よろずや「漂亮(ピオラン)」奇効奇談

〜フェン少年、事件の謎を垣間見ること〜

 この世のどこかにその店はあるという。その名も「漂亮」。
 「古老的文明」時代に作られた、不思議な薬や道具を扱うのだという。
 さて。


 ここは、風光明媚な湖のそばにある、小さな町。
 今もなお、町じゅうの人々が噂している奇妙な事件があった。
 それは、一年程前の夕暮れ時。
 場所は、中心通りに面した、漆喰塗りの塀と美しい庭に囲まれた古い邸宅。
 交易商人のハン・タオビィは、妻と二人の幼い息子と共に暮らしていた。
 邸宅で働く使用人が、切らしたお茶を買いに出かけたほんの一刻の間に、一家そろって行方知れずになったのだ。
 争った様子もなく、家財も金品も前のまま。
 ただ、並んでいたご馳走と共に、卓子と椅子もきれいに消えていたのだという。

 都からやってきた官吏も謎を解けないまま一年が過ぎた。
 さて。

 商売に失敗したタオビィの兄は、古玩店を営むリン・ダーナォに家財ごと邸宅を売り払うこととなった。
 その翌日の午前、ダーナォは使用人を引き連れて邸宅にやってきた。
 意大利の玻璃瓶や土耳其の絨毯など、珍しい家具や美術品が埃に埋もれている。
 ダーナォはさっそく、使用人に指示を出して運び出しにかかった。
 そんな中、忙しく働く少年の姿があった。
「フェン。この壺を拭いて」
「こっちもだ。はやくしろ、フェン!」
 布巾を手に、他の使用人に呼ばれるまま走り回っている。 
 この少年、名をフェンという。
 幼少時に両親を亡くし、リン家に引き取られて、住みこみの使用人として働いているのだ。
 どこかで玻璃の割れる音が響いた。
「フェン、何やってんだ!」
 離れた場所で怒鳴られて、フェンはあわてて駆けつけた。
 床の上に、乳白色の玻璃片が散らばっている。
「はやくかたづけろよ、フェン」
 二歳年長の使用人、トゥジに言われて、フェンは玻璃片を拾いはじめた。
「あ〜あ、フェン。どうするんだ?」
「法国の玻璃杯だぞ」
「大変なことをしたな、フェン」
 集まってきた他の使用人も、トゥジが割ったことを知りながらフェンを責める。
「何事だ?」
 騒ぎを聞きつけたダーナォが、部屋に入ってきた。
「このフェンが、大事な玻璃杯を割ったのです!」
 トゥジが嬉々として言った。
「それは真か?」
 ダーナォの言葉に、フェンは頷いた。
 これまでにも、フェンは何度も仕事の失敗を押し付けられていた。
(本当のことを言っても無駄だ)
 他の使用人たちは口を揃えて「フェンが割った」と、言うに決まっている。
「申し訳ありませんでした」
 フェンが頭を下げると、ダーナォはため息をついた。
「仕方がないな。お前はまだ子供だから、玻璃の扱いは無理だろう。昼食の準備を手伝うといい」
「はい」
 フェンは言われるまま、部屋を出て行った。
 
 屋敷の庭で火を焚き、リン家の厨師が二人で粽子を作っていた。
 米と干しエビが鍋で跳ねるたびに、香りが辺りに漂う。
 フェンは厨師に指示されるまま、米を笹の葉に包む手伝いをした。
 炎の側は熱く、フェンの額から汗が流れる。
 蒸しあがった熱々の粽子を籠に入れて、フェンは屋敷の中へ走っていった。
 使用人の一人一人に粽子を配って歩く。
 籠が空になって庭に戻ると、次の粽子が蒸しあがっていた。
 フェンは何度も屋敷と中庭を往復して、やっとで粽子を全員に配り終えた。
 自分の粽子を二つ手に持って、フェンは屋敷の奥にある食堂へと向かった。
 ハン一家が消えたという部屋を、じっくりと見てみたいと思ったのだ。

 ハン家の食堂は、他の場所と同じように埃が厚く積もっていた。
 玻璃戸のついた棚が一つ、隅にあるばかり。
 卓子と椅子がないためか、やけに部屋が広く感じる。
(どうしてハン家の人は、消えたんだろう?)
 フェンは粽子を一つ食べながら、部屋の中を歩き回った。
(何があったのかなぁ)
 つま先に触れる物を感じて、フェンは屈みこんだ。
「何か見つかりましたか?」
 後ろから声をかけられて、フェンはあわてた。
(扉を開ける音も、足音もしなかったのに)
 振り向くと、背が高い男が一人立っていた。
 切れ長の黒い瞳。一つに束ねた長い黒髪。口元に静かな笑みを浮かべている。
(見たことのない人だ。新しく雇われたのかな)
 首を傾げたフェンは、手に残っている粽子を見て、目の前の男に渡していなかったことに気づいた。
「ああ! ごめんなさい。これ、一つしかありませんが」
 フェンは残っていた粽子を、男に手渡した。
「おや、ありがとう」
 男はすぐに笹の葉をむいて、粽子を美味しそうに、上品に食べた。
「一つじゃ足りませんよね。今、何か食べる物を探してきます」
 フェンの言葉に、男は微笑んだ。
「いやいや、大丈夫。こちらこそ、君の分け前を減らしてしまって、申し訳ないことをした」
「いえ、いいんです」
 そう答えながら、フェンはうつむいた。
(すごくいい人だ。トゥジたちとは大違い)
「そうそう、さっき何かを拾おうとしていた様子だけど」
 男の言葉に、フェンはあわてて床の埃を探った。
「ここに何かが。あ、ありました」
 フェンが拾い上げたのは、紙製の扇子だった。
 埃を払って開いてみると、中は真っ白だ。
(何の模様もないなんて、珍しいな)
 フェンは窓の側へ行って、扇子を光に透かしてみた。
 やはり、何も見えない。
「他にもあるのかな」
 男の言葉を聞いて、フェンは辺りを探し回った。
 すると、埃の下から三本の扇子が見つかった。
 フェンは一本拾って、広げた。
 真っ白だ。
 先程の白い扇子の上に重ねて載せる。
 もう一本拾い上げる。開くと、やはり白い。
 男は優雅に身を屈めて、扇子を拾い上げた。
 細長い指で丁寧に広げる。なにやら模様がある様子。
「やはり、思ったとおり」
 そう、静かに男が言う。
「何がです?」
 フェンは男の手元を覗きこもうとした。
 その時。
 大きな音を立てて扉が開いた。
「フェン!? こんなところで怠けてたのか」
 入ってきたのは、トゥジだった。
「仕事がたまってるぞ。こっちへ来い!」
 男の姿が目に入らないのか、トゥジは真っ直ぐにフェンの元へ来た。
「ほら、はやくしろ」
 トゥジに右腕を掴まれて、フェンは叫んだ。
「嫌だよ。どうせ、また、何かを壊したんだろう」
 トゥジは顔を歪めた。
「お前っ!」
 トゥジが拳を振り上げた。
(打たれる)
 フェンは反射的に、扇子を持ったままの左手で頭を守ろうとした。
「扇子を二振り」
 耳元で囁く声がする。
 声に導かれるように、フェンはトゥジを扇いだ。
 一回。
 二回。
 トゥジの姿は、掻き消されるように見えなくなった。
「トゥジ?」
 フェンは部屋中を見回した。
 トゥジの姿はどこにもない。それどころか、先程まで居たはずの背の高い男の姿もない。
「…幻?」
 フェンは自分の右腕を見つめた。
 トゥジが掴んでいた跡が残っている。
 ふと、左手を見ると、真っ白だったはずの扇子に模様があった。
 赤い顔をして、片手を振り上げた若者が一人。
「トゥジ!?」
 ふと、床を見ると、広げたままの扇子が一つだけ落ちていた。
 拾い上げて裏を見ると、そこには色鮮やかな模様があった。
 様々な料理で埋め尽くされた卓子が一つ。
 そして、食事中の一家の姿が。

(了)  

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