虹の冠  第5話(11.Aug.2001 UP)

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「エレナー。休もうよ!!」
 道に沿って生えた羽状ヤシの下で、アティナルは立ち止まった。
 大きく広がったヤシの濃い緑の葉の向こうに、真っ青な空が広がっている。
 照りつける太陽は、白茶けた日向と植物の日陰を、はっきりと色分けしていた。
「アティ様ったら、さっき休んだばかりですよぉ?」
 エレナはくるりと振り向いて、ヤシの葉影で顔をしましま模様にしたアティナルを見つめた。
「だって、もう疲れちゃった!」
 アティナルはふっくらとした唇を尖らせて、ヤシの根元に座りこんだ。ごつごつとした幹に寄りかかると、ひんやりと心地よい。
「困りましたわぁ。ゆっくり歩いていると、野宿しないといけなくなってしまいますぅ」
 エレナが形のいい眉を寄せて言った。
「野宿?」
 アティナルが首をかしげる。
「えぇえ。野宿ですぅ。毛布も持ち合わせてませんからぁ、虫が居るかもしれない土か草の上にじかに寝るしかありませんわぁ」
「ええっ。虫?」
 アティナルはあわててお尻を上げると、しゃがんだ姿勢できょろきょろと辺りを見回した。
「そういえば、お食事も困りますぅ。火は焚けますけどぉ、お料理するような材料なんて、なあんにもありませんもの」
 エレナの言葉に、アティナルは急に立ち上がった。青緑色の瞳で、じっとエレナを見つめて訊く。
「本当に、何にもないの?」
 エレナはうなずいてから口を開いた。
「ですからぁ、さっきの町に引き返すか、次の村……」
 まだしゃべりつづけているエレナを残して、アティナルはずんずんと道の先へ歩きはじめた。先ほどまで休みたいと言っていたのが嘘のようだ。
 しばらく歩いてからアティナルは、二本のおさげをなびかせてエレナの方を振り向いた。
「ほら。エレナ、急がなきゃ!」
 両手を腰に当てて、まるでエレナが待たせていたかのような言いぶりだ。
 エレナはこげ茶色の瞳を細めて、身を屈めるようにして小さな笑い声をたてた。
 アティナルはさっと頬を赤らめると、眉根を寄せて叫んだ。
「エレナ? 置いてくよ!」
 エレナはようやく顔をあげて、なおも笑みを浮かべながら答えた。
「はぁい、アティ様、すぐ行きますわ」
「もうっ。先に行ってるからね」
 アティナルはエレナのクスクスと笑う声を聞きながら、手足を大きく振って歩いていった。

 道はやがて、うっそうと茂った森の中に入った。

 背の高い樹木が道の両脇に広がり、枝が道を覆うように迫り出している。
「足元、気をつけてくださいぃ。根が出てますからぁ」
 エレナが後ろから言う声に重なるように、鋭い鳥の鳴き声が響いた。
「わぁ。尾長鳥かなぁ?」
 アティナルは立ち止まると、色鮮やかなオレンジ色や黄色の羽根を思い浮かべて、上の方を見つめた。
 木漏れ日を浴びて明るい緑色に輝く木の葉と黒灰色の幹が見えるばかり。鮮やかな色などどこにもない。
 アティナルはがっかりして、前を向いた。
 その時、二つの人影が木陰から飛び出した。
 褐色の肌にぼさぼさ頭の男が二人、それぞれ手に山刀を持って、道をふさぐように立ちはだかっている。
 不精ひげを生やした一人が、口を歪めて言った。
「お嬢ちゃんたちぃ、どこ行くんだい?」
 アティナルはじりじりと後ろに下がった。代わりに、エレナが一歩前に出る。
「どこっていわれましてもぅ、私たち……」
 ゆっくりと喋るエレナの言葉を遮って、もう一人の男がニタニタと笑いながら言った。
「俺たちが連れて行ってあげようかぁ?」
「そう、いいところへなぁ」
 不精ひげを弄りながら、男は黄色い歯をむき出して、笑った。
 アティナルはぞっとして、喋りつづけているエレナの後ろに隠れた。
「…なのでぇ、それには及びませんわ」
 エレナが言い終えた途端に、後ろから伸びてきた腕がアティナルを羽交い絞めにした。
「あっ」
 足が地面から浮いて、アティナルはつま先をばたつかせた。
「おら、おとなしくしな!」
 男が後ろから脅すように言う。男が口を動かすたびに、顎ひげが額に触れて、アティナルは顔をしかめた。
 素早く振り向いたエレナが、妙にのんびりした調子で言った。
「まあぁ、アティ様!」
(…なんか、エレナの言い方って、緊張感がないのよねぇ)
 アティナルは小さくため息をついた。
(まあ、そのおかげで、ぜんぜん怖くないけど……)
「お前ら、そっちの娘も早く捕まえろ!」
 アティナルを押えている男が叫んだ。どうやら、山賊の頭領のようだ。
 エレナの背後に、二人の男が近づくのが見える。
 アティナルは思いきり息を吸って、叫んだ。
「きゃーーー!」
 森中に響き渡るほどの大声だ。声に驚いたのか、頭領が力をゆるめた。
 アティナルは急いで腕の中をすり抜けると、頭領の横を通り抜けた。
「ま、待て!」
 頭領が振り向いて、あわててアティナルを追う。
 その隙に、エレナは二人の男の方を向いて地面にしゃがみこんだ。
「ん?」
 二人の男が覗きこむように近づく。
 エレナはちらりとこげ茶色の瞳で男たちを見上げると、濃紺のスカートをひるがえして飛び上がった。白いレースのペチコーとがふわりと覗く。
 いつの間に抜いたのか、エレナの両手にはそれぞれ小剣が握られていた。
 木漏れ日に刀身を煌かせて、無精ひげの男に向かって勢いよく振り下ろす。
 剣の腹が、山刀を持つ男の手を打つ。骨の折れる嫌な音が辺りに響いて、男は山刀を落とした。
「ぐあっ」
 うめき声をあげて男が地面にうずくまる。
 エレナは地面に降り立つと、地を這うように素早く白い足を旋回させて、横にいたもう一人の男の足を払った。
「わっ。おかしら〜!」
 仰向けにひっくり返った男の腹を、エレナは靴でムギュっと踏みつけた。
 アティナルにつかみかかろうとしていた頭領は、手を止めて後ろを振り返った。
 部下が倒れているのを見て、パチパチと瞬きをくり返す。
 エレナは一気に頭領のそばまで間合いを詰めると、小剣を振るった。
 パラパラと男の顎ひげが落ちて、肌から血が滲み出る。頭領が声を出せないでいるうちに、エレナはもう一方の剣先を、頭領の胸に突きつけた。
 頭領の顔が見る見る青くなる。
「あ…ま、まて。待ってくれ。俺たちは別に」
 エレナは黙ったまま、口をぱくつかせる頭領を睨みあげた。
「お、俺たちは何もしない。…本当だ。本当に、ただ、案内してあげようと思っただけで……」
「まあぁ。そうでしたの! ぜんぜん気がつきませんでしたわぁ」
 エレナは頭領に切っ先を向けたまま、のんびりとした調子で続けた。
「…どんな悪い人が現れるかわかりませんもの。女の子二人旅ですから、用心していないとだめですものねぇ」
「そう。そうだろう。だから、だからだね……」
 頭領は額に汗をにじませながら、必死で言葉を続けた。
「…だから、危ないから守ってあげようと思って。いや、でも、お嬢さんたちにはまったくいらないみたいだから、…悪かったね。ほんとに」
「まあぁ。私ったらぁ、勘違いしてしまいましたわぁ」
 エレナはそう言って、声をあげて笑った。
 頭領は剣先を向けられたまま、引きつった顔で掠れた笑い声をだした。

 エレナが剣をひくと、山賊たちは一目散に逃げていった。
「すごいね、エレナ。かっこよかったよ!」
 アティナルは山賊たちの背中を見送っているエレナに向かって言った。
 真っ直ぐなこげ茶色の髪をなびかせて、エレナは振り向いた。大きな黒目がちの瞳で、アティナルを見つめる。
「アティ様、大丈夫でしたかぁ?」
「私は、平気よ!」
 アティナルは小首を傾げると、目をくりくりとさせながら言葉を続けた。
「ねぇ、それより、その剣、どこに持ってたの?」
 エレナはにっこりと笑うと、小剣を地面に置いた。屈んで濃紺のスカートの中から、革製の鞘を取り出す。
「あっ、そんなところに!」
 驚いているアティナルの前で、エレナは鞘を腰帯の両側にくくりつけた。
「これからは、こうして挿しておきましょうかぁ」
 エレナは小剣を持ち上げて、鞘に収めた。
「そうだね。頼りにしてるよ、エレナ」
 アティナルはエレナの背中をポンっと叩いた。
「はぁい。ではぁ、行きましょうかぁ」
 エレナは元気に声をかけた。

 (続)    

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