3.ソウル滞在(1日だけ)


1999年8月31日(火)(続き)

 首都の中心駅だけに、ソウル駅はでかい。各方面から、セマウルやムグンファが頻繁に発着している。日本と違うのは、近郊電車は地下鉄に乗り入れているのでこの駅には入ってこないこと。だから、構内には架線がない。空が妙にすっきりしている。改札で、拙い英語で切符が欲しいと言うと改札員は簡単にくれた。嬉しい。

 一旦駅構外に出て、地下鉄のソウル駅からキョンボックン(景福宮)へ(500W)。事前の情報では、この近くに韓国YH聯盟があるとのことだったが、該当するビルを捜しても見つからない。仕方ないので、電話をしてみる。「Japanese speaker please!」と連呼したら日本語の出来る職員さんに対応して頂けた。結局、聯盟を通してSeoul Olympic Park YHの予約を取って頂けた。感謝。

 雨が降ってきて大振りになってきた。電話ボックスから急いで地下鉄方向へ逃げ帰る。それにしても思うのだが、韓国の横断歩道の信号は何故にああも早く切り替わってしまうのだろう。バックパックを背負って移動する身には酷である。さて地下鉄はキョンボックンから3号線でチョンノサムガ(鐘路3街)で5号線に乗換え、マチョン(馬川)行に乗ってオルリンピックコンウォン(オリンピック公園)へ向かう。この紫色の5号線は末端が分岐しているので必ずマチョン行に乗って、とは聯盟の方のお言葉だった。ソウルの地下鉄は東京の営団・都営地下鉄に引けを取らない位充実した路線網を持つが、ソウル市自体が大きいので移動で時間がかかるので注意が必要だ。

 オリンピック公園に着いた。といってもべらぼうに広かった。聯盟で聞いた話では地下鉄駅から徒歩15分らしいが、もっとかかった。入口の駐車場の番をしているおっちゃんに至っては英語が分からないらしく「ホテル?あっち行け」(多分)と言われる始末だった。結局雨の中を20分以上さまよって、公園を挟んで地下鉄と逆の辺に発見したのだった。

ソウルYH  Seoul Olympic park YHは、Olympic Parktelという、とてもYHとは無縁そうな高級ホテルの趣で、最初はまさかと思ったが、フロントにいつものinternational YHのマークを発見して安心(笑)。金額は素泊まりで1泊11000W。格安である。部屋は10階にあり、鍵はドアマンに開けてもらう。室内は2段ベッド×2で、普通のホテルの部屋の中にこいつがあるというのが妙だ。バスタブはなく、シャワーのみだが、全体的に綺麗で文句なしである。

 既に西日が射してきている。夕飯の調達に外出することにした。まず向かったのはカンナム(江南)。それには地下鉄の2号線に乗らなければ行けないのだが、あのオリンピック公園駅まで戻るのも億劫だし(しかも2号線に接続するまで結構距離がある)、地図を見るとむしろこのホテルは2号線のソンネ(城内)駅に近そうである。ということで真直ぐ道なりに向かったところ、あっさり到着。これ以降、すべてソンネ駅で、あのオリンピック公園駅には一度も行かなくなった。因みに、ソンネは地上高架の駅である。

 カンナムはソウル市の新興開発地区のような場所らしく、ネットカフェでもないかなぁというアテがあった。駅には地下街もあり若者で賑わっている。そこを冷やかしてから地上の大通りへ出るとあっさり発見。"Laputa"という名前の店である。日本語フォントもあって、日本語のwindowsではないので書き込みは出来なかったがメールをチェックすることが出来た。オーナーは多少日本語が話せるのでお勧めである。
 さてこのカフェで手帳をチェックしようとしたら、バッグ内に手帳がない。キョンボックンで慌てて電話している時に忘れてきたらしい。急いでキョンボックンまで戻るが、手帳はなかった。(それもそのはず、ホテルに戻ったらホテルに御留守番のお荷物の中に入っていたのだった(^_^;)。)

 キョンボックンに戻ったついでに(?)、『歩き方』に掲載されているサムゲタン専門店に行ってみた。サムゲタンとは、鶏の内蔵をくり抜き、中にもち米や棗やクコの実、朝鮮人参などを詰め込み、土鍋で煮込んだ一品料理のこと。キムチやカクテギが沢山付いてくるのでお腹がいっぱいになる。粗塩に付けて食べる鶏肉はよく煮込まれていて美味しい。ラストに一献飲み干す人参酒も最高だった(全部込みで10000W)。

 さてYHに戻ると既に22時過ぎであった。普通の日本のYHだったら門限違反ものだ(笑)。到着時には私以外には荷物が一つだったのが、欧米系のお兄ちゃんと韓国人のおっちゃんの二人に増えていた。流石に疲れていたので、ふた言み言話してから、シャワーを浴びてさっさと就寝した。もっとも、この後、午前1時頃に日本人二人組が来て起こされてしまうのだが…。彼らとは何も話していないが、フライトが大幅に遅れでもしたのだろうか。

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last updated 20th Dec. 1999
sorry,Japanese only.
written by Makoto OHBA (dachang@xd5.so-net.ne.jp)