諏訪湖の御神渡り と 歌

”御神渡り”について

 御神渡りは正しくは「御渡り(おわたり)」といい、諏訪の人々は古くから諏訪大社上社に鎮座する男神『建御名方神(たけみなかたのみこと)』が下社の女神『八坂刀売神(やさかとものみこと)』のもとへ通われた氷の上の道筋であると言い伝えてきました
 これは、冬季氷点下10度前後の日が続くと諏訪湖が前面結氷し、さらにそのような日が続くと昼夜の温度差から氷に亀裂が生じ、ある朝地響きのようなごう音とともに亀裂に氷の盛り上がりがおきます。この現象を御神渡りと呼びます。昔の人は突然に生じた不思議な出来事に自然の偉大な力を感じ、神のなせる技と考え諏訪明神の神意に畏敬の念を払ったのでしょう。この言い伝えは『諏訪大明神画詞(すわだいみょうじんえことば)』にも記述されています。この状況は室町幕府にも報告されていました。

 近世では、御神渡りの拝観は八剱神社が行い、氏子である小和田村(現在の諏訪市小和田)が注進・拝観の神事に関わってきました。八剱神社には天和三年(1683)以降現在まで記録が残されています。記録には当時の世情なども書かれており、湖沼学上は勿論のこと、民俗学的にも大変貴重な資料です。

 北海道などの湖で ”御神渡り” ができたというニュースが流れることがありますが、「御神渡り」はあくまでも諏訪明神の通い路であり、他所のものは ”御神渡り現象” といってほしいと思います。

 このように、一地方の自然現象ですが、諏訪湖の御神渡りは古くから歌にも詠まれ、浮世絵にも描かれるなど昔からよく知られていました。

「諏訪かのこ」に記載された御神渡りの歌紹介

江戸時代宝暦6年に高島藩士 小岩在豪が記した「諏訪かのこ」に記載された歌

 諏訪の海の氷の上のかよいちは神のわたりてとくるなりけり       神祇伯顕仲
諏訪の海や神の心の道よりも氷のはしはむすひそめけん         実條
すはの海の氷の上の通い路は今朝ふく風にあとたえにけり        中宮権大夫
春をまつすはのわたりもあるものをいつをかきりにすへきつららそ    西行
松風やまつわたるらん諏訪の海のこほりの上の道しるへして       逍遙院
氷してかちわたりする諏訪の海にいてわつらふはかものうき舟 
東なる諏訪のみわたりいかならんこほらぬにしもあやうかるへき     為家
月さゆるすはの湊のかちわたり氷の上の氷をそふむ           澄信

歌人島木赤彦の詠んだ御神渡りの歌紹介 

諏訪が生んだアララギ派歌人島木赤彦の詠んだ歌

千早振神のわたらすすはのうみの氷のみちに深雪玉敷く

遠き代に建御名方の神力湖の氷を厳(いづ)に結べり

蜘蛛手なす千筋に裂けし厚手の氷の間見ゆる深蒼の水

空澄て寒きひと日やみづうみの氷の裂くる音ひびくなり
 


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