虹の冠  第17話(14.Jan.2002 UP)

Next     

「嘘だろ」
 ラスカは呟くように言って、ぼさぼさの頭をかいた。少年は鋭い紫色の瞳でラスカを睨む。ラスカはあわてて、手を振りながら口を開いた。
「いや、その、珍しいなと思って……。なあ?」
 ラスカは同意を求めるように、隣のエレナを見た。エレナは蒼白な顔で、信じられないものを見るように、まじまじと少年を見つめている。
 アティナルは眉を寄せて、後ろにいる二人を振り返った。
「二人ともどうしたの?」
 少年がすかさず吐き捨てるように言う。
「俺が白い肌だから、呪術師なはずがないと思ってるんだろ!」
「いや。別に、俺はそういうつもりじゃ……」
 ラスカはもごもごと語尾を濁した。エレナは瞬きもせずに少年を見つめながら、口を開いた。
「あなたにはぁ、本当にぃ精霊とやらが見えるんですかぁ?」
 少年はわなわなと肩を震わせて怒鳴った。
「帰れ! お前ら、俺を馬鹿にしに来たのか!?」
 少年の顔は怒りのために紅く染まり、切れ長な目はつり上がり、束ねた銀の髪が背中で飛び跳ねた。アティナルはあわてて叫んだ。
「違うわ。私たち、呪術師の『プアペロタ』に呼ばれたのよ!」
 少年はカッと目を見開いて、アティナルを射抜くように見つめた。
「……まさか」
 少年が呟いたとたんに、どこからともなく風が吹いて、ぎざぎざの葉が大きく揺れた。辺りに、頭の芯がしびれるような、甘い不思議な香りが漂う。
 少年は横目で、揺れているぎざぎざの葉を見つめた。ごくりとつばを飲みこんで、かすれ声でささやく。
「なぜ……?」
「ねえ、早く呪術師を呼んで!」
(ぐずぐずしていられないわ。……急がなきゃ)
 アティナルは再び、急がなければならない気持ちでいっぱいになった。
「早く!」
 少年は眉間にしわを寄せると、銀髪を揺らして家の中を振り返った。
「どうしたのよ」
 アティナルがじりじりと戸口の少年ににじり寄る。少年は困ったようにアティナルを見つめると、意を決したように口を開いた。
「ここには、『プアペロタ』という名の呪術師はいない」
 アティナルは青緑の瞳で、穴の開くほど少年の顔を見つめた。
「どうして? だって、私たちは、ここに呼ばれたのよ!」
 少年は、ぎざぎざの葉を示しながら言った。
「……『プアペロタ』は、この、『力ある予言』の植物の名だ」
「どういうこと?」
 少年は目を細めると、まるで何かを読み上げるように淡々と言った。
「力のある植物には、強い精霊が宿る。『プアペロタ』が呪術師の姿で現れて名乗ったのならば、お前たちは精霊に選ばれた……」
「まさか」
 ラスカがかすれ声で言う。エレナは短い悲鳴のような音を立てて息を吸いこんだ。
(……精霊に選ばれた?)
 アティナルは昨日の老人の姿を思い浮かべた。
 茜色の空の下に現れた、白い布を身にまとった老人。黒い瞳が鋭い光を放っていた。
 少年はぎざぎざの葉の植物――プアペロタ――を、ちらりと見つめた。葉に引っかかっているエンジ色の帽子に気づいて、手に取った。
「これは……?」
 少年の声に我に返ったアティナルは、あわてて言った。
「それ、私の帽子!」
 少年は戸惑ったように眉を寄せて、帽子をアティナルへ手渡した。ふわりと甘い香りが、帽子から匂いたつ。
(あの時の香りは、この植物の香りだったのね)
 アティナルはぎざぎざの葉を、じっと見つめた。あの老人が精霊だったと言われても、少しも実感がわかない。
 少年は戸を大きく開いて、手で支えながら言った。
「今回のことは、俺には判断できない。中に師匠がいるから、入ってくれ」
 アティナルたちは互いに顔を見合わせると、黙りこくったまま家の中へ入った。


 戸をくぐると、木製のテーブルが一つ置いてあるだけの狭い部屋だった。テーブルの上には、植物の根や黄色い粉末入りの乳鉢、コカの葉が無造作に置いてある。壁からは、束ねた植物がびっしりと吊り下げられて乾されていた。
 アティナルたちが部屋の中を見回していると、少年は口を開いた。
「師匠は足が悪くて……。ここで少し待っていてくれ」
「わしなら大丈夫だ」
 隣室から低い落ち着いた声が響いた。
「師匠?」
 少年は急いで、隣室への入り口へ駆け寄った。
「わしは大丈夫だ。お前は急いで、旅の準備をなさい」
 声と共に、背の高い老呪術師が足を引きずるようにしながら現れた。真っ白な衣装を纏い、首から黄水晶の結晶をぶら下げている。つやのない褐色の肌の中で、黒い瞳が光って見えた。
「お客人がた、よく来てくださった」
 老呪術師はそう言って、目を細めて笑顔を浮かべた。
「あんたが、昨日の……プアペロタか?」
 ラスカがまじまじと老人を見つめながら訊いた。
「違うわ」
 アティナルはとっさに、呟いていた。
(服装も瞳も似ているけれど、声がぜんぜん違う)
 ラスカが驚いたように目を見開いて、アティナルを見つめた。
「さよう。わしはこのとおり、足が悪くてとても町の入り口までなど行けぬ身ですからな」
 老呪術師はそう言って、アティナルに向かってにっこりと微笑んだ。
「それじゃあ、あれは本当に精霊だったのか?」
 ラスカの呟きに、老呪術師は目を細めて答えた。
「それは難しい問いですな。わしは確かに、精霊にお客人がたへの伝言を頼みました。だが、精霊がお客人がたの前へどのような姿を現したのか目にしておらぬので」
 アティナルは老呪術師が答えるのを見つめながら、うなずいていた。
(ほら。このおじいさんと『プアペロタ』とは、雰囲気がぜんぜん違うわ)
 老呪術師はアティナルの横でぼんやりとしている少年に目をとめると、急に声を荒げた。
「レフィコ! 旅の準備をするようにと言ったはずだぞ」
 少年は体をビクつかせると、目を丸くした。
「師匠。どういうことです?」
「お前は、お客人がたと一緒に、すぐにこの町を出なければならぬ」
 レフィコは眉を寄せて、老呪術師を睨むように見つめながら言った。
「できません。歩けない師匠を置いて行くなど」
 老呪術師は顔をしかめた。
「この通り、わしは自分で歩いておる。身の回りのことも充分できるし、独りでも別段困らぬぞ」
 レフィコは眉間にしわを寄せた。
「師匠の足には羽毛草の軟膏が必要です。でもポステの上の斜面にしか生えない羽毛草をどうやって手に入れるつもりですか?」
「大丈夫じゃよ。ここのところ、お前が毎日採りに言ってくれたおかげでな。羽毛草も軟膏も、まだまだたっぷりある」
 老呪術師の返事を聞いて、レフィコの顔から血の気が引いた。
(あのときも、羽毛草とやらを採りに行っていたのね)
 アティナルは、ポステでレフィコと出会ったときのことを思い浮かべた。
(それにしても、あの時言っていた悪いことって、何のこと?)
 レフィコはわなわなと肩を震わせながら、口を開いた。
「師匠は、ずっと前から私を旅立たせるつもりで……」
「さよう。準備をしておった」
 老呪術師は頷くと、続けた。
「このままエチセリアにいたのでは、お前の力は生きない。そして、こちらのお客人がたには、お前が必要じゃ」
 レフィコは顔をあげると、アティナルたちを睨んだ。
「いずれ、お前にも、お客人がたの力が必要になる時が来る。さあ、急いで準備を」
 レフィコは老呪術師の言葉に頷くと、大またに部屋を出て行った。
「あらあぁ……」
 それまでずっと黙っていたエレナが、急に声をあげた。
「大事なことをぉ、すうっかり忘れてましたぁ!」
「なんだ?」
「大事なことって、なによ」
 ラスカとアティナルが同時に言う。エレナはいつもの微笑を浮かべながら、のんびりと言った。
「……『神のかけら』ですぅ。エチセリアにはぁ、そのために来たはずですぅ」
 アティナルはラスカと顔を見合わせた。
「そういえば……」
「そうだったわね」
 エレナがニコニコしながら言った。
「アティ様ったらぁ、忘れたらだめですぅ」
 アティナルはあわてて、老呪術師を見つめた。
「あの……」
 気持ちばかりが焦って、うまく言葉にならない。なぜだか判らないけれど、アティナルは「神のかけら」について尋ねている場合ではないような気がしていた。
 老呪術師はそんなアティナルの気持ちを察したのか、微笑を浮かべて言った。
「わしは若いころ、各地を歩いて『神のかけら』に関する様々な言い伝えを集めておった」
「まぁあ!」
 エレナが大げさに驚きの声をあげた。その声は、なぜかアティナルをイライラさせた。
「わしは集めた言い伝えを書きとめておいたのだが、今は残念ながら手元にない」
 アティナルはトゥパクの館で訊いた名前を思い出した。
「マルティ・ベリオが盗んだのね!」
「ほう。その名を知っているのなら、ますます急がねばならぬな」
 老呪術師は目の光を強めると、隣室へ顔を向けた。
「レフィコ! まだか?」
 声に反応するように、布袋を背負ったレフィコが隣室から出てきた。黒い山高帽を目深にかぶって銀色の髪を隠している。
 老呪術師は急き立てるように言った。
「よし。では、急いで出発するがいい」
 レフィコは顔をあげて、老呪術師の顔をまっすぐに見つめた。紫色の瞳が揺れている。
「師匠……」
 レフィコは声を詰まらせて、うつむいた。老呪術師は柔らかい光を宿す不思議な瞳でレフィコを見つめながら、口を開いた。
「力ある呪術師になったお前と再び会える日を、楽しみにしておるぞ」
 レフィコははっとして、老呪術師を見上げた。ためらいがちに口を開いて、ようやくレフィコは声を出した。
「はい。……必ず」
 老呪術師は微笑むと、アティナルたち一行を一人一人見つめながら言った。
「さて、お客人がた。『神のかけら』については、レフィコに訊いてくだされ。時間がないのでな、どうか頼みますぞ」
「おう」
 ラスカは短く答えると、率先して外へ出た。レフィコが続いて外へ出る。
 アティナルはとっさに自分の背負い袋を広げた。何か老呪術師にお礼を渡したいと思ったのだ。だが、銀貨はすべてエレ ナが持っている。それに、なんだかお金は老呪術師にふさわしくないような気がした。
 アティナルの袋から出てきたのは、小さめのほら貝一つ。
(これしかないわ……)
 アティナルは頬を赤らめて、ほら貝を老呪術師へ差し出した。
「これ。どうぞ、さしあげます」
 老呪術師はほら貝を受け取ると、目を細めてしげしげと見つめた。
「これは、これは。珍しいものを」
 アティナルはドキドキしながら、老呪術師の顔を見つめた。
(どうしよう。海で採れるものだから、珍しすぎたかもしれないわ)
 老呪術師は笑顔を浮かべて言った。
「ありがとう、強いお嬢さん。プアペロタに選ばれし『小さな種子』よ。あなたにいつもいい風が吹くように、見守っておりますぞ」
 アティナルははっとして、老呪術師をみつめた。黒い瞳に、何もかも見抜かれているような気がした。
「……ありがとう。おじいさんもお元気で」
 アティナルはエレナに促されるようにして外へ出た。

 (続)    

Back         TOP         NEXT