よろずや「漂亮(ピオラン)」奇効奇談

〜常年下級官吏ランイン、上級を志すこと〜

 この世のどこかにその店はあるそうじゃ。その名は「漂亮」。
 どんな悩みも解決する、不思議な薬や道具を扱うのだという。
「漂亮」に行ってみたいとお思いかの。
 お待ちなされ。
 悩みを解決されてしまう前に、ぜひ、わしの話をお聞きなさい。


 そう、それはある日のこと。
 北の空には黒々とした雲が渦巻いておった。
 天秤棒を担いでいた行商人は、立ち止まって空を見上げた。
 その様子につられたように、他の通行人が天を仰いだ。
「ありゃあ、『空中死神』じゃないか」
 その行商人の大声に、道往く人々は立ち止まって同じように空を眺める。
「こっちに来るんじゃないか」
「そりゃ駄目だ。稲が痛んじまう」
「俺んとこの魚もやられちまうぜ!」
「不得了!」
「どいてくれ。急いで鶏を小屋に入れなけりゃ」
 ざわめく中に、ひときわ高い声が響いた。
「さあ、今のうちに、食物を買っといたほうがいいよ!  さあ、この干物一束、今ならたったの十環だ!」
 負けじと、別の行商人も声をはりあげる。
「干餅は五環。こっちの干あんずは二環!」
 あわてて買い求める者と騒ぎ立てる者とで、道はごった返した。
 そんな中、背中を丸めて黙々と歩いている一人の男がおった。
 時折人にぶつかりながら、辺りの様子に気づいているのかいないのか、ただ自分のつま先を見つめて歩いておる。顔色が悪く、何やら思いつめている様子。
 この男、名をランインという。
 本日ちょうど、上級官吏への登用試験を受けてきたばかり。これまで十一年間、試験に落ちつづけておる。今度こそはと意気込んだものの、手ごたえが悪く落ちこんでいるのじゃ。
「はぁ。妻に何て言おう」
 ランインは、ため息をつきながら雑踏を抜けていった。
 彼は、妻と二人の幼い娘に囲まれて、長屋の狭い一室で暮らしておる。下級官吏の給料は安く、四人で暮らすにはやりくりが必要じゃ。下の娘が四歳になった今年の春より、彼の妻は近くの工房へ出て毎日布を織っている。
 ふと顔をあげたランインは、いつもは通らない脇道に気づいた。
 どこへつながっているのか気になり、寄り道をすることにしたようじゃ。


 狭い路地には、今にも崩れそうな土壁造りの家が立ち並んでおる。見上げると、家と家の軒下に渡した紐に、いつから干してあるのか判らないような変色した洗濯物がはためいておる。
 どこも似たような暮らしぶりだとランインは思い、肩を落として足早に通り過ぎたのじゃ。
 やがて、立ちふさがるような木造の酒家が見えて、路地は一本の道に突き当たった。
 彼は辺りを見回してため息をついた。
 寄り道のつもりが、いつも仕事への行き帰りに通っている狭い道に出たのだ。
 古い木造の商店が連なるように建ち、煤けた看板が道へ飛び出しておる。
 頭をぶつけないように、首をすくめて歩いていたランインは、急に立ち止まった。
 一つだけ金色に輝いている看板を見つけたのじゃ。
「あんなものあったかな」
 ランインはゆっくりと看板に近づいていった。
 黒ずんだ板に真っ白な文字で、こう、書いてある。
「どんな症状・悩みにも、合う薬・道具あります。よろずや漂亮」
 文字に夕陽が照り返して金色に見えたようじゃのう。
 ランインは首を傾げた。
 額にしわを寄せて、建物を見上げる。
 屋根は傾き、板戸には水染みが。板壁には苔が生えておる。
「ロクなものを売ってなさそうだな」
 そう、ランインは呟いた。
 じゃが、ちょいと寄り道したい気分だった彼は、板戸に手を伸ばしたのじゃ。
 がたがたと音を立てながら、ゆっくりと横に引く。
 ランインが予想していたようなかび臭い匂いはない。
 彼はほっとして、中へ入った。
 ひんやりとした店内は、香辛料のような干し果物のような、ほのかな香りが漂っている。
 薄暗い店内をランインがきょろきょろと見回していると、どこからか声が響いてきた。
「ようこそ、いらっしゃいませ」
 落ち着いた低い男の声。
 目が慣れてきたランインに、ぼんやりと見えていた背の高い男の様子がはっきりしてきた。
 長く垂らした前髪の間から、切れ長の黒目が覗いている。
 口元に笑みを浮かべて、男はこう言った。
「私はここ漂亮の主、シュンチゥです。どんなお悩みをお持ちでしょう?」
 ランインは目をこらして、シュンチゥのうしろの棚を見つめた。棚には、訳のわからない形の道具や、壺、布袋などが並んでおる。
「こちらへどうぞ。おかけください」
 ランインは店主に勧められるまま、木製の椅子に腰かけた。椅子の背には何やら文様が彫られておる。おそらく西域のものじゃろう。
 シュンチゥは卓子の上に茶器を取り出すと、慣れた手つきでお茶を入れはじめた。
 茶碗に琥珀色のお茶が注がれると、花の蜜のようなほのかに甘い香気が広がった。
「どうぞ」
 店主はランインにお茶を差し出しながら微笑んだ。
「あなたのお悩み、お聞かせください。解決いたしますよ」
 ランインは店主の整った顔を見ているうちに、なぜか意地悪な気持ちが湧いてきたのじゃ。
 悩みを解決するなんて、簡単に言うのが気に入らぬ。
 ランインは、手振りを交えながら、自分の状況を説明しはじめた。
「…というわけで、どうしても上級官吏に合格したいんですよ。妻と娘たちの為にもね。でも、そんな薬なんてありませんよねぇ」
 ランインが一気に話し終えると、シュンチゥはじっと、竜の絵が描かれた自分の茶碗を見つめた。
 ランインはたたみかけるように大声を出した。
「看板に偽りはありませんよね。この悩み、解決できますよねぇ!」
 店主はゆっくりとお茶を口へ運び、ランインを見て目を細めた。
「まあ、あわてずに。冷めないうちに、どうぞ」
 そう、にこやかに言う。
 店主がごまかす気だと思ったランインは、お茶を飲みほして茶碗を卓子に叩きつけた。
 それでも、シュンチゥは身じろぎ一つせずに、落ち着いた声でこう言った。
「試験に合格したいのですか。それとも、上級官吏に就ければそれでよいのでしょうか」
「合格する以外にどんな方法があるんだ!?」
 ランインの怒鳴り声に、シュンチゥは涼しい顔でこう答えたのじゃ。
「薬を飲むだけでいいのです」
 シュンチゥは立ち上がって後ろを向いた。一つに束ねた長い黒髪が、背中で跳ねる。
 棚から小さな布袋を取り出して、ランインに差し出した。
「これを、一日一粒飲めばいいのですよ」
 ランインは目を丸くして、シュンチゥと袋を交互に見た。
 袋の中身は何だか判らぬ。だが。
「…飲むだけだなんて。冗談だろう」
 ランインの言葉に、店主は袋の中から小さな粒を取り出した。
「この薬は、『古老的文明』時代に作られた物です。ですから、あなたのように、本当に『上級職に就きたい』という意志の強い方にしかお売りできません」
 そのまま、粒をランインの目の前へ差し出す。
 その辺の薬舗で売られている黒っぽい丸薬とはまるで違う。
 こんな小さなものが薬だなんて信じられぬ。
 ランインはまじまじと薬を見つめた。
 白と緑のまだら模様。表面には光沢がある。よく見ると、真中に小さな数字のようなものが刻まれている。
 こんなものは見たことがない、とランインは思った。
 どうやって作った物か、まったく想像が出来ない。
 これは「古老的文明」時代の物に間違いない、と。
 一度に大勢の人が空を飛んだといわれる、「古老的文明」。その頃の物なら、奇跡のような効果が現れるのかもしれない。
 ランインはもみ手をしながら、シュンチゥを見つめたのじゃ。
 どうにかして手に入れたい。しかし「古老的文明」時代に作られたものだなんて、びっくりするほど高値に違いない、と、ランインは思ったのじゃ。
 シュンチゥは薬を袋に戻し、ランインの考えを見透かしたかのように、こう言った。
「買いますか? 一ヵ月分入って、一袋六環です」
「六環だって!?」
 ランインは卓子を叩いた。
「そんなはずないだろ。『古老的文明』時代の物なんだろ?」
 シュンチゥは笑みを浮かべたまま口を開いた。
「すみません。五環でいいです」
「違う。違う! 安すぎるって言ってるんだ」
「困りましたね」
 ちっとも困っていないような口調で、シュンチゥは言いおった。
 何かの間違いにしろ、せっかく安値なんだから、買ったほうが得だとランインは考えたのじゃ。
 ランインは懐を探って、手持ちのお金を数えた。
 全部で八環ある。
 酒家へ行って白酒を飲むために取っておいたお金だ。月に一度の、ランインの唯一の楽しみだった。
 じゃが、ランインは迷わず五環を差し出した。
「買います」
 シュンチゥは.細長い指で、一環づつ摘みあげて、薄明かりに透かすようにしながら自分の手のひらへ運んだ。
 やがてシュンチゥは、いら立ちながら待っていたランインの手へ布袋を渡した。
「一ヶ月で効果が現れますから。それまで、毎日一粒。忘れずに飲んでください」
 ランインは何度も頷いて、布袋をしっかりとかかえると戸口へ向かった。
 シュンチゥはそんなランインの横顔を見つめて、ニィっと口を歪めた。

挿絵2

 軽い足取りで道を歩いていくランインの背後では、ちょうど太陽が山陰に沈み、「漂亮」の看板は一瞬の輝きの後に闇に飲みこまれたのじゃ。


 家に帰ったランインは、食事の準備をしている妻にこう話しかけた。
「今回は大丈夫だよ。きっと」
 妻は手をとめて、ランインをにらみつけた。
「何の話? 見て判らないの? 私、忙しいのよ」
「いや。だからね」
 ランインは頭をかいた。
「君にもこれまでずい分と苦労かけたけれど、ようやく楽をさせてあげられそうなんだよ」
 妻はまじまじと、ランインを見つめた。
「どうしたの? 試験の結果発表はまだでしょう」
「そうだけれど。でも…」
 ランインの言葉を遮って、妻は口を開いた。
「あまり期待しないでおくわ」
 こうして、ランインは妻に薬を説明するのをあきらめて、こっそりと飲むことにしたようじゃよ。
 さて?


 ランインの登用試験の結果は、やはり不合格じゃった。
 だが、ランインはまるっきり安心している様子。薬さえ飲み終えれば、奇跡が起こると信じておったのじゃろう。


 ひと月たち、薬が底をついた日。
 ランインは、何かが起こるのを期待していた。
 だが、その日は何も起こらなかったんじゃ。


 その、次の日のこと。


 何が原因だったのだろう。何かに触ったのだろうか?
 何も思い当たらない。何も思い出せない。
 初め、体が芯から熱くなった。
 毛穴という毛穴がむずむずして毛が逆立つ。
 かゆい。
 手がかゆい。足がかゆい。頭がかゆい。背がかゆい。
 とにかく、全身がかゆくて熱い。
 体のあちらこちらに出来た赤斑は、広がり、地図状にくっつきはじめる。
 一度掻くと、おさまるどころかますますかゆくなり、全身かかずにはいられぬ。

挿絵3

 さあ、大変。
 ランインは耐えられずに、「かゆい、かゆい」と大騒ぎをしたのじゃ。
 職場の仲間が、ランインの異変に気づいて、近くの医院へ担ぎこんだ。

 幸いにもランインのかゆみは一刻で治まり、紅斑もまるで嘘のように消え去った。
 そんなランインの様子を見て、医者は太鼓腹を揺らしながらこう言った。
「これは、珍しい症状じゃの」
 不思議そうに、自分の腕を見つめていたランインは、目を丸くした。
「珍しい?」
 医者は短い顎鬚を撫ぜながらこう答えたのじゃ。
「どうも『古老的病』のようでな」
「『古老的病』だって!」
 ランインの頭に、すぐにあの薬が浮かんだ。
「そう。当時も原因不明の病というから、難しいんじゃが」
 医者は立ち上がると、壁に貼ってある人体の解剖図を棒で指し示しながら説明をはじめた。
「よいかな。『気』の流れというものが大事なのじゃよ。これが偏ったり濁ったりすると、人は病気になる。『気』の大切さがわかるかな? この『気』が大事だということは、『古老的文明』時代の終わりのほうに、明らかにされたことなのじゃ。つまり、表面だけ治しても駄目なんじゃよ」
 次に、医者は治療法の記された表を示した。
「あんたには、この特別法がお勧めじゃ。『泥火山法』と『激光』じゃよ。あんたのような病には、この二つのように『古老的文明』を応用したものじゃないと効かぬのじゃよ」 
 原因はあの薬に違いないと思ったランインは、立ち上がった。
「いえ。もうかゆみも引けたので、大丈夫です」
「おや。先ほど説明したじゃろう。表面だけ治ってもだめだと。『泥火山』はな、大地の龍脈を利用するもので、少々痛いが効き目は強い。八百環じゃよ。『激光』は…」
 医者の言葉を最後まで聞かずに、ランインは医院を飛び出した。
 ランインの一ヶ月の給料のちょうど半分が、八百環だったのじゃ。

 ランインは顔をしかめて、大股で道を歩いていった。
 目指すのは「漂亮」。
 あの男、シュンチゥだ。
 シュンチゥが薬を間違ったに違いないと、ランインは思ったのじゃ。
 ランインは白い文字の看板を探して、道を歩いていった。
 じゃが、通りの外れまで着いてしまった。
 反対側だったかもしれないと考えたランインは、きびすを返した。
 ところが、どこにも「漂亮」の文字はない。
 それどころか、白い文字で書いてある看板も、屋根が傾いた店すらない。
 ランインはあわてて、手近な店に飛びこんだのじゃ。
「すみません。このへんに『漂亮』という店はありませんか」
 店主らしい老人は、目をしょぼしょぼさせて口を開いた。
「ぴおらんなんてのぁ、聞いたことがねぇなぁ」
「そ、それじゃあ、『よろずや』は?」
 ランインの言葉に、老人は遠い目をした。
「むかーし…あったなぁ。町でいちばぁんのかわいいむすめごがぁ…」
 ランインは老人の言葉をさえぎって叫んだ。
「ありがとうございました!」
 急いで、がたがたと音のする戸を引いて、外へ出る。
 老店主を夢の中だと決めつけて、ランインは他の店へ入った。
 ところがじゃ。
 どこの店の人も、まるで口をそろえたかのように「漂亮」を知らないと言う。シュンチゥの名や風貌を伝えても、誰もが首を横に振る。
 ランインはどうすることもできずに、「漂亮」を探すのをあきらめて家へ帰るしかなかったのじゃ。


 それから二日の間。
 ランインは何事もなく過ごしておった。
 ところが、三日目のことじゃ。
 夕刻を告げる鼓の音が鳴り響く頃。ランインはいつものように、家路を急いで通りを歩いていた。
 もうすこしで、家にたどり着くという時。
 あの、忌々しいかゆみが、再びランインを襲ったのじゃ。
 必死にかゆみを我慢して、歪んだ顔で家にたどり着いたランインに、妻は驚いて後ずさった。
「父。お帰りなさい」
 何も知らない下の娘が走り寄って来て、ランインの足に飛びついたからもう大変じゃ。
「痛!」
 ランインは悲鳴をあげて、飛び上がった。
 足も紅斑だらけで、痛かゆくてたまらなかったのじゃ。
 ランインが「漂亮」と「古老的文明」の薬の話をすると、妻は叫んだ。
「信不来!」
 かゆみを押えるために、冷やした布を貼りながら妻は言った。
「なんで、そんな物を買うの? 騙されたに決まってるじゃないの」
 ランインは何も言い返せずに、ただじっと、かゆみを我慢しているしかなかったのじゃ。


 それから、ランインは、何度も「古老的病」に襲われた。
 いつも突然発症し、酷いかゆみで何も手につかぬ。それで、とうとう下級官吏をクビになってしまった。
 妻の給料で暮らすしかなく、ランインは新しい仕事が見つからずに掃除や洗濯をする毎日。
 ランインはなんとかして「漂亮」かシュンチゥを見つけ出そうと、家事の合間に町へ出て、ふらふらと歩きまわっていた。


 そんなある日。
「『空中死神』だー」
 遠くで誰かが叫んでいる。
 ランインは立ち止まり、ぼんやりと空を見上げた。
 黒い雲が空いっぱいに広がっている。雨雲のようじゃ。
 ぽつぽつと、雨粒が降ってくる。
 ランインは干してきた洗濯物のことを思い出した。
 ああ、大変。
 ランインは急いで駆け出そうとした。 じゃが、その時。
 ランインの体を、あの恐ろしいかゆみが襲ったのじゃ。
 雨に濡れながらランインは、酷くなるかゆみが我慢できずに泥だらけになりながら転がりまわった。
「あんた、一体どうしたんだ?」
 通りかかった男が尋ねた。
「かゆいんだ。『古老的病』にかかっているんだ」
「『古老的病』だって?」
 ランインの言葉を聞いた男は、他の通行人に助けを求めた。
「手伝ってくれ。病院へ運ぶんだ」


 ランインは、「古老的病」を研究しているという病院へ運びこまれた。
 かゆみと紅斑はいつものようにすぐに消えたが、ランインは検査のために入院させられたのじゃ。
 それから半月もの間、ランインは病院におるはめになった。
 毎日のように、様々な検査や実験を受けた。
 ランインは、ただひたすら、自分をこんな目に合わせた、あの男、シュンチゥを呪って過ごした。


 そんなある日、入院中のランインのもとへ、大勢の男たちが押しかけてきたのじゃ。
 検査だと思ってうんざりするランインを、男たちはぐるりと取り囲んだ。
 厳しい顔つきの男が前に進み出て、ランインに書状を手渡した。
 わけがわからずにランインは目を瞬かせた。
「どうぞ、お読みなさい」
 あわてたランインは、くくっている紐が解けずに悪戦苦闘し、やっとのことで書状を開いた。
 うながされるまま、文字を追う。
 ランインの顔は見る間に赤らんだ。
「これは、本当ですか?」
 書状を持つランインの手が震えている。
「ええ。今からあなたは上級官吏の仲間入りです。この国で唯一の「空中死神」対策官として活躍していただきます」
 その答えに、ランインは大声でこう叫んだのじゃ。
「万歳! やったぞ。奇跡だ! 本当だったんだ」


 検査の結果、ランインの「古老的病」は、「空中死神」が発生している時にだけ発症することが判ったのじゃ。
「空中死神」は、「古老的文明」時代に生まれたといわれておる。
 どのように発生するのかも判らず、防ぎ方ももちろん判らぬ。
 そこで、多くの民は、黒い雲を見かけると、全て「空中死神」だと思いこんでおった。
 専門の研究員が調査する方法は、時間がかかりすぎて役に立たなかった
 じゃが、もう安心。
 ランインの様子を見れば、雲が「空中死神」かどうか、簡単に判るのじゃから。
 こうして、ランインは上級官吏となり、家族と共に帝都へ移ることとなった。
 そして、月に一度の朝賀の儀式以外は、毎日ぶらぶらと都の中を歩きまわるのが彼の仕事になったのじゃ。
 都の路上で、急にかゆがって騒ぐランインを見て、人々は家畜を小屋へ入れたり、外へ出るのを控えたりした。
 妻とかわいい娘に囲まれて、唯一の「空中死神」対策官として皇帝のお覚えもめでたく、大勢の民に喜ばれながら、ランインはかゆくて大変な毎日を過ごしたという。


 さて、どうじゃろう。
 わしの話は役に立ったかのう?
 もし、悩みを持っておるなら、気をおつけ。
 あの店主に、うっかり悩みを話さぬよう。
 悩みを解決されてしまわぬように。

(了)  

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