少年ナイフとは?

background by Scott R Lemmon.
Guitar:山野直子
1980年〜現在
Bass:中谷美智枝
1980年〜1998年
山野敦子
2001年〜2006年7月
りつこ、かおり、ちずえ、
ともこ、はつえ(サポート)
りつこ(2008年10月〜正式加入)
Drums:山野敦子
1980年〜1998年
西浦真奈(サポート)
2001年〜2004年
えつこ
(サポート→2005年〜正式加入)
えみ (2010年4月〜正式加入)
第一期 少年ナイフ(オリジナルメンバー)
山野直子(guitar,vocal)、中谷美智枝(bass,vocal)、山野敦子(drums,vocal)の3人で1981年12月結成。 大阪出身在住。大阪のライブハウスなどで活動を続ける。インディーズ時代のレコードが日本及び海外で高い評価を受け、1985年アメリカでアルバムを発売。古き良き時代のロックンロールでビートルズやラモーンズみたいなサウンド。私は1970〜1980年代の英国パンク&ニューウェイブが好きなのでハマる。直子さんと敦子さんは姉妹。
私が少年ナイフを知ったのは1991年末で、初めてライブを見たのは数ケ月後の1992年2月東京。そして初めてメンバーと話したのは、その夏、ロンドンで!(詳細はMe and Shonen Knife 英語) これをきっかけに、ファンクラブKnife Collectors 開設のお手伝いをする。この頃の少年ナイフは、Nirvanaの全英ツアーを一緒に回ったり、海外ツアーが多く、とても忙しかった。1994年、 カーペンターズのトリビュート盤に参加した「Top Of The World」マイクロソフトの全世界向けのCMに使われる。これはすごいこと! ちょうどその頃米国に遊びに行ったが、そのTV-CMが毎日朝から流れまくりで、誇らしいような、くすぐったいような不思議な感じがした。日本でも最初は使われていたが途中から日本人歌手(ナイフも日本人だが)の曲に差し替えられた!シアトルのマイクロソフト本社でライブをしたり、キャメロン・ディアズ初主演の1995年 「最後の晩餐/平和主義者の連続殺人」(原題:The Last Supper)のエンディングクレジット曲に「Top Of The World」が使われる。

1998年、ベースの美智枝さん脱退。少年ナイフの母みたいな感じだった美智枝さん。 何も知らされておらず突然だったので、ショックで2週間くらい眠れませんでした。でも、前から直子さんは「少年ナイフはおばあさんになっても続けていきます」と言っていたので、信じました。私は今でもオリジナル少年ナイフが好きです。美智枝さんの歌うIce Cream Cityがもう聞けないのは寂しい。 ビートルズで例れば、楽器は逆だけど、ポップで覚えやすい曲を作るポール・マッカートニー的な直子さん、メッセージ色があり、ちょっと変わった感じのジョン・レノン的な曲を作る美智枝さん、って感じでしょうか。 私が現在もファンでいるのは、他人から勧められたり、好きなミュージシャンが少年ナイフのファンだった、とかではなく、自分で発見したバンドだからだと思います。彼女達は世界で一番おごっておらず、曲はMADE IN HEAVEN!唯一無二のバンド!Nirvanaのカートが愛した少年ナイフはこの時代です。
”海外で最も有名な日本人バンド”と言われることが多いけど、流行をマスメディアに操られ、右向け右に従う、それを聞いていないと流行遅れと感じる日本と、自分の欲しいもの(音楽も)は自分で探す外国、が原因のような気がします。もちろん日本以外の国も、マスメディアの力は大きいけど、消費者に選択の幅があります。日本は流行したら、それ以外のものが売ってない、それしか買えない、それ以外は撤去されている、という感じ。現在はインターネットが普及しているので、自分で好きなものを探して選べるようになりましたが。
アルバム:Burning Farm、山のアッちゃん、Pretty Little Baka Guy、712、Let's Knife、Rock Animals、Brand New Knife、Happy Hour

1998年にリトルモアから発行された「SHONEN KNIFE LAND」の中にあるマンガ"The Shonen Knife Story."(少年ナイフが誕生するまでの実話)は私とJoelのコラボ作品です。私が構成・コマ割・英語を作りました。

第二期 少年ナイフ(サポートドラマー→エッちゃん加入)
美智枝さんの脱退等により、3年弱活動休止みたいな感じの後、敦子さんがライブではベースにスイッチ。ライブサポートドラマーとして西浦"ちゃいな"真奈さんが参加。 最後のライブを見てから2年10ケ月のブランクの後、新生ナイフを見て私は泣きました(;_;)。信じててよかった!今でもこの時のライブを思いだすといつでも泣けます。2000年、米国の大ヒットTVアニメ、旅客機の側面にも描かれるほどの人気の"Powerpuff Girls"の挿入歌(Buttercup -I'm a super star)に参加。 真奈ちゃんのサポートは2004年いっぱい。2005年からはえつこがライブをサポート。

2005年11月4日(日本時間5日未明)前サポートドラマーの真奈ちゃんがDMBQのツアー中、自動車の追突事故で亡くなりました。彼女と仲が良く、公式サイトを任されていただけに、ものすごいショック!真奈ちゃん、4年間だったけどナイフを手伝ってくれてありがとう!永遠に忘れないよ!私はナイフを最後まで見届けるから見守っていてね!
上写真(C)2003 in N.Y. by Frank Perri.

2006年5月より、サポートだったえつこが正式メンバーとなる。彼女の堅実なドラムは、それまで、母親がドキドキしながら子供の運動会を見ているような気分で見ていた(ようは、間違えないように、ってこと)ライブを安心して見ていられるようにしてくれた。 ただし、そのドキドキ感が魅力でもあったのだが。 6月発売の「Live in Osaka」は国内では初のライブ盤。少年ナイフのどのCDを買ったらいいか迷っている人はコレを買うべし。亡くなった真奈ちゃんの叩く3曲がボーナストラックとして入っていて、聞くたびに涙が出る。しかも私はそのライブを見に行っていたので思い入れも強い・・・
アルバム:Strawberry Sound、Heavy Songs、Candy Rock、Genki Shock!

第三期 少年ナイフ(サポートベーシスト時代)
2006年7月の712dayライブをもって、オリジナルメンバーの敦子さんが結婚で米国居住のため脱退(休止)。またもや大ショック!ついにオリジナルメンバーは直子さん一人に。 サポートベーシストとして電気キャンディのマリリンこと、りっこが参加。(右写真:えつこ、なおこ、りつこ)結成25周年だった2006年は大激動の年だった。
2006年12月31日のCOUNTDOWN JAPANからベースをドリルマンのかおり(少年ナイフ史上初の指弾きベーシスト)、他にちずえ、ともこがサポートしている。2008年〜9月 えつこが以前参加していたバンド、ピンクパンダーのはつえがサポートし、息のあったリズム隊を見せた。
アルバム:fun!fun!fun!

第四期 少年ナイフ(ベースりっこ加入)

2008年10月より、最初のサポートベーシストだった、りっこが正式加入。 10年ぶりに正式メンバー3人なったアルバム「Super Group」を2008年11月にリリース。
アルバム:Super Group

第五期 少年ナイフ(ドラム えみ加入)

2010年1月、FREE Timeをリリース。エッちゃんに代わり、4月から えみに交代。



私がメールのやり取りしている海外のナイフファンは、自分も音楽をやっている人が多い。海外ミュージシャンの中にもナイフファンは多い。当然、そういう人達って、いろんな音楽を聞いているでしょ?少年ナイフって“音楽を聞き尽くした者が聞く究極”なのかもしれない。 少年ナイフはライブバンドなので、とにかく一度ライブをご覧あれ!

少年ナイフだけでなく、インディーズバンドが海外ツアーする時は、先方のブッキングエージェントと自ら英語で交渉し、大使館でビザを取得し、自分達で車や運転手の手配をし、一日に何時間もかかって移動、モーテルに泊まれればいいほうで、現地の知人やその友達宅に宿泊という、「海外ツアー」と聞こえはいいけど、裏では大変なことをしています。 途中で怖いめにあったり、現地に行ったらぜんぜん約束と違った、ということも聞きます。後で振り返れば、素晴らしい経験、という言葉で括れるのかもしれませんが、こういうのをいつも自分でこなしている直子さんは、すごい人だなあと思います。

写真上は、当時のマネージャーPageさんからもらった実使用ドラムヘッド。(いつ使われていたかは不明) お宝グッズはいろいろあるけど、一番の宝は、少年ナイフとのいろんな思い出です。