| かつての中国大陸には、その名を馳せた何人かの日本人女性が いた。 川島芳子(本名:金璧輝 - 清朝粛親王の第十四王女 でありながら、日本人川島浪速の養女となり「川島芳子」として、 様々な日本軍スパイ活動に関わる。最終的に日本国籍の証明がな されず漢奸として処刑される)、李香蘭(山口淑子)などが、比 較的知られているが、当時の上海で、1939年から終戦にかけて、 彼女達をしのぐ大スターであった、ある日本人女性の存在を知る 人は意外に少ない。 その女性の名は「マヌエラ」。”エキゾチック・マヌエラ” とも”ミステリアス・マヌエラ”とも呼ばれた彼女は、当時日本 人の入り込めないフランス租界、米英共同租界において、国籍不 明のダンサーとして上海を席巻していた。 当時、彼女の正体を知っていたのは、彼女を上海のショー・ビ ジネスの世界に送り出したアメリカ人新聞記者ハロルド・ミルズ、 犬養健、日本の特務機関など一握りの人間だけであった。 |
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西木正明:著 1991.新潮社 |
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を踊るマヌエラさん |
マヌエラさん |
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Park Hotel(国際大飯店) マヌエラ・ナイトの案内状(二つ折) |
Park Hotel(国際大飯店) マヌエラ・ナイトの案内状 |
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(中央左の背の高い建物) を競馬場から望む |
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日本にお帰りになってからのマヌエラさんは、これまた ドラマチックな人生を歩まれた。・・・99年1月から2月にかけて、その戦中・戦後の人生が天海祐希さん主演で舞台「マヌエラ・燃える上海 恋する女」として全国公演され、またその後映画化の企画も進められているようである。 内幸町に戦後初のナイト・クラブ「マヌエラ」を開き、東京の社交界で知らぬ者はいない存在となり、そこには犬養健、麻生太賀吉、力道山、古垣鉄郎、そしてあのマッカーサーなども顔をみせていた、という。 また「マヌエラ」は日本のジャズ・マン達の登竜門となり、ジョージ川口、マーサ三宅などが巣立っていった。 |
1991.3.25. |
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天海祐希さんの舞台「マヌエラ」<燃える上海 恋する女>も無事終了し、久し振りにマヌエラさんとお会いしました。 一緒に腕を組んでブラブラ・・・、そして渋谷のバーで一杯・・・。 その時のツーショットです。 |
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