虹の冠  第18話(03.Feb.2002 UP)

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 二階建ての家が並ぶ四つ角で、アティナルが悲鳴のような声をあげた。
「ここを通るの、これで三回目よ!」
 老呪術師の家を出た一行は、エチセリアの南側にある、街道に通じる石積みの切れ目――俗称「南門」――を目指していた。
 案内役のレフィコは黙ったまま、すたすたと西へ歩いて行く。三人は顔を見あわせると、あわてて後を追った。
 北へ行くと、老呪術師の家へ戻ることになる。南の道は、荷馬車がひっくり返って道中にコカの葉が散らばり、通り抜けられなかった。引き返してきて東へ曲ると、奥で石壁が崩れていた。
 西の道は複雑に曲がりくねりながら、一本道で続いている。
(今度こそ通り抜けられそうね)
 アティナルがそう思った途端、道の先に信じられない光景が広がっていた。
 道幅いっぱいに広げられた、赤や黄色、青の織物。老婆が次々と外へ運び出して、飛び越えられないほど幅広く、びっちりと敷き詰めている。
 老婆は、突っ立っているアティナルたちに気づくと怒声をあげた。
「他の道を通っとくれ!」
 レフィコは舌打ちをすると、踵を返した。ラスカはやれやれというように、肩をすくめてぼやいた。
「ついてねぇ」
 アティナルたちは仕方がなく、引き返した。
「もう、さっきからなんなの?」
 アティナルが頬を赤くしながら叫んだ。
「大きな道を通ったほうがあ、いいのかもしれません〜〜」
 エレナがのんびりと言う。ラスカがぼりぼりと頭をかきながら応じた。
「そうだな。旅人が大勢集まる場所だったら、天日干しなんてできないだろうし……」
 先頭を歩くレフィコがぼそりと言う。
「わかった。広い道だな」
 エレナの隣を歩きながら、アティナルはそわそわと辺りを見まわした。さっきから誰かに見られているような気がしてならない。
(なんか、変……)
 ふと気になって、アティナルは立ち止まって後ろを向いた。
(あれ?)
 道の先がぼんやりとした白い光に満ちている。その光の中に、黒い人影が立っているのが見えた。
(さっきのお婆さん……?)
 アティナルはパチパチと目を瞬いた。黒い影は、身じろぎ一つせずに、同じ姿勢で立っている。
 アティナルはなぜか目が離せずに、じっと人影を見つめていた。
「アティ様ぁあ、置いていきますよお!」
 エレナの声に、アティナルは身体を震わせて振り向いた。道の先の角で、エレナたちが待っている。アティナルはほっとすると、急いで駆け寄った。
「ん、どうした? 顔色が悪いぞ」
 ラスカが心配そうにアティナルの顔を覗きこむ。アティナルは頬を赤らめると、あわてて手を振りまわした。
「な、なんでもないわよ」
「急ぐぞ」
 レフィコがさっさと歩き出した。アティナルは角を曲るときに、恐る恐る振り向いた。けれど、もう、光も、人影も見えなかった。


 再び四つ角まで戻ると、エレナがのんびりと言った。
「これでもう、ここを通るのはぁ、四度目ですぅ」
「もう、葉っぱは片付いているよな」
 ラスカはため息混じりに言うと、先に立って角を南へ曲った。
 アティナルは落ち着きなく辺りを見まわした。
(なんか、変……)
 アティナルが振り向くと、すぐ横の石壁の隙間から、大きな茶色いネズミが顔を覗かせていた。アティナルが見ていると、ネズミはあわてたように隙間の奥へひっこんだ。
(嫌な感じ)
 アティナルがぶるぶると身体を震わせると、ふっと耳元に声が響いた。
「誰かが邪魔をしている」
「え?」
 アティナルが驚いて振り向くと、固く口を閉じて前方を見据えているレフィコの横顔が見えた。
 コカの葉が散らばっていた場所を無事に通り抜けると、道は広い街路に突き当たった。眩しい光が照りつける中を、たくさんの人々が列を作って、立派な造りの家の前に並んでいる。
 アティナルは顔をしかめた。
(トゥパクの館があるわ)
「言ってたとおりの広い道、『呪術師通り』だ」
 口を歪めてレフィコが言う。
「ここを通るしかないのね」
 アティナルはごくりと喉を鳴らした。
「急いでぇ、通り抜けちゃいましょおぉ!」
 エレナが首を傾げて、のんびりと言った。
「だな。ぐずぐずしてて見つかっちまったら面倒だぜ」
 ラスカは言いながら、歩き出した。すぐに三人が続く。
 トゥパクの館では、中で儀式でもしているのか、小太鼓の音が一定のリズムで響いてきた。
 無事に「呪術師通り」を通り抜けると、足早に歩きながらレフィコが訊いた。
「何かに追われているのか?」
 アティナルは声を潜めて囁いた。
「たぶん、トゥパク」
 レフィコは舌打ちすると、足を早めた。アティナルは必死にレフィコの歩みにあわせながら、光に包まれた人影を思い浮べた。
「あのトゥパクに、あんな力があるのかしら」
 レフィコは顔をあげて、ちらりと覗く紫の瞳でアティナルを見ると、再び前を向いてぼそりと言った。
「師匠が前に仰っていた。トゥパクは、恐ろしいほど力の強い呪術師だ、と」
 アティナルは思わず、大きな声で叫んでいた。
「うそ!」
 何事かと、ラスカが立ち止まって振り向く。レフィコはちらりと辺りを一瞥すると、ひそひそ声で続けた。
「奴には、『銀貨』という名の精霊がついている」
「銀貨だってぇ!?」
 ラスカが裏返ったような声をあげた。
「なあんだ。そういうことね」
 アティナルはほっとして、微笑を浮かべた。
(きっとお金の力で、他の人を従わせているのね)
 ラスカは眉を寄せて、訊いた。
「なあ、銀貨にも精霊がいるってのか?」
 レフィコは山高帽の下からちらりとラスカを見上げると、淡々と言った。
「世の中の全ての事物が、精霊の仮の姿であり、精霊の教えである」
 呆気にとられるラスカを残して、レフィコが先頭にたつ。アティナルとエレナにも置いて行かれて、最後に残ったラスカは首を傾げた。
「はあ……?」


 急に先頭を歩くレフィコが立ち止まった。憎悪を滲ませて、前方を鋭くにらんでいる。
 南門を背に、五人の男たちが道を塞ぐように立ちはだかっていた。
 爬虫類のような気持ち悪い目をした男は、真っ赤な舌を出してこちらを威嚇している大きな蛇を従えている。赤毛の大男は、森の呪術師がよくするように、顔中に紫の染料で模様を描いている。
 頭から爪先までを黒い布で覆い隠し、暗い目元だけを覗かせている男。ボサボサの茶色い頭に茶色い毛皮の服を来た、どこかネズミを思わせる小男。
 そして、中央に立っているのは、獣皮を腰に巻きつけて、いやらしい笑みを浮かべている口ひげを生やした男……。
「トゥパク!」
 アティナルは大声で叫んでいた。
 トゥパクは血走った目でアティナルたちを見ると、狂ったような笑い声をあげた。
「ちっ。妖術師どもだ」
 レフィコが身構えながら、ぼそりと言う。
「よ、妖術師〜〜」
 ラスカは顔を引きつらせて、じりじりと後ろに下がった。
「来るとわかっていたぞ。お前たちが一緒に来ると、この私にはわかっていたとも!」
 トゥパクは一歩前へ出ると、レフィコを指さしながらわめいた。
「やはり、お前が、あの書物の盗みに関わっていたわけだ。呪術師の裏切り者が!」
 レフィコは前に出ると、き然とトゥパクをにらみつけながら言った。
「何の話だ?」
「とぼけても無駄だ。お前がその白い連中と通じているのは、この私には前々からわかっておったぞ!」
 トゥパクが顎を上げて、アティナルたちを見下したように言う。トゥパクの横の大男が目を吊り上げて怒鳴った。
「だから、俺は、こんな白いガキなんぞを置いとくのが嫌だったんだ!」
 トゥパクがニヤニヤ笑いながら続ける。
「白い奴らは盗人どもだからな。それなのに、あのもうろく爺めが、呪術まで教え……」
 レフィコはトゥパクの言葉を遮って叫んだ。
「貴様ら、師匠を侮辱するな!」
「そうよ!」
(それに、白い肌だからって、盗人じゃないわよ!)
 アティナルは肩を怒らせて、前へ飛び出ようとした。が、後ろからぐいっと腕をつかまれて、足は虚しく空を蹴った。
「放してよ!」
「静かに」
 ラスカが声を押し殺して言う。
「あの二人に任せておけよ」
 アティナルは足をばたつかせるのを止めて、息を呑んでトゥパクたちを見つめた。
 いつの間にか、エレナがレフィコの横に並んでいた。トゥパクらを見据えたまま、素早く腰の剣に手を当てる。
 トゥパクはエレナを見ると、ニヤニヤ笑いを引っこめて、あわてて大男の陰に身を隠した。
 エレナがすり足のような足取りで、すっと間合いを詰めていくと、男たちはじりじりと左右に避けて道を開けた。
「よし、行こう」
 ラスカに促されて、アティナルは腕をつかまれたまま歩いて行った。大蛇の横を通るときには怖くて、ラスカにぴったりと身体を寄せた。二人の後ろを、レフィコが慎重に妖術師たちをにらみながらついていく。
 アティナルたちは、何事もなくトゥパクたちの間を通り抜けた。
「なんだ、あいつら。ずい分あっさり通したな」
 ラスカはアティナルの腕を離して、首をひねりながら言った。アティナルが頷きながら言う。
「あの人たちよりもエレナのほうが、呪術師みたいだったわ。あの人たち、エレナが近づいて行っただけで、簡単に道を開けたでしょう?」
 エレナは驚いたように目を瞬くと、口を開いた。
「私はぁ、ただぁ、あのトゥパクさんに剣でも突きつけようかと思ったんですけどぉ、怯えてらしたみたいでぇ……」
「エレナが怖かったのよね、きっと」
 アティナルはクスクスと笑いながら言った。エレナは首を傾げた。
「アティ様ぁ。私ぃ、そんなに怖い顔してますかぁ?」
「うううん。今は怖くないわよ」
 アティナルの答えに、エレナは軽く眉を寄せた。
「あらぁ。『今は』ですかぁ?」
「え〜と……」
 アティナルは首をすくめると、南門に向かって駆け出した。
「アティ様!」
 エレナがすぐに後を追う。
「おい、待てよ!」
 ラスカとレフィコが後に続く。
「おい、変だぞ!」
 レフィコの叫び声に、三人は立ち止まった。レフィコが続ける。
「なぜ、南門があんなに遠い?」
 アティナルは目を見開いて、前を見つめた。すぐ目の前にあるはずの南門が、ずっと遠くにかすんで見えている。
 アティナルはあわてて後ろを向いた。トゥパクたちの姿が、後ろに影のように見えていた。
「どういうこと?」
 アティナルはわけがわからなくなって、天を仰いだ。雲ひとつない青空が広がっている。
 ふと、どこからともなく低い小太鼓の音が響いてきた。
 アティナルは、トゥパクの館から聞こえていたリズムを思い出して、顔をしかめた。
(同じ音だわ)
「くそっ。呪術なのか?」
 ラスカがため息混じりに言う。
 レフィコは、門をにらむように見つめながら言った。
「門から離れるように歩けば、近づけるのかもしれない」
 アティナルたちは、今度は南門に背を向けて歩いてみた。すると、すぐに、ニヤニヤ笑いを浮かべたトゥパクたちの顔が近づいた。
 アティナルは眉を寄せて、後ろを振り返った。南門は、先程よりもずっと近く、すぐ目の前だ。門の左右に広がる石積みも、その向こうの森も、木の形がわかるほどはっきりと見える。
「今度はうまくいくわ!」
 アティナルはエレナに囁くように言うと、踵を返して南門の石積みに手を伸ばした。

 (続)    

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