5 前線の島 金門


 台北で買った本と先程貰った地図を頼りにいざ島内を見て回ることにする。島の大きさやバスの便を考えるとレンタルバイクが最適なのだが、道が不案内だし、自分自身まだ原付免許も普通免許も取得して1年未満の初心者である。加えて台湾では国際免許証が適用外(元々用意してないけど)であることもあり、まずバスで移動してみることにした。

 金城は島の西部にある。そこから東部の集落の一つ山外へは1路のバスで移動。宿のおばちゃんの話ではここから8.23戦史紀念館は歩いていけるということだったが歩いていける距離でなさそう。ここで一大決心(?)し、流しのタクシーを拾う。移動しているうちに、このタクシーで周遊することにした。メーター使用か、時間貸し(300元/日)にするかといわれ、前者にしておく。ところが、見学時も時間でメーターがチャージされているので、気になって見学が疎か?になってしまったのが失敗であった。値段的には得だったようだが…。

 8.23戦史紀念館は、1958年8月23日に共産党軍が金門島を攻めたものの国民党軍が返り打ちにした時のことを展示している。戦況図、将軍の写真、新聞記事などが展示されていて、国共内戦に興味のない人には全く面白くないだろう展示である。外には上陸用戦車や戦闘機も展示されている。因みに入場料金は無料であった。

 ○十元追加になったメーターにヒヤヒヤしながら、次は島の北東端へ車を走らせる。東北部には馬山観測站がある。ここは大陸の南安縣がほんの2.1km先に臨める場所で、今でも民国軍が観測を続けている。敷地内に馬山播音站というものもあり、かつてはここから宣伝放送もしていたという。ここでは身分証明証を預ければ中に入れ、望遠鏡で大陸を覗くことが出来る。コンクリートの細く長い道を300m歩いただろうか、その先にトーチカの窓のような観測口があった。台湾本島からの観光客で結構賑わっている。少しもやがかかっていたが、確かに対岸の人家まで見えてしまう。タクシーの運ちゃんも双眼鏡で覗き見ている。この場で、あちら側にも行くことのできるのは私だけであろう。どんな気持ちで台湾・金門の人々は大陸を見ているのか、私には知る術もない。

 続いて、馬山から10分位の場所にある、民俗文化村へ行く(入場50元)。中国の伝統的家屋を移築して展示しているもので、19世紀頃の雰囲気をよく出していてお勧めである。ここで件の運ちゃんが、「ここには人がまだ住んでいるんだ」と言うので本当か聞いたのだが、答はよくわからなかった。

 時間が余っているので、行く予定のなかった古寧頭の戦史館へも行くことにした。古寧頭は馬山のように大陸が臨める、島の北西にある集落である。国府軍が台湾に逃れた1949年に激しい砲撃戦があり、上陸する中共軍を阻止したという場所らしい。が、行ってみると7月いっぱいまで改修中で入場できなかった。運ちゃんは知らなかったらしくしきりに謝るが仕方ない。

 最後に、金城に戻るついで、同集落の南部にある呂(草冠に呂)光楼へ寄ってもらう。呂光楼は金門が今のような位置付けになってから建てられた建物で、台北の中正紀念堂のような、シンボリックなものである。名前の呂光も、「毋忘在呂」という故事からとったものである。この故事は、春秋時代に斉が他国に攻め込まれつつも呂州の城で耐えて後に挽回を果たしたということに由来しているらしい。いかにも、な名前で、ちなみに「呂光」は列車の名前にもなっているし、また島内にはこの4字を蒋介石が刻んだという石碑もある。楼内は1階が映像室、2階が金門についてのパネル展示、3階が蒋介石が金門を巡視した時の写真の展示である。3階のテラスからは金城の市街、更に視線を遠くに延ばせば小金門(ここは台湾支配下)と大陸がうっすら見える。3階の入口に大きく書かれた文字、「有金馬才有台澎」(金門・馬祖があるからこそ台湾・澎湖がある)というこの言葉に金門の地勢的重要性が感じとれた。

 16時過ぎ、一旦宿に戻ったが、まだ時間があるので小金門にも行っておこう、と思いバスに乗り水頭碼頭(=埠頭)へ。小金門までは10分程の船旅である。到着するなり、壁に大書されたスローガンが目に入る。一歩前線に近付いた雰囲気だ。渡し船、タクシーを乗継いで湖井頭観測站まで飛ばした。ここは先述の2站よりもあの厦門島に近いのである。閉まる間際だったので人はいなく、じっくり観察することができた。ここの場合、手前に大小いくつかの岩礁があってそこには台湾側の旗(晴天白日紅旗)・観測所があってこれも興味深い。対岸の建物には、殊更あの旗(五星紅旗)は確認できなかったがやはり様子を観測することができた。また、ショーケースには、対岸に向けて宣伝の為に海に流した物資や書類が展示されていた。書類(カード)の内容は「台湾は民主・平等を達成し貧困を解消した」「発展をとげた新竹工業地区」とかいう類のもので、衣服なんかも流していたようである。(写真=湖井頭から臨む厦門市)

 金城に戻り、休市街をぶらつくことにする。バスターミナル裏にある通りは「模範街」と呼ばれ、大正時代風の街並が保存されている地区とのこと。レンガのアーチが続く様は壮観であり、現在もそこに生活が息づいているのがいい。その模範街を通り抜け、市場のような賑わいの街を、胡麻団子をぱくつきながら歩く。魚介類の豊富さに目を奪われる。(写真=模範街)

 夕食は、ガイドブックの筆頭に掲載されていた「[虫可]仔麺線」。[虫可]仔は辞書にも載っていない妖しさである。一杯40元と安いのでチャレンジすると、小さい牡蛎のようなものが入っている麺であった。これは、危ない(笑)。美味しいのでどんどん食べてしまうのだが、大丈夫か?食べているうちに外は物凄い雷雨に見舞われる。雨宿りを理由に2軒目に突入。今度は、島のもうひとつの名物らしい牛肉を使った水餃子(80元)。これはスープの味付けが絶妙で、ビールもよくすすんだ。

次へ(6 台南)


last updated in 17th Jun. 2001
written by OHBA Makoto(dachang@xd5.so-net.ne.jp)