暴論



第二百論:暴論の理由



〜事件〜

塾長が新入社員だったころなのでもう10年以上前のことであるが
塾長はある情報システム構築のプロジェクトチームに参加していた。
参加していたといっても所詮新入社員なのでお茶くみと資料整理の手伝いくらいしか
やっていなかったのであるが・・・・・
このプロジェクトは参加している企業、部署に大きな思惑のズレがかなり存在していた。
新入社員ながらも「これはヤバい」と薄々感じていた。

そしてプロジェクトはついに破綻し、メンバーは元の会社や部署に次々と戻っていったのだが
その混乱の最中に悲劇的な事件が起こった。
中心になって活躍していたメンバーの自殺未遂である。


〜後悔〜

塾長は表には出さなかったが責任を感じていた。
「新入社員なのだからそんな責任など感じる事は無い」・・そう言い聞かせた。
だが後悔の年は消える事は無かった。

自分にも何か出来た筈・・・・・・・・
そういう思いが次から次へととめどもなく湧いてきた。

生意気だと思われる。人間関係が損なわれる。
勉強不足、経験不足だから言うべきではない。
自分が言わなくても誰かが気がつくだろう。
新入社員なんだからそこまでする必要は無い。

そんな言い訳でベストを尽くさなかった自分を悔いた。
知らず知らずのうちに卑怯者になっていた自分を恥じた。
そんな言い訳で自分をごまかしきる事が出来なかった。

〜こんなごまかしをする為に大人になったんじゃない〜


しばらくして自殺未遂したメンバーは回復することなく会社を去っていった・・・


〜アイヒマン〜

アドルフ・アイヒマン〜当サイトのトップページを飾る禿げたドイツ人である。
彼は1961年にエルサレムで大々的に裁判され処刑されたナチスドイツの高官である。
アウシュビッツのホロコーストを実行したスペシャリストとして絞首刑になった。

しかし彼の実態は単なる事務員である。ユダヤ人をアウシュビッツに送り込む列車の運行表に
数字とサインを書きこんでいただけの役人のおっさんが彼の正体である。
「私は誰も直接殺す事は無かった」
「私は虐殺の現場を一度も見てはいない」
「私がやらなくても誰かがやらされた」
「私は政府上層部の指示に従っただけ」
「私は単なる歯車の一部でしかない」

彼の弁明むなしく彼は「凶悪なナチスドイツの殺人鬼的な高官」として処刑された。



〜悪の責任〜

どんな事件でも、糾弾されるのはトップ数人だけである。
それ以外の人達は罪が軽かったり罪を問われなかったりする。
ひどい場合は「被害者づら」までしている。
ナチスドイツの時も、日本の戦争も、オウム事件も、いじめの問題も・・・・
そしてあのプロジェクトも同じである。

戦争を含めて大規模な犯罪は「見て見ぬふり」によって起こるものであると
塾長は思う。ユダヤ人虐殺はヒトラーによって行われたのではなく、それに反対しなかった
人々によって行われたのである。アイヒマンは不幸にもその代表者として処刑されたのだ。
人事異動ひとつで彼は単なる「石炭調達係」であったのかもしれないのだ。
そうなれば「スペシャリスト」の汚名は彼ではない誰かに着せられていた

自分は悪くないのか?・・・本当にベストを尽くす努力はしたのか?
その気持ちを失ったら自分もアイヒマンと同じ殺人者では無いのか?


〜そして暴論〜

塾長は「思ったことはとりあえず口に出す」ことを心がけている。
間違っている間違っていないなどは極力気にしない様にしている。
間違っていたら直せば良いし、謝る必要があれば謝ればよい。
それで自分の立場が悪くなったとしてもそれはそれでしょうがないと思っている。
だいたいこの世の中「本当の正解」なんていうものはわからないものである。
物事が終わって何十年もしてからだって「あの時の判断は正しかったのか?」なんて
いわれるくらいである。正解を待っていたらタイミングを失ってしまう。
犠牲者が実際に出てから「あのときそう思った」なんていっても無責任でしかない。
ノストラダムスの予言のようなたわ言である。意見は事前に言ってこそ意味がある。


もうあの時の後悔を繰り返したくは無い。
そういう強迫観念が自分をそうさせているだけかもしれないが、



〜期待する事〜

インターネットは匿名性の高い世界である。
ここでは社会人も大学生も高校生も中学生も老人も若者も男も女も垣根無く自分の
意見を言える場である。それは非常に素晴らしい事であると思う。
若いからと言って未熟だからと言って意見を発信する事をためらう必要は無い。
暴論になってしまっても良い。時には叩かれたって良い。それだって立派な人生経験である。
だが、意見を言わなければ世の中も自分さえも変わる事は無い。
そのままずるずるとアイヒマンへの道を歩んでゆくだけである。

気がつけばあなたも「平成のアイヒマン」になっているのかもしれない。

2002/07/21