ノンカイ行の急行列車はタイ国鉄の(おそらく)典型的な古い車両で、14両もつないでいるが実際に終点まで行くのは7両。残りは途中のウドンターニー(Udon Thani)で切り離される。因みにウドンターニーまではこの急行列車以外にもう一本特急列車も運転している。こちらにはエアコン有りの寝台車も連結されていた。
駅に戻った時点で既に列車は入線しているのだが、別に3等座席に乗る訳では無いし、寝台は指定されているので急ぐこともない。お約束?の編成調査をすると、やはり2等寝台は一両だけである。しかも機関車の次位ということで、一応乗り心地にも配慮しているようだ。
ほぼ定時の19時01分、列車は汽笛を3発鳴らして出発。ゆっくりと駅構内を抜けていく。列車はスラム地帯に入って汽笛を鳴らしまくっている。20時過ぎ、空港のあるドンムアン(Don Muang)駅で上段のお客さんが乗ってきた。また、列車職員もこの辺でやって来て、ものの2〜3分でベッドメーキングをしてくれた。すばらしく快適である。この調子だと、1等のサービスはどんなものなのだろうか。想像もつかない。
ベッド状態でも、当然窓は開いていて夜風が入ってくる。今まで数多くの寝台列車に乗車してきたが、本格的に窓の開く車両は初めてである。天然の風はいいものだ。ビールもすすむ(^^)。
疲れているには違いないので、ビールを飲み干すとさっさと鎧戸を閉め就寝した。
ノンカイに到着したのは例によって遅延していて8時前。この街では何とかしてラオスビザを取得しなければならない。取り敢えずは街中に出なければならない。ホームを一瞥すると、トゥクトゥクの運ちゃんがいるは、いるは。多くの人々が列車の出口(駅の出口ではない)で彼らを捕まえ、若しくは捕まり、車へと案内されている。ノンカイは駅と中心部、そしてラオスへのゲートウェイである「タイ・ラオス友好橋」(Friendship bridge)が離れており、トゥクトゥクは利用せざるを得ないのである。そこで私も運ちゃんを選ぶ間もなくその内の一人に連行されることになった。 "I want to go Laos, but have no visa."とか何とか言うとあっさり通じる。こういう客の扱いはお手のもの、なのだろう。タイにはアジア大会で来たのか、と聞かれてしまった。まあ普通だったらそうなんだろうけど、適当に返事をする。15分程走ったところで、街中ではなく橋の近くの代行業者に連れてもらった。最初60Bと言っていた運賃は"my friend"だからといって50Bでいいという。全く上手い商売ではある。
その業者のところには既にアングロサクソン系のおっちゃん達が数人いて、そこに混じり私も申請する。写真1枚が必要で、料金は3000B(約10000円)である。バンコクのラオス大使館で申請するよりずっと高い。まあ仕方ないなと思い払って、30分位待っていてくれと近くのドライブインの様な所に案内される。そこで麺の朝食をとりつつ、3000Bは高すぎると考えていた。実はバンコクにいた時に申請しようと思えば出来たのであった。王宮までは徒歩で行ったのだが、それを諦めて大使館に自分で出頭すれば、午前中に申請して即日15時には受け取れるらしい。しかも料金は1300Bだという(『○き方』による)。何だかボられたのではないかと心配になってきた。
1時間程待っていると、業者の兄ちゃんが行きましょうと言う。どうやら橋の向うまで同伴しラオス側の発給窓口を利用するらしい。彼はボーダーパスを持っており、見せてもらったのだが更新してまだ一月程しか経っていないのにタイの三角と四角のスタンプで一杯になっていた。手続きはまずタイ側の橋の手前の料金所のようなところで出国手続きをする。橋は自動車専用なので、徒歩旅行者は橋を通過する乗り合いバスに乗ることになる。このバスは10B程度必要らしいが業者が払ってくれる。3000Bに込みなのだろうか。橋は流石に大河メコンに架かるだけあって長いが2車線しかない。業者の兄ちゃんも教えてくれたのだが、橋の袂から線路が一本寄ってきて、橋の中央を走っている。将来はノンカイからヴィエンチャン(Vientiane)へ線路が伸び、直通列車が走るのだと言う。そんなことになれば国境の街の代行業者としては仕事が減るかもしれないと思うのだが、そう語る兄ちゃんの顔は実に明るかった。
橋を抜けバスを降りたところでビザを取得しに兄ちゃんが窓口へ行く。ラオ語が一杯書いてあるビザを発給してもらった。そして入国税が100Bらしいが、これも払ってくれる。その次の入国審査はものすごい列!しかしそこは兄ちゃんが気を利かせてくれ、窓口に向かってふた言み言話したあと、その長蛇の列をショートカットしてくれた。これはラッキーである。3000Bの効き目抜群、というところだろうか。そこを抜けた後、両替で「100B貸してごらん」と渡すとそれが11500Kip(キープ)になって返ってきた。これが幾ら札で、と説明してくれる。そこで兄ちゃんとはお別れとなった。