これまでの

1955年10月23日
三重県度会郡大宮町滝原に生まれる(現大紀町)




父は銀行員、母は小学校の教師。そこに突然、
僕という気ままな変わり者が生まれたのである


先祖は三重県で室町以前からつづく北氏
住居は地名にも字北屋敷と呼ばれた程の広大な数奇屋作り
紀州公のための上座や能舞台まであった
代々庄屋も勤めたが
特に1800年代当主である二代目北與五郎は
七つの溜池を作り飢餓から住民を救った功で
紀州公から
紀州家家老にとりたてられ
北主計道善(きたかずえのかみみちよし)
という名を賜る

また江戸時代には
北藤太夫(きたとうだゆう)の名で、
伊勢神宮別宮である「滝原宮」の
御師(おんし)も勤める



さて私の少年時代
松阪市立第二小学校の頃は、
ファ−ブルに憧れ、
昆虫採集と植物採集に明け暮れる。


松阪市立久保中学校の頃は、
ギタ−を弾き、作曲に夢中。
ヘルベルト・フォン・カラヤンさんに憧れる。

カトリック教会の学習塾で
上村真由先生指導による英語劇に参加
演劇の面白さに触れる  


三重県立松阪高等学校の頃は、
演劇部に所属
吉田拓郎さんに感動し、
バンド「ザ・ツベルクリン」を結成

NHK金曜時代劇「男は度胸」の
浜畑賢吉さんに憧れ、俳優を意識
そして津市文化会館で平幹二朗さん主演の
劇団四季公演「ハムレット」を観て、俳優を志す

玉川大学文学部芸術学科で演劇を専攻
毎日、芝居やミュ−ジカルの練習に明け暮れる
常磐津と日本舞踊を、
恩師 今尾哲也先生の勧めで習い始める


4年生になって今尾先生の薦めで、
劇団「新国劇」に入団
名優 辰巳柳太郎先生の書生となり
先生の岡持ちを持って芝居の勉強
玉川大学に通いながら夏休みには
大阪中座の新国劇公演「王将」で
役者として初舞台を踏む

1980年 新国劇倒産後
常磐津文字増師匠の勧めで
国立劇場文楽第七期研修生となる

1982年九代竹本文字太夫師匠
(現住太夫師匠)に入門
竹本文字久太夫(たけもともじひさだゆう)を賜り
七月大阪朝日座で初舞台

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現在に至る