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告井土暖の個人美術館へようこそ
ここは つげい どだん の 個人美術館付属
土暖流 陶芸歴史館
入り口です |
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個性豊かな考え方こそが
歴史と自分流ものづくりの真髄
陶芸は楽しい。子供のころの自分に戻ったような感覚で、自由気ままな創作が楽しい。
無理やりに作って崩れたり割れたりしても、それがまた味わいとして面白かったりする。
趣味の中でも陶芸は難しい理屈をそれほど必要とせず、初心者でも無心になって創作できるし、
焼成中に炎の洗礼を受け、作った時と出来上がりが大きく変化するところもまた多くの人をとりこ
にすることでしょう。慣れないと手や顔が泥んこになったりしてあまり格好良くはないが、それも
充実感のひとつだったりするのです。陶芸は万人向けの奥の深い趣味といえるのかもしれない。
告井土暖・・・初めての陶芸





初めての陶芸に挑戦
陶芸に始めて挑戦したのは若かりしころ。
同僚が一緒にやらないかと誘ってくれたのが始まり。
その頃まだ陶芸教室は珍しく、近所には殆どなかった。
理由は簡単で、専門家しか窯をもてなかったからだ。
当時、陶芸作品を焼くには窯元か、お金持ちの趣味の
窯などに同伴させていただくしかなかった。
言ってみれば、陶芸は産地の近くに住んでいるとか
代々の陶芸家の子息とか陶芸作家に弟子入りするとか
しないと出来ないことで、薪で焼く窯しかない時代では
庶民的趣味には向かないことだったのだ。
時代は変わり、化石燃料の灯油とかガスの普及につれ
て簡便なガス窯や電気窯などが開発され、どこでも手軽
に焼けるようになり、陶芸教室も全国に急速に広がった。
みんな割れた
同僚に誘われたものの、窯元に出向いて行ってそこで
作陶し焼いてもらうのではなく、土を持ち帰って自宅で
作りそれを窯元まで運んで焼いてもらうやり方だった。
そんなやり方で作っては窯元に持ち込み焼き上がりを
待つのだがなかなか焼き上がりの連絡がない。
やっとのことで連絡があったと思ったら、「窯の中で全部
割れた」との連絡。
窯元までが結構遠く、運ぶ途中でも破損し窯の中でも割れ
たりしてさんざんな陶芸だった。
それでも、めげずにまた作ったりして数回それを繰り返し
たが、いつも全て割れたという連絡のみで完成品はひとつ
として手にすることもなく、また破片を見ることもついに
一度もなかった。
そこで一念発起
期待が全て裏切られたような気がして、とうとう友人二人
でちょうどそのころプロパンの小型窯が発売され始めたの
を知り、共同出資で買い求めることにした。
一生の趣味に発展
窯は買っても焼き物の知識などまったくない二人だった。
無謀にも本当のぶっつけ本番。
焼けばいいのだろう?くらいの考えで焼き始めた。
焼成時間や昇温方法、土の乾燥状態をも省みず焼いた。
結果、温度を急激に上げすぎて棚板が真っ二つに割れ、
同時に作品も割れたりくっついたり窯の中で爆発したり
することもたびたびだった。
いろいろ失敗ばかりだったが、たまにはまずまずの物も
焼けたり、無茶した分、かなり面白いものが焼けることも
あたりして、これもまた陶芸の面白いところだった。
それからというもの作って焼くことが面白くなり、もっと作
りたいという欲求に駆られた。しかし、当時子供も小さく家
が狭い社宅住まいだったので仕方なく、家族が寝静まった
夜中に畳の上に新聞紙と小さな板を置いて土を練る練習から
はじめ、てびねりで小さな作品を作るようになった。
夜なべ仕事だし狭くて机も何もない畳の上での仕事なので、
ひざを曲げた前かがみの姿勢なのだ。当然、すぐ腰が痛く
なって仕方がなかったが毎晩のように夢中で作った。
ちいさな宝物
道具は殆ど何もなく、手先だけで作る手のひらサイズの小さ
なものばかり。ただ思いに任せて作っただけのものだが当時
はそれでも大満足だった。
そう、今となってはそんなものでも「懐かしい思い出」と
いう小さくても大きな宝物なのです。
大きいものはだめ
買った窯が小さくて、大きなものは焼けない。
少し慣れてくるともう少し大きな窯を買えばよかったと思う
ようになったが、後悔は先に立たず。
仕方がないから、小さいものを大きく見せようと額に入れた
魚を多く作った。
左上のマッチサイズの用の額は買ったものだが、ほかは
額も全て手作り。
自作自演
陶芸から始まって、額ひとつとっても作り始めると材料やら
貼る布の種類や貼り方、糊の種類や塗料などどんどん興味
の幅が増えて、その殆どを手作りするようになった。
アイデアスケッチ
陶芸を始めたころは土をこねたら何の腹案も持たずにすぐ
作り始めた。
それでも当初は楽しくて何の支障もなかったが、次第になれ
てくると仕事の合間にも「こんなものが作りたい」と、ふと
思いついたアイデアをメモに書き留めて置くようになった。
きっといつかアイデアに行き詰まり、困るときが来ると考え
られたからだ
それ以来のアイデアメモやスケッチが今でも私の大切な
財産としてスケッチブックに保存されているが、なぜかあま
り利用されていない。
アイデアというものはそのときの思いや技量レベルによって
刻々と変化していくのもなのかもしれないと今は思う。
アイデアはアイデアを呼ぶ
アイデアはとても大切なことですが、それを文章だけで書き
とめておいても後で読み返したとき、いったい何を考えたの
か理解できないことが多いのです
やはり概略は絵で、詳細は文字で書きとめたほうが時間がた
った時思い出すのに良いでしょう
しかし、絵を描くのが苦手な方もおられると思いますが、
絵もまた訓練というか慣れると次第に描けるようになります
ので下手でも描いておくようにすることです
また描いているうちとか後でその絵を見たとき、その絵を
元にまた新しいアイデアが生まれたりすることもありますか
ら、やはり絵は描いておくことがとても重要です。
この習慣は陶芸だけでなくあらゆることに利用できる便利な
習慣と言えましょう。
広がる間口
陶芸に自信が付き個展を始めると陶芸作品には置物が多く
壁面に飾るものが少ないことに気づきました。
個展会場では展示台よりも壁面のほうが自然目線で見ること
ができるので、壁面展示はかなり重要なことなのです。
そこで、壁面対策として最初は油絵や写真を展示しましたが
和の趣を持つ陶芸のバックに合わないので、同じ和調イメー
ジの墨彩画を描きはじめ、合わせ展示するようになりました。
どんどん広がる間口
その壁面の絵も墨彩だけではつまらないので、詩を添えた墨
彩詩書に変化させたり、手描きのTシャツや手作りの絵本な
どと制作課題がどんどん増えていきました。
今では自分の作品全体をインテリア空間にトータルにコーデ
イネートしたいとまで思うようになりました。
とうとうホームページ
長い趣味生活でどんどん増えてしまった作品は個展だけでは
紹介しきれなくなってしまいました。
そこで一念発起して始めたホームページ作り。
なにもかもが独学の私にはかなり大変な仕事でしたが、お陰さま
で最近では毎日たくさんの方々に告井土暖の全てをご紹介できる
ことが出来るようになりました。
人生思い出が大切。
良いのか悪いのかよく分かりませんが、これが私の人生。
趣味に明け暮れる毎日に、充実感を感じながらこれからも出来
る限り続けていきたいと考えております。
こんな私ですがどうぞよろしくお願いいたします。
少し慣れると大きな物も出来るように
なり、限界に挑戦した大きな鳥型花器
(幅約50センチ)これでも大きくて焼
けず、知り合いの窯で焼いて頂いた。
ある時、靴屋のご主人みえて店頭に展
示したいから靴と交換してほしいと頼
まれ、靴に化けた作品
小さな作品後多かった初期のころの作品
マッチ用の額に陶器の魚を貼り付けたもの
額もいろいろ変化をつけ工夫をしている。
下段は板を削って作った魚の陶額
初期の作品。なぜか最初から魚が多い。
左は額縁を陶器で作って自分の絵を入れ
たもの。中央上は額も魚も陶器製
右は魚が陶器で額は木製の布張り。
いつもこのようにバリエーション豊富だ。
初期の作品 魚の陶板(額も手作り)
初期の作品 ミニ盆栽の鉢
紙の裏表に描いたアイデアスケッチ
この方法は保存が難しいことが後で
分かった。
中央は尾を丸めたドジョウの置物
(6.7×5.1センチ)
右はレコードプレーヤーでひいた
ミニ一輪挿し(5×4センチ)
ロクロは当時高くて安月給の私では買えな
いうえ置く場所もないので考えた挙句、使
い古したレコードプレーヤーの回転盤に土
を載せて作ったミニ一輪挿し。
当然馬力がなくて少し重い土をのせただけ
でも回転せず、力を加えると止まってしま
うので指先だけで慎重につまむようにしな
がら作ったもの。回転盤にはレコードを置
く軸の突起がありその分裏側のハマの部分
を高く作らなくてはならなかった。
小さなものなので簡単そうだが、ところが
どっこいそうはいかなかった思い出深い
ミニ一輪挿し。
近年の個展会場風景
名古屋栄にあるギャラリーでの個展風景
壁面には墨彩詩書というのが定番になった
「告井土暖の魚陶展」
初期の個展会場風景
初めての陶芸・初歩の手作り陶芸・失敗の連続こそが大切な要素。後になって生きてくるし、大きな思い出となるのです。
初期のころの二人展会場風景