●二十年後に帰還した話


江州八幡は向こうの国では繁華な場所である。寛延、宝暦の頃、この町に松前屋市兵衛という有徳の者がいた。彼は妻を迎えてしばらく過ぎたが、どこへ行ったのか行方知れずになった。家内は全て大きく嘆き悲しみ、金銭を惜しまず方々を探したが、まったく行方不明のゆえ、他に相続する者もなく、妻方も一族の中から呼び迎えるような者がいないので、新たな夫を迎え、跡取とし、前夫の行方知れずになった日を命日として弔った。
いなくなった日は、夜になって便所へ行くといって下女を召し連れ、厠の外に下女に明かりを持たせ待たせていたが、いつまで経っても出てこない。妻は下女と夫に浮気心があるのでは、と疑って、厠まで行ったが、下女は戸の外にいるので、「なぜそんなに長くいるの」と、表から尋ねたが一向に答えがない。戸を開けて見ると、どこへ行ったのか見当たらない。このため、その折は下女は難儀した。
そして二十年ほど過ぎて、ある日厠にて人を呼ぶ声が聞こえるので、行って見るとあの市兵衛が、行方不明になった時の衣服など、少しの違いもなく座っている。人々は大変驚いて、事の顛末を言うが、明解な答えもなく、空腹であるとのことで、食物を望む。さっそく食事を用意すると、しばらくして着ていた衣類が、ほこりのようになって散り失せて裸になったので、さっそく衣類などを与えて薬を飲ませたが、昔のことを覚えている様子もなく、病気や痛みのまじないをしたという。
私のもとへ来る眼科医は八幡の者で、直に見たと話したのだが、妻も後夫もいておかしい付き合いとなったろうと、一笑した。(耳袋より)