| 告井土暖の個人美術館へようこそ ここは つげい どだん の 個人美術館付属 土暖のプロフィール館 入り口です |
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| 概要 | 名古屋市生まれ。何だかよく分からないが名古屋の中心地で生まれ育ったことが自慢。 幼いころの遊び場は松坂屋とか一昔前の中日劇場とか、少しはなれたところでは鶴舞 公園などで遊んだ記憶がある。 現在は岐阜県に在住するが、どちらかというと名古屋出身なので名古屋が活動範囲。 いいところのお坊ちゃんで、いわゆるビジュアル系オジンとのうわさもちらほら。 本当は真の貧乏人。でも、心は真のリッチマン。 身長は176センチで体重は理想的なスリム型。 天然パーマがかわいいが、雨がかかると大仏さんのようにくるくるパーになる。 違ったくるくるパーマでした。 世間知らずの箱入り頑固爺との見方もあるが、本当はやさしくて思いやりのある 好壮年ですヨ。 |
| 星座と血液型 | 物作りに理想的な血液型・・・O型で星座はおうし座。 ということで、「めっちゃ良い物を作っとりゃあすよ!」ってうわさがあるようだよ? |
| 生い立ち | 子供のころは貧乏でろくな食べ物もなく、かなり痩せていた。 痩せていて背が高かったため、あだ名は電信棒といわれていた時があった。 学校では勉強に身が入らず、いつも窓の外ばかり見ていたようで、「あ、蝶が・・」 とそんなことばかり考えていたような気がする。 今でもその傾向が強く、空想ばかりのしている人生かもしれないと自分で思う。 中学ごろまでは成績優秀も、その後はジリ貧。しかし、趣味はいつも何かしていた。 ごくごく普通のサラリーマンで一生を終わるものと中年になるまで思っていたが、 弟の頚椎損傷と妻の病死で身辺が一変し、趣味であったことを仕事としているが、 思うに任せない。どうしてちょうす・・。 ほいでもって苦労してパソコンに自力だけで挑戦した結果、ホームページも順調に 成長し、おかげさまで今ではかなりのお客さんに楽しんでいただけているように感ずる。 |
| 趣味 | 子供のころは、家にあった大工道具でよく小船とかビー玉で遊ぶパチンコ台を作った。 鰹節削りをカンナ代わりに使って刃をぼろぼろにし、のこぎりの刃であがり框を傷だ らけにした。 でも、一度も怒こられた記憶がないのが不思議な思い出。そして、その家はもう今はない。 大人になって最初の趣味は写真。 まだカラーは希少で白黒の時代だがよく撮影会にも出かけ現像から引き延ばし、そして 調色まで自分でして楽しんだ。 しかし家が狭く、特製のベットの下を毛布などで囲って暗室代わりにし、現像などを するため、光が漏れるのは当然で私の写真はその殆どがねむい調子の写真ばかりだった。 それでも、楽しい時間を過ごせたし、特に今になっていい思い出となっている。 写真をコンテストなどに出品するうちに写真は個性を出すのが難しいと感じ、その後は 油絵・日本画・彫塑・陶芸などに挑戦。不思議に趣味はアート系ばかり。 現在も私の生活は趣味そのもので、物作りはもちろんのこと、週2〜3日のテニス。 そして、近くの山辺の散策も好き。 なぜかお金の掛からぬことばかりで、自分が大助かりといえる。 |
| 陶芸 | 陶芸を始めたのは趣味というより勤めが洋食器製造会社だったことで陶磁器とか製造工程 をよく知るためにはじめたことなのだ。 当時、焼き物にはまったく興味がなかったが、いったんはじめるとやみつきになり、 とうとう自分で焼くようになった。 見よう見まねの独学で失敗ばかりだったが、そんな作品でも展示会をするとよく売れた。 当時、ロクロが買えなくて、仕方なく古いレコードプレーヤーの45回転とかで指先に ほんの少しだけ力を入れて作った。力を入れないように力を使っていたのだ。 ちょっとでも力加減を誤るとすぐに止まってしまうし、土を少しでもたくさん乗せると その重さで止まってしまって困った。 その上、家が狭く作る場所もないので、家族が寝てしまってからテレビの前に新聞紙と 小さな板を敷いて、土練りや紐作りなど練習からはじめた。 いつも深夜の制作だったが、結構夢中でやった。 自分の窯で焼き始めた最初のころ、灯油の窯を使っていた。油と空気の調整が難しく、 焼成中に火が消えてしまい、再度火をつけた瞬間にバックファイヤーを起こし炎が顔に かかって眉毛が燃えてしまったこともたびたびあった。 この窯には温度計が買えなくて付いていない。 炎の色で判断するのだ。 これもまた判断が難しく、焼きすぎて棚板から作品まで全部割れたり焼きついたりした こともあったが、これもまた今となってはいい思い出である。 趣味のうち、陶芸が一番自分に合っているようで、次から次と新しいアイデアが浮かん できて止まらず作るものにはいまだに困らない。 趣味で始めたものだから、当然採算は度外視。 好きなものを好きなように作って自己満足。 作品は結構よく売れるのだが、それでも家中作品だらけで掃除も整理もなかなか出来ない。 サイズもばらばらだし、割れ物だから重ねられないから大変。 現在、サラリーマン時代に立てた団地の中にあるごく平凡な家での制作・展示なので、 看板もなくお客さんが入りにくいたたずまいのギャラリー兼アトリエ。 個展以外では誰も見てくれないのが悩みなのだ。 それでもたまのお客さんは、一歩中に入ると家中の作品に驚かれるほど。 どなたかいい展示ルームを紹介してくれないかなーと考えている。 |
| 墨彩と文章と書 | 陶芸作品が評判もよく、売れるたびに箱が必要になってくる。必然的に箱には箱書きが必要。 絵画には興味があったが、書にはまったくといってよいほど興味がなかった。 それではだめだと一念発起で箱書きのために書を練習することにした。 現代の書は7デザイン文字といってもいいものが多く、おかげさまでデザインの知識が幸い してか書くごとに上達するような気がして面白く感じるのは大きな幸せ。 字を書くうちに陶芸作品にキャプションをつけることを思いつき、作文を始めて最初の文章 が個展の会場で大変な評判になり、自分でもびっくり。 多くの女性がその文章を見て笑ったり微笑んだりしているのを目撃して考えた。 「そんなに面白いのなら文章入りの墨彩を描こうと。 その最初の文章というのが「一輪挿しに二輪の花を飾ったなら それはすなわち不倫です」 というものだった。 以降個展の会場はいつもテーブルには陶芸、壁面には墨彩詩書というパターンが定着した。 これが意外とよく調和して見ごたえのある会場作りが出来るようになった気がする。 |
| 出版 | そんな墨彩やら陶芸も作品が増えると当然本にまとめようということになる。 幸い仕事がグラフィックデザイン関係だったので、デザイン、編集、印刷はお手の物。 仕事で広告代理店の人やコピーライターと付き合う中で、キャッチフレーズなど文章にも 興味を持ち、それが墨彩の文章やら最近はじめた手作り絵本の文章作りにも大きく影響し たように思う。 実際のところ、まさか自分に作文が出来るとは夢にも思わなかったのが本当のところ。 しかし、はじめてみるとどんどん面白くなって、短時間のうちにいくつかの作品を完成 させることになった。 |
| パソコン | 平成8年の頭から、もう避けては通れないといい歳ながらパソコンを始めることにした。 人に習うのが嫌いで何でも自己流の独学。 それでもホームページを2年半で立ち上げた。 いまだに分からないことだらけだが、あせらず、じっくりと自分のものにしたい。 今の目標はホームページでショップの開業だ。 どこまで出来るのかはわからないが、とにかくチャレンジすることが目標。 |
| 変人 | なんでも独学なので覚えるのに苦労するが、先生がいないのは新しい道を行くことに なるので個性的で新鮮と勝手に理解。 特に、創造をする人には既成概念はないほうがよいと考えている。 常識が一番の敵なのだ。 |
| 変人2 | とはいっても変人は住みづらい。 今のところ、孤軍奮闘の自信はまだあるが、やはり一人では辛いものがある。 私の作品と制作態度を見られて友達になりたい人を募集中。 いつも前向きな人。夢のある人。明るい人。・・・ 特に土暖さんとの作品と人に惚れてしまってマネージャーになってもよいと思う人は ぜひともご連絡をください。変人ながら楽しい夢と未来がありますよ。 |







