水溜りと少女

 茜色の空を映した水溜りを、黄色い長靴で勢い良くかき乱す。まだ新しい赤いランドセルを背負った少女は、次々と水溜りで水をはね散らしながら歩いていた。
 少女が水溜りで跳ねるたびに、紺色のひだスカートがひるがえり、ランドセルから吊り下げられた青い巾着袋がゆらゆらと揺れる。
 路の横の小さな畑から一匹の茶色い猫が現れた。焦げ茶と薄茶の縞模様で、四肢だけが長靴をはいたように白い。
 猫はゆったりとした足取りで路を斜めに歩いて行き、少女の前で顔をあげると目を細めて一声鳴いた。
 すると少女と猫は、まるで鳴き声が合図だったかのように急に駆け出した。
 少女の前を行く猫は、斜面で揺れるタンポポの綿毛の下を通り抜け、側溝の上に積もった土に足跡をつけながら走っていく。
 少女はランドセルをカタカタと鳴らせながら、長い黒髪を揺らして走っていく。
 古い長屋の低い軒下を通り、煙草屋の錆びた看板の前を横切って。
 土管の横たわる草だらけの空き地の前を通り、蔦が絡みつく煉瓦造りの古い洋館の前を駆け抜ける。
 猫はどんどん先を行き、少女はだんだん離されていく。
 やがて猫は古びた薬屋の前で足を止めると、煤けて飴色になった窓を覗きこんだ。窓の中の黒猫は、つんと澄ました顔で店番の老人の膝にいる。
 その間に少女は、息を切らしながら薬屋の前を通り過ぎた。
 薬屋の中を覗きこんでいた猫は、弾かれたように窓から離れて走り出す。路面に厚く積もった桃色の花びらを踏んで、一気に少女を追い越すと、白茶けた石の低い塀に飛び乗った。
 少女はそれを見て、とうとう立ち止まった。膝をがくんと折ると道路にべったりと座りこみ、粗い息を吐きながら額の汗を拭う。
 猫は前足を持ち上げたまま立ち止まると、塀から飛び降りた。素早く少女へ近づいて、赤いランドセルへ白い前足を伸ばす。
 少女がはっと振り向くと、猫は塀を越えて薄暗い駐車場へと消えて行った。
 少女のランドセルには、二つめの猫の爪痕が残された。

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