虹の冠  第26話(26.May.2002 UP)

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 一行は、身支度を整えて、石切り場を出た。
 しばらく歩いて行くと、急に視界が開けた。ずっと左手側に立ちはだかっていた、対岸の崖が見えなくなり、代わりに、地平線まで続くかのような深い森が、海原のように広がっている。
 アティナルたちは一列に並んで、なだらかな斜面を下る狭い道を歩いていた。先頭を歩くのは、道案内役のレフィコ。続いてラスカ、アティナル、エレナの順だ。
 ラスカはレフィコにつきまとうようにして、質問を浴びせていた。
「どうやってあの大男を取り押さえたんだ?」
「そういえば、母なる腕って何だ?」
 レフィコは振り向きもせずに、一定の速度で歩いていく。それでもめげずにラスカは、石切り場を出てからずっと質問を続けていた。
「妖術師になる場合も、やっぱり厳しい修行するもんかな」
 レフィコの返事はない。
(もう、訊くのをやめればいいのに)
 アティナルはラスカの後ろをとぼとぼと歩きながら、大きくため息をついた。
(『神のかけら』が、もう使われちゃっているのよ。そんなの、のんびり訊いている場合じゃないわよ)
「アティ様ぁ。大丈夫ですかぁ?」
 エレナが後ろから覗きこむようにしながら言う。
「う〜」
 アティナルはため息とも返事ともつかないような声を出して、重い足を前へと進めた。
「疲れましたかぁ?」
 エレナが、更に訊く。アティナルは渋々返事をした。
「大丈夫。まだ歩けるわよ」
 やがて、太陽が黄色い輝きを雲縁に残しながら、沈んだ。
 道の前方が、薄昏の空を溶かしこんだような灰青色に変わった。
 這い広がる灰緑のつるに、煙る青色の小さな花が、辺り一面を埋め尽くすように咲いている。花びらは五枚。花芯が淡い黄色で、まるで一面に星を散らしたかのようだ。
 道にまではみ出してうねるつるの間を、レフィコはスタスタと歩いていく。ラスカはつるを避けて大股に歩きながら、質問を続けた。
「あの妖術師が身体に描いてた模様って、どんな意味があるんだろうな?」
「なぁ、呪術戦って、よくあるのか?」
 レフィコがぴたりと立ち止まり、ラスカは思わず前へつんのめりそうになった。レフィコは顔だけを後ろへ向けて、あからさまに迷惑そうな表情を浮かべて口を開いた。
「……人それぞれだろう」
「う〜ん。そりゃ、そうだよなぁ」
 ラスカはぽりぽりと頭をかいて、また口を開いた。
「それじゃあ、呪術戦のときの……」
 レフィコはさっと前を向いて、先に歩き出した。
「じゃあ。じゃあさ、あの妖術師の鳥の羽根はどんな意味があるんだ?」
 レフィコの背中がどんどん小さくなっていく。ラスカはあわてて後を追いはじめた。
(いいかげんに、やめればいいのに!)
 アティナルは眉を寄せて、ラスカの背中を睨んだ。さっきから、レフィコは殆ど質問に答えていない。それなのに、ラスカはいつまでも質問を続けている。
(よく、次々と質問が思い浮かぶものよね)
 アティナルは花畑を見つめた。
(アルパ弾きなのに、こんなにきれいなお花をチラリとも見ないんだから)
「アティ様ぁ。暗くなって来ましたからぁ、足元に気をつけてくださいぃ」
 エレナが後ろからのんびりと言う。
「判っているわよ」
 そう不機嫌に返事をした途端、アティナルの足首が何かにひっかかった。
「きゃっ」
「アティ様ぁ。あぶないですぅ!」
 後ろからエレナが素早く手を伸ばして、アティナルの腰を支えた。
「んもう。なによ、これ」
 アティナルが引っぱってみると、足首にひっかかっていたのは太いつるだった。小さな黒い実がついている。
「もうっ!」
 アティナルは八つ当たりするように、つるを手でひっぱった。
「痛い。やだ、棘があるわ」
「まぁあ。気をつけてくださいぃ。もしぃ、毒があったらぁ、どうするんですかあ?」
 エレナの言葉に、アティナルは首を傾げて言った。
「『もし毒だったら』っていうことは、エレナは毒じゃないって知っているのよね」
 エレナは困ったように眉を寄せて、口を開いた。
「それはぁ、確かにそうですけどぉ。でも……」
 エレナの長いお小言が始まりそうな気配を察して、アティナルはあわてて言った。
「ほら。二人とももう、あんなに先に行っちゃったわよ。急がなくっちゃ」
 薄暗い道の先に、アルパを背負ったラスカの背中が見えていた。レフィコはラスカの陰になっているのか、姿が見えない。
 アティナルはエレナの返事も聞かずに、急ぎ足で歩き出した。ラスカたちも早足で歩いているのか、なかなか差が縮まらない。
 辺りが急速に暗くなる中、アティナルは大きな石を敷いた道に出た。道の両側には、低木や大きな葉を広げた植物が影のように黒々と見えている。
「昔のぉ、街道の跡でしょうかぁ?」
 後ろから、エレナがのんびりと言った。
「でも、こんな場所に?」
 アティナルはそう言って、首を傾げた。
(そうだ。こういうのは、レフィコに訊けばいいのよ)
 アティナルは急に駆け出した。
「危ないですぅ、アティ様ぁ!」
 エレナが叫びながら追いかけてくる。
 アティナルは息を切らしながら、二人に追いついた。ラスカはまだレフィコを質問攻めにしていた。
「……に、あの妖術師と何かあったのか?」
「岩を落としていたのは、妖術だったんだよな? それとも、腕力か?」
(もう、いつまで訊いているのよ)
 アティナルは、質問を止めさせようと思って、後ろからラスカのポンチョの端をつかんだ。
「そういえば、さっき言ってた『詞虫』って……、ぐぇ」
 ラスカが、身体を反らすようにして立ち止まった。
(あっ!)
 アティナルは急いで手を離した。ラスカが振り向いて、自分の首をさすりながら恨めしそうに言う。
「嬢ちゃん。……何するんだよ」
 アティナルはあわてて言った。
「ごめんなさい。その、そんなつもりはなかったのよ」
 ラスカは肩眉を跳ね上げた。アティナルはあわてて、ごまかすように言った。
「ええと、そうそう。私も、あの虫が気になっていたの!」
 レフィコが、服裾をひるがえしながらくるりと振り向いた。
「あれが囁きつづけたおかげで、奴を誘きだすことが出来た」
 レフィコはそこで一旦言葉を切ると、眉間に皺を寄せて続けた。
「奴が鈍くて、思っていたよりも時間がかかってしまったがな」
 ラスカは目を輝かせて、興奮したようにレフィコを見つめている。アティナルは人差し指を顎に当てると、首を傾げて訊いた。
「どうして、あそこで誘いだしたの?」
「奴は、岩場に不利だ」
 レフィコはぶっきらぼうに言って、アティナルたちに背中を向けた。
「質問は、もう終わりにしろ。急ぐぞ」
 レフィコは背を向けたままぴしゃりと言って、歩き出した。


 一行は屋根のない石造りの建物跡の中で、焚き火を囲んでいた。石畳の広い街路を挟んで、低い石組みや、一枚岩の壁が並んでいる。
 レフィコの話では、遥か昔に造りかけのまま放置された街なのだという。どの家も未完成で、ただ立派な街路だけが、街の中を縦横に走っていた。
「ここは、もしかして、あの『彷徨う街』じゃないのか?」
 ラスカが辺りを見回しながら首を傾げた。
「知らない」
 レフィコがそっけなく言う。
「なあに? その『彷徨う街』って」
 アティナルは眠い目をこすりながら、首を傾げた。
 ラスカは壁に立てかけていたアルパを引き寄せると、短い旋律を奏でた。
「その昔。……この地に住まういにしえの民は、財宝と誇りを手に、山を森を湖を彷徨った」
 歌うように言うと、ラスカは再びアルパを爪弾いた。
「ある時は深い森の中に、ある時はいくつも山の頂に、そして、ある時は湖の上にさえ、街を造ったという」
 ラスカは目を閉じて、今度はアルパを弾きながら続けた。
「彼らは決して一箇所に留まることはなく、まるで何かに追われているかのように移動するのだという。その街は、幻。或いは、街そのものが彷徨うのだという」
「街が彷徨うの?」
 アティナルは眠気も飛んで、目を丸く見開いて訊いた。ラスカは手を止めて笑うと、大きく頷いた。
「そういう話だ」
 アティナルは首を傾げて唸った。
「う〜ん。想像できないわ」
「ところでぇ、ここは、どの辺りなんですぅ?」
 エレナが首を傾げて訊いた。レフィコが炎を見つめたまま淡々と言う。
「エチセリアの北方だ」
「それじゃぁ、この先の道はぁ、森へ続いているんですかぁ?」
「いいや。道は二方向に分かれる。一方はエチセリアの東に広がった丘陵を回って、やがて南方へ続く街道へ突き当たる。もう一方はこれから向かう先。北へまっすぐに下り、やがて森の中へ入る」
 レフィコが淡々と説明した。
「まぁあ。それはぁ、ちょうど良かったですぅ!」
 エレナは手を握り合わせて大げさに言うと、にっこりと微笑んで続けた。
「ラスカさん。今までぇ、本当にありがとうございましたぁ。もう、行き先も判ってますしぃ、ラスカさんの帰り道も判りましたからぁ、もういいですわぁ」
 アティナルは呆気にとられて、笑顔を浮かべているエレナを見た。ラスカも目を見開いてエレナを見つめている。
 アティナルはようやく口を開いた。
「な、なにを言い出すのよ、エレナったら」
 エレナは自分の荷物を引き寄せると、中から革袋を取り出した。
「ラスカさんにはぁ、今まで充分にぃ道案内をしてもらいましたしぃ」
 エレナが袋の口を開けると、炎に照らされて銀貨がギラリと光った。ラスカはごくりと唾を飲みこんだ。アティナルはあわてて、銀貨の袋を手で押さえこんだ。
「ねぇ、エレナ。急にどうしたの? ラスカにずいぶん助けてもらったじゃない!」
 エレナは小首を傾げて言った。
「ですからぁ、お礼を渡すんですぅ」
「……そうか、追い返すのか」
 ラスカがぽつりと言った。眉間をぎゅっと寄せて、恨めしそうにエレナとアティナルを見ている。
 アティナルはあわてて手を振り回して言った。
「ち、違うのよ。ラスカ。エレナも、変なこと言わないでよね」
「変なことなんてぇ、言ってませんわぁ」
 エレナが、のんびりと言う。
「せっかく、歌を創れそうなくらい、面白そうなことになってんのにな」
 ラスカはため息混じりに呟いた。アティナルは思わずムッとして叫んだ。
「お、面白そうって……、何よそれ!」
 驚くラスカに向かって、アティナルはまくし立てた。
「大体、ラスカは不真面目なのよ。『神のかけら』はもう、使われちゃっているし、私はすっかり巻きこまれちゃっているのに。自分が関係ないからって……、みんな真剣なのに!」
 ラスカは目を伏せると、アルパを引き寄せて言った。
「そっか。そうだよな。俺が居ても、呪術戦とかが始まったら役に立たないしな」
 ラスカはため息を吐くと、顔をあげて言った。
「それじゃあ、明日の朝一番で出てくから」
 青灰色の瞳にじっと見つめられて、アティナルは思わず叫んだ。
「だめ!」
 ラスカの瞳が揺れた。
  「アティ様ぁ!」
 エレナが咎めるように言う。
「だって! ラスカが歌ってくれなかったら、夜、怖くて眠れないもの」
 アティナルは一気にそう言ってから、頬を赤く染めた。
「……それはぁ、そうですわねぇ」
 エレナがゆっくりと言う。アティナルは耳まで真っ赤になりながら言った。
「そ、そうよ! それに、あともう少しで泉でしょう? 今戻っても、泉まで行っても、きっとあまり変わらないわよ」
「……急げば五日」
 レフィコがぼそりと言う。
「ええ〜! そんなに?」
 アティナルが叫ぶと、レフィコが淡々と言った。
「だから、いつまでも起きていないで、早く身体を休めろ」
「それじゃあ、嬢ちゃんのために、子守唄でも弾きますか」
 ラスカはアティナルに向かって片目を瞑ると、アルパを爪弾きはじめた。

 (続)   

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