教育実習、やりました。


 1999年6月、私は母校で教育実習を履修しました。
 いやはや、センセイがこれほど大変な仕事だというのは思ってもいませんでした。
 まさに、「実習」しなければどういうことか分からないものです。
 そこでここでは、簡単にその時のことを振り返ってみます。

 一番大変でかつ大事なもの、それは言うまでもなく授業でした。
 事前に綿密に計画を、教案という形式で練るのですが、実際教壇に立ってみて配分通り旨くいった試しがないのです。もっとも、授業を見ていた先生も「時間配分だけは何年やってもどうにもならんから、こだわるな」と嘆いていましたが…。
 前日までどうしようどうしよう、と思っていた割には、教壇上というものは緊張しませんでした。もっとも、私は中学時代に全校生徒の前で立ったこともありますから、それを思えば何ともないです。(その時は足の震えが止まらぬ位緊張していた)
 意外と旨くいきそうでいかないのが板書。昔、先生に指名されて黒板書きした経験のある人は分かるでしょうけど、私は特に字が右上がりになっちゃうんです。いくらやっても同じ。また、字が根本的に薄いのです。かつてチョークを砕くようにして板書する先生はよくいましたが、あれは注目を集めるためにやっているのではなく、本当にそれだけ気合を入れて書かないとだめだということなのでしょうか。(もっとも、板書の体裁にこだわっているのは本末転倒ですが)

 いわゆるホームルームの仕事も教師の大事な仕事です。教育用語的には学級経営というそうです。
 朝の点呼から連絡事項、小テストの返却などをします。一週間経っても全員の名前と顔がおぼろげにしか一致しないのは不徳の致す限りです。もちろん、朝夕のホームルームだけではなく、そこで回収した提出書類の取りまとめ、学習時間カードの集計の仕事もあります。

 教員は、それらの合間を縫って、授業に向けた教材研究、試験の採点、教科会議、父母対応、生活指導等を行うのです。このうち、教育実習生が経験するのは、やっぱり限度があって、授業実習の一部、教材研究、学級経営ぐらい。試験の採点も滅多なものはやりません(やらせてくれません)。

 普段、大学の講義は週10コマ前後登録して、学生一般は6割出席しているとします。教師は、実習校の実績ですが、授業だけで約15コマ担当しています。もっとも、ひとコマが大学は90分、高校中学は50分という差はあるかもしれません。それでも大変です。大学で講義聴く時はちょっと気を抜いて聴いていることもあるだろうけど、センセイは100%全力出さなくてはいけない。生徒の前では常に100%を、時には「演じ」なければならない。しんどいです。

 さらに特殊な事情ですが、実習校は中学・高校・高3進学棟・女子部と各校舎が離れているので、移動も大変です。端から端まで移動する羽目になれば5〜600mは歩かなければいけないんじゃないでしょうか。

 結構嬉しかったのは、懐かしの?「ホール行事」に行くこと。これは学園のホールで芸術関係の行事を行うものです。私は現役の学生時からホール行事は「折角タダ(もしくは支払済)なのだから数見ないと損」と思い、特に造詣が深くなくても積極的に見にいっていました。教育実習中にブラスや映画の機会があるのは有り難いことでした。教案の作成がなければ他の高校選択のものも全て見にいけたのにな。

 授業のクラスと、ホームルームクラスの生徒に、最終日に自由に感想を書いてもらいました。そこに手厳しい意見が多かったことはとても嬉しかったです。2週間必死にやってきたものに対し、冷静に評価してくれたのです。少しでも反応をかえしてくれた。喜びといったら不謹慎かもしれないですが、この激務に従事する「教職」の魅力の一端を感じられた体験だったと思います。(←なんか中学生の読書感想文みたい)


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last updated 6th Oct. 1999
written by Dachang(dachang@xd5.so-net.ne.jp)