マダラ姫


久々の観劇。佐野史郎&加藤紀子&小日向文世他いろいろの個性派といえばいいのかといった人たちによる竹内の戯曲。竹内銃一郎といえば、個人的に愛憎入り乱れた複雑な思い入れがある作家だったりするわけですが、久々に見てみて、台詞がうまいんだよね。

いや、これは正しくない。本来書き言葉である台詞が話し言葉に転化する宙ぶらりんの状態のバランスなのだ。多分。
竹内の書く台詞には句読点がない。本来「、」「。」が入るところには全角スペースが入っているのみである。竹内自身が「句読点というものがよくわからない」といっていたはずだけど、全角スペースならわかるのかという突っ込みは置いといて、確かに私たちは句読点に気をつけて話しているわけではない。また、聞いた話をメモにとるとき、こまめに句読点をつけているわけでもない。
話し言葉にしたいなら、徹底的に語りの手法を導入することで、話し言葉らしき台詞が生まれてくるだろう。しかし、そんな言葉も、台詞に意味がある以上、やはり書かれた文字から派生しているのである。そうではなく、書き言葉でありながら、話し言葉であること。書き言葉の特性を如何に無化し、話し言葉を抽出できるか。そういう闘争なのだろう。決して、全角スペースに役者が「、」とか「。」とかを自分で考えていれるため、ということではない。

Posted: 日 - 12月 26, 2004 at 05:14 午後          


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