虹の冠  第10話(03.Nov.2001 UP)

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 木立の中を歩きながら、アティナルは目の前で上下するアルパに向かって言った。
「ねぇ、まだなの?」
 アルパが揺れて、それを背負うラスカが、ひょいっと振り向く。片眉を上げてちらりとアティナルを見ると、ラスカは苦笑いを浮かべて言った。
「もう少しだ」
「さっきから、もう何回も同じセリフ言ってるじゃない」
 アティナルは口を尖らせた。
「あらぁ、アティ様。もしかしてぇ、疲れたんですかぁ?」
 エレナが後ろから、ゆっくりと言う。
「なっ」
 アティナルは、ぱっと頬を赤らめると、長い金髪をゆらして後ろを向いた。
「なに言ってるのよ、エレナ。疲れてなんかないわよ!」
「そうですかぁ? 朝から歩きとおしだからぁ、疲れたのかと思ったんですけどぉ」
 エレナはじっとアティナルを見つめたまま首を傾げる。
「これくらい、平気よ!」
 アティナルは肩をそびやかすと、勢いよく前を向いた。
 と、派手な音を立てて、アティナルはアルパの木枠部分におでこをぶつけた。
「いったーい!!」
 アティナルは額を両手で押えてしゃがみこんだ。
「アティ様!?」
 エレナが急いでアティナルの側へ屈む。
「大丈夫だったか!?」
 あわてたラスカの声が聞こえて、アティナルは涙ぐんだ顔をあげた。ぼやける視界でアティナルが目にしたのは、心配そうなエレナの向こうで、おろしたアルパをさすっているラスカの姿だった。
(……ひどい!!)
 アティナルは金髪を振り乱してむっくりと立ち上がった。
 エレナが目を丸くしてアティナルを見つめている。ラスカはアルパしか目に入っていない様子。
(……ひどい、ひどい、ひどい! 私よりアルパが大事なんだ!!)
「そんな風だから、ラスカはぜったいに、ずっと独身なのよ!!」
 大声で叫んでから、アティナルはあわてて両手で口を押えた。
(あれ? こんなこと言うつもりじゃなかったのに……)
 ラスカがぽかんと口をあけて、アティナルを見つめている。アティナルは耳まで真っ赤になって、自分の靴先を見下ろしながら、つぶやくように言った。
「その、ホントはもっと違うこと言うつもりで……」
 二人の間に張り詰めた糸を切るように、エレナがクスクスと笑い出した。
「エ、エレナ!」
 アティナルはあわてて,とがめるように横にいるエレナの方を見た。エレナは腰を折るように曲げて、顔を隠すようにして笑いつづけている。
 ラスカはようやく息を飲みこむと、口を開いた。
「なんつうか……」
 ボリボリと頭をかきながら続ける。
「……ぜったいにずっと独身って決め付けられちまうと、やっぱツライなぁ」
 しんみりと言うラスカに、アティナルは思わず叫んだ。
「そうじゃなくて、ずっとアルパだけを大事にしてればいいって言おうと……」
 あわてて口をつぐむと、アティナルは上目づかいにラスカを見つめた。
(また言っちゃった。さっきも酷いこと言っちゃったのに)
 ラスカは厳しい表情をふっと緩めた。エレナの笑い声が小さく響く中、ラスカは薄い唇を開いた。
「ま、アルパ弾きだから当然だな。でも、まあ……」
 ラスカはごつごつした手をアティナルの方へ伸ばしながら、言葉を続けた。
「悪かったな。でも、悲鳴あげれるくらいなら、嬢ちゃんのおでこは大丈夫だと思ったんだよ」
 暖かい手がアティナルの額にやさしく触れて、ゆっくりと金色の髪をかきあげた。
 アティナルは自然と涙が溢れるのを、堪えることができなかった。
「あ、悪い。痛かったか?」
 ラスカがあわてて、手を離した。
 アティナルは首を振ると、震え声でポツリと言った。
「ごめんなさい」
「ん?」
 聞こえなかったのか、ラスカが屈みこむようにしてアティナルに耳を近づける。
 今度は少し大きな声で、アティナルは言った。
「……酷いこと言って、ごめんなさい」
 ラスカはニカッと笑うと、アティナルの頭に手を置いた。
「いいって。慣れてるから」
 そう言って、ラスカはぐりぐりとアティナルの頭をなでる。
「え?」
 アティナルはすっかりボサボサになった頭をあげて、ラスカを見つめた。
「いや、さっき嬢ちゃんが言ったようなセリフってのはな、今まで女にフラレるたびに言われてることとほとんど同じってこと」
 ラスカが口を歪めて言う。
「フラレるたびに〜!?」
 アティナルは大声で叫んだ。 「おい、あまりでかい声出すなって」
 ラスカがあわてて、森の中を見回す。
「ぷっ」
 アティナルは思わず吹きだした。横で、エレナも一緒になって、声をあげて笑っている。
「おい、おい」
 困った表情を浮かべて二人を見比べていたラスカは、やがて一緒になって笑った。

「そういえばぁ、先ほどはぁ、何を見てらしたんですかぁ?」
 エレナが真顔になって、ラスカに訊ねた。
「ん、ああ。忘れちまうところだった」
 ラスカはアルパを背負うと、意味ありげな目つきでアティナルを見た。
「な、なによ。なんの話?」
 アティナルは、両手を体の前へ出して身構えるようなポーズをとる。
「さっき、見えたんだよ。木々の隙間から」
 ラスカは歌うように言いながら、アティナルの後ろ側へまわりこむ。
「え、泉が?」
 アティナルは顔を輝かせた。
「そう。見てみるか?」
「もちろん、見せて!!」
 アティナルが勢い良く言うと、ラスカは素早く両手を伸ばして、アティナルの腰をつかんだ。
「えっ?」
 顔を赤らめたアティナルを、ラスカは抱きかかえるようにして地面から持ち上げる。
「ちょっと、放してよ!」
 アティナルは足をばたつかせてあばれた。
「ほら、見えるか?」
 ラスカの声に、アティナルは周囲を見回した。
「……あっ!!」
 アティナルは息を呑んだ。
 緑色の木立の間から、灰白色の地面が見えている。その向こうに覗いているのは、鮮やかな青緑色の泉。
「わあ……、とってもきれい!」
 アティナルはうっとりと言った。
「で、どうだ?」
 ラスカが促すように訊いた。
「とてもきれいな水の色ね」
 アティナルが感心して言う。
「で、どうなんだ? 探している泉なのか?」
 ラスカが少しイライラしたように言った。
「え?」
 首を傾げるアティナルを、ラスカはため息をつきながら地面におろす。アティナルは金髪を弧を描くように揺らして振り向いた。きょとんとした顔でラスカを見あげる。
「だからな、初めて会ったときにお前さん言ってただろ。探している泉かどうか、見れば判るって」
 ラスカの言葉に、アティナルは「世界の不思議」に描かれた泉の絵を思い浮べた。
(確かに、ラスカを説得するときにはそう言ったけど……)
 アティナルは首をひねって、とぼけた。
「そんなこと、言ったかしら?」
「言っただろ!」
「う〜ん。思い出せないわ」
 アティナルの言葉を聞いて、ラスカはぶるぶると握りこぶしを震わせている。
「まぁまぁ、二人ともぉ、落ち着いてくださいぃ」
 エレナはニコニコと笑顔を浮かべながら、二人の間に割って入った。
「とにかくぅ、その泉まで行きませんかぁ? 私も見てみたいですしぃ、休憩も必要ですものぉ」
「そうね。早く行きましょう!」
 アティナルが元気良く言う。ラスカはため息をつくと、渋々頷いた。

 泥のように見える灰白色の地面は岩のように固い。三人は、青緑色の澄んだ水をたたえている泉の側で濡れていない地面を選ぶと座りこんだ。
 泉の上には白い蒸気が浮かび、熱気が地面を通して伝わってくる。
 アティナルは膝の上で重ねた両手の上にあごを乗せて、ぼんやりと暖かい泉――温泉――を見つめた。
「とおってもぉ、不思議な光景ですわねぇ」
 エレナが両手を組んで、感動したように言う。
「ま、この辺りじゃぁ、けっこう有名な泉なんだぜ。熱い湯が湧いてるところなんて、なかなかないからな」
 ラスカは、抑揚をつけて歌うように説明した。
 エレナは黒目がちの瞳を大きく見開いて、キラキラと輝かせながら言った。
「まぁあ、そうだったんですかぁ。……それではぁ、この泉にまつわるぅステキな歌とかないんですかぁ?」
「歌か。聞いたことないなぁ。この泉にまつわる話っていっても、飲んでみたらすごく不味かったらしいとか、そんなことくらいだなぁ」
「飲めない水だなんてぇ、毒でもあるんですかぁ?」
「いや、飲めるんだけど不味いってだけだよ。それより……」
 ラスカはそれまで黙っていたアティナルの方を向いた。
「なぁ、どうだ? その様子だと、探していた泉じゃなかったのか?」
 アティナルは、泉と同じ色の瞳でラスカを見あげた。
「……たぶん、ちがうわ」
(あの本の絵に比べて、水の色が鮮やかすぎるし、泉の周りは白くなかったし、それに……)
「たぶん、だって!?」
 ラスカが眉尻を吊り上げて叫ぶ。アティナルは、はっとして顔をあげた。陽があたってエメラルドに変わった瞳で、ラスカをキッと睨みあげる。
「だいたい、ここは森の中じゃないわ。私は『森の中の泉』に案内して欲しいって頼んだのよ!」
「いや、ほら。一応、四方を森が囲んでいるから……」
 ラスカが目線を逸らしながら言う。
「それは、森の中って言わないわよ。だいたい、ここは、泉の周りがこんなに開けているじゃない!」
 アティナルは両手で周囲を示しながら言った。
 泉の周りには、放射状に灰白色の地面が広がっている。熱のためなのか、泉の水のためなのか、全く植物が生えていなかった。
「まぁ、今回は、有名な泉だから見せとこうかと……」
 ラスカがぼそりと言う。アティナルは頬を膨らませた。
「いや、最初に聞いたときから疑問に思ってたんだけどな」
 ラスカはそこで言葉を切ると、自分のあごをひと撫でして言葉を続けた。
「その、探している泉には、『森の中』っていう他に、何か目印みたいなものがあるんだろ?」
「目印?」
 アティナルは首を傾げた。金色の髪が波打ちながら肩から滑り落ちる。
「目印みたいなものがあるから、見分けられるんじゃないのか?」
 ラスカの青灰色の瞳にじっと見つめられて、アティナルは眉を寄せた。
「泉なんてあちこちに山ほどあるんだ。それなのに、こっちに見分け方も教えないでて案内してくれったって、そりゃあ無理があるぜ」
 ラスカがたたみかけるように言う。
(……そうかもしれない)
 アティナルは、後ろに置いた自分の荷物をたぐり寄せた。
「ええと、泉の色は、青緑色で……」
 そう言いながらアティナルは、ごそごそと袋の中を探る。大きな薄い本を見つけると、大事そうに取り出した。
「ん?」
 ラスカは険しい表情で、まじまじと本を見つめる。
「あらぁあ、その本はぁ……」
 エレナが悪戯っぽく瞳を輝かせて、アティナルを見つめた。
(……そういえば、兄さまに「子供向けの本」って言われたんだった)
 アティナルは頬を赤らめると、上目づかいにラスカとエレナを見比べた。
「まさか、この絵の泉を探してるんじゃないだろうな?」
 ラスカが強い調子で、念を押すように訊く。
「ええ。この泉を探しているの」
 アティナルの消え入りそうな返事を聞いて、ラスカはいきなり立ち上がった。
「やめだ、やめ。絵の泉を探そうなんてバカにはつきあってらんねぇぜ」
 そう叫ぶと、くるりと二人に背中を向けて、大股に歩き出す。アティナルはあわてて立ち上がった。
「どこ行くのよ!」
 ラスカは立ち止まって顔だけを二人に向けると、口を開いた。
「どこだっていいだろ。とにかく、あんたらに泉を案内するなんていうバカげた仕事はごめんだぜ」
 アティナルは両手を握りしめて叫んだ。
「違うわよ! 私が探しているのは、ただの泉じゃないもの!」
 再び背中を向けて歩き出したラスカに、アティナルは思いっきり叫んだ。
「『神のかけら』がある泉よ!」
 ラスカの肩がぴくりと動く。
 足を止めたラスカは、黒髪を揺らして振り向いた。目を丸くして、つぶやくように訊く。
「……伝説の『神のかけら』が、泉に?」
 アティナルがこっくりと頷くと、ラスカはゆっくりと二人の方へ戻りはじめた。

 (続)    

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