霊は存在するのか     身留苦




先日、霊現象のすべてを一切合切否定する人に会いました。
彼ーG氏自身はまったく霊の存在を感じたことがないそうです。
心霊スポット探検を何度も敢行したそうですが、有名な富士山の樹海でキャンプを張っても何も感じず、たまたま自殺死体まで発見したそうですが、やはり彼が何かを感じることはありませんでした。
そのため彼は「人間は死んだらたんぱく質になるだけや」と言い、恐怖サイトにかかわっている私や霊能者などに「霊なんか絶対にない」「あんたらは現実逃避しているだけ」「もっと現実を見ろ」と言うのでした。
もちろん、G氏がそう言ったからと言って、私や霊能者が動揺することはありません。
見えているという事実と見えないという事実を比べて下さい。
見えている人は受信機能がたまたま備わっているために見えるのであって、見えない人は見えないというだけでその現象自体を否定することは出来ないのです。
私がこのような恐怖サイトをやっている目的のひとつは、早いうちに皆さんに死後の世界の存在を知ってもらい、死後混乱し悪くすれは何百年も亡霊としてさまよわないですむようにしたい、ということなのです。
このように死後も現実なのですから、死後を考えることは未来を見据えていることであって、決して現実逃避ではないのです。
電波は目には見えませんが存在し、テレビという受信機によってその存在が証明できるわけです。
別の例を言いましょう。
人間には五感が備わっています。更に、第六感、シックスセンスというものが存在します。
たまたまGさんのようにそれを欠いてたくましく生きている人もいるのですが、おおかたの人には大なり小なり備わっているものです。
Gさんにそれを説明することは非常に困難です。生まれつき目の見えない人に光や色を説明したり、生まれつき耳の聞こえない人に音を説明するようなものです。
詩人金子みすずの詩に「昼間の星は見えないけれど、でもたしかにそこにあるんだよ」という内容のものがあります。
ガリレオは宗教裁判で地動説を捻じ曲げられましたが、「それでも地球は回っている」と言いました。
霊の存在をいくら否定されても、多くの人が霊を目撃し、その声を聞き、触れているのです。霊界へ行った人たちもいます。
Gさんが霊を感じたことがないからと言って、だからすべての霊現象はない、などと言いきることは出来ないのです。
しかし私はこのコラムでGさんを説得するつもりではないのです。
説明をしても信じない人はもう仕方がないのです。
そういう縁を持って生まれて来られた方です。
しかし私との会話やこのコラムのことを、死後少しでも思い出されて参考になることがあるでしょう。
今はわかって頂かなくてもそれでいいのです。
Gさんと私が出会った意味はその一点にあるのですから。