バスは今まで乗ったバスの中で一番みすぼらしく、何だか不安になる。実際、坂道に入ると人の歩く早さ程度までスピードが落ちることもあった。ただ、チェンマイのバスターミナルに到着したのは18時前後だったから、それでも定時に近かったのだろう。
バスターミナルで浅見先生に電話をかけ、無事に調査が終了したことを報告した。何故か先生の声が聞きたくて私が電話したのだが、妙に安心した。たった数十秒のやり取りで、100Bのカードは一気に無くなってしまった。
先程のバスはゼミテン二人と一緒だったが、ターミナルのトゥクトゥク乗り場で別れた。二人はチェンマイとスコータイ(Sukhothai)に向かう旨を話していた。因みに他の二人は一人は南タイ方面、一人はフィリピン帰国、の予定で、今夜チェンラーイを発つバスに乗るはずである。
自分もトゥクトゥクで鉄道駅へ向かう。Informationで聞いた相場通りの値段(50B)だった。一人で乗るのは初めてで、全身に当たる夜風がとても気持ち良かった。というのも、バンコク(Bangkok)でゼミテン5人で乗ると必ず私は狭いところに押し込められていたからだ(笑)。
駅で夜行列車を調べると、事前に調べてあった夜行列車の情報とはやや違う。共に寝台車を連結している急行と特急があるはずだが、それらは見当たらず、代わりにDRC(ディーゼルラーンカー、つまり気動車)の特急が一本だけ書いてある。そいつには当然寝台設備はない。横になりたかったがやむを得ないので切符を購入した(481B)。
駅周辺は思ったよりも寂しい。駅前にこぎれいなホテル一軒とセブンイレブンがある他には、数軒の店しかない。そのうちの一ケ所で例によってぶっかけ飯を食べた。セブンイレブンではパンや菓子、そしてタイの国産ビールであるSingha Beer Goldの瓶ビールを調達することが出来た(また飲む…^^;)。
チェンマイ駅は4つしかホームがなくて思いのほか小さく見える。タイ国鉄で最北の駅と考えると、なんだか稚内と似た雰囲気が無くもない。構内には辛うじて国際電話があったので、出札でテレホンカードを買って家と店に電話をした。就職関係の手紙が一杯来ているのと、川崎駅から電話があったとのこと。帰国直後の28日は朝から出勤、ということになってしまった。トホホ。お土産も増える…。
窓口で貰ったタイ語の時刻表を見ると、19:15に到着した列車をそのままそこで整備して20時丁度に出発するようなのだが、列車が到着するそぶりも見られない。全席指定だが多くの人々がホーム上で待っているので私もその端の方にいて待ち構えていた。
実際に列車が入線したのは約1時間遅れの20:23。周りの人々は遅れたことへの憤慨の表情はなく、むしろ早く車内に入ろうといきり立っている様子である。しかし我々を焦らすように20分もかけて車内整備と外側洗浄(?)が行われ、それから乗車となった。客が乗り込むとすぐ(20:47位か)発車となった。発車ベルはなく“汽笛一声”のみ残し、3両と身軽なディーゼルはチェンマイを後にした。
車内の様子はというと、リクライニングシートが列んでおり空調も程よく効いている。3両ともに2等座席車。その椅子は、時たま微妙にずれ、気になる。
すぐに軽食サービス。内容はカーオ(御飯)と鶏の空揚、鶏と野菜の炒めもの、菓子、水である。電子レンジで温めてあるが、大味でまあまあというところか。まぁ、夜行バスで供される味気ないパンよりはいいかもしれない。
その後、車掌二人組が来て、一人が席の番号と行き先(らしきタイ語)を読み上げてもう一人がそれを記録していった。これがタイ流の検札なのだろう。
1時間以上の遅延でバンコク・ファランポーン(Hualamphong)駅に到着した時点で私は疲れ切ってしまっていた。取り敢えず、「いつもの」駅内の水浴び所で水浴び。その後、手持ちの荷物を少しでも減らそうと考え、郵便局から小包で日本に送ってしまうことを計画し、駅のツーリストインフォメーションデスクで紙にタイ語で「中央郵便局」と書いてもらい、トゥクトゥクにそれを見せてGPO(Government Postal Office、中央郵便局)へ向かった(50B)。
流石にバンコクの中央郵便局は大きい。入って右奥に段ボール箱も売っているパッキングサービスカウンターがある。そこで寝袋や防寒着やノート、ヤソトーン(Yathoton)の村長に貰った米やらをパッキングした。量が多くてひと箱は寝袋だけで一杯。まずパッキング代と箱代で44B。そして重い方(色々詰めた方)をAirmail扱いで出したら何と2000B以上かかってしまった。これは非常に痛い!。寝袋の方は懲りてSAL(飛行機便と船便の組み合わせのこと)で400B程度。2000Bといえば日本円にして約7000円。こんなに多額を郵便で使うのは初めてのことで、明らかに失敗である。まあ、良い教訓にはなったが…高い授業料だ。
でも荷物がだいぶ軽くなった。これなら疲れも半減だ。再度駅に戻り(40Bだったが、トゥクトゥクの運ちゃんが迷って50Bに)、手荷物預かりサービスでバックパックを預けた(10B)。そして忘れちゃいけない、今日の宿でもあるノンカイ(Nong Khai)行の切符をadvance booking officeで購入。2等寝台エアコンなし、下段。428B。一列車中わずか32席のうちの一枚で、番号が32であるところを見ると最後の一枚だったのかもしれない。
さて今夜の心配はないのだが、バンコクで半日如何にせむ、と考えたところで、今回の旅程の二日目に外側から見るだけで入場出来なかった王宮に行くことにした。
身軽になったので、いつもの街歩きの欲望が出てくる(?)。地図と方位磁針を頼りに西へ向かって歩き出す。途中チャイナタウンで迷い、壁貼りの中国語新聞を読んでいる人達に中国語で道を尋ねたのだが、何故か全く通じない。広東語(らしき言葉)すら返って来ないし、逃げていってしまう。タイ人に話しかけて逃げられたのはここだけである。それにしても彼らは中国語が理解出来ないのだろうか。ならば新聞は読めないんじゃないの??それとも私の発音が例によって悪いだけ?謎は尽きない。
駅から歩いて2時間程度か、折角なのでカオサン通りに立ち寄った。インターネットカフェを捜すと、あるはあるは、一杯カフェが。その内の一軒に入る。期待はしていなかったがやはり日本語フォントはないとのことで、telnetでsubjectだけさっとチェックし、てっけんMLと友人に英語でメールを送るにとどまった。料金は2B/分と1ドリンク注文。一時間程居て15Bのスプライトをたのみ、しめて113Bなり、である。回りはTシャツ短パンのアングロサクソン系の兄ちゃんだらけ。
カオサンを歩いているとガイドブックの古本屋を発見。いかにも一大情報拠点らしいが、そこで『地球の○き方』の東南アジア編の最新版を発見。心細かったのでつい購入してしまった。値段は日本の8割位になっていて、値段の所がマジックテープで塗りつぶされていた。
さて、念願かなって入る王宮は門に国軍兵士が立っており少し緊張する。チケットは125Bと異様に高い。入口ではまたもや兵士が居て服装チェックをしている。国王への敬意の意味から露出度の高い服装は禁止らしく、腕捲くりをしていた私は戻すように注意された。しかし、最初から半袖シャツの人は大丈夫らしい。因みに短パンは例外なくダメのようだ。
王宮はワットプラケーオとよばれる部分を含んでおり、中でも圧巻はエメラルド仏であろう。季節によって法衣が変わるという凝りようとエメラルド独特の色合いは一見の価値がある。その他にも多くの金色の塔がまさに乱立しており、目が眩しい。中国からの観光客が多いらしく、お蔭で解説をちょっとだけ盗み聞きしていた。
王宮からの帰りも歩いた。泥棒市場を経由する。狭い道は服飾店を中心に賑わっている。鶉卵の目玉焼きがあって、おいしそうなのでつい食べる(20B)。これはいける。たこ焼き器を使っていたのには驚きだった。
17時過ぎにファランポーンに戻ってきた。駅前の屋台で麺(水代含28B)を食す。荷物を取り戻してから再度の水浴び。一日中暑い中を歩き通しで汗だくだったので気持ち良い。