(前略)中国農民にとって、『コウリャン』という背の高い穀物は、当時何にでも使えたので、農民達は綿花を作るかたわら、コウリャンの育成に力を注いでいた。しかし、八路軍と日本軍の抗争が激しくなると、コウリャンは八路軍が隠れるのに絶好であったので、日本軍はこのコウリャンをかりとってしまった。必需品であるコウリャンをかりとられた中国農民もやはり、日本軍に対して反感を持つようになり、(中略)反発を受けた日本軍は強行手段に出ることになる。夜の間に村を包囲して、夜明けとともに大砲をうったり、手榴弾を投げたりして村を壊滅させてから、村の綿花を奪いに村へはいった。八路軍が村人の中に混じって反抗してきたけれども、日本兵は1人120発の弾を持っているのに対して、八路軍は1人8発しか持っていなかったので、相手にならなかった。逃げ惑う村人を見かけては八路軍だといって殺し、女性を見かけては強姦していた。(後略)