今週のたはこと 2002年9月分


 食欲の秋のみ先行し運動・読書の秋の追いつかない、9月のたはことです。

○9/1(日)〜9/7(土)

 エルニーニョ現象、というと南米あたりでの影響が有名ですが、ここ最近はパプアニューギニアでそれが起こっているそうで、熱帯にもかかわらず記録的小雨なのだとか。(9/6)

 『イソップ寓話の経済倫理学』という本を最近読んでいます。イソップ寓話に限らず小咄を取り上げては逐一解説しているのですが、それを単なる教訓めいた話と片付けるのではなく、利己的・合理的(つまり経済的思考というべき?)な人間の行動倫理に結び付けていくんです。小咄集なのでどんどん読み進んでいけます。かなり面白いです。お勧めです。ああ、たはことを日記のみならず書評にしてしまった。(9/6)


9/8(日)〜9/14(土)

 「北の国から 2002 遺言」についての感想を言い合うのはやめてくれ〜! 俺はまだ見てないんだ! ビデオを北海道に持っていって、北海道で見るんだ。頼むからやめてくれ〜。耳に入ってしまう。(9/8)

 長野県が田中康夫の知事再選に湧いたその夜、長野県参院選挙区選出の一人の代議士がこの世を去りました。民主党所属の今井澄氏です。氏は東大全共闘のメンバーとして安田講堂に籠城するなど70年代安保学生運動に関連した一人です。田中氏はその10年後、10年毎の学生運動勃興なるかという時に大学に在学しており、その生活振りは当時の学生運動離れを代表するようであったと言えます。そんな二人の人生が同じ日にこのような交錯をすることに、感慨を禁じ得ないのは私だけでしょうか。(朝日新聞論説委員の高成田亨氏が、今井氏について追悼コラムを書いています)(9/9)

 ちょっとした用で認印が必要になって、自宅に印を忘れたので買いにいきました。三文どころか100円の判子を買いに。すると、自分の名前が売り切れではありませんか。しょっちゅうある名前でもないので妙に嬉しくなった直後、同じようにそういう店でさっと買って済ませている(←たぶん)同姓の人間がいるということに気付いたのでした(とほほ)。(9/11)

 9.11米国テロ追悼式典、大統領が襟章にしていたのは合衆国国旗。襟章に国旗というと、北朝鮮を思い出してしまいました。両国の愛国心の表明手段という点で、対して差のないことを感じさせられました。(9/11)


9/15(日)〜9/21(土)

 連休になったので北海道にきてやった。へっへっへ。でも、気温は東京のほうが低い。とほほ。(9/16)

 日朝首脳会談に備えてプレスが前日先入りして、平壌市内の様子が色々と、やや面白おかしくというか、報道されています。これだけやられると、もう希少価値を求めて北朝鮮旅行をしようとは思わないな(笑)。でも、店鋪のものの並べ方や街の通りの様子、暗い夜は、ひと昔前の中国の地方都市やロシアの様子と大して変わらないような気が。演出ありありにしても、記者の報道は面白おかしくしすぎという印象です(こういう報道になるということは、ひいては中国やロシアの様子も含めて視聴者が無知ということか)。
 夜に案内された冷麺屋は、ツアーなんかと一緒だ。そんなもんです。(9/16)

 それにしても、訪朝、の話題でもちきり、であります。私がおやっと思ったのは、金正日総書記の「肩書」。朝鮮中央放送は、いつもの「将軍様」や「偉大なる」「親愛なる」はなく単なる「金正日同志」と呼んだ模様。また、会談終了後の小泉首相の呼び方は一貫して「国防委員長」あるいは「委員長」でした。このあたりからして、微妙な変化があると言えるのでしょう。(9/18)

 地元を走るバスを何気なく見ていると、いわゆる「回送」バスの表示の英訳に「send back」というのが使われていました。普通回送といえばnot in serviceやout of serviceで、send backでは車庫に帰る時位にしか使えないではありませんか。こんなところに凝っているこの会社って一体…(send back以外にout of serviceもあるのかしら?)。(9/19)


9/22(日)〜9/28(土)

 2項前の金正日総書記の呼び名の件。推測するにこういうことだったのではないかと。
 韓国では、彼のことを一貫して北韓の国防委員長と呼称しており、これにならったのではないかと。ただ、この考え方、公式には先方を国家として認識していない韓国に対して、日本は「国交がない」、であってこれは国家として認識していないとは言えないので多少ニュアンスが異なるかもしれません。
 比較して考えたいのは台湾の取り扱いで、「行政院」(内閣)、「外交部長」(外務大臣)と現地名を使うことで認識していないようなやり方を取っていますが、「総統」はそのまま。…と書いたところで、日本国政府の見解として台湾の行政府について呼称したことはないかも。
 もっとも、そんな国家間の認識云々はともかく、そこに実効的な統治機構があって、人々が生活していて、ということを考えると実にどうでもいいたはことであります。(9/22)

 “天下の”朝日新聞サイトで、傷痍軍人の「傷痍」にわざわざ「(しょう・い)」などと読みが添えられていました。もはや街でハーモニカを吹いたりする傷痍軍人の姿は見られなくなったとはいえ、この程度の言葉を特別扱いするとは、何とも若輩者が書いていることよと嘆かわしく感じます。(少なくとも、私が小学生になった頃位にはいました。)(9/24)



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last updated 24th Sep. 2002
written by OHBA Makoto(dachang@xd5.so-net.ne.jp)