理由を知りたい。
 ヒノキの花粉量が、去年の400倍だったとか。流石にわれわれ夫婦も結構辛い期間があった。今年は一遍に花が咲いたように、花粉も終る時期が早いのではないかと思い、また願う。

4月21日
 新しいピアノが来た日、珍しく息子二人が見に来た。弾いて聞かせると、二人とも笑って、今までとどこが違うの、と言った。
 今日はこのピアノを使っての初めてのレッスンがあった。流石に色々なピアノを経験している方だけあって、楽器の真価を十二分に理解してくださり、終始圧倒されていたようである。また、楽器が弾き方を教えてくれるので、私は補足する程度で非常に楽になった。即ち、良い弾き方をすれば極上の響きが生まれるが、その逆もまた明確なのである。

4月20日
 長男が自分でお金を出すのでクレジットカードでヴェーパーフライ(ナイキ社のマラソン靴)を買って欲しいと言った。価格14万円。バイト3か月分と云う。流石に馬鹿げているのではと言うと、「自分はマラソンに命を賭けている、靴のマニアでもある、将来は(カリスマ)シューフィッターになろうと思っているので、靴に投資するのが惜しいとは思わない」と主張し、密かに心動かされた。*( )内は、どうせなるのなら、と云う親の願望。

4月19日
 Bechsteinピアノ到着。修理途中を見学して購入を決めたが、予想通り、あるいはそれを上回る出来栄えであった。澄んでいるのに、温かくまろやかで深い音色、小型なのに信じ難くパワフル。それ故、表現能力は計り知れぬものがある。何時間か弾いている間に、楽器がこうした方が良いと教えてくれることが何度かあったように思う。楽器の裏を見ると如何にも100年近くも昔の楽器と思えるが、外観や音は全く古びていない。ドイツ古典から近代のものまで、どれも良いが、久し振りにBachをピアノで弾きたい気にもさせてくれた。

4月18日
 YAMAHAグランドピアノとの別れ。考えてみると、楽器とお別れするのは今回が初めてである。弾き納めをしてから見送った。完全オーバーホールされて新しい弾き手のところに行くと聞いた。

4月17日
 朝から、川内選手ボストンマラソンで優勝の報に、長男大興奮。そう云えば、陸上の子が川内選手の母校である学習院大学に挑戦し続けていると云う話も聞き、熱烈なファンが居るものだと思っていた。おまけに、女子では看護婦さんが2位とのこと。極寒の中のサヴァイヴァルレースだったのか知らん。

4月16日
 最近、生徒二人が立て続けにアメリカ製高級電子オルガンを購入した。また、パイプオルガン、チェンバロを発注することを真剣に考えている方々もある。
 楽器を求めることは至福である。自分も新しい楽器を迎えるので、よく分かる。ただ、自分の場合はもう経済力がないので、皆さんからの寄付金で購入することを考えたが、予定額の10分の1も集まらないところで、良い出会いがあったので決めてしまった。これから年月をかけて募金活動していかなければならない。

4月15日
 M.Wさんに前お会いしたのは、自分の指が動かなくなって間もなくの頃であったから、10年以上前ではないか。今日はその時と同様、今抱える問題に対処するヒントを与えてくださった。頭が切れるし、人間的なスケールが大きいからこそ出来る思考だと思う。

4月12日
 C.Ph.E.バッハの未出版のクラヴィーアソナタ約50曲が全集の一部として刊行されるのを何年も待っていた。時々はチェックしていたが、気がつくと、4,5巻は入手可能、1,2,3巻はカタログに掲載されているものの、入手できない状態になっていた。また、これらのうちの1巻は、ミュンヘンでの同級生が校訂となっていて驚いた。

4月11日
 長男は昨夜11時から販売開始の11時まで並び、目当ての靴を入手できたと云う。それでも、転売ヤー二人と市民ランナー一人が先であった。思うに、走っている人といない人の筋肉の付き方は明らかに違うし、マラソン大会の公式な記録証など提示させればより確実に判別できるであろう。みすみす違法行為に手を貸すことはないと思う。因みに身分証明書の提示は求められるそうである。

4月10日
 今日も長男はマラソン靴のために徹夜で並びに行った。もう厳寒期ではないとは言え、夜は冷え込むのではないか。画像を見ると並んでいるのはホームレスと思しき人ばかりである。転売ヤーに雇われているのであろう。

4月9日
 羊と鋼の森にもある、原民喜が憧れとする文体、「明るく静かに澄んで懐かしい文体、少しは甘えているようでありながら、きびしく深いものを湛えている文体、夢のように美しいが現実のようにたしかな文体」は、私の理想でもある。勿論、文章ではなく、音の。

4月8日
 当方に来る予定のピアノ。響板の修理と弦の張替え 19日搬入を予定している。

4月6日
 ピアノをやめて久しい長男が、アニメか何かの曲を弾きたいから楽譜が欲しいと言うので、YouTubeから耳コピ―してやった。聴音など何十年振りだし、ポピュラーはリズムも和音も慣れないので、難儀した。ところが、練習する段になると、殆ど楽譜を使わず、スマホで何かしている。電子オルガンでヘッドホンをしているので、どうしているのかは全く分からない。

4月5日
 試練の春休みが漸く終わる。平穏無事に軌道修正されることを願う。

4月1日
 もうすでに八重桜やハナミズキまでも咲いている。と云うことは花粉も一遍に舞って多いのであろう。家族の殆どが花粉症に悩まされている。そんな中、家内は陸王杯と云う大会で、花粉を吸わないスプレーを使ってハーフマラソンを走って来た。ろくに練習していないのに、10分くらいタイムを上げたそうである。

3月29日
 ベヒシュタインを弾いて、30年近く前に聴いた音色の記憶が蘇ったと前にも書いた。音の味わいと云うのは、味覚に近いものではないかと思う。無味無臭のものであったら記憶に残り難いに違いない。
 良いピアノばかりを弾いていたら、自宅のピアノが面白くなく感じられるようになってしまった、と云うのも前述した。ところが、久し振りにクラヴィコードを弾いてみると、全然そのような気がしないのである。むしろ、管弦楽からソロまで何でも表現できるような気がする。ベヒシュタインも似たところがあるが、それに勝るとも劣らず、即ち、楽器として完成された域にあるのであろう。あんなにシンプルな構造であるのに。

3月28日
 展示品が大幅に安くなると云うので、ピアノを見に行った。あらゆる点で申し分なかったので、それに決めかけていたところ、現在修理中の戦前のものも見学可能とのことで、八王子まで足を延ばした。弾いてみると、ドイツ留学中に弾かせてもらっていたベヒシュタインの音がした。同行した家内も、聴いた訳でもないのに、そんな気がすると云う。人も物も出会いとか縁のものである。修理完了後、この楽器を当方へ迎えることになった。

3月27日
 合唱団に音響機器の方面では最高のエンジニアが居て、公演の録音をしてくださった。それをCDにまとめるのが私の仕事であるが、プログラムの内容を小さなブックレットの体裁にすることは早々に断念した。余ったプログラムを付ければ、大きくて読みやすいし、それで充分ではないかと思う。

3月25日
 合唱団の練習があり、クリスマスオラトリオと第九の音取りを行った上で、ミサソレムニスのキリエに入った。この冒頭をやっただけで、参加するかどうか迷っていた方が「いい曲だ」と言って参加を決められたのが嬉しかった。第九の方は、ソプラノの絶叫連続が繰り返し練習するに一寸辛い。本番だけに取っておけばよいのではないか。

3月22日
 マズローの欲求5段階説には考えさせられた。最も下の欲求が生理的欲求。これが満たされると安心・安全の欲求が生じる。更には、所属と愛の欲求(社会的欲求)、評価欲求、自己実現欲求と続く。そしてこれらは一足飛びに実現することは難しいと云うのである。つまり、生理的欲求が満たされていない人に、自己実現のために頑張れ、と言って励ましても無駄な訳である。

3月21日
 拙宅のピアノをポジティフに捉え、自分の表現手段として大いに用いてきたが、困ったことに一千万円のピアノをはじめとする、味のある様々な音色を耳が覚えていて、今度はネガティブに、詰まらなく感じるようになってしまった。耳が肥えたとも言えるのであろうか。
 今日は元教員のSさんの愛情に溢れたお話が聞けて、夫婦ともども大いに慰められた。

3月20日
 昨日、ピアノの試弾に高崎まで出掛けた。一千万円を筆頭に、やはり値段の順に良いピアノだと感じた。番外として、昨今話題のFazioliまで弾かせてもらった。これはもうピアノで何でも出来るヴィルトゥオーゾのみが全性能を発揮できるもので、自分には猫に小判、豚に真珠と思った。

3月19日
 ロ短調ミサ曲では、オケのフルート奏者に、「私もフルート出身です」と話して大変驚かれた。しかも同じ先生に師事していたのである。この楽器の経験者と云うものは、主にロ短調ソナタや無伴奏パルティータによってバッハの深遠さを知っていると言える。

3月17日
 公演の前日も終って帰宅してからも大変だったので、平安があるように願わずにはいられない。

3月14日
 今年は気管支炎になった代わりかどうか分からないが、花粉飛散のピークを迎えても何ともない。何の鬱陶しさも感ずることなく沈丁花の香りを楽しめると云うことは、春を謳歌していると云うことになろう。一応、花粉症が完治したことになるが、突然再発しても不思議ではないので、まだ油断ならない。

3月13日
 10年振りのロ短調ミサ曲は、その当時と同じメンバーが合唱、オケ共にかなり居て、感慨深いものがある。前回より良い演奏になるようにしたいものである。この公演が会場の関係で随分と先延ばしになったため、長い間合唱団で練習していたが、私自身は飽きることがなかった。やる程に新たな発見がある奥深い作品だと思う。

3月11日
 ピアノ、オルガンの楽譜(チェンバロの楽譜は数えるほどしか持っていない。レパートリーの関係か)だけでも大変なのに、オーケストラの譜面も管理しなければならない。クリスマスオラトリオは容易に見つけられたが、第九が見つからないので、全部を整理することになった。カンタータ群は残念ながら再演することは殆ど有り得ず、奥の方へ仕舞った。ブランデンブルク、レクイエム等、少しでも可能性のあるものは前の方に。結局、第九だけパイプオルガンの後ろに仕舞ってあるのを見つけ出した。もうやることはないと思ったのだろうか。

3月9日
 好きな作曲家のことをいろいろ勉強すると云うのはおかしな話だと思う。と云うか言葉遣いが適当でない。誰しも好きな人のことは何でも知りたいと思ってそう努めるが、それが勉強だとは言わない筈である。

3月8日
 昨日、まだ風邪が治りきらない感じがして、万一、このままズルズル長引いたりするとリハーサルや本番に差し支えるので、十何年振りかに内科に行った。否、最近行った内科には降圧剤とコレステロールの薬を1回だけ出してもらうためだけにいったので、もう顔を合わせられない。昔行っていた別の内科に行ったのである。致し方なく抗生剤など飲んで、体調はほぼ回復した。猫も風邪をひいたので、今日は獣医に連れて行った。

3月7日
 羽生結弦選手はオリンピックから帰国後、直行したのは病院だそうで、今度の大会も欠場、さもありなんと思う。オリンピックでの演技は未だ観ていない。もうハラハラすることもないのに、自分には新しいものに対する説明し難い恐怖心がある。昔、ファミコンの新しいゲームソフトを買っても、暫く開けられなかったのと同じである。
 小平奈緒選手も体調不良だそうで、お気の毒。彼女の写真を見てみると、以前のは随分垢抜けない感じで、年とともに良い顔になっていっていると思った。

3月6日
 クレンペラーのロ短調ミサを聴いてみた。セカンド・オーボエが何小節も早く出てしまったのがそのままになっていたり、ライヴではよくあるトラブルが結構あって、何故編集しなかったのかと疑念は残るが、クレンペラーらしい恰幅の良さと云うか独特の味わいはやはりあって、私は嫌いではない。

3月5日
 スーパーで買い物をしていて、人の進路を塞ぐ変な店員が居ると思ったら、長男だった。バイトをしているのは知っていたが、白衣と白帽にあまりに同化していて分からなかった。靴や遠征費等、主にマラソンにかかる費用のために働いている。

3月4日
 冬の最後になって、久々の風邪をひいてしまい、そんなに酷くもなかったので、出来る限りの方策をとって、もう治るか、もう治るか、と思っているうちに日が経ってしまった。まだ変声期のような声である。
 以前、腰痛になった折、数メートル先にどうやって行こうかと考えたように、声が出難くなると、電話はなるべく家内に代わってもらおうとか、話をしなければならない状況の度に考えるものである。無理をして声を潰したくはない。とは云え、合唱の稽古は無言で進める訳にもいかず、声を使わざるを得なかった。

3月2日
 設楽選手のインタヴューはよかった。有森選手から「オリンピックでは自分のペースを崩してでも相手と駆け引きすることが必要なことがある」とのエールを頂いていますがいかがですかとの質問に、「最も重要なことは自分のペースを保つこと」と答えていた。場の雰囲気に影響されず、自分の信念を貫いているところに好感を持った。
 時々買うこともある煎餅屋の通販のDMが届いた。店主が新興宗教教祖みたいな人で、今回はどんな妄言を吐いているのだろうと思って開封すると、過激さを一層増していた。私は次代徳仁天皇の守護神になる覚悟を固めました。殿下、どうか一分一秒でも早く、先任覚者である私をご召致ください。云々。

3月1日
 先日、71歳で亡くなられたバッハ学者の磯山先生のバッハ事典は、今でも重宝している。不明な点に関して先生とメールのやり取りをしたこともあった。今年の大雪の際、転倒して頭を打たれたのが死因と知り、驚いている。ご冥福をお祈りいたします。

2月27日
 印刷ラッシュは続く。ネット印刷通販が驚くほど、コピーするより安いため、何でもそれにしてしまう。意外なことも多い。紙のサイズが小さければ安いだろうと思うと逆に高く、同様にカラーよりモノクロのほうが高かったりする。需要が少ないからか。

2月25日
 ミサ曲の中で、二ケア信条と云うキリスト教の信仰を言い表すところがある。知人の牧師さんは、Filioque(子)と云うところが大論争の末、入れられたので、ここが歌われるのを大きな喜びにしていると云う。聖霊(なる神)が父と子より出で、と云う文脈で、私などはどちらでもよいのではと思ってしまうが、神学者の想いは全く別のものであるらしい。

2月24日
 家内はきれい好きなため、捨てることも多い。何度かゴミの中から重要書類を救い出したことがある。今年の源泉徴収票も、ボードに貼ってあったので、捨てないのだと思っていたら、出す頃には捨てていた。また、今年の冬の初め、お気に入りの純毛極寒用下着を捜せど見つからなかった。虫に食われていると云う理由で捨てられてしまったらしい。

2月23日
 PCでやりたくない仕事をやっつけ、役所に出しに行く。銀行で記帳をすると、目を疑った。入院費用の約2倍の金額が振り込まれていたのである。手術してボーナスが貰えるとは意外な喜び。保険金詐欺を働く人の気持ちがちょっぴり分かる気もした。

2月21日
 コンサートのプログラムを印刷に出す。気をつけたつもりでも、印刷されてから間違いに気づき、血の気が引くことが度々あるので恐ろしい。最後に残ったチラシも印刷に出し、PC仕事から漸く解放されたと思いきや、時間が空くと惰性でPCに向かってしまう。

2月20日
 昨日言及のお店、店名がセル・ぺぺ・・・?だったような。出先でこのお店について話すとき、セル・ペペロンチーノとかセル・ペペローニで通してしまったが、帰り道に店の前を通って看板を確かめると、セル・ペペネーロとあった。セルはフランス語で塩なので、イタリア語でも同様かと思い、辞書を見るとどうも違うらしい。いずれにせよ、容易に覚えられない店名と云うのは如何なものであろう。

2月19日
 近所に開店してもうかなり経つイタリアンの店に初めて行ってみた。中は大変綺麗で、食事も美味しい。それなのに、お昼時にも拘わらず、われわれの他に1組居るだけで、これでは到底商売にならないのではないかと思った。原因を色々考えてみた。第一に駐車場が入り難く、出にくい。幹線道路沿いの店で、これは厳しい。接客や料理にあまりにも隙が無いのも、却ってマイナスかも知れない。或る種のカジュアルさがないとランチ営業は難しいのではないか。

2月18日
 昨日の演奏会前に家内がフィギアスケートを観ようとしているので、「ライブで観るのは止めた方が良い、失敗するといけないから」と言って止めさせた。ライブの恐怖を知っているからでもあるし、応援すると失敗する(ことが多い)と思っているからである。
 今日、新聞でその記事を読んで涙が出た。何とストイックな一途さであろう。「引退するまでは仲間と食事にも行かない」と云うのも、レベルが全然違うにしてもよく分かる気がする。
 蛇足ながら、自分も羽生君の頃には同じ髪型、体型であった。

2月17日
 或る方と話していて初めて気づいたことであるが、自分は演奏活動を始めて30年になると云う。分かりが遅いもので、それだけやっていて漸く悟ることも多い。右手が不自由になってからの13年間もまた同様で、ここが悪かったのだと分かることが今でもある。何とも遅々たる歩みで嫌にもなってしまうが、生来のものもあって致し方ない。

2月16日
 明日の本番のためにグランドピアノを移動した。今迄よりも5o程薄い板を使ったところ、劇的に作業が楽になった。18年もやっていて初めて気づくことがあるものである。
 拙宅の猫は、誰かが風呂に入る度に浴室内に居て、水しぶきを捕えようと躍起になっている。流石に一寸馬鹿なのではないかとも思う。不可能なことを飽かず追い求めるのは。

2月14日
 ドイツ留学時、練習させていただいていた家のピアノが古いベヒシュタインで、まろやかに歌える点、すっかり魅せられてしまった。何十年かぶりに日本でベヒシュタインのフルコンを弾いた時も、勿論、全体的な印象はよりゴージャスにしろ、変わらぬまろやかな音色と再会できて感激した記憶がある。
 いよいよ自分もあとどれだけの年数弾けるかと云う年齢になってきたので、今のうちに中古で良いからベヒシュタインに買い替えたいと思うようになってきた。何十年か先ではもう遅いので、出来るだけ近いうちに。

2月13日
 次男は夜中も朝もゲホゲホし、休んではどうかと云う声を振り切って出かけてしまった。他の人に迷惑がかかるかも知れないが、何としても行きたかったようである。今のところ、何の連絡もないので何とかやっているに違いない。

2月12日
 オリンピックは、冬も夏も一切観ない。羽生結弦君は好きだが、怪我が心配なのでやはり見ない。
 よく覚えているのは、札幌オリンピックのジャンプは夢中になって観ていたこと。笠谷選手とか。

2月11日
 次男が風邪を何とか治して、もう直ぐ中学校主催のスキー教室に行くと云う。スキーも良いが、雪国に雪かきボランティアとか何故行われないのかと思う。豪雪は災害にも近い惨状であるし、それは太平洋側の人間にとって、実際に体験してみないと理解も想像もできないことではないかと思う。

2月10日
 相変わらず、ピアノをさらう以外はパソコン仕事。立ち机のため、一日中、立ちっぱなし。

2月8日
 ハイドンやモーツァルトでは感じられないが、ベートーヴェンのピアノソナタは交響曲のようである。ピアニスティックな部分があったとしても、やはり管弦楽的な厚みや色彩を感じさせる。今年は曲がりなりにもベートーヴェンの交響曲を指揮するので、ピアノもそのように弾ければと思う。フォーレは、ショパンのようにピアノをこよなく愛した人らしく、ピアノならではの音楽を書く。

2月7日
 敬愛する90代の方から、3年半に亘るシベリア抑留時代のお話を伺う。最も若い兵隊であったとのことである。決して心地良い話ではないが、私たちが知るべきことだと思う。辛い読書であった山岡荘八の「小説太平洋戦争」を思い出した。こちらは主に南方戦線の悲惨を描いている。

2月5日
 生後推定6か月にして発情期を迎えた愛猫。何故、初対面の人が必ず避妊手術について話題にするのかが漸く分かった。この大騒ぎを鎮めるため、私が交尾の真似事をしており、何か変態になったような気分がする。それもどのくらいの時間続けていたら気が済むのか分からない。情報によると、刺激によって排卵するとあるが。

2月4日
 ロ短調ミサ曲、4度目の演奏となるので、プログラムをより分かりやすいものにしようと思った。内容は兎も角、パソコンとの戦いである。テキストボックスなど挿入していじっているとどこかへ行ってしまう。移動してどうにか揃えても、一寸手を加えるとぐちゃぐちゃになってしまう。

2月3日
 長男が熱愛するマラソンシューズが発売されるかも知れないと云う情報を得て、長男は昨晩から徹夜、私と次男は5時台から並びの応援に初めて出向いた。あらゆるレアものやプレミアものを食い物にする所謂転売ヤーも狙っていると云うが、公の発表がなかったこともあって、この日は誰一人も居なかった。その場所は、新宿の路地裏で、自分一人では絶対に入らないようなところである。こんなところで、大金を持っていることが知れている子供が一人ゲームをしながら座っていては、恐喝などされても当然で怖いと思った。

2月1日
 グラノラなるものはなかなか高価で、安く売っている店を探しては切らさぬように買っている。私はたまに食べるとしても、量を按配しながら、控えめに食べているが、息子たちは何の思慮もなく、ザーッとあけて好き放題食べるので、またすぐなくなってしまう。

1月31日
 ベートーヴェンの変な数字によって端緒を開くメトロノームの問題は、機械が壊れていた、1分間に100回打っていた、当時は1往復で1回とカウントしていた、等の諸説がある。後代のフォーレやレーガーのメトロノーム指定も概して速すぎる。これは、作曲家と云うのは、常人には考えられぬ程のスピードで、楽想の推敲を、半ば嫌になる位に反復しているせいではないだろうか。比較的分かりやすい古典なら兎も角、複雑な和声進行の近代音楽でそのように演奏しては、殆どの聴き手は何のことだか理解できないと思う。私も勿論その一人であるので、自らが理解できるように、また、初めて曲を聴いた方にも訳が分かるように、メトロノーム記号には一切捉われず、感覚に頼る演奏をしたいものだと思っている。ラモーも「曲を何度か演奏すれば、自ずと適切なテンポが分かってくる」と言っている。

1月30日
 震災後、7年間、寝袋を使っていて、これはこれで良いのだが、やはり窮屈で寝返りが制限されるので、今年はもう少し楽をさせてもらおうと思い、室内テントを導入することにした。その中で、寝袋数枚を布団のようにして使っている。テント内は暖かいと云う程ではないが、出るとひんやりするので、多少は違うのであろう。画像はそのうちブログにアップしたい。

1月29日
 医療の専門家のお話を伺い、大変興味深かった。
 今年はインフルエンザワクチンが不足していると煽り、皆が接種に殺到するため、接種率は最高、それでいてこの大流行は、如何に効かないワクチンであるかの証左であると云う。その他、子宮頸がん、肺炎等のワクチン、病院で処方される殆どの薬(高血圧やコレステロールの薬を含む)の無意味さ、それどころか弊害が確信させられた。
 我が家の場合、ずっと昔に酷いインフルエンザにかかっているので、すでに抗体があり、それは一生有効であると云う。インフルの場合、ウイルスの外側がネオンサインのように変異していくので、そこをワクチンでブロックしていくことは不可能であるが、核に対する免疫は、ポリオなどのようにつくものだそうである。(つかない場合もあるので、そのための予防接種を開発していると云う)

1月28日
 外を1時間以上歩いても、身体の内部は暑くなるが、外側が冷たく痛い感じがする。それでいて、暖房の効いた店などに入ると汗だくになってしまって困る。
 大雪後、1週間にもなるのに、学校に面した道は凍結し、校庭は雪が降ったままの状態であったりする。何故、生徒たちに雪かきをさせないかと、降雪の度に思う。用具は各家庭から借りたり、何とでも調達できるであろう。雪が降ったら雪かきをすると教えるのは、何よりも大事な教育であると思うのだが。

1月25日
 インフルエンザが大流行している。大人も結構なっているので、型が新しいのであろう。私もかかりたいものだと思う。否、正確に言えば感染して発症せず、免疫をつけたいのである。多分、子供が学校から運んでくれているので、知らぬ間にそう云う風になっているのではないかと思う。
 口腔外科への通院が今日あたりで終わるかと思っていたら、洗浄のためまた来てとのこと。一寸がっかりする。

1月24日
 多くの方と同じく、筋肉痛。
 
 「気に入った作家のものを全部読むと良い」と云う小林秀雄氏の言葉に従い、実践できたのは、文学ではたった一人であった。音楽ではバッハと言えようか。オペラが苦手なので、その分野が多くを占める作曲家は難しいかも知れないが、去年から続いているベートーヴェンのピアノソナタ全曲演奏会のように、可能な範囲で取り組んでいきたい。
 「私がこの世を去ったら、私の作品が言わんとすることに耳を傾けてほしい」と云うフォーレの遺言は、どの作曲家も言わんとするところだと思う。しかし、バッハのロ短調ミサ曲のように、人生の集大成然とした大作であればともかく、何らかの数曲を演奏したところで、「これが私のすべてではない」と言われそうな気がしている。人生を俯瞰するなどと云うことは、演奏においては可能なのであろうか?

1月22日
 長男が、雨に少し濡れたと言って必死に乾かしているのは、「青トレ」で、バイブルのように大切にしている。これは、青山学院駅伝部の原監督とフィジカルトレーナーの中野ジェームズ修一氏の共著で、主に体幹を鍛えるメソッドのようである。私も中野氏の書物は一冊持っているが、あまり実践はしてこなかった。必要が出てくれば活用することになるかも知れない。

1月19日
 入院中、息子たちが面会に来て、「野獣先輩も来ている」と言うので、病院玄関まで下りて行って面会した。年頃だから、「みうちゃん」とか呼びたくないのであろうが、奇妙な呼び名をつけたものである。
 昨日から発情期の様相を呈しており、猫を飼ったことがなかったので、驚いてしまった。野生とか本能を露わに感じさせる。

1月18日
 週刊誌の見出しに、100歳まで現役でいるために医師が実践していること、とあり、よく見ると、50代歯科医とかが自分で良いと思ってやっていることばかりで、何ら説得力がなかった。
 医学界でも諸説あり、また、人それぞれ体質、生活等、様々な条件が違うのであるから、皆が情報を咀嚼しながら、自らの体験に即した健康法を選び取るしかない。これで死んでも後悔しない位のものであれば、それは信仰とも云えるものであろう。

1月17日
 体温も、西洋医学では低い分には問題ないとされているようだが、その方が大問題である。入院中、37度台に上がったことがあり、腫れのためか、隣のおじさんの風邪をもらってのことか分からないが、とにかく身体の中での防御反応が働いていてくれることを感謝する思いであった。
 血圧に関しては前述した。手術前から、成分の関係で降圧剤を止められ、数値が上がってくると看護婦さんを驚かせてしまうので、最後に1錠だけ飲むと、そう云う時に限って測定がなかった。
 酸素量の測定と云うのも毎回あり、これこそ何のためのものか理解できない。

1月16日
 私は、無駄な物音をたてることを好まない。家でも足音がしないと言われる。そんな自分が4人部屋に入院すると、気を遣ってコトリとも音をたてなくなり、後から入院した方が「この部屋は俺だけ?」と看護婦さんに訊ねるほどであった。
 排尿や排便の回数を毎日報告するのも嫌だった。嘘をついたこともある。
 生来の引っ込み思案から、ナースコールのボタンを押すのもためらわれた。どんなに吐き気があっても押さず、押したのは、この点滴が終わったら退院という時、終わりを知らせる時の一度だけであった。
 結局、入院生活と云うのは、自分にとってはかなりのストレスであり、あれ以上続いたら病気になっていたかも知れない。待遇の良い刑務所みたいなものであった。

1月15日
 入院中、同室のお年寄りがどなたも血圧を測ると100そこそこで、低ければ低いほど良いと言わんばかりに「異常ありませんね」と看護婦に言われていたが、歳のわりに低過ぎると思う。癌になる一因ではないかとも言いたくなる。自分はと云うと、俄か仕込みの降圧剤の効力が切れてきて、普段のような数値を示すようになると、看護婦さんがのけぞるように驚き、慌てて測り直すのである。
 不摂生をしてとか明らかな不調があって血圧が高いのと、加齢とともに自然に高くなるのでは、当然、状態は異なる。不自然に下げれば癌や脳梗塞の原因ともなると信じている。(コレステロールも全く同様)昔は年齢プラス90が基準値とされていたが、その方が自然状態に近いと思う。基準値がどんどん下げられることで薬が売れるようになったばかりではなく、前述のような病気を作り出して、更なる利益を得ているのである。



入院顛末記    閲覧注意(画像)
1月9日
 荷物を担ぎ、徒歩にてさいたま北部医療センターに入院する。カーテンで4つに仕切られた病室。当初は窓際のベッドに一人だけだったのでラッキーと思ったが、次々と入院してきた。挨拶を交わす機会はないので、音のみで全てを判断することになる。初めに来たおじさんは、肺がん、肝臓がん、前立腺がんで、抗がん剤を投与すると云う。次のおじさんは、私のベッドからカーテン1枚を隔てたすぐ隣りのベッドで、高熱を出し、夜中、小便を7,8回すると云う。おならやげっぷも多い。
 昼食、夕食は意外としっかりした味付けでおいしく、完食する。
1月10日
 朝から絶食で、手術当日。「これから眠ります」と言われて目を閉じた瞬間、「終わりましたよ」と言われて目を覚ます。実家の経験者から忠告されていたので、絶対に頭を動かすことはしなかったが、それでも気持ち悪く、吐き気止めを点滴され、何とか夜中にトイレに歩いて行くことができた。
1月11日
 朝から気持ち悪く、口の手術後なので、朝食はスポーツ飲料のようなものかと思っていたら、みそ汁にご飯、おかずも多種で、匂いを嗅いだだけでウっときた。胃が空なのもまた気持ち悪いので、懸命に味噌汁ご飯のみを食べた。
 吐き気は断続的に来たが、不思議なもので、「外来に来てください」と放送があると、普通に歩いて行くことができた。午後は売店でシャキッと爽快リアルゴールドを買って飲むと俄然元気が出た。砂糖入り炭酸水もこうした非常時は役立つものである。
1月12日
 高熱のおじさんは9時から胃カメラと言われていたが、9時5分にコールして、どうなっているんだと怒り始めた。スタッフを呼びつけて挙句の果てには「院長を呼べ」と激高した。「俺は曲がったことが大嫌いなんだ、だからこういうことがあると元気になるんだ」とも言っていた。
 この日、4人目の若い青年が入院。声から判断すると大人しい好青年であるのに、点滴が始まると猛獣のような大いびきで、同室の皆が驚いている様子がありありと伝わってきた。
 また、三重癌のおじさんを見舞いに来たおじさんが落語家のように話が面白い人で、全員が聞き耳を立てていた。帰る時も、「それじゃあ、皆さん、失礼しました」と承知していた風に言う。
 夕方、呼び出された怒りっぽいおじさんは、奥さんと戻って来て、「これで決定ね」「俺の家系に癌はいない筈だ」と会話を交わしている。早々に奥さんは帰ってしまって、独り残されたおじさんのすぐ隣りで、私は好きな本を読む気にもならず、居た堪れない気がした。
 夜はいびきの件で一悶着あるかと思われたが、眠ってみればいびきの大合唱、杞憂に終わった。
 肝心の親知らずと嚢胞はきれいに取り去られ、痛みは全くなく、腫れもさほどではない。反対側の親知らずを抜いた時の歯医者は実は上手くなかったのではないかと思われる程であった。あの時は、局部麻酔だったから、「なんだ、そのメスの渡し方は!」「そんな教育をした覚えはない!」と先生が怒りまくっているのをすべて見聞きしており、今思うと人間的にも如何かと思う。
 さいたま北部医療センターのスタッフは、すみずみの役職まで誠意が感じられ、これは院長が立派な方なのだろう、と家内と話し合っていると、院長の札をつけた老紳士が階段を上がっていらした。いつもナースセンターのあたりに居た先生である。そう云えば、スタッフ全員がエレベーターを使っていなかった。
1月13日
 久々の娑婆の空気を楽しみながら帰宅した。病院で感じたことなどは折々書いていこうかと思う。


1月5日
 猫にリードをつけて動物病院に行き、膝の上に座らせて待っていると非常に驚かれる。(普通、猫はカゴに入れられている)
 家内によると、都合10年間、平日の昼間に動物病院に連れて行っている私の方が不思議に思われているのではないかと云う。

1月4日
 ヴェーパーフライの発売日前日の夜、長男は新宿のネットカフェかどこかで過ごし、4時から並び、11時の開店まで待ってこれを買うことが出来たと云う。これなくしてフルマラソンは走れない、と云うが、4回分しか持たないそうなので、ストックが要ると云う。厚底のシューズ

1月3日
 近年、脳梗塞を患う方が多いのは、血圧が低すぎるか下げすぎるからではと思っていたが、医師の中にも同じ見解の方がいらした。ついでに癌も。本当は恐ろしい降圧剤がもたらす副作用
 最近、家内の血圧を見て驚愕した。100に届かないのである。低すぎる血圧は、西洋医学では病気と云うことにならないが、東洋医学の見地では大問題かと思う。道理で運動し続けていないと体調が悪くなってしまう筈である。

1月1日
 この数年間、風邪らしい風邪をひかずに仕事をしてこられたのは、冷水浴(正確には冷温水浴)によるところ大だと思っている。自ら作詞、作曲した冷水浴教の歌を歌いながら、今年も伝道に努めたい。

 秩父嶺の峰より落つる冷水を
 身に浴びてこそいと嬉しけれ
 いざ感謝せよ 健康の源なる冷泉に
 嗚呼 冷水浴 冷水浴

2018年

12月30日
 完全に曜日の感覚を失う。余程気をつけていないと間違えることになる。
 年を取って周りに結婚する人が少なくなっていたところ、おめでたい報告を聞いて嬉しく思った。穏やかそうなご主人で良かった。
 別のソプラノ歌手も自他共に認めるほど幸せな家庭生活を送っているが、自分で選ぶととんでもない人物になってしまうので、友達に選んでもらったご主人なのだそうである。

12月28日
 普通の人が見えないものが見えてしまうと云う方から、家内は天使の生まれ変わりだと言われたとか言われないとか。事の真偽は兎も角、そう言われたことに何らかの意味があるのであろう。
 その方が仰るに、サプリで栄養を摂ると云うのは、「美味しい!」と細胞が喜ぶ訳ではないので、殆ど身にならないそうである。一定のプラセボ効果はあるかも知れないが、一旦アミノ酸に分解されてしまうものが特定の部位に効くなど有り得ないことだと思っていたので、これはかなり賛同できる。

12月26日
 バッハのロ短調ミサ曲でオルガンを弾く家内に、ビルグラム女史がカール・リヒター盤で弾いている通りの音色と弾き方(リアリゼーション)で、と要請した。(色々と状況が違うので、文字通り同じにとはいかないが)この録音は、ミュンヘン音大の大ホールでなされたもので、まさに私が弾いていたオルガンが使われている。ホールもやや小ぶりながら、フルオケ、オルガン、ピアノ、室内楽、更にはクラヴィコードまでもOKと云う万能のホールである。録音されたのは、私が生まれるより前で、演奏からして、そんなにも昔のものとはなかなか思えない。

12月25日
 陸王も終り、家内は陸王杯にエントリーした。
 私は心電図検査でAbnormalと言われ、走るどころではなく、今日、超音波の再検査を受けさせられた。随分長くかかって、これは相当悪いのかと思われたが、結局異常なしとのことで、安心と云うより寿命が縮まる思いがした。

12月23日
 本番を終えても、明日の朝も昼も夜も教会で弾かなければならないことを思うと、気を緩めることができない。
 毎年の事ながら、レーガーのクリスマスを以て年を終えることができるのは、自分にとっても救いである。

12月22日
 風邪予防を意識しての手洗い、うがい、マスクは殆どしたことがない。菌を完全にシャットアウトできる筈もなく、むしろ仲良くしたほうが抵抗力も養われるのでは、と思っている。インフルエンザの生徒さんにも、もし元気なら来てくださいと言っている。とは言え、動物病院の待合室で、マスクをしたおじさんが、どう云う訳かゲホゲホと咳をする時だけマスクを外すのを目にすると、「このクソおやじ」と思ってしまう。

12月19日
 今年のクリスマスコンサートでは珍しくラモーの作品をフレンチ・クラヴサンで弾く。久々に取り組むと新鮮な喜びがあるものである。演奏曲の他に全クラヴサン曲を弾いては楽しんでいる。今迄、「一つ目巨人たち」は、題が怖いのであまり弾いてこなかったが。

12月18日
 散歩は何時頃にするのが身体に良いと云うような記事があったそうで、そう云う根拠薄弱なものを私は信じない。食べ物もそうで、自分の身体と相談しながら、基本的に食べたいものを食べればよいのだと思う。身体に良いと言われる不味いものを食べて、それが栄養になるとは思えない。

12月16日
 大きい封筒で郵便を出す場合、郵便局でもらった料金表の定形外の欄を見て出していたところ、送付先から不足料金を払った旨の連絡があり、大変申し訳ない思いをした。件の料金表には何も書いていないが、HPでよくよく調べると、定形外の中でも規格外と云う取り扱いがあることを初めて知った。
 それにしても、料金不足の場合は、郵便局から差出人に戻してもらいたいものである。今のシステムでは、受け取った人が扱いを選択できるようになっているが、受取拒否と云うのはなかなかしづらいであろうし、受け取った人に料金を払わせると云うのもおかしな話である。

12月15日
 今日は人間の病院。術前検査で、先ず、血圧の薬のことを根掘り葉掘り訊かれる。矢継ぎ早に質問されると、つい本当のことを答えてしまい、「朝、測って低かったら飲まない日もあった」と言うと、「それは先生がそうしろと仰ったのですか。立ち眩みがするようだったら先生に言って処方を変えてもらってください」と叱られる。前以て充分脅されていたので、血圧測定の際は非常な緊張を強いられたが、肝心の数値は、強い降圧剤を初めて服用したお陰で全く問題ないものであった。
 肺機能検査では、何だか知らないが、素晴らしい数値が出ています、と言って褒められた。管楽器出身だからであろうか。

12月14日
 先々代のパグからお世話になっているベアーズ動物病院は、診察代をとらない。薬代のみ。先日、呼吸器の吸入をしてもらった時は、800いくらか。薬が出なかった時の診察の会計では、「今日の費用はかかりません」と言われる。それだから、何万も用意して獣医に行ったり、行かずに我慢させると云うことがない。
 何故だか知らないが、沢山居るドクターや助手の方は一切名札をつけていないので、内々では、「ちっちゃい女の先生」とか「笑うと皺だらけの先生」とか「海坊主みたいな先生」とか呼ばなければならない。
 
12月13日
 「瑞穂、部活やめるってよ」と聞いて、このために大学に入ったのに、と驚いたが、フルマラソンに嵌ってしまった本人と部活の方針が相容れないとかで、致し方ないかと思った。

12月12日
 ずっと風邪が治らず、当然、今日のハーフマラソンは欠場するものと思っていた家内が、朝起きたら居なかった。行ったとしても途中で棄権すると思ったら、完走して帰って来たので、全くよくやったものだと思う。

12月11日
 昨日、地元では十日市と云う行事があり、次男などは朝7時台に出て、夜9時前に帰ると云う具合に遊び尽していた。私も本番を終えた翌日のオフであったので、遊び倒した。次男とは全く違った遊びであるが。

12月10日
 本番を終え、珍しく家族全員が並んで「陸王」を観た。猫はと云うと、何故か長男の膝の上に居た。不思議な猫である。風呂場やトイレに興味がある。便器を開けると覗き込もうとするので、飛び込みやしないかと心配になる。

12月8日
 たまには売れる(可能性のある)公演をしたいと思った。そこで、1年後にベートーヴェンの第九とバッハのクリスマスオラトリオ(第1部)を組み合わせた公演をすることにした。
 もう30年近くも前に、小編成の第九と銘打った公演をしたことがあった。コンマスは1年前に亡くなった林智之氏で、メンバーは藝大の学生ばかり、私も若気の至りでハチャメチャな演奏をしたものであった。今度は如何なるのであろう。

12月7日
 内科で盛られた毒を呷っている。全然健康になった気はしないどころか、損ねているようである。
 自分の場合、元来の体質が貧血傾向であって、脳貧血を防ぐために血圧を上げているところがあるようで、それを人工的、強制的に下げてしまうと、例えば、しゃがみこんで猫を可愛がり、立ち上がると決まってと言って良いほど立ち眩みがする。これも1ヶ月の辛抱と思って、我慢し、脳梗塞を起こす前に断ちたい。

12月4日
 「俺は動物と子供が嫌いだ」と言う長男は、猫を飼うことにも頑強に反対し続けた。そんな彼の寝床に子猫が入って行き、腕枕で一晩寝ていたらしい。
 彼が何が嫌かと云うと抜け毛や臭いで、前のパグの時は確かに凄かった。猫は一度でトイレを覚えて絶対に失敗しないし、一日中毛づくろいしているので、清潔この上ない。彼の認識も変わるのであろうか。

12月3日
 合唱リハーサルでパート分けテストがあり、一人ずつ歌ってもらった中で、手押し車で来られ、椅子に座って歌っておられるご婦人が、立って、「テーブルに手をついていていいですか」と言いながらも、正確な音程で歌われたのに驚いた。当方に習いに来られる86歳の方と同様、勇気をもらえる。

12月1日
 一遍に様々なものが駄目になり、買い替えを余儀なくされた。レースのカーテン、掃除機、眼鏡、ガス給湯器等。最も安価であったのが掃除機で、拙宅はカーペットもないので、ただ吸えばよいと言って、驚くほどシンプルなものを家内が選んだ。本体に電灯のスイッチのようなものが一つついているだけで、持ち手の方には何も無い。静音設計でないとこんなにも大きな音がするのかと思う程の轟音がする。

11月29日
 生死の境を彷徨った子猫も、野良の逞しさもあってか、復活の様が凄まじかった。自分はパグと柴犬しか飼ったことがなかったので、思いもしない場所に居ると驚く。遊び相手をしているうちに私の手が傷だらけになり、猫を飼っている人らしくなった。名は、フォーレのミアウの真ん中を省いて「みう」とした。
 驚くと云えば、不在の家内に代わって次男が夕食を作ってくれたが、家内を凌駕するか、お店で出されるもののようであったため、家族全員が驚嘆した。


2017年