虹の冠  第31話(15.Nov.2002 UP)

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 アティナルはごくりと唾を飲みこむと、口を開いた。
「夢を見ているのは、誰なの?」
 レフィコの薄紫色の双眸が、まるで獣のように金色に煌めく。
「それは、お前だ」
「え?」
 アティナルは思わず聞き返していた。
 レフィコはアティナルを見つめながら、重々しく言う。
「お前が、この夢を見ている」
 アティナルは目を大きく見開くと、ぽつりと呟いた。
「私、が?」
 レフィコが重々しく頷く。アティナルは胸に手をあてて、一気に言った。
「だって、私は起きているのに! どうして私が夢見主なの?」
 レフィコは黙ったまま、アティナルを見つめている。アティナルは、以前、目覚めているときにも夢を見ていることを思い出した。
「でも」
 アティナルは眉を寄せて、布でぐるぐる巻きにされた手の平を見つめながら呟いた。
「夢なら、どうして傷が痛むの?」
 レフィコは睨むように、アティナルを見つめたままだ。アティナルはさっと顔をあげて、言葉を続けた。
「それに、私はこんな夢、見ていないわよ。どうして、私が?」
 レフィコはおもむろに口を開いて、ぼそりと言った。
「なぜ、お前なのだろうな」
 アティナルはハッとして、レフィコを見つめた。レフィコは淡々と続けた。
「お前には、夢見の力がある。先ほどの老人を逸らしたのは、お前だ」
 アティナルは急に不安になって、自分の肩を抱いた。レフィコの言葉はまだ続いている。
「だが、それだけで選ばれるとも思えない……」
 アティナルは眉を寄せて訊いた。
「一体、何の話なの? 夢見の力って何?」
「夢を自由に歩み、望むものを手に入れることだ」
 レフィコが淡々と言う。アティナルは首を傾げて、訊いた。
「望むものを自由に取り出せるの?」
「それは違う。夢で手に入れたものを、目覚めて触ることができるか?」
 レフィコの言葉に、アティナルは首を傾げたまま小さく唸った。
「う〜ん。触れないと思う」
「そう。だが、『神のかけら』の夢は違う。様々なものを夢見主の望むままに創り、変えていく」
 レフィコが淡々と言う。
(夢見主の望むままに……)
 アティナルは息苦しさを感じて、自分の胸を押さえた。アティナルは上気した顔をあげて、訊いた。
「それが、『神のかけら』の力? 願いを叶える力なの?」
 レフィコはゆっくりと口を開きかけた。
「まぁあ、アティナル様ぁ。どこへいらしたのかと思っておりましたらぁ、こおんなところにぃ」
 突然の大きな声に、アティナルは顔をしかめた。
(エレナったら、急になにを言い出すの?)
 アティナルがさっと振り向くと、エレナが二人居た。
「え?」
 いつもの、白いレース襟のついた濃紺のワンピースに、白いエプロン姿のエレナが二人。背格好も顔も一緒だ。
 一方は腰の両側に長剣をぶら下げており、もう一方は王家の紋章入りの白いフリルのヘアーバンドでサラサラの髪をとめている。
「姫様ぁ、いいですかぁ? 今日こそはぁ、ドレスの試着をしていただきますからぁ」
 へアーバンドのエレナはそう言って、にっこりと微笑んだ。
 長剣のエレナは、もう一人のエレナを呆然と見つめている。
「なんだ、なんだ、姫様? アティナル?」
 ラスカは目を白黒させて、二人のエレナを見比べた。レフィコは押し黙ったまま、成り行きを見守っている。
「エ、エレナ?」
 アティナルが呟くと、二人のエレナは揃って髪を揺らしてアティナルの方を見つめた。
(動作まですっかり同じ!)
「今日こそはぁ、試着していただきませんとぉ、姫様はぁ、仮縫いのドレスを着る羽目にぃ……」
 へアーバンドのエレナは、そこで言葉を切ると、目を丸くしてもう一人のエレナの立っている方を見つめた。腰に手を伸ばしながら、囁くようにアティナルに言う。
「近くにぃ、不審な者が隠れていますぅ。私が合図しましたらぁ、宮殿のほうへお逃げくださいぃ」
「不審な者?」
 アティナルは驚いて、二人のエレナを見比べた。
 ヘアーバンドのエレナには、もう一人のエレナが見えていないようだ。
(そういえば、私たちは影のようにしか見えないのよね。でも、どうして私の姿だけ見えたの? やっぱり、私が夢見主だから?)
「そこに隠れているのはぁ、どなたですかぁ? 名乗っていただきますぅ」
 エレナは叫びながら屈みこむと、濃紺のスカートの裾をひるがえして、するりと剣を抜いた。
 もう一人のエレナの両手にも、いつの間にかギラリと光る剣が握られている。
「エ、エレナ。何をするつもりなの?」
 アティナルはあわてて叫んだ。
「姫様ぁ、お逃げくださいぃ!」
 ヘアーバンドのエレナは叫びながら、もう一人のエレナと剣を合わせる。高い澄んだ音が、森の中に響いた。
「ちょっと、エレナ!」
 アティナルの叫び声は、剣のぶつかり合う音にかき消される。
「行こう」
 レフィコがアティナルに近づいてきて、ぼそりと言う。アティナルは、目を見開いて訊いた。
「エレナはどうするの?あなたには、どうにかできないの?」
「最初に言ったはずだ。俺は、お前の夢の中では、ただの影の一つに過ぎない。俺に出来るのは、導きだけだ」
 レフィコが棒読みのように言う。アティナルは首を傾げて言った。
「私になら、どうにかできるって言うの?」
 ゆっくりとアティナルの方へ歩いてきたラスカは、ちらりとエレナたちを見て言った。
「あれは、止められないだろ。下手に近づいたら、怪我しちまうぜ、きっと」
 剣が閃き、めまぐるしく二人のエレナの位置が入れ替わる。動きが素早すぎて、どちらが後から現れたエレナなのかすぐには区別がつかない。
「暫く決着がつかないだろう。俺は隠れているし、アルパ弾きは襲えないだろう。お前は夢見主だ」
 レフィコは淡々と言うと、息をついた。ラスカが首をひねって言う。
「え? 俺は、なんで?」
 レフィコはラスカを一瞥すると、言葉を続けた。
「結局、あの侍女が引き受けるしかない。あの侍女はお前の夢の侍女よりも強い。その間に、俺たちは夢見主を探す」
 ラスカは首をひねったまま口を開いた。
「なんだか良く判らんが、呪術師殿がそういうなら、行きますか」
「私ならぁ、大丈夫ですからぁ。どうぞ、お先にぃ」
 どちらか一方のエレナが言う。アティナルはちらりと二人のエレナを見て、叫んだ。
「判ったわ!」
 それからアティナルは前を向くと、握りこぶしをつくって叫んだ。
「やっぱり、どこかに夢見主がいるのね! それなのに、どうして、私の夢だなんて言うの?」
 レフィコは顔だけをアティナルへ向けて、鋭く言った。
「すぐに判る」
 有無を言わせぬ勢いに、アティナルは黙りこんだ。


 レフィコを先頭にして、アティナル、ラスカは森の中を歩いていった。
 やがて、柔らかい苔の道は土の道に変わり、立ちこめていた霧は晴れている。
 アティナルはうつむいて、地面の柔らかい土を蹴り上げるようにしながら歩いていた。
(私が、兄さまを夢に見ていたの?)
 アティナルは小さく息をはいた。
(今までどんな夢を見ていたのか、ちっとも思い出せない……)
「おぉ、泉だ!」
 ラスカが歓声をあげた。
「え?」
 アティナルは顔をあげて、息を呑んだ。
 木立の向こうに、鮮やかな青緑色の水を湛えた泉が広がっている。
「あれが、モラド族の『聖なる泉』?」
 アティナルは首を傾げて訊いた。
「まさか」
 レフィコは唸るように言うと、泉に向かって歩き出した。
「あ、待ってよ」
 アティナルはレフィコを追いかけながら、口を開いた。
「それじゃあ、森の中に、いくつか泉があるの?」
 レフィコは立ち止まると、アティナルに背中を向けたまま言った。
「『聖なる泉』ただ一つだけだ」
「それじゃあ、あの泉は?」
 アティナルが首を傾げる。
 レフィコは長い尾のような銀髪をひるがえして振り向いた。目を細めて、淡々と言う。
「さっき言ったが、『神のかけら』は、夢見主の望むままに様々なものを創る。時には、大地すら変えていく」
(大地すら変えていく)
 アティナルは口の中で繰り返すと、小さく声を漏らした。
(それじゃあ、兄さまの夢に出てきた石畳や中庭は、森の中に本当に?)
「すごい力なんだなぁ」
 ラスカがぼさぼさの髪をかき回しながら呟く。
「ああ。恐ろしい力だ」
 レフィコはそう応じると、くるりと前を向いた。
 木立の間を抜けると、森は急に開けて泉が現れた。「世界の不思議」に描いてある絵の通りの泉だ。
 水面は陽光にキラキラと輝き、周囲をぐるりと濃い緑色の葉を茂らせた森の木々が囲んでいる。そのうちの一本だけが、淡い水色の大きな花をいくつも咲かせていた。
「おやぁ、あれは?」
 ラスカはちらりとアティナルを見て、首を傾げた。
「やっぱり、嬢ちゃんだよな」
 アティナルは何も言えずに、花を咲かせている樹木の根元に座っている二人を見つめていた。
 木の幹に寄りかかって、レクトルが座っている。その横で、レクトルに甘えるようにもたれかかっているのは、金色の波打つ長い髪の少女。ナイトドレスのようなゆったりとした服を着た、アティナルだ。
「おっと、『嬢ちゃん』なんて気軽に呼んじゃまずいか。なんたって、姫様なんだもんな」
 ラスカはぽりぽりと頭をかきながら言った。
「な、なに言うの? 姫様ってなによ」
 アティナルがあわてて言う。ラスカはアティナルと視線を合わせないようにしながら、呟くように言った。
「いやぁ、やっぱまずいだろ。お姫様相手に、さ」
「なんでそんなこと……」
 アティナルはそこで、口を閉じた。
 水色の花の方で、ポンと大きな音が鳴った。何かが、弾けるような音。と、同時に、甘く濃厚な乳香の匂いが漂う。
「まずいな」
 少しも焦っていない調子で、レフィコがぼそりと言う。
「なんなの?」
 アティナルは目を凝らした。
 淡い水色の花の中に、大きなカボチャのような形の実が一つぶら下がっている。縦に亀裂が入って、紫色の果肉が僅かに覗いている。
「なんだ、ありゃあ」
 ラスカが目を見開いて叫んだ。
「誰かが『夢見主』によって、誘われようとしている」
 レフィコが淡々と言う。
 亀裂はゆっくりと広がり、隙間から皮靴を履いた片足が突き出した。

 (続)   

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