虹の冠  第4話(21.Jul.2001 UP)

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 セルバにある小さな街の中を、アティナルとエレナは歩いていた。
 街のいたるところに大きく葉を繁らせる木が植えられ、暑い陽射しをさえぎる木陰を作っている。
 木の下の地面には麻布が敷かれ、様々な商品が並べられていた。
 ごろごろと無造作に転がされたジャガイモ。山積になったレモン。
 白や紫、黄色や赤の様々な形のトウガラシ。緑色の葉や黄色い花。
 売り子の老婆や子供が、のんびりと品物の横に座っている。
「わあ。見て! 見てみて、あれ。あんなに大きいの!」
 アティナルは、大人の頭よりもずっと大きな緑色の丸いものを指さして言った。
「あれは、カボチャですぅ」
 ゆっくりと言うエレナの言葉に、アティナルはその場に凍りついた。
 大嫌いな黄色いスープが頭に浮かぶ。
「だ、だって、緑色じゃないの!」
 アティナルは、自分よりもやや背の高いエレナを上目づかいで見た。
「あれはぁ、皮ですわ。あの中は、黄色なんですぅ」
「ええっ」
 アティナルは、大きなカボチャに近づいた。
 まじまじと見つめる。
「うちのカボチャは美味しいよ」
 売り子の老婆が、棒読みのように言った。
「カボチャなんて、美味しくないわよ!」
 アティナルがムッとして言う。
「他のは知らんが、うちのなら美味しいさ」
 と、そっけなく老婆が言う。
 エレナに腕を引っ張られて、アティナルはカボチャのそばを離れた。
「ねえ、エレナ。あんな風にやる気なさそうにしてて売れるの?」
 アティナルは声をひそめて、エレナに訊いた。
 高原地方で見た、市(いち)の様子を思い浮かべたのだ。
 乾いた高原に、売り物の動物や食べ物を持った人々が集まって市(いち)が開かれる。
 誰もが大きな呼び声をあげて、自分の商品を宣伝して、売り買いをしていた。
 エレナは首をかしげながら答えた。
「私たちは、ああいう大きなものを買いそうに見えないでしょうからねぇ」
「ああ、そっか。すごく重そうだものね」
 アティナルは頷きながら応じた。
(買いそうにない人に、熱心に勧めてもしょうがないわよね)
 アティナルは、くるりと振り向いた。
 二本の金色のおさげが、背中ではねる。
 老婆は大きなカボチャの横で、道行く人を品定めするように見つめていた。

 まだ午前中だというのに、地面から昇ってくる熱気で蒸し暑い。
 エレナが露店商に泉の場所を訊いている間、アティナルはヤシの木の下で青緑色の瞳で街の様子を見つめていた。
 色鮮やかな服を身にまとった、日焼けした肌の人々がのんびりと道を行き交う。
 レンガ造りの家の前につながれた、小さなサルが自分で毛づくろいをしている。
 セルバに来るときに馬車で通ってきた高原地方よりも、時がゆっくりと流れているかのようだ。
 ふと、芳ばしい匂いが漂ってきて、アティナルは振り向いた。
 太陽の光が反射して、大きな瞳がエメラルド色に変わった。
 通りの向こうに、大きな黒い鍋と立ち上る煙が見える。
(そういえば、朝食まだだった)
 アティナルは匂いを目指して走っていった。
 大きな鍋の中で炭がめらめらと燃えている。
 串に刺した肉が斜めに立てかけられて、肉汁が炎の上に滴っていた。
「おじょうちゃん。ひとつどう?」
 ふくよかな体格の女性が、顔いっぱいに笑顔を浮かべて串をさしだした。
 焦げ目のついた肉は、ソースがかかっているのか赤い色をしている。
(トウガラシのソースなら、すごく辛いかも……)
 アティナルは、手を伸ばしかけてためらった。
「たったの、二プラタだよう」
 女性は他の肉の串を回しながら、歌うように付け足した。
(そうだ、お金……)
 アティナルはエレナの姿を求めて、辺りを見まわした。
「きゅうに居なくならないでくださいぃ」
 すぐ後ろから声が聞こえて、アティナルは飛び上がった。
「エレナ?」
 振り向くと、涼しい顔をして微笑んでいるエレナがいた。
「なんだ、いたの?」
 アティナルの言葉に、エレナは笑顔のまま答えた。
「何だじゃないですぅ」
 アティナルはエレナから目を逸らして、自分の革靴の先を見つめた。
(笑顔だけど、エレナの目が笑っていないような気がする)
 エレナはこげ茶色の大きな瞳で、じっとアティナルを見つめた。
「覚えてますかぁ? 『一人で勝手に行動しない』って、朝にお約束したばかりですよぉ」
 いつもの、のんびりとした口調だ。
 アティナルは下を向いたまま、小さな声で言った。
「ごめんなさい」
(こういう時のエレナって、すごく怖い……)
「…まぁ、判ればいいんですぅ。アティ様にとって、いろいろと珍しいだけだって、わかってますからぁ」
 エレナはため息混じりで言った。
 アティナルは、こっくりと頷いた。
「あのう、おじょうちゃんたち、これ、買わないのかい?」
 女性が焼きたての串をふって見せた。
 脂が滴って、こんがり焦げた匂いが立ちのぼった。
 アティナルはごくりと唾を飲みこんだ。
「ええと、おいくらですかぁ?」
「一本二プラタだよ!」
 女性が笑顔で答える。
「それじゃあ、二本くださいぃ」
「はいっ」
 女性は串刺し肉を二本エレナに渡して、お金を受け取った。
「はぁい、どうぞ」
 エレナはアティナルに二本とも渡すと、女性からおつりを貰っている。
(ナイフやフォークを使わないで食べるのなんて、初めて!)
 アティナルは空腹に我慢できなくなって、こわごわながら肉にかじりついた。
 柔らかい肉を噛み切ると、口の中に甘酸っぱい味が広がった。
 思っていたような辛さはない。
 トウガラシではなく、トマトを使ったソースのようだ。
「うん、おいしい!」
「そうでしょう? 新鮮な肉だからね」
 女性が誇らしげに言う。
「ところでぇ、何の肉ですぅ?」
 おつりを財布にしまいながら、エレナが首をかしげる。
「カエルよ」
 女性の言葉に、アティナルはまじまじと串を見つめた。
 よく見ると、薄く伸ばしたような形の肉には、小さな手足のような形がついている。
「いやー!!」
 アティナルは大声で叫ぶと、串を放り投げた。
「あら、あら」
 エレナはのんびりとした口調に似合わない素早い動きで、アティナルの放った串を受け取った。
「あら、おいしかったでしょ? 初めて食べたの?」
 売り子の女性は、珍しいものを見るような目でアティナルを見つめた。
「すみません。好き嫌いの激しい娘なんですぅ」
 エレナはアティナルの腕をつかむと、引きずるようにしてその場を離れた。

 二人は街外れの木陰に並んで座っていた。
「姫様、これ、おいしいですよぉ」
 エレナが肉をかじりながら言う。
「良く平気で食べれるわね、エレナ」
 アティナルは呆れたように言って、エレナに買ってもらった果物をかじった。
 薄黄色の柔らかい果実は、とろけるように甘い。
「あらぁ、姫様だって、おいしいって言って食べたじゃありませんかぁ」
 エレナの言葉に、アティナルは咳きこんだ。
「嫌なこと思い出させないでよね」
「でもぅ、本当のことですからぁ」
 アティナルは眉を寄せた。
「だいたい、エレナが肉の名前を聞いたりするからでしょ」
「わからないで全部食べた方が良かったですかぁ?」
「それは……」
 アティナルは腕を組んで考えこんだ。
 その間に、エレナはきれいに肉を平らげる。
「…知らないで食べちゃったら、もっと嫌!」
 アティナルの答えに、エレナは微笑んだ。

「泉ねぇ。川ならそこら中にあるが、泉なんて知らないなぁ」
 がっちりとした体の中年の男は、ぽりぽりと頭をかいた。
 アティナルとエレナは顔を見合わせた。
 街の人に「『森の泉』を知らないか」と訊ねると、みな口を揃えたように「沼や川なら知っている」と、答える。
 なかには、泉なんて見たことがないという人までいた。
「そうだなぁ。もうすこし北のほうにでも行けば、あるんじゃないかなぁ」
 男の言葉に、アティナルは目を輝かせた。
「北の方ね!」
「いや、その。そうかなあっていうだけで……」
 男が不安げに付け足した言葉を、アティナルは聞いていなかった。
「エレナ、早く行こう!」
 エレナの腕をつかんで、ぐいぐいと引っ張る。
「そうですわねぇ。他に手がかりもないですしぃ」
 歩き出した二人を見て、男はあわてて叫んだ。
「いや。確かな話じゃないんだ。あるかもしれないっていうだけで。おい。待ってくれ。おーい!!」
 男の叫び声を背中に聞きながら、アティナルとエレナは街を出た。

 (続)    

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