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さて、昨日、アメリカで公開1週間強を経た「マトリックス・リローデッド」を見てきました。何でも、聞くところによりますと日本でも先日、先行オールナイトが行われたようなので、私がここで映画紹介を書いても遅すぎと言う感があります。しかも、私は文章が稚拙なので「映画評を書く」なんて大仰な事はできません。 (なんたって、高校時代代ゼミの模試で、国語は常に偏差値35以下をキープしていた男ですから、、、、トホホホホ、、、、大学時代の友人にその時の結果表を見せたら、「いや、さすがの俺でも35以下は取った事なかったよ、、、」との事、、、、、我ながら情けない、、、。しかし、偏差値65をたたき出している人の影には、それと相反して、常に35を出している人もいるという事をお忘れなく(笑)) そこで、いつもの「サムライ西海岸」のように、「マトリックス・リローデッド」について、勝手に言いたい事を書かせて頂きます。 まぁ、強いて題するなら、「アメリカ人は“マトリックス・リローデッド”をどう捉えたか?」です。 結論から言ってしまうと、「つまんねー。」「最低!」という感じです。 あえて、最近覚えた英語で言うなら、“Sucks !” とか“The worst movie !” とか周りは言っております。(周りは映画学科の連中ですが、映画学科って言ったって、来ている連中は日本の中学生並みの映画の知識ですからね。普通の観客だと思って下さい。チミノの「ディア・ハンター」とか知らない奴は腐るほどいます。私は未だ嘗て、この学校でゴダールの名前を知っていたアメリカ人学生は一人しかあったことがありません。あとは、カナダ人、スペイン人だけ、、、、、。スイス人の先生曰く、「アメリカ人の学生にパゾリーニの“テオレマ”なんて見せたって、わかるわけ無いよ、、、」との事。) まぁ、アメリカ人の学生の悪口はともかく、彼ら一般的観客をしてでも、はっきり言って「駄目映画!」との論調が強いようですな。 昨日、友人達と近所の公園でバーベキューやっていたら、早速みんなで「マトリックス・リローデッド」の話になりました。アメリカ人は、公開初日に見に行くのが大好きですからね!もう、うちの学校の生徒の殆どは見に行っておりましたよ! (因みに僕も、中学生の頃までは公開初日の朝イチに見るのが好きでしたね。ジャッキー・チェンの映画なんて、大概、先着30名様は、ジャッキー下敷きがもらえるとか、手形つきサインがもらえるとか言って、11時の上映なのに、朝6時くらいから吉祥寺東映の映画館に並んだものです。) で、みんなして「マトリックス・リローデッド」の悪口言っているんですよ。 いや、そんなに駄目映画かね?と思っていたところ、一人俄然とその論調に反対する輩がおりました。“いや、凄い!素晴らしい!”って一人で言っている。 “何だ、李!お前は見ていないのか?”って事になって、早速その後、そいつとそいつの妹と3人で見に行ってきました。(って、前置き長すぎ!) で、オープニング・タイトル、、、、まだお話が始まる前!コンピューターの数字がダダーっと、画面に現れます!その数字に我々は吸い込まれそうになる! 滅茶苦茶カッコいい!!!!!! どれくらいカッコいいかと言うと、 「インベーダー・ハウスに行って2時間くらいゲームに没頭した直後、傑作映画『トロン』を見て、家に帰る途中に、YMOの“ライディーン”を聞いてしまった80年代初頭の小学生が味わう感覚と同じ!」 と言ってお分かり頂けますでしょうか? 巨大スクリーンに吸い込まれそうになりましたよ! で、それくらいカッコいいオープニング・タイトルから一変、、、、、、話は非常に土着的、、、、、、、と言う感じを受けましたな、、、、ハッハッハー。 いや、何か、「スター・ウォーズ・帝国の逆襲」のようなクールなかっこよさを期待して、誤まって「イウォーク・アドベンチャー」を見に行ってしまった大学生、、、、、、の雰囲気にとらわれましたな。(笑)(まぁ、良く言って「ジェダイの復讐」) いや、別に構わないんですけど。それはそれで楽しいんですけどね。 パート1とはかなり異なるお話ですな。 別に私は、マトリックスの熱狂的なファンと言う訳ではありませんので、パート1の内容はあまり詳しく覚えておりませんが、“CGで再現された手塚治虫的な未来”で“クールな男女数名が”が“酔拳のユアン・ウーピン先生が教え込んだカンフー・アクションを披露する”って所に惹かれましたね。 勿論、あのグルーッと周るカメラ・ワークは非常に斬新でしたね! 今回はうって変わって、“「イウォーク・アドベンチャー」と「里見八犬伝」を足して2で割った世界”で、“大量の土着的な人間達が”、“サンバで踊り狂う!!!”って、、、これでお話の一部をばらしてしまいました。(笑) いや、まぁ、ハッキリ言ってしまって、やり過ぎって事なんですよね。 前回の敵は数人だったから、今度は大量の敵を投入しちゃえ!(ガンダムのザクなみ) カンフー・アクションももっと派手にしちゃえ!もっとも、キアヌ・リーブスがアクションできない部分は、全部CGで描いちゃえ! スーパーマンみたいに空も飛ばせちゃえ!飛び方は、ウルトラマンの真似させちゃえ! アメリカ人は、追いかけっこが好きだから、高速道路でのカーチェイスもお決まりで入れちゃえ!でも逆走したらもっとカッコいいぞ! ロボットとかもいっぱい出しちゃえ!!!!! ってな感じですな。 その辺がお決まりのハリウッド映画の枠にはまってしまったというか、前作に比べて評価が悪いというところでしょうか? 因みに、一緒に見に行った友人の妹は寝てしまっておりましたね。 アメリカ人がシリーズ物(と言ってもタイム・ボカーン・シリーズは除きます。)を語る上で重要なキーとなるのが、「スターウォーズ3部作(昔のね)」です。 映画学科の学生は、「どのシリーズが好きか?」って事、よく話しておりますね。 多くの方々は、2作目の「帝国の逆襲」をベストとして選ぶようです。 実は、私も2作目が好きです。何でかわかりませんけどね。昔からこれが好きです。 続編界の巨匠と言われるアービン・カーシュナー先生(“ロボコップ2“、“007ネバー・セイ・ネバー・アゲイン“、“アメージング・ストーリー“)が監督されたと言う所が、大きいのでしょうか? アメリカ人の友人曰く、「帝国の逆襲が人気があるのは、連続した3つのお話の中の中盤にあたり、一番お話が盛り上がる所だから!」との事。 なるほどねー。納得。(でも、だから僕がこの映画が好きなのかは未だに謎。) 因みに僕が嫌いなのは、「ジェダイの復讐」。理由の一つに、レイア姫やったキャリー・フィッシャーがやたら老けたストリッパーに見えた。子供の時見て驚いた。 (因みに、初めて“スターウォーズ“見たのは、テレビです。水曜ロードショーでやっていた。その時の声の担当が、ルークが渡辺徹、ハン・ソロが松崎しげる、で驚く事に、レーア姫が大葉久美子ことコメットさん。全国1万人の妹。その後劇場で、「ジェダイの復讐」見て、最後にビデオで「帝国の逆襲」という順番ですな。ですから、劇場で本物のキャリー・フィッシャーの声聞いた時は、そりゃ、驚いたわ。コメットさんのイメージが強かったから、、、、、。) では、「マトリックス・リローデッド」はどうだろう!? これも、お話の中盤でもりあがるはずだ! 私の友人の仮説は適用するだろうか? 私の答えは、正解であり、また不正解とも言える。 今回の話の中心となるのは、ドラゴン・ボールZの“悟空”と化したキアヌ・リーブス(もはや“悟空”と聞いて、堺マチャアキを連想するものは皆無であろう。)が、このマトリックスというヘンテコ世界を作り上げたマッド・サイエンティストこと“麻土災炎”博士に会うことである。 この博士によるマトリックス世界の解説が、結構長い。 英語が未だに苦手な私には、よく理解できなかった。 しかし、それは私だけでは無かったようだ。一緒に見に行ったアメリカ人の友人の妹も、「わからなかった」と言っていたので、その時かなり安心した。 (しかし、それから1時間後、その妹がハイスクールでかなり落ちこぼれであり、夏休みにもかかわらず、補習の為に学校に行かされる破目になっているという事を知って、チョット焦った。しかも読解力が無く、英語の家庭教師を雇う事になっているらしい、、、、、。心配するな!私も高校時代、偏差値32だ!) 話を元に戻すと、この麻土災炎博士の解説は、物語のキーであり、話の中盤として一番重要な盛り上がりをみせる所である。(はずだった!!!!!!!!) ところが、ウオーシャオスキー兄弟は、この解説を、結構手抜きで演出した。 映画が視覚を媒体とした芸術であるにも関わらず、彼らはこの辺の解説を、映像という表現手段を上手くつかわず、非常に古典的な手法で演出した!(と言うと、非常に映画評論的のように聞こえる。) ハッキリ言って、ただこの博士に長々と解説させただけ、、、、、、、。 これでは、私のように頭の悪い人間や、サマー・スクールで補習させられる破目になった女子高生、そして子供にはわからんよ!!!!! 今回、「マトリックス・リローデッド」を見て、ウォシャウスキー兄弟の演出の良いところ、悪いところがハッキリと見えた!(多分、この映画に限ると思うけど。) 前回のように、360度グルッと回るカメラ・ワークや、ユアン・ウーピン先生のワイヤーアクションとハリウッドCGとの合成、日本の手塚治虫を原点としたSF漫画の導入など、新しいことはドンドン取り入れる進取の気性!これは素晴らしい!!!今のマンネリ化したハリウッド映画では、新しいことは本当にいい事だ! ところが、ストーリーを、映像を使って表現することは非常にいい加減だ!(今回に限ると思う。) バックの映像にはCGこそ使っているが、やっている事は、二人が並んで喋っている時、マスターショットで二人を撮って、その後、それぞれ顔のクロース・アップを撮って繋いだだけ! これは、鬼才や巨匠のやることじゃない!手抜きだ! 私が大好きな監督、ウォン・カーワイやベルトルッチ先生達なら、絶対こんな事はやらない! 二人がただ喋っている時だからこそ、何か新しいことをやるはずだ! カメラはなんの為に動かすんだ!?カメラを動かす事によって、物語を表現するためだ! パンは何のためにあるんだ!新しい発見だ! 二人が喋っているところを、ただ延々と撮っただけなら、まだ文章読んでいる方がマシだ!!! ここで、注意してもらいたいのは、私が上で記したように「今回に限る」と2度も念を押したことである。 と、言うのも、ウォシャウスキー兄弟の初監督作品「バウンド」は、その多くが密室で男女が語りあっているだけのものであったが、その辺、素晴らしくよく演出されていたからである! (と書いて見たが、本当はどうだったか覚えていない。でも、多分当たっていると思う。だって、結構面白かったから。) 今回、ウォシャウスキー兄弟は、物語のネックとなるマトリックス創造の秘話を、手抜きで演出した。そして、大量のカンフーアクションとCG合成、カーチェイス、土着的民衆のサンバなど、視覚効果を狙いすぎた! この辺が、観客にとって、混乱を招いた原因と言えるだろう!!!!! 個々のパートは素晴らしい! 冒頭の吸い込まれるようなコンピューター! キアヌ・リーブスと、何百と言うエージェンシーがビデオ・ゲームと化して戦うシーンは、もはやドラゴンボールZの実写版とも言える! 何千人と言う男女が裸体で踊り狂うのをよそに、キアヌ・リーブスが個室で彼女といちゃついている場面は、「エマニュエル夫人4」の、ブラジルのサンバをよそに、エマニュエル夫人がオ○二−して失神してしまうシーンを凌駕している! キアヌが、愛親覚羅溥儀のような男と“麦そば屋”で決闘するシーンは、前作のバーチャル・リアリティー訓練をはるかに超えたカンフーアクションであり、「何だ、別に素人でもそれなりに絵になるんだ。ジェット・リーじゃなくてもいいんだ!」と思わせる程の傑作だ! そして、後半のハイウェイ逆走カーチェイスは、故フランケンハイマー先生へのオマージュというか、最もアメリカ人が好きな場面ではないであろうか!? しかし、それら全てが合さり、話のテーマをいい加減に描いた結果起こったものが、“混沌”である。 “わからない、、、、、、。“ これである。 アメリカ人は正直だ!というか単純だ! 話がわからないものは、全て駄目映画になってしまう、、、、、。 「マトリックス・リローデッド」は、結局「話がよくわからん、、、、、」という事で、アメリカでは駄目映画に位置付けされているようだ。 私個人の感想を言わせてもらえば、「パート1の方がかっこよかった。」何故って、“サングラスをかけたクールな奴ら”が街で“カンフーアクション”を繰り広げ、それが“斬新なカメラ・ワークとCG”で上手く構築されていたからだ。 「世界○○物語」のようなモンド映画や、“ブルース・リー・イン・ニューギニア”のような土着的な映画は、私はあまり好きではない。 わかりやすく言えば、私は「ジェダイの復讐」よりも「帝国の逆襲」の方が好きなのである。 (勿論、両方好きだが。) 因みに、一緒に見に行った友人は、今回で2度目である。 その友人に、スターウォーズ3部作で、どの映画がお気に入りか聞いてみた。 彼は、文句無しに「ジェダイの復讐」を挙げていた! どうやらイウォーク登場のシーンは、彼の愛犬・オニックスとの出会いを想像させたようだ、、、、。 彼は、「何故、みんな“ジェダイの復讐“を嫌うのかわからん?”マトリックス・リローデッド”もそうだ!」と言っていた。 彼が今書いている脚本も、「犬と彼本人との出会い」がテーマだ。 うーん、なるほど、彼の映画の好みがわかったような気がした。 彼には、藤子不二夫A先生が書いた愛犬マンガ「走れタカモリ」を是非、英訳して読ませたいものだ。 最後に、これはこの映画に関する私の大きな疑問なのだが、ウォーシャオスキー兄弟は、この映画の一体何処を演出したのであろうか?と言う事である。 最後に流れるロール・テロップに、私は圧倒された。製作スタッフは、1000人は優に超えていたであろう。 その中で、“アシスタント・ディレクター“と名のついたものが、どれだけいたかわからない。アメリカ、オーストラリア、、、、、それぞれの場面で何十人というアシスタント・ディレクターがいた。 この映画は、個々の場面をアシスタント・ディクレターに監督させ、ウォーシャオスキー兄弟が、総監修したものであろう。それでなくては、このスピードで、パート2とパート3の一挙撮影は不可能だ! それこそ、先にも述べたような、二人の人物が喋っているだけのシーンは、絵コンテと普通レベルのカメラマン、そしてアシスタント・ディクレターがいれば、充分撮影できる。 カメラ・ワークなどここには皆無だ! 正面から二人を撮って、クロース・アップでそれぞれ撮って、後は、時々後ろから撮るだけで充分である。 低予算で作られた嘗ての良作「バウンド」のように、凝った絵作りをすることや、話の細部までウォーシャオスキー兄弟が関わる事は、もはや必要としない。 生憎、アメリカでは日本のように映画のパンフレットのようなものが存在しない。 どうやら、あれは日本独自のもののようだ。 だから、今ここであの映画がどのような形式で撮影されたかを知ることは不可能である。(いや、雑誌を読めば多分書いてあるけどね。でも、英語だ、、、読むの疲れる。) 今度、日本に帰った時に、是非「マトリックス・リローデッド」のパンフレットを購入し、マトリックス研究をしたいものである。 気が早いかもしれないが、「マトリックス・レヴォリューション」では、クールなカッコよさが帰って来る事を、期待する。 最後に、ユアン・ウーピン先生のアクション監督はさすがであった。 キアヌ・リーブスのようなド素人でも、あれだけのアクションを見せる事ができるのですから驚きである。 先生は最近、アクション・コーディネーターとしてアメリカで名を馳せているような気がするが、私としては、監督としてハリウッドで活躍してもらいたいものである。 マーク・ウォールバーグか何か使って、酔拳のユーモアを持ってして、何か一本傑作を作ってもらいたいものです。 それこそ、ジャッキー・チェンのハリウッド映画は、原点に戻ってユアン・ウーピン先生が監督するべきだ! 草々 李小田 <つづく>
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