沙都景象

 一面の黄色い砂。
 天はいつでも灰色で、ぼんやりとした光が恒に一方向から砂原を照らす。
 雨は一滴も降らず、オアシスもなく。
 風は全く吹かず、砂嵐も起きず。
 この地で太陽は半年の間沈むことがなく、また夜闇も半年の間砂原を覆う。
 一年間は四十八日。昼の間も夜の間も、砂原中に低く響く音で一日の終わりを知った。
 この黄色い砂の世界に、暮らす者たちがいた。
 彼らは砂から生まれ、死ぬと砂に戻る。彼らは砂を食べて、砂を排泄した。
 太陽が照らす長い昼の間は働き続け、暗闇に閉ざされる長い夜の間は眠りこけた。
 昼の間は、疲れた者だけが時折眠り、身体を休めた。
 安定した気候の下で、彼らは家を造り、邑を造り、街を造り、国を造った。


 国ができると、様々な記録が残されるようになった。
 壊れやすい砂板に印された記録は、数年毎に改められた。
 昼と夜の長さは、その年により少しづつ変化した。
 太陽の光の強さも、年によって増減した。
 記録には、長老たちの覚えていた過去の歴史も記された。
 それは、国が未だ出来る以前。今から百年以上も前のこと。
 天は予兆もなしに揺れ、大地は割れるものであった。
 砂原の中央が割れて砂が崩れて流れ出し、大勢の者たちが砂もろとも大地の下へ滑り落ちた。 
 それは、何年にも渡って起こらないこともあれば、日に何度も起こることもあった。
 大抵は昼の間に起こり、夜には一度も起きたことがなかった。
 数十年の間、思い出したかのように天が揺れて、大地が割れることが繰り返された。
 それは、ある日を境に、急に止んだ。


「大地は何層にも重なってできているに違いない」
 彼らの多くがその考えに賛成した。
「我々はもう、大地の一番底の層にいるのだから、これ以上割れることはないのだ」
 その意見に、多くの者が「そうであればいい」と願った。
「我々は元々、どのくらい上で暮らしていたのだろうか?」
「割れた後の大地は、どこへ消えたのか?」
 その問いには、長老たちも、知識のある者も答えることが出来なかった。
 天に大地があったという痕跡は何処にもなく、誰も想像することも出来なかった。


 天ばかりを見上げている変わり者がいた。
 彼の記憶では、彼の幼少時はもっと天は明るかった。
 彼は一年毎の光量を、何十年も渡り記録し続けた。
 やがて、何も発見できないままに彼は砂へ還った。
 数年後、彼の記録を偶然見つけ、後を継ぐ者が現れた。
 その若い男は、やはり天を見上げて記録を続けた。
 やがて、彼は天を覆う薄雲が、少しづつ厚くなってきていることを突き止めた。


 かつての長老たちは、みな砂に還った。
 記録係が必要だと認めたものだけが、書き写されて残された。
 大地が割れた記録は書き写されることはなかった。


 ある処に、一人の好奇心旺盛な男がいた。
 彼は、砂原の果てを確かめるために旅に出た。
 昼の間は太陽を目標にして、順調に旅を進めた。旅を続けている間、景色に何の変わりもなかった。
 途中でいくつもの邑を通り過ぎた。
 誰もが彼の旅の目的を訊くと、「馬鹿げている」と言った。
 夜の間は全てが暗闇に閉ざされて、彼は独り、砂の中でひたすら眠った。
 一年が過ぎ、二年が過ぎ、彼はひたすら昼の間歩み続けた。
 もはや、邑の姿さえ見かけなくなった。
 どこまで進んでも、一面の黄色い砂ばかり。あまりにも広大で、果てがないように見えた。
 彼はもう、何年経ったか数えるのを止めた。誰にも出会うことがなく、やがて口の利き方も忘れた。
 やがて、彼はとうとう砂原の端を見た。
 彼は再び何年もかけて砂原を戻り、死ぬ直前に小さな邑へ着いた。
「世界に果てがある」
 この知らせは、国の学者たちを驚かせた。
 彼らは探検隊を結成して、「世界の果て」を探しに行った。
 やがて、何十年もかけて、ようやく世界の輪郭が判ってきた。
 世界は細長い形をしている。
 天と同じ色をした硬い壁が、世界の長い面を覆っていた。その壁は、そのまま天へと繋がっているように見えた。
 短い面の片方は、平らな暗茶色の壁が覆っていた。この壁は、天まで届く高さに立ちはだかっているように見えた。
 短い面のもう一方は、天と同じ色の壁がゆっくりと狭まり、硬くて滑々とした壁で出来た通路のようになっていた。
 この新発見の知らせは国中の人々を驚かせた。
 やがて、調査団が戻ってきた。
 彼らの最終報告は、更に人々を驚かせた。
 世界の果ての通路の向こう側にも、同じような黄色い砂原があった。
 そして、彼らと同じような人々が生活し、街を造り、国を造っていた。
 二つの国は、交流を始めた。


 やがて、通路の向こうの国にもこの国と同じような世界の果てがあり、まるで鏡を合わせたかのように、同じ形をしていることが判った。
 二つの国は、何から何まで同じ対称形をしていた。


 そしてついに、その時がきた。
 天の雲が晴れた。続いて天と大地が、激しく揺れ動いた。
 白い肉厚の手が、無造作に世界をつかんで縦に置いた。
 一つの国が、もう一方の国に向けて、黄色い砂と共に流れ落ちはじめた。
 建物も人も、何もかもが一つになった。
 その中で、幸運な人々は砂塵の中で目にした。
 天の中央に穴が開いている。そこから、次々と降り注ぐ砂。
 砂だけではない。人も、壊れて小さくなった壁も、様々なものが混じっている。
 なぜ、天に穴が開いたのだろう?
 上から降って来る者たちは、これまでどこで暮らしていたのだろう?
 考えているうちに、彼らは降り注ぐ砂に覆いつくされた。


 部屋の時計が、ちょうど三十分毎の小さな電子音を鳴らし、正確に三分の間、砂はサラサラと流れ続けた。

−end− 

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03.May.2002 UP
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