星々への階梯〜stairway to the stars〜

 数多の星を散りばめた空で、細く蒼いクァマルが輝いていた。
 聖山イスラの山頂付近にある「遠見の大岩」は、山肌から突き出した形の一枚岩。東に遠く霞む山々から北の地平線、そして西に広がる海を一望にすることができる。
 螺旋型に渦巻く灰色の角を生やしたペネターの老人キエトは、「遠見の大岩」に刻みこまれた階段をゆっくりと上っていった。
 冷たい風が梢を揺らして岩の上を吹きぬける。岩の上へ出たキエト老は、人影に立ち止まった。
 岩の上に一人の娘が立っていた。黒い肌の中の若草色の瞳で、じっと西を見つめている。黒い尖った耳はぴんと横に伸び、細かくうねる腰までの長さの白髪が、クァマルの明かりにきらきらと輝いていた。
 キエト老は静かに歩み寄って、呼びかけた。
「珍しいですね。グレカ」
 娘は柔らかい髪を揺らして振り向いた。大きな瞳を更に見開いて、キエト老を見つめて口を開く。
「……キエト様!」
「グレカ。眠れないのですか?」
 キエト老が訊ねると、グレカは黒い耳を垂れ下げて応えた。
「はい。明日のことを考えると、頭が冴えてきてしまって……」
「そうですか。明日は出立の日ですからね」
 キエト老は軽く角を振って、静かに続けた。
「あなたが導き手として赴く地は、豊かで平和で過ごしやすい土地ですよ」
 グレカは耳を跳ね上げて、キエト老を見つめた。
「私を『視て』くださっているのですか?」
 キエト老は角に隠れている小さな耳を震わせると、西の水平線を見つめながら応えた。
「いいえ。視なくても分かります。彼の地のティラネスたちは、とても穏やかで信仰心が厚いですから、あなたは暖かく歓迎されますよ。心配することは何もありません」
「はい。ありがとうございます。キエト様」
 グレカはそう言って、ふと思い出したように訊いた。
「ところで、キエト様はこんな夜更けになぜここへ?」
「今夜は針の相ですから。クァマルの光に邪魔されずに星を視るのに丁度いいのですよ」
 キエト老が静かに答える。
「星ですか?」
 グレカは細い顎をあげて、天空を仰いだ。
「ああ、その星ではありませんよ」
 キエト老はそう言って、手で北を示しながら続けた。
「私たちが立つこの星ペネトラルを『視る』のです」
「ペネトラルを……」
 グレカは息を呑んで、キエト老を見つめた。
 キエト老は両手を北へかざして、目を細めた。瞳が灰緑色から金色に変わる。
 グレカはキエト老と同じ動作をして、目を細めた。
「……私には何も視えません。北は暗闇です」
 グレカが呟く。キエト老は北を見つめたまま言った。
「あなたには、まだ星を視ることは無理でしょう。ですが、光を見せてあげることならできます。さあ、手を取って」
 グレカはおずおずと、キエト老の節くれだった手に触れた。
 遥か北の極地が、金色に光り輝いている。
 天空から極地を丸く取り巻くように降り注ぐ、糸のように細い薄茶色の網。幾つにも枝分かれ、結びつき、絡み合い、球のように丸く膨らんで極を覆っている、かつて存在した可能性の分岐。
 その分岐の枝を、数本の光が下降しながらジグザグに走る。この光り輝く複雑な金色の筋は、過去に選び取られてきた分岐。運命を構成する要素の数だけ存在する、星の歴史そのもの。
 グレカはこれまでに見たことのない光の量と複雑な分岐に、圧倒されながら見入った。
「下のほうをご覧なさい。未来に広がる分岐の線があります」
 キエト老の声が響く。グレカは膨らんですぼまっている下降する光の末端を見つめた。
 金の光の先端から大地へ向かって、白い根のような線が垂れ下がっている。いくつか枝分かれした白い線は、大地に根を張るように広がって溶けこむように消えていた。
「未来に広がるのはわずかな分岐ばかり。変りありませんね」
 キエト老が淡々と言う。
 グレカにはただ光が見えているだけで、分岐が何を意味するのか、どんな歴史があったのか、どんな選択肢があるのか、未来も過去も分からなかった。
「今の星の様子を、よく覚えておきなさい。いつか、自分で星を『視る』ようになったときに、役に立つでしょう」
 キエト老の言葉が重々しく響く。
「はい。キエト様」
 グレカはかすれ声で言うと、耳を震わせて目を凝らし、光を見つめた。
 一陣の風が、木の葉を舞わせながら、音を立てて岩の上を通り抜ける。
「寒くなってきました。ここまでにしましょう」
 キエト老は細めていた目を見開いた。
 北に見えていた金色の光が揺らぎ、大地に吸いこまれるように消えていく。
 グレカはキエト老の手を離すと、肩掛けを引っぱって襟元を押さえた。白い息を吐きながら、早口に問う。
「わたしにもいつか、星の未来が『視える』ようになりますか?」
「そう。様々なティラネスに触れ、導き手としての経験を積めば、あなたにも『視える』ときが来ますよ」


 うっすらと広がる雲を通して、糸のように細いクァマルが弱々しい光を放っている。
 「遠見の大岩」の上に、三つの人影があった。
 上向きの短い角を生やした、日焼けした肌の老婆。白い肌に横に張り出した耳を持つ白髪の男。そして、螺旋の角を持つ老人キエトだ。
 白髪の男は、気遣わしげに北を見つめながら口を開いた。
「キエト様が前の針の相の日に視たときには、未来に変化はなかったのですね」
「そうです。この星のものではない何者かが、近くに来ているのかもしれませんね」
 キエト老は淡々と言って、目を細めた。
 下降する光の先で、星の未来の枝分かれが増えていた。以前にはすぼまっていた形が、緩やかに外に向かって広がっている。
 老婆は、ティラネスたちが祈るときのように、岩に膝を突いて呟いた。
「何事も起きなければ良いのですけれど……」
「今後は、針の相の日だけではなく、頻繁に視に来たほうがよさそうですね」
 ペネターの最長老キエト老の言葉に、他の二人は重々しく同意した。


 食堂の片隅にある小さなテーブルを囲んで、出身惑星の異なる三人が軽食を摂っていた。
 白い肌に真っ直ぐな黒髪の、一番小柄な若者はアスィール人のカゥル。通訳の助手を兼ねた言語研究者だ。
 がっしりした身体に灰色のひび割れたような肌で、禿頭に黒い顎ひげを生やしたジュズダーン人のミンザールは、ベテラン生物調査員。
 顎のラインで切りそろえた藍色の髪に赤縁の古臭いアスィール人専用の眼鏡をかけた女性は、シャンリィ。中央学院でカゥルの先輩だった、フエラヌム人の言語通訳者だ。
 様々な星の出身者で構成されている調査船の中でも、この三人は珍しい組み合わせだった。
 カゥルは薄いパンを口に放りこんで殆ど丸呑みのように胃に流しこみ、ため息混じりに言った。
「けっこう単調ですよねぇ」
「まあ、これでもこの船のメニューはまともなほうなんだぜ。今日のはアスィール風の飯が中心だな。前にぼろい船に乗ってたときに、一標準月も同じメニューが続いて、どの星の奴も食欲をなくしてしまって大変でな」
 ミンザールはそう言って、好物の固形肉をかじった。カゥルが憮然と言う。
「食事の話じゃありませんよ」
「あん?」
 肉をほおばりながら、ミンザールが目を瞬く。
「あ〜、眼鏡がぁ!」
 シャンリィはスープ皿をがしゃんと乱暴に受け皿に置いて、曇ったレンズを指で拭った。
「また、曇り止め塗り忘れたんですか?」
 カゥルが呆れたように言うと、シャンリィは半分曇った眼鏡の奥からキッと睨んで言った。
「何度も言ってるけど、塗り忘れたんじゃなくて、塗ってもいつの間にか落ちてるの!」
 カゥルは頭をかくと、心の中で「指で拭くクセがあったら、落ちるでしょうとも」と、思った。
「うるさいわよ。言いたいことがあったら、口に出して言いなさいよ」
 シャンリィが睨みながら言う。
 フエラヌム人の多くは、弱い精神感応力を持つ。シャンリィも、広域共通語圏に住む者の意識の表層に浮かんだ内容を読み取ることができる。が、親しい間柄ではない限り、読み取った内容を口に出さないのがマナーだ。
「いいえ、別に言いたいことなんかありませんよ」
 カゥルは目を逸らして答えると、白い蒸気をあげるカップを両手で挟んで持った。
 毎日繰り返されるやり取りに苦笑いを浮かべて、ミンザールが言う。
「視力が悪いんだっけ? どうせなら目の部分も機械化すれば楽だろうに」
 シャンリィは信じられないというように、目を見開いて叫んだ。
「嫌です。私は自分の持って生まれた部品が気に入ってますし、アスィール製の眼鏡も好きでかけているんですから。ほっといてください」
「自分の部品ねぇ」
 ミンザールはシャンリィのむき出しの肩を見て、やれやれというように自分のぼこぼこした頭を撫ぜた。
 フエラヌム人の通訳者の多くは、身体の一部を機械化している。様々な言語パターンユニットを差し替えることにより、あらゆる形態の知的生命体と会話をすることができる。
 シャンリィは右肩を機械化していた。
「そういや、さっきの。食事の話じゃなかったら、何のことだ?」
 ミンザールが、カゥルに目を向けて訊いた。
「惑星のことですよ」
 カゥルは紅茶をすすると、続けた。
「どの惑星も同じように丁寧に破壊されていて、何の痕跡も残っていないでしょう? どんな生命が暮らしていたのか、どんな文化があったのか、研究する余地もない」
「な〜るほどな。言語研究者さんは、何にもすることがなくって、すねてるってわけだ」
 自分のあごひげを撫でながら、ミンザールがからかうように言った。カゥルはカップを持ったまま立ち上がった。
「別に、すねてなんか!」
「まあまあ、そういきり立つなよ。あのな、いくら辺境に行ったって、何回調査に参加したって、新発見なんてそうそうあるもんじゃないんだぜ。広域共通語圏で未確認の区域だからって、何かがあるとは限らんさ」
 ミンザールが早口でまくし立てる。カゥルはため息をつくと、椅子に腰をおろした。
 シャンリィは首を傾げて言う。
「まぁ、仕方がないですよ。実際に、言語関係の仕事って少ないから」
「ま、確かにお前さんたちは暇そうだな」
 ミンザールが大きくうなずいて言う。カゥルは大きくため息をつくと、前髪をかきあげてぼやいた。
「でも、シャンリィ先輩は通訳者だからまだいいですよ。未発見の知的生命体でもいれば、先頭に立って大活躍できるんですから」
 シャンリィはデザートに手を伸ばしながら口を開いた。
「でもね、未発見の知的生命体って、ファーストコンタクトでしょ。そんなの簡単にあるわけないでしょ」
「それはまあ、そうですけど。でも、共通語を話せない星の生命体と会話をする機会があるかもしれないでしょう。俺の場合は遺跡に文字でも残っていてくれないと、研究対象がないですから」
 シャンリィはカゥルの言葉を聞いているのかいないのか、せっせとチョコレートを口へ放りこむ。
「どっちもたいした差がなく聞こえるけどな。みんな似たようなもんだろ」
 ミンザールは椅子にだらしなく寄りかかって、興味なさそうに言った。
「でも、カゥルの気持ちも分かります。初めて調査船に乗る時には夢いっぱいですからね」
 シャンリィはの言葉に、カゥルは憮然と呟いた。
「別に、夢なんて!」
 シャンリィは聞き流して、パイの皿に手を伸ばしながら言う。
「私も学院を出たばかりの時には、心ときめく大冒険っていうのに、とっても憧れていました」
「冒険ねぇ。それなら、操縦士のほうがいいだろうに」
 ミンザールが面倒臭そうに、鼻の頭をかきながら言った。
「操縦士になっても、自由に行きたいところに行けるわけじゃないですし」
 シャンリィはそう言って、クリームがたっぷりかかったパイをほおばると、唇についたクリームを先が割れた舌でぺろりと舐めて続けた。
「忙しさに疲れて、宇宙のロマンなんて感じている暇もないですよ」
 ミンザールはあからさまに小バカにしたように、そっぽを向く。カゥルは仕方がなく口を開いた。
「ロマン、ですか?」
「そう。ミンザールさん、この星域の破壊の痕って、誰の仕業か知っています?」
 シャンリィがにこっと微笑んで訊く。
「う〜ん」
 ミンザールが面倒くさそうに唸ったのを見て、カゥルが即座に答えた。
「マフクードゥっていう星の人たちですよね。『今はなき、失われしマフクードゥ。彼らの通った宙域には、たとえ単細胞生物ですら、生き長らえることは叶わず』」
「カゥルなら知ってて当たり前。同じ教授の講義を受けたんだから!」
 シャンリィが口を尖らせて言う。
「マフクードゥか。破壊の痕があれば、何もかもが連中のせいってわけだ」
 ミンザールはそこで言葉を切ると、あたりをじろりと見て続けた。
「副機関技師を知ってるか?」
 首を傾げたカゥルに代わって、シャンリィが言う。
「知ってますよ。ミックラ人ですよね」
「そう。七百年くらい前に宇宙のあちこちに勢力を広げていて、広域共通語に大きな影響を与えたミックラ人だ」
 ミンザールは一息つくと、続けた。
「もう六百年も前の話だっていうのに、故郷の星を滅ぼされたってんで、いまだにミックラ人はマフクードゥの名を聞くと怒りと恐怖で明滅するんだぜ」
「明滅する……?」
 カゥルが首を傾げる。シャンリィは軽く微笑んで言った。
「『身振り』ですね」
 ミンザールはカゥルに向かってニヤッと笑って口を開いた。
「おっと。ミックラ人の明滅は言語研究者さんも知らなかったか」
 シャンリィは人差し指を立てて言った。
「そうですね。アスィール風に言えば『ぶるぶると震える』ってとこでしょうか」


 画面に映っている青緑色の星と鈍く光る衛星を見つめながら、カゥルは小さく呟いた。
「信じられない」
 星の映像の上に浮かび上がるように、次々と数字や文字が流れていく。
 ……サンプル収集状況71630。収集終了まで二標準時。
 ……F21−G3147型惑星。
 カゥルたちは他の研究者たちと一緒に、緊張感に包まれて食堂に集まっていた。ミンザールを含む調査員たちは、収集したサンプルを元に、別室で生命パターンの特定を急いでいる。
 調査に出てから久しぶりの生命を有する惑星に、乗組員もあわただしく駆け回っている。
「空気の組成に問題なし、か。私たちにも外に出る許可が下りれば良いけど」
 シャンリィが、ため息混じりに言った。テーブルの上に肘を突いて、両手の上にあごを乗せて続ける。
「言語を有する知的生命体分類がいない限り外に出られないなんて、ほんとつまらないわよねぇ」
 シャンリィの呟きも耳に入らずに、カゥルは目を画面に釘付けにしたまま言った。
「なぜこの星は無事だったんだろう?」
 シャンリィは顔をあげて、眼鏡を持ち上げながら不機嫌に言った。
「なあに。まだ、マフクードゥのことを考えているの?」
「先輩が言い出したんじゃありませんか」
「予測できないことがあるからこそ、宇宙は……」
 シャンリィはそこで息を呑んだ。
 ……サンプル収集状況……100287。収集終了まで四分の一標準時。
 ……知的生命分類……D−8173型・P−0023型・X−61G+型・F−5598型……。
「なんだぁ?」
 カゥルは思わず叫んで、立ち上がっていた。他の研究者たちも一様に、顔を見合わせてざわめいている。
「なぜ、こんなに知的生命体の種類が多いんだ?」
「やだ。どれに合わせたユニットを用意すればいいの?」
 シャンリィは、ユニットを差しこむ右肩を撫で回して、あたふたと周りを見た。
「おい、シャンリィ。他のフエラヌム人たちが呼んでるぜ」
 食堂の入り口から、ミンザールが顔を覗かせて叫んだ。
「は、はーいっ」
 シャンリィはどたどたと周りの椅子を引き倒しながら食堂を出て行った。


 霧に煙る金色の草原で、白い神殿が露濡れて輝いていた。
 神殿の内部へ向かってまっすぐに伸びる階段を、毛皮に包まれた四本足の生き物たちが忙しく行き交う。
 樹形を象った彫刻で飾られ、細かく砕いた香木が敷き詰められた最深部の部屋に、グレカはいた。
 目を細めて、ティラネスの神官を「視て」いる。
 ふと、グレカは神殿の最深部で顔をあげた。黒い耳をぴんと横へ伸ばして、じっと遠くを見つめる。
 グレカと対峙していた神官は、鼻面を上げて言った。
「ペネター様?」
 グレカは神官を見つめて、口を開いた。
「今日はここまでです。私は今すぐ、聖山へ行かなければなりません」
 四本足の神官が不安そうに訊く。
「ペネター様。何が起こるのですか?」
 グレカは部屋の隅へ向かって歩いていくと、振り返って言った。
「すぐに判るでしょう」
 グレカはすぐに『星の抜け道』へ入り、神殿から姿を消した。


 グレカは『抜け道』を通り瞬時に聖山へ着いた。他にも、異変を感じて集まってきた若いペネターたちがいる。
 キエト老が他の長老たちと共に皆を待っていた。
 グレカはキエト老の元へ近づいて、大急ぎで言った。
「キエト様。未来への分岐が!」
 最後まで言わせずに、キエト老が口を開く。
「グレカ。すぐに戻りなさい」
「なぜ……」
 グレカは言いかけて、キエト老が天空を見上げているのに気づいた。
 薄昏色に染まった空に、うっすらと星々が見えている。と、とつぜん轟音が響き渡った。まるで空を切り裂くように、鈍く光るものが降ってくる。
 グレカは息を呑んだ。
 光る物体は、翼を生やした鳥のような姿で、少しずつ速度を落としながら近づいてくる。
「あれは一体何ですか?」
 グレカの問いに、キエト老は淡々と答えた。
「この星の過去にあったように、『降り立つ者』が来たのです」
「降り立つ者?」
「そうです。さあ、急ぎなさい。あなたも彼らと会わねばなりません。降り立つのはあれ一つではありませんよ」
 グレカはキエト老に促されて、星の抜け道へ入った。


 カゥルとシャンリィを含む六名の調査隊は、小型調査機で砂浜に降り立った。
 凍てついたような灰色の海。白い砂浜は、ところどころが砂丘のようにうねり、小さな山のような丘を作り出している。そして、砂の向こうは金色に輝く草原だった。
「お。来たみたいだな」
 隊長が丘の上を指し示して言う。四足の生物が三名、砂の上へ現れた。長いふさふさの尾を振りながら、一気に駆け下りてくる。
「言語ユニットのタイプは?」
「該当します。彼らがこのあたりで確認された知的生命体でしょう」
 シャンリィは一歩前へ出た。隊長も、シャンリィに並ぶように横に出る。
 三名の知的生命体は、一行の前へ来るとぴたりと足を止めて一斉に口を開いた。
 隙間から息の漏れるような声で、何事か言う。シャンリィは隊長の方を向いて、口を開いた。
「『あなたたちは降り立つ者か』と訊いています」
「『降り立つ者』?」
 隊長が首を傾げる。
「はい。『天空から来たもの』という意味のようです。彼らの意識に、私たちの乗ってきた小型調査機の降りてくる映像があります」
「なるほど」
 シャンリィが知的生命の方を向いて口を開くと、彼らの発音そっくりの音が右肩のユニットから出た。
 シャンリィはしばらくのあいだ、知的生命たちと会話をして、隊長の方を向いた。
「彼らは、自分たちを『ティラネス』と呼んでいます。草原に暮らしているようです。神殿に来てほしいと言っています」
「神殿だって?」
 隊長が呟いた。
「はい。行かなければならないと思います。神殿への招待を断ることは、ティラネスたちにとって敵意を向けられるのと同じ意味です」
 隊員たちは互いに顔を見合わせて、知的生命ティラネスたちを盗み見た。大人しく地面に座っている三名は、害を加えるようには見えない。
「彼らは神様に仕える神官です。神殿で彼らの神様に会って欲しいそうです」
 シャンリィが淡々と続ける。
「神様だって?」
 カゥルは思わず、聞き返していた。シャンリィがちらりとカゥルを見て小声で言う。
「彼らを超越した神聖な存在『ペネター』。言葉から受ける感覚は『神』と訳すのが相応しい」
「判った。行くしかないだろう」
 隊長の言葉に、シャンリィはティラネスたちの方を向いて、彼らの言葉を発した。
 

 草原を渡る風に、黄金色の穂が揺れて細波が煌めく。
 先を歩くティラネスたちは、垂れ下がったふさふさの耳を揺らし、長い尾を揺らめかせながら草原の小道をゆったりと歩いていく。
 カゥルはそのしなやかな動きを見ながら、隣を歩くシャンリィに囁いた。
「先輩も尾を揺らして歩いているんですか?」
 シャンリィはじろりと眼鏡の奥でカゥルを睨んで、口を開いた。
「何の話?」
「前に言っていたじゃないですか。ユニットを組みこむと、自分が相手と同じ姿をしているような気分になるって」
 カゥルはそう言って、ずり落ちかけていた肩紐をなおした。シャンリィに持たされた重い荷物に、息が上がる。
 シャンリィは右肩を撫でながら言った。
「それは当然です。そういう感覚を持つようにできているんだから。ただし、相手のほうを向いて顔を合わせたときだけ」
「今は違うんですか?」
 カゥルの言葉に、シャンリィが憮然と言う。
「当たり前でしょ。ユニットを組みこんだだけで、いつでもそういう感覚があったら大変。翼を羽ばたいている気になっても、本当は翼はないし飛べないんだから」
「それじゃあ、なんで、そんな感覚を持つ必要があるんですか?」
 カゥルが首をひねって訊く。シャンリィは眉を寄せて口を開いた。
「あのね、素人じゃないんだから解るでしょ。感覚だけでも相手と同じにならないと、相手の表層に浮かんだイメージと言葉が一致しないってこと」
「表層……?」
「だから、意識の表層。あ〜もう。説明するのやめ!」
 シャンリィはそう言って眼鏡をずり上げると、カゥルに背を向けた。
「もう少し説明してくださいよ」
 カゥルはそう、声をかけた。シャンリィは振り向きもせずに、両手を大きく振って歩いている。
 カゥルは一人ごちた。
「それにしても、きれいですよね。宝石みたいだ」
 草原を占めている黄色い草の穂先には、光沢のある琥珀のような分泌物がついている。それが、光を反射して、眩い金色に輝かせていた。
 しばらく歩いてから、シャンリィは前方を見たまま誰に言うともなく呟いた。
「あの建物が神殿?」
 一面の金色の中に、白い石造りの建物が現れた。地面から続く階段が緩やかに上りながら建物の内部へ続いている。他に出入り口は見えない。
「彼らが造ったんでしょうか?」
 カゥルの言葉に、シャンリィがすかさず言う。
「そんなわけないでしょ。大きさがあわないもの」
 階段の下につくと、ティラネスたちは、促すように振り返った。
 彼らの言葉を翻訳して、シャンリィが言う。
「中で神が待っているそうです」
 一行は階段をのぼりはじめた。


 階段をのぼりきった先で、ティラネスたちは足を止めた。
 前方に細長い回廊が続いている。その先に、部屋があるようだ。
 シャンリィは振り返って、口を開いた。
「この先の部屋に、神がいます。私たちだけで中へ入るように言っています」
「そうか」
 隊長は先に立って、回廊を進んだ。すぐ後ろをシャンリィが、続いてカゥルたちが歩いていく。
 二回目の角を曲がると、急に広い部屋の中に出た。
 壁は樹木の根のような模様で飾られ、床に細かな木屑が敷き詰めてある。
 部屋の中央に、神が立っていた。
 カゥルよりも一回り小柄な二足歩行の生命体だ。若草色の瞳で、じっと一行を見回している。黒い肌。横に伸びた黒い耳。暖かそうに縮れた白く長い髪の毛。
「……羊人間?」
 カゥルは思わず一番前へ出て、アスィールの言葉で呟いた。
 神は、黒い耳を小刻みに動かして、カゥルをじっと見つめた。
「ちょっと、カゥル。早くユニットを出してよ」
 シャンリィがカゥルの背中の荷物を引っぱる。
「ああ、そうか」
 カゥルは背負っていた荷物を下ろした。
「該当するユニットはあるか?」
 隊長があわてて訊く。
「この星で確認された知的生命の分は、全部持ってきています」
 シャンリィはそう言って、荷物をかき回した。
 神は一歩カゥルに近づくと、両手をかざして目を細める。
 振り向いたカゥルは、目を見開いて神を見つめた。
 神の瞳が金色に光っている。カゥルが見つめていると、黒い肌の中で光はより一層輝きを増していく。
「何がはじまったの?」
 後ろで、シャンリィが肩のユニットを外しながら訊いた。
 カゥルは神の瞳から目を離すことができないまま、呟いた。
「さあ」
 とつぜん、神が奇妙なうめき声を上げて仰向けに倒れた。
「ちょっと、何やっているの!」
 ユニットを組み替えたシャンリィが、あわてて神に駆け寄った。
「俺は、何もやってないですよ」
 カゥルが神を助け起こしながら言う。
「神様に何か起きたとなったら、一大事だぞ。大丈夫なのか?」
 隊長がわめきながら覗きこむ。
「あ、気がついた!」
 シャンリィが明るい声で言った。
 神はゆっくりと上体を起こすと、瞬きを繰り返した。
 シャンリィが何事か言うと、神は口を開いた。どこかで聞いたことのあるような、耳に馴染む言葉だ。
 シャンリィが振り向いて言う。
「大丈夫。フィカしただけです」
「フィカ?」
「なんだそれ?」
 シャンリィを除いた隊員たちは、顔を見合わせた。
「フィカは……、フィカよ。他になんていえばいいんですか?」
 シャンリィは顔をしかめて隊員たちを見回した。
「いや。俺たちに聞かれても……なあ?」
「フエラヌム人にわからないんじゃあ、誰にもわからないだろ」
 シャンリィはキッと睨んで言った。
「私にはわかります。それを、伝える言葉が見つからないから、困っているんです!」
「その言葉に近い表現とか、何かないんですか?」
 カゥルが眉を寄せて訊いた。
「え〜と」
 シャンリィが腕を組んで考えこむ。
「苦しいじゃないし、目眩がするじゃないし……、う〜ん」
 神が見守る中、シャンリィはぶつぶつと呟いている。やがて、シャンリィは唸るように言った。
「やっぱり、無理ですよ。フィカは、フィカとしか言いようがありません」


 風が吹き渡るたびに、草が揺れて乾いた音を立てる。
「まだ陽が沈まないんですね」
 カゥルは風に黒髪を乱しながら、眼下に広がる金色の波を見つめた。
 シャンリィはぶつぶつ呟きながら、手の中の小さな機械にペンを走らせている。
「ええと『ペネトラル』は、この星の名前。名詞。『ペネター』は、ペネターたちからすると、星の民。自分たちのこと。ティラネスたちからすると、神。名詞。『イスラ』は聖なる山。これも名詞。それから……」
 カゥルとシャンリィは、神殿の屋上に出ていた。隊長と隊員たちは、他の場所に降りた隊員や母船と詳しい連絡を取るために砂浜の調査機へ向かっている。
「黒い毛皮のティラネスも居るんですね。俊敏な動きだなぁ」
 カゥルは草原を見つめながらつぶやいた。シャンリィがいきなり立ち上がって叫んだ。
「さっきからうるさいわよ。言語の報告書を作っているんだから、少しは手伝ったらどうなの」
「それは、手伝いますけど。記録してある発音にどんな意味があるのかは、先輩にしかわからないじゃないですか」
 カゥルは乱れた髪をかきあげながら言う。シャンリィは眼鏡の奥で睨んで言った。
「わかった。じゃあ、報告書は適当に書いておく」
「やめてくださいよ。後で整理するのは俺の仕事なんですから。手伝えばいいんでしょ」
 カゥルはため息混じりに言って、シャンリィから機械とペンを受け取った。
「操作の仕方はわかっているでしょ。次の音を出して」
 シャンリィに命じられるまま、カゥルがペンを動かす。
「あれ?」
 聞こえてきた音に、カゥルは首を傾げた。どうも、聞いたことのある言葉に聞こえる。
「これ、広域共通語の古い言い回しと同じじゃありませんか?」
「これは、ペネター・グレカの声ね」
 シャンリィは目を瞬いて続けた。
「最近の広域共通語ではあまり使われないけれど、ミックラ人の慣用句だったはず……」
「偶然同じことって有り得るんですか?」
 カゥルの言葉に、腕を組んで首をひねっていたシャンリィは叫んだ。
「これこそ、宇宙の神秘、そして謎。ロマンなのよ!」
「はいはい」
 カゥルはやれやれと思いながら、話題を振った。
「そういえば『神』っていうからどんな風なのかと少し怖かったんですけど、気さくに話す人でよかったですよね」
 カゥルの言葉に、シャンリィは顔をあげた。
「そうね。グレカも女性だし、ペネターの中でまだ若いみたいだから、わりとすぐに打ち解けてくれたのかな。私たちがどこから来たのかとか、どういう関係だとか、好奇心が強くて、困るくらいだった」
「そういえば、倒れる前に彼女は何をしていたんですか?」
 シャンリィは目を瞬くと、眼鏡を外して手に持った。藍色の髪が風に揺らめく。
「……先輩?」
 カゥルが訝しげに訊くと、シャンリィはおもむろに口を開いた。
「ペネターには人や植物、物の過去や未来を『視る』ことができる。だから、神と呼ばれている」
 シャンリィは目を細めて、続けた。
「あの時、グレカの瞳が金色に光っていたの、覚えている?」
「……はい」
「グレカはね、カゥルの過去を『視て』いたの。今までに見たことがないくらい可能性の分岐点が多くて、運命を構成している光の筋の数も多くて、未来は殆ど判らなかったみたい」
 シャンリィの言葉に、カゥルは目を瞬いた。
「分岐ですか?」
 シャンリィは、カゥルの顔をじっと見て、続けた。
「倒れたグレカを助け起こしたとき、私にも彼女が『視た』過去が少しだけ見えた。十歳くらいのカゥルが、小さな生き物を助けようとして炎の中に入って、大火傷をしている光景だった」
 カゥルは息を呑んでシャンリィを見つめ返した。
「すっかり忘れていたのに。誰にも言ったことがないのになぜ?」
「それが、ペネターの力よ」
 シャンリィはぽつりと言って、白く霞んでいる地平線を見つめた。


 風の吹きすさぶ「遠見の大岩」に、ペネターの長老たちが集っていた。
 濃藍色の天空に星が煌めき、満ちたる相のクァマルが煌々と蒼い光を放っている。
 北の極を視ていたキエト老は、目を細めたまま言った。
「やはり、私にも未来はわかりません」
「キエト様にも、視えませぬか」
 老婆が激しく角を振って言う。キエト老は重々しく言った。
「私に解かるのは、未来の分岐が今までの数十倍にも膨れ上がり、北の極からあふれ出て大地を覆っているということだけです。数多の分岐一つ一つがどんなものなのかはもうわからないのです」
 老人の一人が耳をだらりと下げて嘆いた。
「何ということだ」
「おや?」
 キエト老はゆっくりと天空へ顔を向けて、感動に耳を震わせて言った。
「おお。星々が『視え』る。ペネトラルから星々に続いている……」
 他の長老たちは、一様に顔をあげて、これまでは夜空を彩る光でしかなかった数多の星々を「視た」。
 夜空を覆いつくすように星々の間に張り巡らされた幾筋もの光の道。まるで網目のように天空に広がっている。
 光の道はいくつも分岐し、絡み合いながら緩やかに下降して、ペネトラルの両極へと続く。
 降り注ぐ幾多もの光の分岐。地表の隅々まで満ちて溢れ出る金色の光の渦。


 落ち着きなく部屋へ入ってきた神官は、前足を踏み変えて報告した。
「ペネター様。『降り立つ者』の一部は、彼らの建物へ戻りました」
「そう。他のティラネスたちは変りありませんか?」
 グレカが問うと、神官は口を開いた。
「いつものように、収穫の作業を続けています」
「そうですか」
 グレカは、金色の草原にいるティラネスたちを思い浮かべた。
「ペネター様。他の『降り立つ者』はどちらに?」
 神官が耳を揺らめかせて訊く。
「彼らは、神殿の最上部に居ます。風に当たりたいと言ったので、私が案内しました」
 グレカが応えると、神官は目を輝かせた。今までにグレカが見たことがないほど、明るく希望に満ちた表情だ。
「では、お入用の時には、いつでもお呼びください」
 軽く頭を下げて、耳を揺らしながら部屋を立ち去っていく。
 グレカは耳を震わせて、神官を見送った。激しく揺らめく尾からも、彼がとてもわくわくしていることが判る。
 この表情の変化は、彼らの分岐が増えたからだとグレカは思う。
 長老たちは常に、「分岐は少なくあるべきだ」と言っていた。「分岐が多いことは、ティラネスたちを惑わすことになり、やがて取り返しのつかない分岐の選択間違いに至る」とも。
 グレカは「降り立つ者」の男の過去を「視た」ときのことを思い浮かべた。数多の分岐に男はいつも迷い、選ぶまでに遠回りを繰り返し、避けられたのに怪我をしたこともあった。でも、彼が分岐点を選び間違ったのだとは思えない。
 グレカは今日、たどり着いた思いを口に出した。
「長老たちの言葉にもちろん間違いはありません。でも、正しい道が常に一つとは限らないでしょう?」

-end- 

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