ボルンタ島の「ナツヤスミ」

 どこまでもすきとおった青緑色の海。いかにもジャングルっていう感じの濃緑色の森。
 ぼくは、その二つのあいだにある真っ白な、道路みたいな砂浜を、ハダシで歩いていた。
 サンゴのカケラでできた砂は、でこぼこしていてとても軽い。足の裏がちょっぴりくすぐったくて、一人で笑いだしてしまいそう。
 空は高くて澄んだ青色。いつも見ている白っぽい空とは大違いだ。
 ここ、ボルンタ島でなら、きっと、とってもきれいな夕焼けが見られるよ。そして、夜には、見たこともないようなとびっきりの星空!
 ぼくはにやけながら、飛ぶようにはねながら歩いていく。背負っているリーフ型の小型翻訳機がパタパタと揺れた。大きな葉っぱの形をした、明るい緑色の最新型の自動翻訳機だ。
 ぼくはふと立ち止まって、キョロキョロとあたりを見まわした。
 さあ、どっちに行こうか?
 振り向くと、さっき出てきたばかりの、真っ白な建物。お父さんが勤めている、薬品研究所だ。この島の森には、とっても珍しい薬草がいっぱいで、お父さんたちはそれを薬にしようと、毎日研究している。
 ぼくは伸び上がるように爪先で立って、森の方を見つめた。
 どうしよう? お父さんは、島に危険な生き物はいないって言ってたけど、森に入ったら迷子になっちゃうかも。
「あれ?」
 ぼくは目の上に右手をかざして、砂浜の先を見た。
 何か丸太みたいなのがあるぞ。うーん?
 あ。あれは、人だ! 誰かが、足を海に向けて横になってる!!
 ぼくはうれしくなって、かけだした。
 きっと、ボルンタ島の人だよ。だって、研究所の人だったら、白衣を着てるはずだもの。


 近づいてみると、日に焼けた男の人が横になっていた。腰ミノ一つ身につけて、顔の上には大きな葉っぱをかぶっている。足の親指に、糸のようなものが結んであって、それが海の中に伸びていた。
 眠っているのかな? 何をやってるんだろう?
 ぼくは、背負っていた自動翻訳機を下ろして、ふたを開いた。
 まず、最初はあいさつしなきゃ。ええと……。
「こんにちは!」
 元気良く言った僕の声は、翻訳機を通して、女の人みたいな高い声になって出てきた。
 男の人はびくっと身体をふるわせて大きな葉っぱをずり落とすと、ゆっくりと上半身を起した。ぽかんと口を開けて、ぼくの顔と自動翻訳機を見比べている。太い真っ直ぐな眉の間に深いしわ。大人の人だ。
 ぼくはもう一度、大きな声で言った。
「こんにちは。何をしてるんですか?」
 ぼくの声に重なるように、翻訳した声がしゃべる。
 男の人は眉を下げて泣き笑いのような表情を浮かべると、厚いくちびるを動かした。
「ンブ…ポゥッ。ン…ぺベゥル…バファ」
 ぼくには何て言ってるかぜんぜん聞き取れなかったけど、自動翻訳機がちゃんと訳してくれる。
 すぐに画面に文字が出た。
<いい/天空/気分。食べる/寝る/得る/何か>
 ぼくが首をかしげている間に、単語は文章に変わった。
<ごきげんよう。ここで寝ているとエモノが手に入ります>
「わぁ、何がとれるの?おさかな?」
 ぼくは海の中をのぞきこんだ。
 男の人が長々と説明している。ぼくは海の中を見たり、男の人の顔を見たり、翻訳機の画面を見たりでおおいそがし。
<おいしいシマウオや小魚を捕ります。捕れないときも多いです。寝ているあいだに手に入ると幸運です>
「ふ〜ん。とれないとこまらない?」
<大丈夫です。食べ物は島にたくさんあります。魚が捕れないときには、貝と海草を持って帰ります。果物を食べます>
「へ〜え」
 ぼくは感心してうなずいた。
 うん。とっても、いい感じ。この人はきっと、翻訳機を通した会話をしたことがあるよ。ちゃんと、マイクになっているところに向かって話してくれるし、おもしろいものを見つけた時みたいな顔で画面を見てる。
 彼の名前は、パヤン。奥さんと小さな子供が二人いて、森の中の村で暮らしているんだって。
 今度は、パヤンの方からきいてきた。
<あなたは、何をしますか?>
 ぼくは困って、鼻にしわを寄せた。
 何だろう? パヤンは何が知りたいのかな?
 ぼくの欲しいもの? う〜ん。
 ボルンタ島は「最後の楽園」って呼ばれて、法律で自然環境が保護されている。だから、観光客も来ないし、ホテルもおみやげ屋さんもない。来ているのはたいてい、珍しい生き物を探してる人や報道関係の人だけだ。だから……。
 ああ、そっか。ぼくが島に何をしに来たのか、知りたいんだね。きっと。
 パヤンは、好奇心でいっぱいの茶色い瞳でぼくを見ている。ぼくはパヤンの瞳を見つめ返しながら答えた。
「夏休みだから、遊びに来たんだよ!」
 パヤンは首をひねった。すぐに翻訳してくれるはずの機械が、全然音を出さない。
 ぼくはあわてて画面を見た。
<夏……翻訳不能、休み……翻訳不能……>
 翻訳不能の文字が、繰り返し点滅している。
 どうして?
 夏。なつ。な、つ……?
 ぼくは頭に手を当てた。爽やかな風が吹いているのに、おでこがじっとりと汗ばんでいる。
 暑い。ああ、そうだ!
 ぼくは一人、うなずいた。
 ここは常夏の島。そう、学校で習ったばっかりだ。「セキドウ」っていうのに近いから、いつでも暑い島なんだった。四季もないから、ぼくらの言う「夏」にあてはまる言葉がないんだ。
「長い休み。う〜ん、長い休暇かな?」
 ぼくは言いなおしてみたけれど、翻訳機は黙ったまま。画面にはまた、翻訳不能の文字が出た。
 どうしてだろう? もしかして、こわれちゃったのかな?
 ぼくは、リーフ型翻訳機をなでまわした。どこも、熱くなってないし、変なようすもないけれど……?
 パヤンが心配そうな顔で、ぼくを見ている。ぼくは身ぶり手ぶりを入れながらしゃべった。
「これ、こわれちゃったみたいで。ええと、戻ってお父さんに交換してもらわなきゃ。お父さんは、あそこ、研究所にいて……」
 ぼくはふり向いて、砂浜の先にぼんやりと見えている白い建物を指さした。
 こわれたと思っていた翻訳機が、流れるようなボルンタ島の言葉をしゃべった。
「え?」
 ぼくはまじまじと翻訳機を見つめた。こわれたんじゃなかった。どこか調子が悪かったのかなぁ?
 パヤンが言った。
<あなたは戻ります。私は明日ここに来ます。会いましょう>
 ぼくらは明日会う約束をして別れた。


 お父さんは、リーフ型翻訳機を元のように組み立てなおして言った。
「どこも壊れていなかったぞ?」
 ぼくとお父さんは、研究所とつながった宿泊棟にいた。部屋は狭いけれど、新しくてピカピカだ。開いた窓からは、涼しい夜の風が吹きこんで、じっと見ていると吸いこまれそうな星空が見えている。
 ぼくは窓から目を離すと、口をとがらせて言った。
「だって、『休み』っていう言葉、訳せなかったよ!」
 お父さんはまばたきを繰りかえして、笑いながら言った。
「そりゃそうだ。この島には『休み』っていう言葉はないからな」
「ない? だって、休みがなかったら、困らない?」
「困る?どうしてだい?」
 お父さんは白くにごったお酒の入ったグラスを持ちあげた。島で採れる木の実のお酒らしい。
「だって、休みがなかったら、ずっと働いてなきゃないじゃない?」
 そう言いながらぼくは、何か変だと感じた。ずっと働いている?あの島の人が?こんな風に思ったら失礼なのかもしれないけど、パヤンにはぜんぜん似合わない。だって、昼寝しながら魚釣りだよ?
 ぼくはぽんと両手を叩いた。
「わかった!働いてないんだ」
 お父さんは大きな手をのばして、ぼくの頭をぐりぐりとなでまわした。
「そうだな。働くことと休むこと、それから、遊ぶことも、この島では一緒なんだよ」
 ぼくは大きくうなずいた。ええと、そういえば学校で習ったっけ。「しほんしゅぎ」がどうとかいう授業だ。食べ物が豊富で、さいしゅするだけで暮らしていけるのを「さいしゅけいざい」とかいうらしい。ボルンタ島がまさに、そう。


 次の日、ぼくは朝早く砂浜へ向かった。時間までは決めてなかったけど、パヤンはきっと横になって魚を釣っているんだろうと思っていた。
 ぼくは波打ちぎわを、水をはね飛ばしながら歩いていった。浜の向こうに人影が見えた。ぼくを見つけて手をふっている。パヤンだ!
 今日は、パヤンの両わきに小さな男の子と女の子が立っていた。きっと、パヤンの子供たちだろう。
 ぼくは、リーフ型翻訳機をカタカタいわせながら、走っていった。


 五歳くらいの男の子の名前はダタ。ダタより大きくて、背中まで茶色い髪をのばした女の子の名前はプゥファという。二人はやっぱりパヤンの子供だ。お父さんと同じように日に焼けて、腰ミノをつけている。プゥファは葉っぱをつなげてつくったベストみたいなのを着ていた。
 プゥファは黒い目をキラキラとさせてきいた。
<若いのにすばらしいです。『…………』は、きれいですか?>
 ぼくは首をかしげた。一文字、訳せない言葉があるみたいだ。翻訳不能の文字が出ている。プゥファはもう一度言った。
「ジャツヤスミ」
 画面には<…翻訳不能…>の文字。やっぱり訳せない。
 ぼくが首をかしげると、パヤンが言った。
「ナツヤスミ」
 ぼくは、息が止まりそうになった。ナツヤスミだって? まさか! パヤン、昨日聞いただけで覚えちゃったの?
 ぼくはあせって翻訳機をいじって、訳せない文字を発音のまま画面に表示するようにした。
「もう一度、言ってもらえる?」
 プゥファが口を開いた。
<『ニャツヤスミ』は何ですか?きれいですか?>
 やっぱり、「ナツヤスミ」のことをきいているみたいだ。
 ぼくはこまってしまった。「休み」っていう言葉がないのに、どう説明したらいいだろう?
 ダタが、ひとさし指を口に入れながら言った。
<『ジャンヤズミィ』は甘いですか?>
 ぼくはあわてて両手をふりまわした。
「ちがう。ちがうよ。食べ物じゃないよ」
 ダタは、がっかりしたようなうめき声を出して、パヤンの足の後ろにかくれた。パヤンはニコニコしながら、ダタの頭をなでている。
 ぼくは、考えがちっともまとまらなかったけれど、口をひらいた。
「夏休みは、すごく楽しみで……、わくわくして、ドキドキして。ずっと続けばいいのになぁって思う。それから……」
 ダタはこうふんして何やら叫んで、ぼくたちの周りをぴょんぴょんととびはねながらまわった。
 びっくりしているぼくに、パヤンが言った。
<ダタは知っていると言っています。『ナツヤスミ』>
「知っているって、まさか!」
 思わずボクがそう叫ぶと、ダタはほおを赤らめて、森へ向かってかけていった。パヤンがするどく声をかけると、ダタはふりむいて何か叫んだ。小さな背中はそのままヤシの木のかげに消えていった。
 プゥファは大きな目でボクを見つめてきいた。
<『ニャゥヤスミ』を探すのは、たいへんですか?>
 ぼくはすっかりこまって、プゥファを見つめ返した。なんだか、ドキドキする。
<『ニャウヤズミ』は、たくさんほしいですか?>
 ぼくは思わずうなずいた。だって、夏休みは多いほどうれしいよ。
 プゥファはにっこりと笑って、長い髪をなびかせて後ろを向いた。そのまま、浜の向こうへ走り出す。
 パヤンが何か呼びかけた。プゥファは立ち止まってちらりとこちらを見ると、うなずいて走っていった。パヤンが言う。
<プゥファは『ナツヤスミ』を持ってきます>
 ぼくは思わず叫んでいた。
「もって来れるはずないよ!」
 パヤンははじかれたように、プゥファの走っていったほうへかけだした。
「パヤン?」
 パヤンの背中はもう、かすんで見えなくなった。
 ぼくは砂の上へ座りこんだ。
 パヤンは怒ったんだろうか?それとも、プゥファを呼びに行ったんだろうか?
 ぼくはぼんやりと、線みたいにのびている砂浜の先を見つめた。


 しばらくして、パヤンが大きな丸いものをかかえて戻ってきた。その後ろを、プゥファが髪をゆらしながらついてくる。
 パヤンのお腹と同じくらいの大きさで、とても重そうだ。上のところが少しとがって、もしゃもしゃしている。ヤシの実の仲間だろうか。
 パヤンは実をどっかりと砂の上におろした。砂が軽い音をたてる。
<この実はとてもおいしいです。たくさんあるとうれしいです>
 プゥファがとてもうれしそうに言う。パヤンが付け足した。
<これが『ナツヤスミ』ですか?>
「ちがうよ!」
 ぼくの言葉に、プゥファは悲しそうな顔をした。
 しまった!どうせ『ナツヤスミ』があるはずないんだから、これがそうだって言えばよかった!
「…あの、プゥファ?」
 ぼくが呼ぶと、プゥファはぶんぶんと首をふって、ふたたび砂浜を走って行った。
 ああ。どうしよう。
 ぼくはおろおろと、大きな実の周りを歩きまわった。
 あれ、そういえば。パヤンはどこ?
 そばにいたはずなのに、いつの間にかどこにもいない。
「ンパッ……ヴォー!!」
 おどろいて声のほうを見ると、ダタが右手を上へあげて森から出てきた。うれしそうな真っ赤な顔をして、右手をぼくのほうへ差しだす。
 ぼくがおそるおそる手をだすと、ダタは手のひらの中のものを放した。
 キラキラと光る緑色。ツノがある。カブトムシみたいな小さな虫だ!
 ダタはいばるような身ぶりをして言った。
<これはすごくドキドキします!>
 ぼくは虫の背中を指でそっとなぞった。すべすべしている。この虫なら、なんとなく「ナツヤスミ」にぴったりのような気がした。これが「ナツヤスミ」だって言っちゃおうか?
 ぼくがなやんでいる間に、森から数人の子供たちが走りでてきた。
 ダタよりも大きい。もしかしたら、ぼくと同じくらいの歳かもしれない。
<これはとてもめずらしいです!>
 一人の子供が、手につかんでいる金色に輝くカエルをぼくにつきつけた。
<ちがいます。こちらのほうがドキドキです!>
 別の子供が、うす茶色のネズミのような生き物をさしだした。
 もう一人の子供が、両手でやっとつかめる大きさのトカゲを砂の上に置いた。
<これはとてもすばらしいです。きれいでおいしいです>
「おいしい?」
 ぼくはおどろいて、まじまじとトカゲをみつめた。
 これを、食べるの?
 ダタは、ぼくの手にのっている虫を指さして、怒ったように言った。
<これが『ジャッヤズィ』です!>
 別の子供がどなった。
<こちらが『ジャンヤズゥ』です>
 他のこどもたちも口々に、自分の持ってきたのが「ナツヤスミ」だという。
 ぼくはため息をつくと、注目したみんなに向かって言った。
「『ナツヤスミ』は生き物じゃないよ!」
 子供たちは顔を見あわせると、生き物を砂の上になげだして、森へ走っていった。
 走っていったダタたちと入れ違いになるように、パヤンが戻ってきた。
 パヤンはかかえているカゴをかたむけて、中のものを見せた。青と黄色のしまもようの魚が二匹、中でビチビチとヒレを動かしている。
「わぁ。パヤン、昨日みたいにして釣ったの?」
 パヤンはうなずいて、口を開いた。
<これはドクがあるのでドキドキします>
「ドク!? 食べられるの?」
 パヤンは身ぶりをしながら言った。
<いいえ。食べると倒れます>
 ぼくはあんぐりと口をあけて、パヤンを見た。そんなこわいものを、どうしてぼくに見せるの?
 パヤンはぼくにぐいっとカゴをおしつけた。
<これは『ナツヤスミ』ですか?>
 ぼくはじりじりと後ろに下がりながら、首をふった。そんなもの、いらないよ。
 パヤンはうなずくと、カゴをひっくり返して海に魚を返した。


 それからは、島の人がつぎつぎと、色々なものを持ってぼくのところへやってきた。
 きれいな花や貝がら。果物や木の実、料理した食べ物。カゴや木彫りの人形。ギラギラと黒びかりする石オノや、何の生き物のものがわからないホネまである。そのあいだを、集められた動物が、逃げようとしたり、昼ねしたりしていた。
 島の人はみんな、ぼくのことを「ナツヤスミ」を探しにボルンタ島へ来たんだと思いこんでいる。そうして、みんな、自分の持ってきたものこそ「ナツヤスミ」にちがいないと信じているみたいだ。
 ぼくは、何かを「ナツヤスミ」だと言って、このさわぎを止めなくちゃいけない。だって、この中に「『ナツヤスミ』がない」っていえば、もっと色々なものを、それこそ島中のものを持って来ちゃうかもしれないもの。
 だけど、どれにすればいいかな?
 島の人たちは、期待のこもった目で、じっとぼくを見つめている。
 じまんのカゴを持ってきたおばあさん。きれいな花をたくさんつんできてくれた女の人。わざわざ洞くつに行ってコウモリをつかまえてきた男の人。何度も森に行って、虫や鳥の羽根や木の葉を持ってきたダタ。魚やカニを持ってきたパヤン。それから……。
 あれ?プゥファは?
 ぼくはプゥファを探した。にたような髪型の女の子はいたけれど、プゥファじゃない。
 プゥファは何かを探しに行ったんだろうか?それとも、つかれちゃってどこかでお昼ねでもしてるんだろうか。
 かろやかな歌声が、浜の向こうから聞こえてきた。
 プゥファ?
 何かを抱えて、黒髪の女の子がやってくる。顔は……、やっぱりプゥファだ。
 両手に大事そうに抱えているのは、大きなたまごがたのものだ。近づいて見ると、灰色に水色のまだらもようがあった。
 島の人たちは、わっとかん声をあげた。プゥファがほおを赤らめて言う。
<これは、『ケットウ』のたまごです。とてもめずらしいです。きれいです>
 ぼくは、『ケットウ』が何かわからなかったけれど、思わず叫んでいた。
「ナツヤスミだ!」
 島の人たちは、大声で『ナツヤスミ』と叫んで、ぼくとプゥファのまわりをおどりはじめた。プゥファはにっこりと笑って、ぼくにたまごをさしだした。プゥファの笑顔が見れて良かった。ぼくは本当にうれしくなって、たまごを持ったまま、おどりの輪に参加した。
 たまごは見た目よりもずっと軽くて、やわらかかった。

 おどりつかれた後で、ぼくは島の人といっしょに『ケットウ』のたまごを食べた。とろけるようにおいしくて、チーズみたいな味がした。


「お?たっぷり遊んだみたいだな」
 宿泊棟に帰ると、他の研究者の人といっしょにお父さんが待っていた。
「なんだか、浜辺でさわいでいたみたいだけど、何をやっていたの?」
「『ケットウ』のたまごを食べてきた!」
 ぼくがうれしそうに言うと、お父さんたちは顔色を変えた。
「『ケットウ』だって?まさか!」
「本当に?」
 ぼくは不安になって、こくりとうなずいた。
 もしかして、食べちゃだめだったのかな……。
「『ケットウ』っていうのは、この島に昔に住んでいたといわれている、幻のオオトカゲのことだよ」
 お父さんが、ゆっくりと言った。
「まぼろしの、トカゲ?」
 ぼくはびっくりして、のどをおさえた。とってもおいしかったけど、あれがトカゲのたまご?
「まだ他にも、たまごがあるかもしれない!」
 男の人がさけんだ。
「そうね。島の人にききに行きましょう」
 それぞれ手に翻訳機を持って、みんな宿泊棟を出ていった。
 ただ一人のこったお父さんは、心配そうにぼくにきいた。
「なぁ、本当に『ケットウ』だったのか?」
「うん。だけど、『ナツヤスミ』っていう名前に変わっちゃったかもしれない」
 ぼくの言葉に、お父さんは口をパクパクさせた。
 数日後ぼくは、とてもすてきな夏休みをすごしたボルンタ島を後にした。


 冬になって、久しぶりに帰ってきたお父さんから、ぼくはなつかしいボルンタ島の話をきいた。
「あの後、研究所のみんなで『ケットウ』のたまご探しをしたんだよ。けれど、とうとう見つからなかったんだ」
 ぼくは、たまごをかかえたプゥファを思いだした。
「しかもな、奇妙なことに、島の人は『ケットウ』のたまごなんて知らないって答えたんだよ」
「え?」
 ぼくはびっくりしてお父さんをみつめた。だって、ぼくは食べたよ。
「だから、『ナツヤスミ』を知らないかってきいてみたんだ。そうしたら、島の人はよろこんで、丸い形のものをいろいろ持って来てくれた。だけど、その中にたまごは一つもなかったんだ」
 ぼくはうでを組んで、首をかしげた。
 考えてもぜんぜんわからないけれど、島に「ナツヤスミ」の言葉がのこっているのがなんだかうれしくて、ぼくはほほえんだ。

-end-

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