虹の冠  第3話(05.Jul.2001 UP)

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 伝説の鳥「白鳥」を刺繍した布製の天蓋の下で、アティナルはひざを抱えるように横向きになって眠っていた。
 布団をすっかりはだけて、首もとの開いた白いナイトドレスは太ももまでまくれあがっている。そのひらひらとしたナイトドレスの下から、すそにレースのついたひざ丈のショーツ「ドロワーズ」が覗いている。
 金色の長い髪は、むきだしの腕の下で、ゆったりと波打って枕を覆い隠すように横に広がっていた。
 半開きの唇がわずかに動き、長いまつげが揺れた。
 アティナルは青緑色の瞳を見開いて、一点を凝視するように薄暗い部屋の中を見つめた。
(くらーい。まだ朝じゃない……)
 ごろりとうつ伏せになって、枕に顔をうずめる。
 硬いものに手が触れて、アティナルは弾かれたように身体を起した。
(あぶない! 寝過ごしちゃうところだった)
 アティナルは枕の下に隠しておいた本、「世界の不思議」を引っ張りだした。
 本を胸に抱きしめて、きょろきょろと部屋の中を見まわす。
(エレナはまだ来てないわよね)
 部屋の中央にある丸テーブル。クッションの置かれた布張りの長椅子。大きな飾りだな。ベッドの足元近くにある道具入れ……部屋の中には誰も居ないようだ。
 アティナルはほっとして、顔にかかる金髪を右手でかきあげた。
 靴を履いてベッドを降りる。
 ゆっくりと木製の道具入れの重い蓋を開けた。
 一番上に、たたんだ灰色の服と大きめの革袋が入っている。
 昨日のうちにエレナの目を盗んで用意していた品だ。
 アティナルは革袋の中に「世界の不思議」を入れた。
 ナイトドレスを脱いで丸めて布団の中へ隠すと、アティナルは光沢のある灰色の服を頭から被った。広がる髪の毛を服の上に出して、適当になでつける。
 道具入れの蓋を閉めようとしたアティナルは、集めている貝殻に目を止めた。
(…何かの役に立つかも)
 アティナルは形のいい小さめのほら貝を袋へ入れた。
 コロナデリスは西方の海と、雪を抱いた高い山々でさえぎられている。アティナルは一度も西の海岸都市へ行ったことがなく、まだ海を見たこともなかった。

 ふと顔をあげると、窓の外が白んできているのが見えた。
(お日さまが昇っちゃう!!)
 アティナルは革袋を肩にかけると、急いで部屋の窓を開けた。
 朝の涼しい風が部屋の中へ吹きこんでくる。
 アティナルは顔をだして、庭にも誰も居ないのを確認すると、大理石の手すりに手をかけた。
 反動をつけて、片足を窓枠へ乗せる。
 と、革袋が肩からすべって下へ落ちていった。
「あ!」
 音もなく草の上へ落ちたのを見て、アティナルはほっとすると、手すりへ座るようにして側に生えているヤシの葉へ右手を伸ばした。
 硬い葉の先をつかむ。
 引っ張るようにしながら、両手でしっかりと握りしめる。
「やっ!」
 小さくかけ声をかけて、アティナルは手すりを離れた。
 ヤシの葉は大きくしなり、アティナルは両手でぶら下がった。
(あれ? あれ? 足がつかない……)
 アティナルは必死でつま先を伸ばして、足をじたじたと動かした。が、地面はまだ遠いらしく、むなしく足は空をきった。
(ええいっ!)
 アティナルは思い切って両手を離した。
 靴底が地面に触れた。
 と思ったら、アティナルは草の上へしりもちをついていた。
(いたたたた)
 おしりをさすりながら、アティナルは自分が降りた二階の窓を見つめた。
 誰も気づいた様子はない。
(上手くいったわ!)
 明るんできた空の下、アティナルは革袋を肩にかけて庭を走っていった。


 アティナルは、誰にも見とがめられることなく、宮殿の裏手にたどりついた。
 使用人用の門を、不審に思われないようにゆっくりとくぐりぬける。
 あたりに音が響き渡りそうなほど、胸がドキドキと鳴っている。
 アティナルは門を通った後も、よそ見もせずに真っ直ぐに道を歩いていった。

 しばらく歩いたアティナルは、大きな木の前で立ち止まった。
 首だけをまわして、そっと門の方を振り返る。
 誰も気づいた様子はない。
(良かった!)
 アティナルはほっとして微笑んだ。が、すぐに表情を曇らせる。
(宮殿は向こうに見えるけど、これからどっちへ行ったらいいのかなぁ)
 考えても仕方がないとばかりに、アティナルは顔を前へ戻しながら足を踏み出した。
 と、勢い良く柔らかいものに身体がぶつかって、アティナルは悲鳴をあげた。
「きゃっ!!」
「きゃあっ!」
 相手のあげた悲鳴に、アティナルは目を見開いた。
(この声は?)
 紺色のドレスに白いエプロン姿の侍女が、見慣れた笑顔で立っていた。
「エレナ!!。なんで、エレナがここにいるの!?」
 アティナルは力いっぱい叫んだ。
「あらぁ、姫様こそ。どうしてこんな所にいらっしゃるんですぅ?」
 エレナはこげ茶色の瞳をいたずらっぽく輝かせて言った。
 アティナルは黙ったままうつむくと、自分の革靴の先を見つめた。
(見つかっちゃった……。上手くいったと思ったのに)
 やがて、アティナルは革袋をたぐりよせて胸に抱きしめると、顔をあげてエレナを睨むように見あげて言った。
「どうして、判ったの? エレナ。どこかで見てたの?」
「ええ。実は見ておりましたぁ……」
 エレナがゆっくりと話しつづけるのに構わずに、アティナルは口を挟んだ。
「エレナ。いつもそんなに早起きしてたの?」
「……ええ。それに、姫様がこっそりと、道具入れにお洋服を隠してらしたのも、気づいてましたぁ」
 アティナルは目を丸くして、エレナを見つめた。
「気づいてたのに? いいの?」
 エレナはサラサラのこげ茶色の髪を揺らして、こっくりと頷いた。
 アティナルは、腕組みをして首をひねった。
 青緑色の瞳が、朝日を受けてエメラルドに変化してキラキラと輝く。
「…それじゃあ、エレナは、私を連れ戻しに来たんじゃないのね!」
 アティナルが叫ぶと、エレナはにっこりと笑みを浮かべて答えた。
「はいいっ。姫様の性格は、よく存じあげておりますわ。言い出したら、ぜったい聞かないんですもの」
 アティナルは顔をしかめた。
「そんな、頑固じゃないわよ!」
 エレナはひるまずに、いつもののんびりとした口調で続けた。
「とにかくぅ、姫様のことは私がお守りしますからぁ。これからは『一人で勝手に行動しない』って、約束してくださいぃ」
 アティナルは額にはりついた金の髪束をかきあげて、微笑んだ。
「判った、約束する! 地図もないし、どっちへ行ったらいいかわからなくて困ってたのよ」
 エレナは大げさな身ぶりで口元を押さえながら言った。
「まぁあ、姫様。どこで何をしたいんですの?」
 アティナルは本を見せようとして、革袋の中を開けた。
 エレナは袋を覗きこみながら、呆れたように言った。
「姫様ぁ、まさか、この荷物だけで森へ行こうとしてたんですかぁ?」
 アティナルはぎくりとすると、あわててエレナの手から袋を取りあげた。
「べつに、いいでしょ。見つからないように用意する時間なんてなかったんだから!」
「そうですわねぇ。どこへ行くにしても、姫様だって判らないようにしたほうがいいですねぇ」
 エレナはそう言いながら、大きな木の陰からふくらんだ布袋を取り出した。
 袋の口をあけて、中から木製の櫛と青い細リボン、花模様が刺しゅうされた白い布を引っぱり出す。
「それじゃぁ、じっとしててくださいぃ」
 エレナはアティナルの頭に手を伸ばして、もつれた髪を櫛ですきながら編んでいった。
 次に、編んだ先にリボンを結び、三角にたたんだ布を頭に被せる。
「はい、できましたぁ。可愛らしいですよ、姫様!」
 エレナは満足げに微笑んで言った。
 アティナルは首を傾げて、自分の頭に触った。
「えぇとですねぇ、ちょっとお待ちになってくださいぃ」
 エレナは布袋をごそごそとかき回すと、ガラスの小瓶を出した。続いて、銀の小さなカップを出すと、小瓶の中身をカップへ注ぐ。
「見づらいですけど、これで見てください」
 銀のカップに注がれた水に、アティナルは顔を映した。
 布の下から二本のおさげが覗いていた。
「なんか、変な感じ」
 アティナルはそう、つぶやいた。

 (続)    

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