「春の花」

記憶は曖昧で、よく錯覚を起こしている。


「雪の中で咲いてるんだと思っていたよ」
黄色い花鉢を手にした彼女に僕は云う。
「え?」
「写真で見る」
「そうだったかしら」
違う花なんだろうか?
さっき、フクジュソウ、と云ったような気がする。テレビで見た花もフクジュソウ、と云ってなかったか?
「でもこの季節の花よ」
あまり陽のあたらなそうな場所へ手にした鉢を移し、彼女はバランスを見た。
ラティスに吊るした鉢からこぼれおちそうな色とりどりのパンジー。
長い蔓のスイートピー。
チューリップのプランターがピンクのつぼみを並べているのが、つくりものめいて春先らしい。
季節はまだ肌寒かったけど。
「そんなところでいいの?」
「あんまり陽が当たりすぎるのも悪いのよ」
そんなものか。
もともとこの家は玄関が東向きにあるから、朝方陽がよく当たる。
「父が一緒に盆栽を並べようとするものだから・・・」
彼女はきれいな眉をしかめ、ぶつぶつと文句を云った。三段あるアルミの、階段状になったそこには、云っているとおり緑の苔むした盆栽がチューリップと並び白い花をつけていたりする。
「いいじゃないか、それも花なんだし」
「でも変な庭だと思うわ」
確かにね。
でも春めいていていい庭だ。
「僕は好きだよ」
白いカーディガンにジーンズ姿の彼女は、腰をおろし眺めている僕をふりむき、
「花が好きだっていうわけでもないのに変な人ね」
「好きだよ」
「・・・はいはい」
確かに、僕は彼女ほど花の名前や性質に詳しいわけじゃない。パンジー、スイートピー、チューリップ、フクジュソウ。全部この庭に遊びに来るようになってから知った。
でも名前を知らないからといって好きじゃないってことにはならないだろう?
自分で見る限りどうにもバランスがとれないらしい庭先の模様替えに見切りをつけ、彼女は腰に手をあて、まあ、いいか。と口にした。
「中に入って。お茶でも淹れるわ」
余ったプランターや鉢を重ね、スコップを拾いあげ。
「うん」
そこでここに来た理由を思い出す。
「あ、桜を見に行こうよ」
「夜にしましょ。今から夕飯の支度で忙しいの」
「夜か」
「それに私、花なら水仙が好きだわ」
悪戯そうに。
いつだったか、年明けに見につれていってほしいと云われ、あまり興味もないものだから忘れるままにしておいたのを今思いついたように云いだす。
「水仙?」
「ほら、わからない」
そして笑う。
――来年までに調べて覚えておこう。どこでたくさん見られるのか。
匂いが良いのよ。
玄関をくぐりながら彼女は云った。



夜になってから、近くの桜並木の下を通る。
夜空に揺れる枝は花房がまるで重そうに揺れていて、そこからはらはらと白く薄い花びらが落ちてくる。
ばかみたいにぼんやりと枝を見あげ立ちつくす。
彼女はそこから2、3歩先をゆっくりと歩く。
散る桜の下で、誰かと一緒にいるのが好き。
「ねえ、桜もいいわね」
声だけがきこえ、僕は、うん、と返しながら少し、嬉しくなる。


<Fin.>

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