兄ぃとクリスマスイヴ

 青空。白い綿のような雲がふわふわと浮かんでいる。窓越しの陽射しが暖かで、十二月なのにぽかぽかといい陽気。
 私は大きく腕を伸ばして、あくびした。
 今日は雪なんて降りそうにない。午後になってくずれるって予報だけど、こんなに暖かかったら雪じゃなくて雨かな。
「せっかくのイブなのに」
 思わず洩れたつぶやきの大きさに、自分でびっくりした。
 今夜はクリスマスイブ。けれど、一緒に過ごすカレもいない……。
 去年まで一緒に騒いでいた友人たちは、今年はみんなカレシ持ち。唯一残っていたアキまで、「一緒に過ごそう」って言っていたのに、直前にカレシ作って裏切ってくれちゃったし。
 だから、今夜がロマンチックなホワイトクリスマスイブになる必要なんて、どこにも、ぜんぜんない。花の? 女子高生だというのに、サビしいことだ。
「あ〜あ。つまんない」
 そうつぶやいたとたん、玄関のベルが鳴った。
「お母さ〜ん」
 返事がない。そういえば、さっき出かけたっけ。
「ミカ〜!」
 聞こえないのか、居ないことに決めこんでいるのか、妹の返事はない。私はのろのろと立ち上がって、玄関へ向かった。
「おおい、開けてくれ!」
 この声は……。私は嫌な予感を覚えながら、ドアを開けた。
 目の前に立っていたのは、冬にもかかわらず海に行ったかのように日焼けした、ボサボサ頭の、ボロボロのトレンチコートの……。
「兄ぃ!!」
 私はそう叫んで、まじまじと兄が腕に抱えているものを見つめた。
 長いホースをだらりと垂らした、掃除機のようなカタチ。そう、どう見ても古い掃除機のようにしか見えない。けれど、兄のことだ。また、いつものわけのわからない発明品なんだろう。
 兄は私の顔を見て、ニヤリと不敵に笑った。
「ふっふっふ。間に合ったぞ!」
「あっそう。早く中へ入りなよ」
 こんなアヤしい風体、近所の人にあまり見られたくないし。そう、心の中で呟きながら、私は戸を大きく開けた。
「なんだ、これが気にならないのか?」
 兄は掃除機のようなものを目立つように、持ち上げた。
 私はため息をついた。
 兄は昔から、それこそ幼稚園児のころから発明品を作ってきた。変な発想の、材料を手に入れるのが大変な、ヘンテコなものばかり。
 あの掃除機が何かなんて、聞きたくない……。
 私は、なるべく掃除機を見ないようにして言った。
「ずいぶん日に焼けてるけど、どこに行ってた?」
 兄は、大学の講義がないのかサボったのか、ここ一週間くらいどこかへふらりと出かけていたのだ。
 兄は私の言葉を聞いて、待ってましたとばかりに目を輝かせた。
 しまった!!
「いいところに目をつけたな! そう。これは一見、ただの日焼けのようだが、実はそうではないのだ」
 兄の話は長い。特に、自分の発明品にかかわることになると、それはもう、ただひたすら……。
「……今を去ること一週間前。気がつくと町はすでにクリスマスムードに染まっていて、今回はさすがに間に合わないかと……」
 私は咳払いをした。
「玄関先で長話もなんだし、とにかく中へ入ろう!」
 私の声が聞こえてないのか、兄はまだ話し続けている。私は兄の後ろへ回りこんで、ぐいぐいと背中を押した。が、ぜんぜん動かない。
 兄はいつの間にか、あの掃除機のようなものを振り回して説明をはじめている。
 私は背伸びをして兄の耳に顔を寄せると、大声を出した。
「日焼けの理由は!」
 兄は、ぱちぱちと瞬きを繰り返して、私の方を向いた。
「おや、いつの間に後ろに?」
「だから、日焼けの理由!!」
 私が大声で叫んだとたんに、兄はだらりと腕を下げて、崩れ折れるように屈みこんだ。掃除機のような機械は、大事に抱えたままだ。
「な、なに?」
 あわてた私に聞こえてきたのは、グウーという大きなお腹の音。
「はぁ〜。腹減った」
 私は思わず、兄の背中を蹴飛ばしそうになった。
「だから、とっとと中へ入れ!」


 私が盛ってやったご飯を、兄は梅干だけでもりもりと食べはじめた。すごい食欲だ。
「バカみたい」
 私の言葉に兄はぴくりと眉を動かすと、ご飯が口に詰まったままの状態で口を開いた。
「にゃにが……もごもご。俺はお前ちゃちのために……」
 ごくり。兄の喉が大きく鳴って、ご飯が喉をとおった音がした。
 階段を駆け降りるどたどたという大きな音が聞こえた。
「あれ、お兄ちゃん!?」
 勢いよくダイニングに駆けこんできたのは、ミカだ。白いふわふわのセーターにミニスカート。長い髪を器用に結い上げている。
「ねぇお兄ちゃん、どこ行ってたの?」
 リビングをウロウロしながらミカが訊いた。
「北のほうの雪山」
 兄は箸を動かす手を止めて、ミカのほうを横目で見ながら答えた。
「ええっ。それじゃあ、それって日焼けじゃなくて雪焼け?」
 私の言葉に、兄は顔を歪めて、白い歯をむき出して笑った。
 ミカはプレゼントらしい大きな紙袋を持って、ダイニングに戻ってきた。唇がいつもよりほんのり紅い。ミカめ、中学生のくせに、生意気にもお化粧したな。
「あんた、デート?」
 私の問いに、ミカは満面に笑みを浮かべて応じた。
「もっちろん」
「あ、生意気だ―!!ナマイキー」
 私が立ち上がると、ミカは逃げるようにダイニングから出た。
「行ってきま〜す」
 嬉しそうなミカの声が廊下に響く。
 とつぜん、兄がご飯が少し残っている茶碗を左手に持ったまま立ち上がった。
「イカン!」
「は?」
 ポカンと見つめる私の前で、兄は嬉しそうに右腕で掃除機のような機械を抱え上げた。ホースがだらりと垂れ下がったまま床についている。
「こんなこともあろうかと、この『カンキダン製造機』『カンキダン1号』を……」
 その時、バタンとドアの閉まる音が聞こえた。兄はとたんにうろたえた。
「急げ! 追いかけるぞ!」
 あわててボロボロのコートをはおり、茶碗と、どう見ても掃除機の「カンキダン製造機」とやらを持って、ホースを引きずりながら廊下へ飛び出す。
「ちょ、ちょっと、どこ行く気!」
 私もあわてて、兄を追いかけた。
 ただでさえ、近所で変な噂が流れているというのに、兄に「茶碗」と「掃除機」を抱えた変な姿で外に出られたらたまらない。
「ミカを、追いかけるぞ!」
 兄はコート同様ボロボロのスニーカーをつっかけながら叫んだ。
「追いかけてどうする気?」
 私もあわてて靴を履きながら訊いた。兄はちらりと振り返った。
「もちろん、この『カンキダン1号』の出番だ」
 私は首をひねった。「カンキダン」って、たしかテレビで聞いたことがあるような……。
 兄がドアを開けて外へ飛び出したので、私もあわてて後を追った。
「その『カンキダン』でどうするつもり?」
 兄はぴたりと立ち止まると、得意げに胸をそった。
「これは、その名のとおり、北の地で採取した寒い空気、すなわち『寒気』を、弾丸のような『タマ』として弾き出す機械なのだ!」
「あれ? 天気予報に出てくる『カンキダン』って、違うんじゃなかったっけ」
 私の言葉に、兄はニヤリと笑った。
「ああ。天気予報の方は『団子』の『団』だが、これは違う」
 兄は「寒気弾1号」を足元のコンクリートへ置くと、掃除機のようなホースを持ち上げて花壇へ向けた。茶碗の方を置けばいいのに、まだ手に持ったままだ。
 プシュ。
 空気の抜けるような軽い音とともに、花壇の土が吹き飛ばされるようにえぐれた。えぐれた部分の土が、なんだか白っぽい。
 私は恐る恐る花壇へ近づいてみた。えぐれた部分に触れてみる。
「あっ!」
 私は思わず手を引っこめた。
 冷たい。土の水分が一瞬にして凍りついていたのだ。
「どうだ。すごい威力だろう?」
 兄は誇らしげに、ホースを上へ向けた。
「……すごいけど、これでどうする気?」
「もちろん、悪い男からミカを守るに決まってる!」
 兄は、それが当然だというように言った。
「もちろん、お前もだぞ。ま、イブなのに出かけないようじゃあ、まだまだ心配なさそうだけどな」
 私は顔を赤らめた。なんか悔しい。悔しい。悔しいのに、言いたいことがうまく出てこない。
 ようやく私の口を出た言葉は、「古〜い!」だった。
 私はポカンとしている兄に向かって、にぎりこぶしで叫んだ。
「守るだの何だのって、考えが古すぎだよ!」
 兄は真顔になって言った。
「そりゃそうだ。古いのはどーしようもない。俺がやりたいというより、親父の願いだからな。お前たちを守るってのは。親父が家を出るときに俺の手をがっしりと握って……」
 私は単身赴任中のがんこ親父を思い浮かべて、がっくりと肩を落とした。
「とにかく、ミカを探すぞ!」
 兄はやる気だ。
「待って。こんなの、人に向けたら死んじゃうよ」
「大丈夫。相手の足を凍らせればいい」
 兄はぐいっと「寒気弾1号」を抱え上げた。なぜかまだ、茶碗を持ったまま。
「だから、凍らせればいいとかじゃなくて、怪我させちゃうんじゃ……」
 言いかけた私の言葉を無視して、兄は言った。
「さあ、行くぞ!」
 兄はぜんぜん私の話を聞いてない。私は腕を組んだ。
 探してもミカが見つからないかもしれない。けれど、こんな機械やっぱり危なすぎるし、こんな格好でうろつかれるのもすごく嫌。
 私はあわてて兄のコートをつかんだ。うわっ。何? この生地、嫌な感触。変に柔らかくて湿っぽい。
 私は思わず手を離した。
「うひゃ!」
 変な悲鳴をあげて、兄がひっくり返った。腕から「寒気弾1号」が滑り落ちる。
「あっ!」
 派手な音を立てて「寒気弾1号」が足元のコンクリートに叩きつけられて、掃除機のゴミパック入れにそっくりの蓋が跳ね起きた。
「ああぁぁぁぁ。苦労して集めたのに」
 兄は茶碗を持ったまま、情けない声を出す。
 二人が見つめる中、白っぽい蒸気のようなもやもやが、ゆっくりと空に上って行った。


「ただいまー」
 母の声だ。ぼんやりテレビを見ていた私は、立ち上がった。
「お母さん、兄ぃが帰ってるよ」
「スニーカーでわかったわよ」
 そう言って微笑む母の肩が、うっすらと白い。私は息を呑んだ。
「……それ」
 母は私の目を見て、ちらりと自分の肩を見ると、嬉しそうに言った。
「雪が降っているのよ」
「うそ!」
 私はあわてて窓へ近づくと、カーテンを開けた。 
 綿のような雪がふわふわと舞っている。
「わぁ……」
 舞う雪に見とれた後で、私はふと思い当たった。
「今日はぜんぜん雪が降る予報じゃなかったし、暖かかったじゃない?」
 兄と外にいた時だって、上に何も着なかったけれどぜんぜん寒くなかった。
「そうだった?」
 母は気にしていないようだ。それはそうだ。だって、兄の作った「寒気弾1号」を知らないから。
 もしかして……。


 食卓にクリスマスのご馳走が並んだころ、玄関のドアが大きな音を立てて開いた。
「雪が降るなんて聞いてないよ。もう、寒くって!」
 ミカだ。
 私は出かけたときのミカの姿を思い出した。そういえば、コートも着ていなかったっけ。
 ミカは足音を立てながら、ダイニングに入ってきた。肩も頭も真っ白で、頬が真っ赤だ。
「さっき駅前で見たんだけど、『局地的な降雪』、つまり、この辺りだけ雪が降ってるんだって! 異常気象だよ。風邪ひいちゃうよ」
 兄は顔を上げて、私を見るとニヤッと笑った。
「大成功だな」
 私にしか聞こえない小声で兄が言う。私は呆れて、兄をにらんだ。さっきまでずっと「寒気弾1号」が壊れたんで、ふさぎこんでいたくせに。
「いや、ま、あれは確かにお前の手柄だよ」
 兄は私がにらんでいたのをどう勘違いしたのか、小声でそう付け加えた。私は笑いながら言った。
「今回の発明品って、兄ぃが作った中の最高傑作だね」
「そうか?」
 兄は照れ笑いを浮かべた。
「なあに? 何の話?」
 ミカが濡れた頭をタオルで拭きながら訊く。
「いやいや、なんでもない」
 兄は大げさに手を振った。
「なによ、なんか怪しいなぁ」
 ミカが疑いの目で兄を見ている。私はニヤッと笑って口を開いた。
「ミカ。実はね……」
 兄は大あわてで私を見ると、首を左右に振って腕を振り回した。
「あはははは!」
 私はお腹を抱えて大笑い。
「ちょっと。なんなのよー」
 ミカは頬を膨らませて、むくれ顔だ。
「鳥が焼けたわよ」
 香ばしい匂いと共に、母がローストチキンを運んできた。
 ミカにはちょっと悪いけど、目の前にはご馳走。外は雪。こういうクリスマスもなかなかいいじゃない?

−end− 

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