未来予知          身留苦


未来の出来事は決定事項であるか否か。
これは、誰でも一度は考えたことのある問題でしょう。

古来より予言者というものが存在し、未来予知を行なって来ました。
有名なところでは、ノストラダムス、エドガー・ケイシーなどが予言書を残しています。
しかし外国語であり古来語で書かれていたりするので、日本人にはいまいちぴんときませんね。
未来の出来事はすでに決まっており、霊界の図書館ともいうべきアカシック・コードに記録されているという説もあります。
私自身が得た知識(その方法はメディテーションなので信じる信じないはご自由です)によれば、未来はきちんと定まっています。
ただ特別な場合においては変えることが可能です。
特別な人たちによる特別な場合においては、と言った方がよいかもしれません。
未来を変えると過去も変わるように思われます。だからタイム・パラドックスだという考え方があります。
でも四次元の世界は、三次元の人間が考えるよりもっともっと複雑怪奇なものだと私は思っています。
アインシュタインは、超高速の物体が時間の経過を遅くするという理論を発見しました。
時間は変化しないものだという固定観念を捨て去れば、何が起こっても不思議でないように思います。
私の未来予知は、大きなところでは事件・事故の予知であったりしましたが、それを予知したからといって未然に防ぐことは不可能だと悟るようになりました。
防ごうという意思のあるところには、事件・事故の正確な場所などは知らされません。
ではなぜ未来予知などという能力が一部の人間に与えられたのでしょうか。
結論を言えば「自分自身に及ぶ危難を避けるため」です。
動物も未来予知をします。
火事の起こる1週間前にアリや蛙がいっせいにいなくなったり、かまきりはその年の積雪の高さ以下のところには卵を産みつけない、など科学では説明できない多くの事例があります。
私が経験した個人的な未来予知は、自分自身に嫌な出来事が起こるのを前日に夢で見せられるというものです。
そこに至るまでの細かい経過も見せられているので、だんだんとその嫌な出来事に向かってすべての事象が流れていくのが私にはわかっています。
心臓は高鳴り、冷や汗が流れます。なんとかしてこの場から逃げなければならないのに、そのためにはかなりの勇気や犠牲が必要となりちゅうちょします。
そうやって逃げ出す機会をうかがっているうちに、嫌な出来事が突然、夢で見た通りに再現されてしまいます。
嫌な出来事を避けるためには、もっとすみやかに行動しなければならなかったのです。
しかし、その予知のお陰で3回に2回は、嫌な出来事という危難を私は回避できているのです。
映画でも有名になった豪華客船タイタニック号の沈没は歴史上の事実ですが、前日に夢を見て乗船をキャンセルして助かった乗客もまたいたそうです。
このように未来予知の意味するところは、ほとんどの場合「自分自身に及ぶ危難を避けるため」と考えればつじつまが合うように思われます。