スペクター

SPECTRE

訳者あとがき

スティーヴン・ローズ(創元推理文庫 860円+税)

DESOLATION ROAD COVER

Cover Direction & Design 岩郷重力+WONDER WORKZ。



ローズ復活!
 英国ホラーの俊英スティーヴン・ローズの第二長篇『スペクター』、瀬名秀明の推輓を受け、初版より十年の時を閲して、ここに復活す。
 まずはめでたし。
 物語は、一枚の記念写真からはじまる。正体不明の不安感にさいなまれている男が唯一のよすがにしているのが、楽しかった学生時代の思い出。親友たちと並んで撮った写真さえ見れば、不安な気持ちも消し飛ぶ――はずだったのに、今回はうまくいかない。いや、その写真自体がどこか変だ。そこに写っているはずの友がひとり欠けている。そうこうするうちにその友が事故で亡くなったのを知る。やがて仲間が次々と怪奇な死を遂げていき、そのたびに写真から姿が消えていく。これはいったいどういうわけだ? そして、ついには魔の手が我が身に迫ってきて……。
 ここからは巻頭に戻り、解説無用のページターナーである本作をご堪能あれ。
 とはいえ、解説から先に読まなければ気がすまない方のために、以後なくもがなの剰語をひとくさり――(すでに十冊の長篇を著している作家にしては、スティーヴン・ローズに関する情報やインタビューの類は極端に少なく、著者が意図的に露出をおさえているのがわかる。作品みずからに語らせる以外に贅言を弄することを肯んじない姿勢がうかがえる)。

 思えば、十年ほどまえ、翻訳エンターテインメイト業界にモダンホラーの嵐が吹き荒れた。東京創元社の創元ノヴェルズ(一九八九年〜)、早川書房のハヤカワ文庫NVモダンホラー・セレクション(八七年〜九〇年)が牽引役となり、英米の最新ホラー小説が矢継ぎ早に紹介され、一大ブームを引き起こすかに見えた。
 実際のところは、それまでマイナー作家としか見られていなかったディーン・クーンツという稀有なストーリーテラーの才能を読書界に再認識させたことが大きな功績となった以外は、期待ほど盛り上がらずに沈静化した、と言って過言ではない。
「モダンホラー」という多義的で曖昧なフレーズを鍵にしたことで、読み手に確たるイメージを植えつけられなかったから、というのは後知恵の類の戯れ言だろうか。
 ホラーの要素を中心に据えた、ジャンルミックス/クロスオーバー小説というのが「モダンホラー」だとすれば、そのジャンル横断的性格がSFファンやミステリー・ファンのような固定したファン層を築きにくくさせていることは否めない――モダンホラー・ファンという言葉は、あまり聞いたことがない。
 逆にジャンルに拘泥しない分、作品に力がある場合は、広範な支持を期待できる。スティーヴン・キングを筆頭に、前出のクーンツやロバート・マキャモン、ダン・シモンズの非SF作品あたりを思い浮かべていただければ首肯できよう(いくら作品に力があっても――たとえばシモンズ畢生の大作〈ハイペリオン〉四部作――SFであるかぎりは、ジャンル外に訴求力を持ちにくいところが、いまの日本のエンターテインメント小説をとりまく環境のいびつなところである――おもしろければいい、ただしプロパーSFは嫌い、わからん、という思考停止はなきにしやあらずや)。
 要は、十数年まえに大量紹介されたモダンホラーの諸作は、玉の少ない玉石混淆状態で、核となる作家なり作品が足りなかったのが、ブームになりそこねた一因かもしれない。翻訳という不確定要素の大きな作業をあいだにかませる必要があるのがこの商売のつらいところで、優れた作品になればなるほど翻訳に時間がかかる=出版タイミングを逸する傾向がないではない――筆者自身、あまり筆の速いほうではないので、自戒の意もこめてあえて記す次第である。
 ただ、日本にモダンホラーを根付かせようという編集者の熱意は凄かった。駆けだしの翻訳者だった当時――いや、いまでも駆けだしに毛が生えた程度だが――飯田橋の東京創元社の編集部で、みずから読んでまとめた無慮数十冊の原書の梗概を手に、「こんなにもおもしろい小説があるんだ」と熱っぽくあらすじを語る編集者(長谷川晋一氏)の姿に大いに啓発されたものである。その長谷川さんから、イチオシの新人として翻訳を任された作家が、スティーヴン・ローズだった。
 ローズの処女作『ゴースト・トレイン』は、ひとことで言ってしまえば、列車に太古の悪霊がとりつき、列車自体がバケモノと化し、停まらなくなるだけの話である。陳腐といえば陳腐きわまりないプロットで、なぜ列車に悪霊がとりつくのか、という肝心かなめの理屈部分に説得力があるとはいいがたい――ロジックに難があるのは、ローズ作品に共通する欠点である。しかし、強引とも言えるストーリーテリングの力で、とにかく読ませる。めっぽう面白い。圧倒的筆力のまえに、多少の瑕瑾は気にならない。デビュー作としては、充分及第点が与えられる出来であり、事実、訳書出版後の書評も好感を表しているものが多かった。『ゴースト・トレイン』のわずか半年後に第二作にあたる本書が訳出されたのも、出版社側の好感触の証であろうし、『スペクター』の当初の解説(新装版には未収録)には三作目The Wyrmの予告も載っていた――。
 残念ながら、モダンホラー熱の沈静化に伴い、三作目が訳出されることはなく、以後日本ではローズの名前は忘れられていくのだが……。
 日出ずる処の評判はともかく、英国本国では、ローズは順調に作品を発表しつづけ、兼業作家から筆一本の生活に転じている。これまでにその筆から送りだされた長篇は左記のとおり――

Ghost Train (1985)『ゴースト・トレイン』(創元ノヴェルズ)
Spectre (1986) 本書
The Wyrm (1987)
The Frighteners (1990)
Darkfall (1992)
Gideon (1993)
Macabre (1994)
Daemonic (1995)
Somewhere South of Midnight (1996)
Chasm (1998)

 簡単に内容を紹介しておこう。
 The Wyrmは、小村の道路工事で、抜いてはならない禁断の杭を抜いたおかげで、バケモノ(The Wyrm)が飛びだし、村人全員を阿鼻叫喚の地獄に叩きこむという、まるで『カムナビ』みたいな話(笑)。
 犯罪組織に妻子を虐殺された夫が超能力を得て、組織に立ち向かう復讐譚が四作目のThe Frighteners。
 五作目のDarkfall――これはクーンツはだしのページターナー。終業後にクリスマスイヴ・パーティーが開かれていた十四階建のオフィスビルの上空に雷雲が垂れこめ、稲光が光ったかと思うと、ビルのなかはもぬけの殻になってしまう。ただひとり難を逃れたボイラーマンがおそるおそるがらんとしたフロアを調べてみると、人間の手首がひとつ転がっていた。その十数分後、ビルから二十キロ近く離れた民家の温室の天井を突き破って落ちてきた死体には手首がひとつ欠けていた……。じつは「お電気さま」には、暗黒面があり、時間と場所の相互作用でその暗黒面がひらくと、コンクリートのオフィスが人を喰らうようになる。なかにはオフィスから吐き戻される人間もいるのだが、暗黒お電気さまの影響を受けた彼らはバケモノと化し……理屈を考えると頭を抱えたくなるが、オフィスビルのなかで繰り広げられる『戦慄のシャドウファイア』(クーンツ、扶桑社海外文庫)と言えば、雰囲気がわかっていただけるだろうか。ぜひ訳出してもらいたい怪作である。
 三人の女性を責めさいなみつづける悪党ギデオンが悪行のあまり、彼女らに銃殺されたところ、その魂が別人の心を乗っ取り、復讐に向かうというのが六作目のGideonで、カルト集団に追われる母と子の逃走劇が七作目Macabre(『邪教集団トワイライトの追撃』というクーンツ作品がありましたね)、迷路状の巨大な要塞にひとり隠棲する謎の男が七人の招待客を招き、悲劇が彼らに次々と降りかかるというのが八作目のDaemonic。
 夏の夜のハイウェイに未確認飛行物体が墜落し、八十七名の死者が出る惨劇となったが、奇跡的に無傷で助かったわずか七名の生存者もじつは無事ではなく、それぞれがなぜか超能力を――触れるだけで人を癒すことができる力を得てしまったおかげで悲劇にみまわれる、という邦訳すれば千二百枚を越える大作が九作目Somewhere South of Midnight。
 いまのところの最新作Chasmでは、大地震に襲われ、ひとつの町がそっくりそのまま他の世界と隔絶されてしまい(なぜか町の周囲は底なしの深淵に囲まれてしまっている)、深淵から押しよせてくる異形のものに抗して、住民が必死のサバイバルをはかる姿が描かれており、これまた千枚を優に越える大作である。
 作家活動の主体を長篇に置いてきたローズだが、近年は、短篇にも手を染め、九八年に発表されたThe Song My Sister Sangでは、幼くしてプールで溺れた妹の姿を三十年後に幻視する兄の様子をリリカルに描き、翌年の英国幻想文学大賞短篇部門受賞の栄に輝いている。長篇の強引とも思える力強さとは打って変わった静謐さをたたえた作品であり、一九五二年生まれのローズが四十代の後半にきて、作家としての円熟味を増してきたものと思われる。今後の活躍がますます楽しみであり、今回の『スペクター』新装版発売を機に、ローズ再評価の機運が高まり、新作邦訳の機会が生まれることを期待してやまない。

                    二〇〇〇年二月一五日 記す


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