雨と少女

 歩道の端の小さな水溜りに、灰色の空が映っていた。賑やかな話し声をたてて、人々が歩道を行きすぎる。
 波紋が広がり、空が歪んだ。降り出した冷たい雨に、人々は足を速める。
 放置自転車の下をくぐり、花屋の軒下を通り、鈴を鳴らしながら一目散に走っていくと、古びた煉瓦造りのアーチ型の屋根の下へたどり着いた。
 人々は雨の滴を手で払い落としながら、薄暗い階段を下りていく。濡れた革靴がぎらりと光り、細いヒールが高い音を響かせる。
 長い階段を下りると、そこは飴色の灯に照らされた地下通路。
 床には煉瓦が敷かれ、自然の洞窟を利用した天井と右壁が深い陰影を見せる。左壁に沿って、古ぼけた小さな店が並ぶ。
 煤けたショーウィンドウに、地球儀やエンピツ削りを並べた文具屋。老婆が居眠りをしながら店番をしている駄菓子屋。
 丸眼鏡越しに道ゆく人を見つめている、薬屋の老人。店の前を過ぎると最初の四つ角だ。四つ角の左側に陣取った玉コンニャクの屋台から、真っ白な蒸気と香ばしい匂いが立ちこめる。
 仕事帰りの人々は店を覗きこむこともなく足早に四つ角を通り過ぎていく。
 角の右側には、長い茶色の髪をポニーテールにした十歳くらいの少女がいた。
 学校から持ちこんだような木製の机にノートを広げ、ちびたエンピツを握りしめて椅子に座っている。白いフリルのブラウスに、紺色のひだスカート。右の膝小僧には絆創膏。
 少女は顔を上げて、コンニャク屋の前に居るキジトラ猫と目を合わせた。
 キジトラは少女にじっと見つめられると、顔を背けて四つ角の壁に生えた苔の匂いをふんふんと嗅いだ。それから、ゆったりとした足取りで角を左へ曲がる。
 すると、少女は素早くノートへエンピツを走らせた。〈種類・トラ・左折〉の欄に棒を一つ。
 続いて、右側の通路から左へと通り過ぎた黒猫を見送って、少女はノートへ書き加えた。〈種類・黒・直行〉。
 少女の左腕にはめた紙の腕章には、手書きで「通行量調査員」とあった。

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