中南米ハイチに500年前のパリが出現


博物学者
イワン・T・サンダーソン夫妻は、ハイチのボン・ブデという小さな村に住んでいた。
フレデリック・G・オルソップを助手にして生態関係の調査が目的である。
ある美しい夕暮れ、夫妻と助手の三人は旧式のロールスロイスでアズエー湖までドライブに行くことにした。
舗装していない近道の旧道を行くうちに、泥に車輪を取られた。なんとか脱出したが、それからは歩くことにした。
殆ど夜通し歩いて疲れ果てた頃に、アメリカ人の医者の車が通りかかった。患者の家に往診に行く途中という。しかし、三人が乗る広さはない。医者は帰り道に拾うと約束して去った。三人はさらに月光の中をとぼとぼと歩き続けた。それから、

・・・突然私は土の道から目を上にあげて、それに気がついた。道の両側にさまざまな形と大きさの家々が、紛うことなくくっきりと並んでいる。明るい月の光を浴びて、それぞれの位置から影を地に投げている。家はどれも道路にかぶさるような感じだ。道路には舗装した様子はない。比較的大きめの玉石が敷き詰めてある。家々の感じは、英国ではエリザベス朝と思った。しかし、私はそれがパリだと直感した!
理由がないわけではない。屋根は一方にだけ勾配がある差し掛け屋根だ。屋根窓も見える。切り妻造りの柱廊、玄関、仕切りのついた小さな窓。あちこちの窓から鈍い明りがもれている。ろうそくの明りらしい。ひさしから棒材が突き出して、それに鉄枠のランタンがぶらさがった家もある。そのランタンすべてが風にあおられたように揺れている。しかし、私たちの周囲には空気がざわめく気配はまったくない。風景すべてがいきいきしていた。
(略)
それと同時に十五世紀のパリも、ふっとかき消えた。私の目の前には元の限りなく続くやぶの茂みとサボテンとむき出しの土しかなかった。妻もライターの火を見た瞬間に「帰還」した。フレッドはなにも見ていない。私たちの話に彼はキツネにつままれたような顔をした。しかし、疑う様子はない。三人でそこに坐ってトラックを待っていただけだと言った・・・・・・・・。
(コリン・ウィルソン「世界不思議百科」より)