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豈図らんや姉孕まんや |
初出:VOL.001 これは簡単やないか。男嫌いのはずやった行かず後家のネエちゃんが551の豚まん8つも9つも食べたみたいにえづいて、妊娠してることが発覚。家中大わらわや。「一体どこの馬の骨が孕ましたんや。お前もちゃらちゃらした服着て夜中に出歩くからそんな目に遭うんじゃ」と、おとんはカンカンやし、おかんは「もうこうなったらしゃあない。相手の男はん連れてこんかいな。向こうさんの親御はんに掛け合うて、すぐ式挙げさそ」ゆーて、貸衣装の手配までし始めるし、ネエちゃんはゲップしながら泣いてばかりいる子猫さんやし、犬のお巡りさん、困ってしまって、わんわんわわんな思いがけない状態のこと。
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あほらし屋の鐘 |
初出:VOL.006 昔からある正統派の大阪弁。あほらし屋というのは、コスプレマニア向けの服を製造販売しているブティックのよーな店やね。そこで売ってる服ゆーのんが、フリルのギョウサンついたやっちゃら、女王様風やら、ナースやら、スッチーやら、なにすんねんやら、かにすんねんやら、どれもこれもエロっぽいなぁ。ほんでもって、その服を買いに来るのが、「何考え天然」とゆーよーな、すっとこどっこいばっかしや。それで毎日午後5時になったらタイムサービスの開始やがな。そらもうエラいこっちゃでェ。あっちでは、セーラー服の袖を引っ張り合いしてびりびりに破けるし、こっちでは、入るはずない編みタイツに無理矢理でっかいオイドつっこもうとして股割きになりよるし、もうわあわあゆーてるのを見たはったえべっさんが、『ベルリン・天使の詩』で天使が下界を覗いてるシーンあったやろ。あれはキリスト教やから天使なんで、日本ではえべっさんが風呂屋の煙突の上やら、そこらの商店街のアーケードの上やらにのって下界の様子を見たはるんや。そのえべっさんが、あほらし屋の屋上に設置したった鐘を"あほたりんのーたりん"と鳴らしはったんや。これがあほらし屋の鐘の語源や。もうあほくささの極みゆー感じやね。あほ汁ジュース3杯飲んだ気分やな。
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珍惨事 |
初出:VOL.007 含蓄のある言葉やね。珍事と惨事がドッキングしているんや。惨事だけでも悲劇臭ぷんぷんなのに、珍がつくと三島由紀夫ばりに悲劇やね。三島の戯曲の『椿説(ちんせつと読む)弓張月(弓張月ゆーたら上弦または下弦の月のこと。♪上弦の月だったっけェ〜久しぶりだなぁ〜月見るなんてェ〜♪と歌った吉田拓郎の歌、知ってるやろ?)』の椿も珍しいと同じ意味や。椿事(ちんじ)ゆーたら思いがけない大事件のこと。これがまたとんでもない椿事やった。つまりあの事故は、衝突事故と咬みつき事故がオーバーラップしてる。噛みつきゆーても、犬に咬まれたんとちゃう。妙齢の女性に咬まれたんや。しかも男の大事なところをや。それが玉突きやのーて、車の衝突の拍子にパックンチョなんやから。そらビックリ仰天やね。
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変度 |
初出:VOL.008 ごっつう変な様子を数値であらわしたもの。普通人を変度0とすると、電車の中で化粧する女が変度1、町中でキスするバカップルが変度2、地下鉄でいつも見かける頭は髪飾りで満艦飾やしフリルのいっぱいついた服を着て少女マンガみたいに目ェのまわり真っ黒に塗りたくってる不思議ちゃんが変度3、地下通路で紐につないだ何匹もの猫を連れてる通称「猫男」のおもらいさん(ホームレスとはちごーて、職業人としてのお乞食さんやね)が変度4、町中で大声で歌ったり(タイガースが勝ったときにファンのニイちゃんたちががなってる「六甲おろし」は別や。あれは突発性馬鹿騒ぎで家に帰ったら治る)、誰に言うでなく説教だか抗議だかを声高に語り続けたり、珍妙なダンスを踊ったりしてるおっちゃんが変度5ゆーところ。
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口を使う |
初出:VOL.009 妙齢のおなごはんなんかは絶対に口にしたらあかん言葉。「独りよがり」以上にやらしい感じがする。前出の珍惨事の直前の状況やね。
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エキセントリック係数 |
初出:VOL.012 えびせんとリュックとちゃうで、エキセントリックや。奇矯。奇天烈。風変わり。今時の若いのがときどき使っている「きしょい」とか「きもい」ゆーのが果たして日本語なのかどーかよお知らんが、おっちゃんが思うに、あれは「気色(きしょく)悪い」「気持ち悪い」を縮めたんちゃうかな。話をエキセントリック係数に戻すと、ごっつう変な様子を数値であらわしたもの。前出の「変度」と同義語。
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淡々狸映画 |
初出:VOL.014 これは分かりきったーる。淡々とおもろいことも笑カスこともない話が進んでいくゆーやっちゃ。ホンマ、時間の無駄とゆーか、しょーもないもんに金払て見た方がアホやったと、途中で後悔するような映画のことや。この映画の他にもけっこうあるんやけど、思い出されへんのが、淡々狸映画の淡々狸たる所以や。ゆえんで思い出したけど、『ゆえん なし ばった はぁん どく』って、なんの歌か分かる?
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桂小枝のパラダイス |
初出:VOL.014
関西地方の家庭では視聴率50%を突破しているのではないかと思われる、関西人特有のいちびり魂が生みだしたTV番組『探偵ナイトスクープ』(かく言うブラット親爺のお気に入り番組でもある)のなかで、元(?)落語家の桂小枝がリポートしていた不思議系遊園地。たいてい変なおじさんがひとりで作った手作り遊園地で、摩訶不思議な遊具や奇天烈な施設があったりして、いずれもけったいな感では群を抜いているが、一様に中途半端さが拭えない場合が多い。
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男女 |
初出:VOL.015
おとこおんなと読む。男の子のように振る舞う女の子のことをおっちゃんらが小学生の頃はこう言って囃したてた。「女のくせに男のまねすんなぁ。お〜とこおんな〜」とゆー感じ。逆に女っぽい男の子の場合は、女男(おんなおとこ)とは言わず、「女の腐ったん」と蔑まれた。それにしてもひどい差別用語だ。当時のガキの捨て台詞には、有名な「お前のかあちゃんでぇべぇそぉ」の他に「アホが見〜る〜、ブタのケ〜ツ〜」とゆーワケの分からんのもあった。
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ヘタレ |
初出:VOL.017
漢字で書けば屁垂れ。鼻つまみ、嫌われもん。別に男に限ったことではないが、ゴキブリのように誰からも忌み嫌われる存在。しかし、決して“いじめ”のことをゆーてるのではない。本人が恣意的、示威的に世間から嫌われることをやって、その存在をアピールしている個人または団体。マフィア、ヤクザ、暴走族、チーマー、フーリガン、ハッカー、マッドサイエンティスト、ロリコン、通り魔、痴漢、拉致監禁魔、レイプ男なんかや。
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あほぼん |
初出:VOL.018
藤山寛美ゆーても、最近の若い人は知らんやろけど、松竹新喜劇の天才喜劇役者で、祇園で毎晩豪遊したとかゆー話が有名。役者馬鹿を地で行った人らしい。その寛美はんの十八番が「あほぼん」やがな。育ちはええけど、ちょっとばかし頭のネジのゆるいぼんぼんの役。ぼんぼんはエエシの若旦那のこと。エエシはお金持ちのこと。いちいち説明してたらキリがのーて愛想なしの摩周湖や。『もしもし、お父さん』と電話するシーンが、なぜかよく物まねのネタにされていた。
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あっけらかんかん |
初出:VOL.021
かんかん照りとゆーのも2種類あって、モンスーン気候の典型のよーな真夏のかんかん照りは、あっけらかんかんとは言わない。あれはうんざりかんかん、げっそりかんかん、ぐったりかんかん、かんかん堪忍してくれぇやね。じっと座っているだけで、首筋を汗がつつーと流れたり、歩くと股の間が汗ばんでパンツがまとわりつきそうになる不快感がある。新藤兼人の『裸の島』で、殿山泰治が陰気くさい顔で段々畑に水まきしていたときのピーカンの空や。一方、あっけらかんかんとゆーのは、本州中西部の10月下旬から11月中旬頃の秋晴れのこととブラット親爺が勝手に決めた。この時期の快晴の空は、日射しにはまだ強さが残ってるものの、真夏のよーに空気中に水分を多量に含んでない分、さらっと乾いた空気感がある。しかも、冬が来るまでのつかの間の晴間だから、一種の無常感、寂寥感すら漂ってる。これが12月ともなると、お天道様のお慈悲、温もりを感じる方にウエイトがかかってきて、どピーカンでもかんかん照りとゆー感じはしない。昔、夏場にアメリカのヨセミテ・ナショナルパークに行ったことがあるが、あそこは湿度0%かと思うほど乾燥していて、汗をまったくかかない。ワケではなく、皮膚と皮膚が接触しているところ、例えば、肘の内側、脇の下などだけが汗びっしょりになる。しかし、肘を伸ばせば、あっとゆー間に乾いてしまう。日本のとはちょっとニュアンスが違うが、あれはアメリカンあっけらかんかんやね。この映画の場合もそっちかな。
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スーダラ話 |
初出:VOL.022
一見スースーとプロットが進んでいくよーに見えて、その実、ダラダラととりとめのないシーンの連続で、特に、本筋とは関係なさそうーな思わせぶりカットを差し挟んだり、やたらローアングルだったり、長廻しだったり、いかにも芸術映画っぽく見せる手法を用いることが多い。 ところで、話は変わるが、スーダラ節とゆー昭和の歴史的名曲は、
♪チョイと一杯のつもりで飲んで、
いつの間にやらはしご酒〜。
気がつきゃホームのベンチでゴロ寝ェ〜。
これじゃカラダにいいわきゃないよ。
分かっちゃいるけど、やめられない。
あ、ほれスイスイスーダララッタ、スラスラスイスイスーイ♪
の「分かっちいるけど、やめられない」とゆーフレーズが、煩悩多き凡夫、匹夫の心根をズバリと言い当てている。
そして、最後の「あ、ほれ(だったか?あ、それ だったか?)スイスイスーダララッタ、スラスラスイスイスーイ」に至っては、この中に、この世の無常を超越して、神だか仏だかの大いなる慈悲によって生かされている森羅万象のひとつとしての人間存在の僥倖を感じるのは、果たして私ひとりだろうか?
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イケズの京女 |
初出:VOL.025
京都のおなごはんは、はんなりしたしゃべり方で、やさしそーな気がするかも知れないが 、そら大きな間違いや。女の本質が分かってない。実体はごっつーイケズや。イケズとゆーのは、意地悪とはちょっと違って、根本的に男をバカにしとる感じやな。同じ京都生まれ京都育ちでも、頭の悪い男はあかん。気の利いた話題がないとすぐに退屈しよる。おいしいもんも食わさなあかん。しかも、ちょっと会わんかったから思い切って電話かけたら「あんた、まだ生きてたん?」とぬかす。さらに、『これから出て来ーへんか?ちょっとだけやから」と嘆願しても、「今おばあちゃんとおイモさん食べてるとこやから行かれへんわ」だと。「俺とイモとどっちが好きやねん(怒)」「そんなん、おイモさんに決まってるやん」とほほ。。。(この用語解説はブラット親爺の実体験に基づくものではありません)
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パッパラパー |
初出:VOL.035
パパラッチやなくてパッパラパー。今風に言えばフリーターかな。まともな定職につかず、「自分探し」とかなんとかワケの分からんゴタクを並べてのらりくらり生きてる奴や。ただ、「ひきこもり」のように自閉症気味ではないので、好奇心は旺盛のよーや。いずれにしろ、末は野垂れ死にが待ってることに気づかず、刹那的、享楽的に生きるお調子者のキリギリスたちのこと。
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犬のフンギリ |
初出:VOL.036
ふんぎりをつけるの「ふんぎり」は、「踏ん切り」と書くのが一般的やが、あれは大間違い。犬のフン(うんち)がスパッと肛門からちょん切れるところから、ごちゃごちゃ言わんときっぱり諦めたり、うだつの上がらん男とさっさと別かれたりする状態を形容してる。ワンコの肛門のフンギリのよさは天下一品や。
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話がすーすー |
初出:VOL.048
シーンとシーンに緊密なつながりがなく、シーンの積み重ねでドラマが盛り上がっていかないために、話全体にすーすーとすきま風が吹くこと。最初から中身の薄いしょーむないいシナリオの場合は、スカスカしているが、すーすーの場合は、それぞれのエピソード自体は結構面白かったり、気合いが入った話であるにもかかわらず、本筋とあんまり関係ないエピソードだったりするもんで、すきま風が吹くワケや。
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セロハン恐怖症候群 |
初出:VOL.052
『シカゴ』の挿入歌に「ミスターセロハンの歌」ゆーのんがあったが、顔も身体も頭も金もしゃべりも、どれひとつ他人より勝ってるもんがない奴のことを「ミスターセロハン」という。まわりからミスターセロハンいわれたら、もう立ち直られへん。永遠にジミヘン(地味で変な奴)の烙印押されたよーなもんや。アメリカ人はこのセロハン恐怖症候群のために、ときどき無茶しよるんや。
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