魔法

THE GLAMOUR

訳者あとがき

クリストファー・プリースト(早川書房 2427円+税)

glamour cover

装幀 和田誠



訳者あとがき
 本書は、いまや英国文学界に於いて確固たる地位を占めるにいたったクリストファー・プリーストが一九八四年に著した長篇The Glamourの全訳である。なお、翻訳には、一九八五年の改訂版を用いたことを明記しておきたい(理由後述)。

 物語は、爆弾テロのまきぞえを食って重症を負い、それに先立つ数週間の記憶を失って療養所に入院している主人公リチャード・グレイのもとに、ひとりの魅力的な女性スーザン・キューリーが訪ねてくるところからはじまる。スーザンは、グレイの別れたガールフレンドだと語ったが、グレイ自身には彼女の記憶がない。どうやら、記憶を失った期間につきあいはじめて、別れたらしい。一目で彼女に惹かれたグレイは、足繁く見舞いに通ってくれるスーザンにあらたに愛情を深めていくと同時に、失われた記憶を取り戻そうと懸命になる。やがて記憶は回復し、スーザンと出会った南仏旅行の思い出がありありと蘇ってきた----はずだったのだが……。

 途中まで“南仏プロヴァンスの恋”とでも名付けたくなるような展開の話が、一筋縄ではいかない小説ばかりを集めた本叢書になぜ収められているかは、まさに読んでのお娯しみで、ここでくだくだしくストーリーを紹介して、読書の興趣を殺ぐわけにはいかない。というか、物語の性質上、いっさいの予断を抱かずに作者の「語り=騙り」に身を任せるのが、本書を読む際の正しい態度なのである。ここは、騙されたと思って、ジョン・ファウルズに「同時代のもっとも才能に恵まれた作家のひとり」と賞されたプリーストの「現時点でのベスト作品」(ジョン・クルート)という評価を鵜呑みにしていただきたい。
 実際、十年まえに本書を原書で読んだときの印象は強烈だった----抑制の利いた筆致、読み手の予測を裏切る巧みな構成、読み進むにつれ味合わされる現実崩壊感覚、まさに小説の魅力を満喫させてくれる極上の逸品であり、文字どおり時のたつのを忘れてむさぼり読んだものである。以来、機会があるごとに、「これが訳されないなんて犯罪ですよ」と吹聴しまくり、その甲斐あって、ここに邦訳をお届けできるのは、訳者冥利に尽きる。身びいきが過ぎるかもしれないが、読んで損はない作品である、と自信をもってお薦めする。
 ところで、冒頭に書いたように、本書は八五年に出版された改訂版を訳出したものである。初版とのもっともおおきな違いは、第六部の九章がまったく書き換えられている点で、初版ではここで出てくる話者が誰か、はっきり確定されてしまうのである。この作品を読み終えられたあとで、それがどういうことになるのか類推していただくのも一興であろう。すくなくとも、改訂版のように書き換えられたことで、作品全体の膨らみがずっと増したのは、確実である。

 さて、プリーストの長篇が翻訳されるのは、十二年ぶりであり、また早川書房から彼の本が出るのは、初めてのことでもあり、ここで著者の経歴と主な作品について簡単に触れておこう。
 クリストファー・(マッケンジー・)プリーストは、一九四三年、英国イングランド北西部のチェシャー州に生まれ、十六歳でマンチェスター市の公立学校を卒業したあと、会計事務所に勤めるかたわら、SFの創作に手を染め、一九六六年、短篇"The Run"を発表してデビュー。六八年に勤めを辞めてフルタイム・ライターとなり、七〇年処女長篇Indoctrinaire 『伝授者』鈴木博訳(サンリオSF文庫・絶版)を上梓。時間旅行とディストピア・テーマをからませ、新人らしからぬ重厚な筆致で注目を集める。おなじくディストピアものの短い長篇Fugue for a Darkening Island (1972)を経て、双曲面様の世界を舞台にする第三長篇Inverted World (1974) 『逆転世界』安田均訳(創元SF文庫)にて、英国SF協会賞を受賞したのみならず、ヒューゴー賞の最終候補にものぼり(ル・グィンの『所有せざる人々』と競いあう)、一気に一流作家の仲間入りをはたす。
 その後、H・G・ウェルズへのオマージュThe Space Machine (1976) 『スペース・マシン』中村保男訳(創元SF文庫/オーストラリア版ヒューゴー賞であるディトマー賞受賞)、現実を侵食する夢というプリースト年来のテーマが色濃く現れた佳作A Dream of Wessex (1977) 『ドリーム・マシン』中村保男訳(創元SF文庫)、連作短篇集An Infinite Summer (1979)と長篇The Affirmation (1981)(ディトマー賞受賞)という、ともに〈ドリーム・アーキペラゴ〉なるこれまた夢と現実の間(あわい)の世界を舞台にした作品等、寡作ながら、発表した作品がいずれも高い評価を浴びる。この〈ドリーム・アーキペラゴ〉ものは、SF的ガジェットを廃しているせいか、主流文学畑でも受け入れられ、八三年にプリーストは、文壇の“若手最優秀英国作家”十名のひとりに選ばれ、一般に広く認知されるようになる。
 その後、寡作にますます拍車がかかり、八四年に本書『魔法』(ドイツ版ネビュラ賞にあたるクルト・ラスヴィッツ賞受賞)を発表したのちは、九〇年にサッチャーリズムが過度に進んだ英国を舞台にしたメタ・フィクションThe Quiet Womanがあるのみだったが、今年待望の新作長篇The Prestigeが発表された----邦訳すれば千枚を優に越える、これまでで最長の作品で、いまのところ上々を評判を博している。
 私生活では、八一年に作家のリサ・タトルと結婚し、八七年に離婚(本書の献辞にある“リサ”は、彼女のことであろう)。八八年に作家のリー・ケネディと再婚し、現在は、イースト・サセックス州沿岸の港市ヘースティングズにリー夫人と今年五歳になる双子(エリザベスとサイモン)とともに暮らしている。ちなみに、前出の最新長篇のモティーフのひとつが、双子である。
 最近おこなわれたインタビューで、「わたしの書く本はすべて、実際の生活に関係しているんだ」とプリーストは語っているが、評論家デイヴィッド・プリングルが〈モダンファンタジー百選〉の一編に『魔法』を選んだ際の評言「これまで書かれたなかで最高に奇妙な三角関係の話」と作者の私生活を考え合わせ、文学的昇華を考察するのも面白いかもしれぬ。
 余談だが、プリーストは、やんちゃなSFファンの側面もあり、最近では、原稿を集めはじめて四半世紀以上を閲しているのに一向に出版されず、収録作家が次々と物故している幻の巨大アンソロジー『最後の危険なヴィジョン』の編者、ハーラン・エリスンを糾弾する小冊子をファン出版し、インターネット上でも配布している。この小冊子は、本年度のヒューゴー賞ノンフィクション部門にノミネートされ、アシモフの自伝にわずか四票差で受賞を逸したという(もし受賞しようものなら、プリーストをブン殴ってこいとエリスンの密命を受けていた温厚な作家のノーマン・スピンラッドは、さぞかしほっと胸をなでおろしたことだろう)。

 なお、本書訳出上、触れておきたい点は多々あるが、紙幅も限られているため、原題および小説中でもキーワードになっているglamourということばについてのみ記しておく。
 今日では「(妖しい)魅力」や「華やかさ」の意でもちられている名詞glamourは、「魔法」あるいは「呪文」が原義である。恋に落ちた男が、魔女に頼んで、愛する女にglamourの魔法をかけてもらう。すると、若い女は、glamorousに、すなわち他の若い男たちには「目に見えなく」なる、という古譚に拠って、作者はこの語を選んだという。作中で用いられているglamourは、もちろんこの原義と現代的意味を兼ね備えた両義的意味あいで使われているのだが、適当な訳語が思い浮かばず、本文中のような苦し紛れの処理で逃げた。諒とされれば幸甚である。
 最後に、訳者の質問に示唆に富む回答を電子メールで即答していただいた原著者のクリストファー・プリースト氏に心から感謝の意を表しておきたい。また、早川書房編集二課の嘉藤景子氏と校正課の竹内みと氏には、本叢書第二回配本の『夢の終わりに……』(ジェフ・ライマン)および『黎明の王 白昼の女王』(イアン・マクドナルド/ハヤカワ文庫FT)につづいて本書でもおつきあい願い、貴重な助言を頂戴した。訳者が今年早川書房から上梓させていただいたこのメタ・フィクション三冊のメタメタメタな(笑)訳文がすこしでも読みやすいものに仕上がっているとすれば、ひとえにおふたりの功績である。

 一九九五年十一月


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