桜と少女

 西の地平が暗赤色に染まる中、少女は家を飛び出した。
 チェックのミニスカートに白いスニーカー。グレーのトレーナーの長めの袖から、小さなトートバックを持つ手が覗いている。
 二本に結った髪を肩の上で飛び跳ねさせながら、少女は暮れゆく街を駆けていった。
 犬の散歩をする老人を追い越し、学校帰りの学生が乗る自転車を避けて。
 買い物客でにぎわう狭い商店街を通り、病院の葉桜ばかりの中庭を突っ切って。
 少女は息を弾ませながら、車のライトが眩く交差する道路を渡った。
 塀に囲まれた寺院の前を通って、少女は小さな公園に足を踏み入れた。薄闇の中、公園の奥がぼんやりと白く霞んで見える。街灯に照らされた桜の花だ。
 少女は桜の木の前で足を止めると、目を輝かせて花を見あげた。開ききった花は淡い桜色。急に吹きつける冷たい夜風に、はらはらと花びらが舞い落ちる。
 少女は頬をほんのりと紅く染めて、揺れる花枝を見つめた。
 それから、そっと桜に近づくと、根本に置きっぱなしになっていたゴザに腰を下ろした。
 ごつごつとした幹に寄りかかり、バックの中からひしゃげた形のおにぎりを取り出す。
 少女はぽろぽろとご飯粒を落としながらおにぎりを食べ終えて、はかなく散る花びらを飽きもせずに見続けた。
 やがて、少女は何度も目をこすりながら、ゆっくりとゴザの上へ上半身を横たえた。
 バックを枕代わりに敷いて、膝を抱えるように身体を丸めて目を閉じる。
 吹きつける風が、花びらと一緒に少女の頬を撫で、髪をすいていく。
 足音もなく灰色の猫が現れ、髭を震わせて少女の手を舐めた。
 次に白黒のまだら模様の猫がゆっくりと歩み寄り、少女の膝の上で体を丸める。
 続いて現れた三毛猫は、少女の足元に座って長いふわふわの尾を脚に乗せた。
 花びらが降り注ぐ中、何匹も猫が現れて、少女の身体の上に乗り、周りを取り囲んでいく。
 少女は柔らかな重みと温もりに包まれて、猫たちと一つの塊りになった。
 淡い桜色の夢を見た。

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