虹の冠  第16話(08.Jan.2002 UP)

Next     

 薄暗い通路を通り抜けると、青いタイルで飾られた中庭に出た。中庭を取り囲む柱は真っ白に塗られ、黄金製のつる植物 飾りが縁どっている。
 ラスカは中庭に入るなり、ため息を漏らした。
「すげーなぁ……」
 エレナがゆっくりと応じる。
「ずいぶんとぉ、新しい建物みたいですねぇ」
 アティナルは眉を寄せて、エレナに囁いた。
「ねえ、昨日はあんなにお客さんが並んでいたわよね。どうして私たちを、こんなにあっさりと中に入れてくれたのかしら?」
 エレナはわざとらしく瞬きを繰り返すと、微笑んだ。
「さあぁ。どうしてでしょうぉかぁ」
 アティナルは唇を尖らせてつぶやいた。
「なんか、あやしいのよね」
 エレナはにっこりと笑うと、濃紺のスカートを指でつまんで軽く持ち上げて、床のタイルを蹴った。くるりとスカートが翻って、白いペチコートが覗く。
「なあに、エレナ。それは、どういう意味?」
「意味なんてぇ、ないですぅ」
「もう、変なの!」
 ラスカが唖然とした顔で見ている中、アティナルとエレナは大声で笑った。
 扉の開く音が、中庭に鳴り響いた。
 アティナルとエレナは笑うのをぴたりと止めて、回廊の奥の扉がゆっくりと開くのを見つめていた。
 がっちりとした体格の、三十歳くらいの男が現れた。黒地に赤や黄色の派手な模様の服を着て、腰に獣皮を巻きつけ、真っ黒な口ひげを生やしている。黄金の耳飾りと首飾りが重そうだった。
 すぐ後ろから二人の弟子が現れて、男の両脇を固めるように立つ。
「ようこそ、遠くからの客人よ。私が呪術師トゥパクだ」
 男はアティナルたち一行をゆっくりと見回しながら名乗った。
(……これで呪術師?)
 アティナルは首を傾げた。派手な服装がどこかうそ臭く感じられたし、高名で人気のある呪術師ならもっと年寄りだと思っていたのだ。
 トゥパクは、大仰に両腕を広げると、細い目をますます細めて言った。
「そなたたち白き肌の者が今日ここへ来ることは、精霊の教えで判っていた。さて、どんな御用かな」
 アティナルは胡散臭いものを見るように、青緑の瞳で呪術師を睨んだ。
(来ることが判るなら、用件までちゃんと精霊に訊いておけばよかったのに)
 アティナルの隣りにいたエレナは、一歩前へ進み出て口を開いた。
「私たちはぁ、『神のかけら』を探しているんですぅ」
 トゥパクの細い目が、ギラリと光った。控えている二人の弟子へ、素早く血走った目を走らせる。
「『神のかけら』とな……。そうだろう、再び来るだろうと思っておったぞ。この、盗人どもが!!」
 トゥパクが怒鳴るのと同時に、二人の弟子が駆け出して、退路を塞ぐようにアティナル達の後ろに立った。
「おい、おい、どうなってんだ」
 ラスカが困惑したように、辺りを見まわす。アティナルはラスカの側に身を寄せながら、つぶやいた。
「エレナったら、なにをしたの?」
「私の方がぁ、訊きたいくらいですわぁ」
 エレナはのんびりと言いながら、素早く腰の剣に手を添えた。
 トゥパクは早口でまくし立てた。
「お前たち、白い肌の者のやり口は判っているぞ! 貧乏そうな身なりで変装したつもりであろうが、そんなことでこの私を騙せたと思っているなら、大間違いだ。中へ入るために銀貨を握らせる手口など、前とすっかり同じではないか」
「いつの間に!」
 アティナルは思わず叫んでいた。
「……銀貨の無駄遣いだぜ」
 ラスカが小声でぼやく。
「ほんとにそうよね」
 アティナルがひそひそと答える。
 トゥパクは、唾を飛ばしながら怒鳴り続けた。
「前と違う呪術師の元へ来たと思って安心していたのだろうがな、お前たちの一味が大事な書物を盗んだことは、エチセリア中の術師に知れておる。人の目は騙せても、精霊は騙せんぞ! 」
 アティナルはため息をつくと、叫んだ。
「肌の色だけで一緒にしないでほしいわ!」
 トゥパクの片眉が跳ね上がる。それまで黙っていた弟子の一人が叫んだ。
「白い肌の連中が、そう何人も『神のかけら』を探しているもんか!」
「そうだ。奴らは俺たちの神や精霊のことを信じていないどころか馬鹿にしている!」
 もう一人も、ここぞとばかりに怒鳴る。
(盗まれたのは『神のかけら』の書物……)
 アティナルは信じられないというように、目を大きく見開いた。
「ベリオ家が、どうして『神のかけら』を探しているの?」
 アティナルのつぶやきは、中庭に大きく響いた。トゥパクが口ひげを震わせて言った。
「奴は確かに、ベリオ家のマルティと名乗っていた」
 そこで言葉を切ると、トゥパクはニヤリと口を歪めて笑った。
 アティナルはあわてて、口を塞いだ。
(よけいなこと言っちゃった……)
「お前たちのことは捕まえて、じっくりと調べさせてもらうぞ。お前たちのことも、真の目的も、もちろん、書物のありかもな」
 トゥパクは、いやらしい目つきでアティナルとエレナを舐めるように見つめた。アティナルは汚らわしさに鳥肌を立てると、ラスカの陰に隠れるように身を寄せた。
「それはぁ、困りますわぁ」
 エレナはゆっくりと言いながら、すらりと二振りの小剣を鞘から抜くと、一呼吸でトゥパクの喉元へ剣を突きつけた。首元で剣が交差して、二つの刃に太い首が挟みこまれる格好だ。
 トゥパクは身体をびくつかせると、信じられないものを見るように、首元を見つめた。
「あなた方もぉ、この呪術師を殺されたくなかったらぁ、動かない方がいいですぅ」
 エレナはぴたりと剣を当てたまま、二人の弟子を睨んだ。
「逃げるぞ!」
 ラスカは小声で囁くと、アティナルの腕を取った。
 アティナルとラスカは、薄暗い通路を駆け抜けて建物の外へ出た。
 先ほどアティナルたちを中へ入れた若者が、声高に並んでいる旅人たちへ説明している。
(エレナは?)
 アティナルが振り向いたちょうどその時、エレナが悠々と外へ出てきた。剣は既に鞘に戻している。
「いいですかぁ? 急に走ると目立ちますからぁ、あの角まで歩いてくださいぃ。それから、走りますよぉ」
 アティナルとラスカは頷いて、エレナの言うとおりにした。


「あんな人が高名な呪術師だなんて、エチセリアもたいしたことないわね」
 アティナルは両手を青空に突き出して、大きく伸びをしながらつぶやいた。町の人に聞きとがめられたら諍いになりそうな台詞だ。
「ま、金持ちを相手にしている連中は、あんなもんだろ」
 ラスカがぼさぼさの頭をかきわけながら淡々と言う。
「……ベリオ家がぁ、盗みをしたなんてぇ、ほんっとうにぃ驚きましたぁ」
 エレナはすばやく周囲に目を走らせながら、のんびりと言った。
 三人は北東の外れに向かって街路を歩いていた。エチセリアに到着した時に出会った呪術師の老人を訪ねるつもりなのだ。
 トゥパクは最初から追う気がなかったのか、館を出たときから追っ手の姿は見えない。
「どんなに金を積もうとも、世の中にゃ、手に入らないモノがある〜」
 ラスカが節をつけて、歌うように言った。
「なあに、それ。変なの」
 アティナルはお腹を抱えて、クスクスと笑った。金色の後れ毛が、アティナルの動きにあわせてふわふわと揺れる。
 東に向かうにつれて、道行く人々がまばらになってきた。どの家も、家の周りを囲むように植物を植えている。
 エレナが首を傾げて訊いた。
「どの家か判りますぅ? どの家もぉ、同じように見えますけどぉ」
「う〜ん」
 ラスカが腕を組んで考えこむ。
「確か……、ぎざぎざな葉っぱの植物が生えていたわ」
 アティナルは人差し指をおでこに当てて、思い出しながら言った。
「ぎざぎざの葉っぱなんてぇ、どこにもありますぅ」
 エレナは悲鳴のように言った。
「おい。見ろよ、あれ!」
 ラスカが上ずった声で叫んだ。ラスカの目線を追ったアティナルとエレナは、揃って大声を出した。
「うそっ!」
「まぁあ!」
 簡素な石壁の家の前に密生している、ぎざぎざの大きな葉の植物。中でも一番太い茎の植物には、エンジ色の毛糸の帽子が被せてある。
 老人と会った後に風で吹き飛ばされた、アティナルの帽子だ。
「すげえなぁ」
 ラスカがため息混じりに言う。アティナルは弾かれたように帽子に向かって駆け出した。
(……急がなきゃ)
 理由はわからないけれど、アティナルは急がなければいけないような気がしていた。
「おおい!」
「アティ様ぁ!」
 あわててラスカとエレナが後を追う。
 三人は息を切らせて、玄関へたどり着いた。
 アティナルが扉に手を伸ばしたとたんに、低い音を立てて扉が開いた。
 中から現れたのは、銀色の長い髪を一つに束ねた白い肌の少年だった。アティナルと同じくらいの背丈で、麻色のだぶだぶの服を着ている。
 アティナルは少年の顔を見て、息を呑んだ。
「あなたは……」
 首から下げているエメラルド球と、切れ長な紫の瞳に見覚えがあった。
 少年はアティナルを見ると、あからさまに顔をしかめた。
「おまえ、なぜ来た? 警告したはずだぞ!」
 アティナルは、一昨日の雨の夜の言葉を思い出して、口をつぐんだ。
『エチセリアへは行くな。お前らのような白い肌の人間が行くところじゃない。悪いことが起きるぞ』
 少年は入り口に立ちはだかったまま、立ち去れというように両手を振った。
「だいたい、なぜ、ここへ来た? 他にも呪術師はたくさんいるだろうに」
 アティナルは精一杯背筋を伸ばして、少年を見下ろすように睨みながら言った。
「あなたは呪術師の弟子? だったら、ここにいる呪術師のおじいさんを呼んできてくれないかしら」
 少年は頬を朱に染めて叫んだ。
「弟子じゃない。俺ももう、精霊に認められた呪術師だ!」
 アティナルの後ろで、エレナが息を呑んだ。

 (続)    

Back         TOP         NEXT