煙草屋と少女

 白く霞んだ空を、黒い鳥影が横切った。
 白いフリルのブラウスに海老茶色のビロードのふわりとしたスカート姿の少女は、青い瞳で空を見あげた。連なる屋根に切り取られた、いつもどおりの小さな四角い空。
 少女は軽くうねる栗色の髪を物憂げに揺らして、通りに並んでいる古い商店を見つめた。
 黒ずんだ羽目板張りの壁。錆びてぼろぼろになった看板。折れて歪んだ格子戸。
 煤けた硝子窓越しに見える、ウレタンの飛び出した長椅子。傾いた陳列棚。床一面に広がる割れた陶器や木材。
 割れた硝子ケースの中の薄汚れた招き猫。どの店も営業を止めて久しく、廃墟となっている。
 少女は、連なる店の中で一番窓硝子が汚れている煙草屋を見つめた。
 煙草屋の中は、がらんとしている。厚く埃の積もった床に、ひしゃげた煙草の空き箱がぽつりと落ちているだけ。他は、ヤニで黄ばんだ壁に、シルクスクリーンの大きなポスターが貼ってあるだけだ。
 ポスターに描かれていたのは、紙巻煙草を右手に挟み椅子に座っている白髪頭の老人と、その膝で横を向いて気取っている黒猫。
 老人は目を細めて実に旨そうに白煙を立ち上らせ、猫は胸元の白い飾り毛を自慢するかのように胸を反らし、尻尾をまっすぐにぴんと立てて金色の瞳で老人を見上げている。
 少女はいつものように、飴色の窓越しにじっとポスターを見つめた。
 やがて、空が淡いオレンジ色に染め上げられ、煙草屋の中に光が射しこんだ。ポスターの猫の背が、本物の毛皮のように一本一本が違った色に輝く。
 陽光に照らされて猫が一瞬だけ眠そうに目を細めるのを見て、少女は微笑んだ。よく見ると、尻尾の先が右へ曲がっている。
 猫は微笑み続ける少女をちらりとも見ずに、澄まし顔で老人の膝にいる。
 窓をがたがたと鳴らせながら、風が廃墟の商店街を通り抜けた。
 巻き上がる埃に顔をしかめた少女は、老人の口から上る白煙が横にたなびいたのを見て、埃まみれになりながら再び微笑んだ。

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